第173話 真理の探究者に挑戦す。⑧
超弦理論というものを知っているだろうか?
世界の起こりを考えた時に、最初の起こりがひものようなものの振動によって起こされるとする理論だ。
この原理によると、弦(ひも)の振動を元にして多様な素粒子が発生し、やがて素粒子が固まって原子が発生し、物質が発生し――となっていくのだが、興味深いのはその理論によると、世界は十一次元という次元数で表されるらしいのである。
だが、人間が知覚出来る次元といえば、線の一次元、面の二次元、立体の三次元、それと時間という不可逆の次元くらいのものであろう。
だが、世界が十一次元で出来ているとしたら、残りの七次元は一体どこにあるのだろうか?
その七次元を知覚し、理解し、操作し、封印した男がいた。
それが神である。
そして、その七次元を合わせた十一次元全てを意のままに操る事が出来るからこその全知全能――。
とはいえ、彼も最初からその立場を求めていたわけではない。
彼も最初は名も無き意思のひとつだった。
だが、意思のひとつが不可逆の真理……つまるところの時間という次元を操る術を閃いてしまった。
そこからだ。
数多くの意思たちは、時間を延伸し、ただひたすらに世界の真理の探究を行った。
やがて、線の真理、面の真理、立体の真理……一次元、二次元、三次元と理解を深め、彼らの探究の熱は加速度的に上がっていく。
そんな意思たちのひとつに、神となる意思もいた。
彼は好奇心の塊であり、情熱の塊であり、そして、負けん気の塊でもあった。
彼にとって、世界の真理を解き明かす事は然程重要ではなかった。
皆がやっているから、自分もやっている……それぐらいの認識でしかなかったのである。
だが、彼は持ち前の負けん気と、世界の真理を解き明かす為の明晰な思考力を持ち合わせていた。それは、才能と言い換えても構わない。
彼は、いち早く世界の真理を解き明かして、他の意思たちよりも優位になりたい、自慢したい、偉ぶりたい、という気概を持って世界の真理を紐解いていった。
その結果、彼は誰よりも早く世界の真理を解き明かしてしまったのだ。
だが、それは彼の望んだものではない。
彼が求めていたのは競争であり、勝利であり、心地良い達成感、もしくは優越感であったのだ。
それは、世界の真理の全てを知った時点で終焉を迎えてしまう。
何故なら、世界の真理の全てを知ったのであれば、それが完成であり、そこから先に続く道が無いからだ。
即ち、全てが完了したという事になる。
だが、彼……神が望んでいたのは平穏や安定ではなく、競争や勝利や達成感なのだ。
だが、皮肉な事に、神は欲望に忠実に従って行動したが故に、その欲望を満たす事が出来なくなってしまったのである。
神はそんな状態に陥ってからずっと考えていた。
自分の欲望を満たす為にはどうしたら良いのだろうか、と――。
弱い者に勝つことは簡単だ。
神は全知全能なのだから、まず負ける事が無い。
だが、それは競う事には繋がらない。
競った末の勝利にこそ、達成感が生まれるのである。
ただの弱い者いじめでは意味がない。
そんな事を考え始めた頃だろうか?
神は世界の真理の一部――一次元、二次元、三次元と時の次元の四次元分の知覚を残して、全ての次元を知覚出来ないようにしてしまった。
これは、決して嫌がらせの為というわけではない。
神以外の他の者が世界の真理を完成させてしまう事を恐れたからだ。
神は、競いたくて、争いたくて、そして勝利したくて、自分の修得した完璧な真理の一部に穴を開けた。
それは、勿論小さな穴ではあったのだが、開いた穴はスライドパズルのように、埋めても埋めても世界の真理に穴が出てくるといった作りになっていた。
神はその穴を埋める事に躍起になり、時を忘れて没頭した。挑むという事は、競うという事に通じる。神はそこに新たな楽しみを見つけたのだ。
飽くほどに食らい尽くし、長い時間が経った頃、神は世界の真理の綻びを埋める事を諦めた。
そもそも、最初から絶対に完成しないように仕組んでいた部分もある。
延々と完成しないパズルをやる事に飽きた頃には、神はすっかり何故自分が世界の真理に綻びを作ったのか忘れていた。
神は世界の真理の綻びを繕う事に飽きた為、今度は下請けに仕事を出すかのように、あらゆる世界のあらゆる生物たちに『世界の真理の綻びを見つけろ』と命題を出し始める。
そして、それが解けなければ争いを仕掛けて回るという困った遊びに興じ始めたのだ。
ところが、大竹丸が難敵となった事を前にして、神はようやく思い出す。
何故、自分が世界の真理に綻びを作ったのか?
――その答えが目の前にあった。
求めてやまなかったものが目の前に出現する奇跡に、内心で喝采を送る神。
その事実が、喜びと、そして迫られた事に対する多少の悔しさを綯い交ぜにし、神の表情を複雑なものに変えていたのである。
神は歯噛みをするような表情で笑う。
「ふふ、ふふふ、長い時を待ったかいがあった。おかげで、ようやく私の目的を思い出したよ」
「目的じゃと?」
光の姿となった神を前にして、片手で日差しを作って目を細める大竹丸。
どうやら、光を捕まえるのに何の障害も無いものの、目に映る光景が眩しい事ぐらいには影響があるらしい。晴天の雪原を眺めるようなしかめっ面で問い返す。
「ずっと私は待っていたんだ。競争相手を。敵となる者の存在を。そして、どうやら、ようやく現れてくれたようだ」
神を中心として、世界の色が消えていく。
暗闇が白く裏返り、光が黒く滲む。
世界の再構築――。
「ちぃ、面倒な!」
ベルゼブブに習った知識を元に、大竹丸もその流れに逆らうようにして世界を再々構築していく。
二人の神通力が互いに干渉し、鬩ぎ合った結果、砂地に海が現れ、天地がひっくり返り、海原を山の峰が割る異常な光景が繰り広げられる。
神と大竹丸は宙に浮き――神通力が苦手な天堂寺は波に浚われ――世界の色が幾度も極彩色に変わっていく。
世界の色や有り様が変わっていくだけならば、大竹丸は神の行動を黙って見過ごしていたかもしれない。
だが、この世界の改変は、神の体にとって快適な状況を整えようとするものであった。
だからこそ、大竹丸は全力で阻止する。
わざわざ相手の得意なフィールドで勝負をしようなどという酔狂な真似をするだけの余裕がないのだ。それだけの難敵という事である。
神は少しだけ驚いたように目を丸くして笑う。
「なるほど。世界の改変にも対応すると。では、こういうのはどうだ?」
光が駆ける。
背後に白と黒の世界を背負って、白い光が一直線に掛けて大竹丸の頬を殴る。
首を回して、神の一撃を何とかいなした大竹丸であるが、彼女が地球という環境を改変されない為に生み出していたはずの山の一部が弾け飛ぶ。
更に空中を稲妻のように駆け抜けた神が大竹丸の側面に回り、彼女の脇腹に強烈な蹴りを放っていた。
ミシミシとあばらが悲鳴を上げ、大竹丸の体が砲弾のように吹き飛ぶ中、大竹丸の背後にあった海の一部が砕け、そこが漆黒の空間へと成り果てる。
「ぬぅっ⁉」
錐揉みをして吹き飛びながらも、空中にビタリと着地する大竹丸は素早く自分の脇腹の状態を探る。
神通力での防御が間に合ったおかげか、どうやらへし折れてはいないようだ。
それでもズキズキと痛みを訴えてくる脇腹を片手で押さえながらも、キッと神を見上げる。
その元気そうな様子に神は満足そうに頷く。
「今ので分かってもらえたと思うが、軽い陣取りゲームだ。互いに一撃を与えれば、相手の世界を侵食出来る。世界が全て塗り潰された方の負けだ。……そうだな。私が負けたのであれば、神の座は君に譲ろう」
「妾が負けたらどうする?」
「この星を滅ぼす。……どうだ、楽しくなってきただろう?」
「生憎と、それを楽しいと思う心は持ち合わせてはおらぬ。じゃが――」
大竹丸が何もない空間を蹴って加速する。
元々神通力を操るのが得意だった大竹丸だ。
今は、悪魔に教授された世界の真理を修得しているが故に、その出力は更に上がっている。
姿がブレて消えたと思った瞬間には、神の真正面に大竹丸の姿があった。
大竹丸の拳が走る。
「そういう分かりやすいのは嫌いではないのう!」
電光石火の一撃。
だが、その拳は、神の肉体に届く前に神の手によって軽くいなされてしまう。
光が物体を受け流すという珍妙な光景ではあったが、有効打ではないと判断した後の大竹丸の反応は早かった。
まるで小銃を乱射するかのうように、左右の拳による連打、連打、連打。
それを神は紙一重で払い、流し、防いでいく。
やがて、大竹丸が自分の攻撃が通じないのではないかと迷い始めた時分になって、神の反撃の拳が大竹丸の腹へと突き刺さる。
「ゲホッ⁉ ゴホッ! ゴホッ!」
「おいおい、その程度じゃないだろう? また海の一部がこちらの世界に取り込まれたぞ? この星が滅んでも良いのか?」
海の一部が黒と白の世界に塗りつぶされ、色彩豊かな青と白の色が消失するのを大竹丸は横目で見る。
大竹丸は血の混じった唾液をぺっと宙に吐き捨てると、怒りに滾る目で神睨みつけていた。
「ふん、まだまだこれからじゃ!」
「期待外れになってくれるなよ?」
かくして、光の速さで動く神と大竹丸の超高速戦闘が展開されるのであった。
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