第27話 鬼、引率者と出会わんとす。

 二次探索者資格試験を三日後に控えた夏の暑い日。三重県陸上自衛隊久居駐屯地はかつてないほどの繁忙期を迎えていた。今回、三重県内で一次探索者資格試験を合格した受験者は約一千名。それに対して、実地試験の試験管として『三重県陸上自衛隊久居駐屯基地の自衛官が同行すること』を国に求められていたからである。


 実地試験の内容としてはこうだ。


 ①試験者に五名前後で集まって貰い、一班を作る。


 ②引率者として現役の自衛官が一名同行する。


 ③ダンジョン内で二日間ほど過ごして貰う。


 ④自衛官はそこでの生活態度や戦闘風景を元に合否を判定する。


 その結果、探索者資格が取得出来るかどうかが決定するといった流れだ。


 だがしかし、一次探索者資格試験を突破した者の数があまりに多過ぎた為、当初の予定と違うとばかりに久居駐屯地は混乱の極みとなっていたのである。


 そう。より具体的に言えば、二次資格試験の受験者の数が多過ぎて引率の自衛官の数が足りていないのだ。その為、現在、各班の人数を調整することで何とかしようとしてはいるが、三日後までにきちんと決まるかどうかは怪しいものであった。最悪、一部の者たちには日にちをずらして受けて貰うことになるのかもしれない。


 そんな慌ただしい久居駐屯地にある食堂の中で、椅子に腰掛けて憮然とした態度で渡されたプリント用紙を眺める者がいる。短く切った短髪に無精髭、そして垂れ目でありながらも目付きは鋭い男だ。年の頃は三十代後半であろうか。だが、その無精髭がより精悍さを増し、四十代前半にも見えるから不思議である。男は一種独特の雰囲気を纏いながら渋い顔を見せていた。


「あれ、柴田さんも貰ったんですか、その紙?」


 柴田純平。それがこの無精髭男の名前だ。階級は二尉。現在三重県には四つのダンジョンが存在し、それぞれ四日市、鈴鹿、松阪、伊勢にあることが確認されている。久居駐屯地としては一番近隣に出来た松阪ダンジョンに突入することが多く、柴田も攻略部隊の一人として何度もダンジョンに潜っていた。


「あぁ、俺の所にも来たよ。命令書が」


 薄っぺらいプリント用紙は訓令の類いだったらしい。ぞんざいにテーブルの上に乗せ、柴田は深くため息を吐く。


「あれ? でも柴田さん、ダンジョンの一般開放には反対だったんですよね? だから、引率もやらないって上に直談判もしていたような?」


「そうだよ。けど、そうも言っていられないくらいに人が集まっちまったんだ。だから、俺まで引っ張り出されたんだよ」


 まさに猫の手も借りたいと言ったところだろうか。柴田は大きくかぶりを振る。


「一般人にはダンジョンが危険な場所っていう認識はないのかねぇ。何でこんなに集まるんだか……」


「やっぱり未知の存在は人を惹き付けますからね。仕方ないですよ」


「惹き付けられた結果、この久居でも三十名近くが『ダンジョン内で行方不明』になっているんだぜ?」


 ギラリと柴田は目を光らせる。


「五階層以降に潜る精鋭の自衛官でも一割が行方不明になる。モンスターに食われたのか、ダンジョンに吸収されたのかは分からねぇ。そんな危険な環境に一般人を導こうとするなんて、自衛隊は民間人を守る組織じゃなかったのかよ……。クソが……」


「そんなこと言ったって、世論がそれを許しませんよ。DPから得られる物の中には謎の鉱石や謎の医薬品だってあるんです。それらを手に入れて研究することが出来れば莫大な利益を生むかもしれないっていうなら、民間からの突き上げもあるでしょう? それに自衛官の数に比べてダンジョンの数が多すぎますよ。全てを封鎖するなんて夢のまた夢じゃないですか。どのみちダンジョンの一般開放は時間の問題だったと思いますよ」


「それは……分かってるよ。だからといって、ダンジョンはマスコミがこぞって書き上げるような華々しい部分ばかりじゃねぇってのを理解しているのか? ゲームや漫画じゃねぇんだぞ? 本当の生死が掛かってくる。それを理解して覚悟してる奴がどれだけいるのかって話だよ。今回の試験を受ける奴らだって、どれだけの人数がそれを理解していることやら……。遊び半分で来ている奴らがほとんどじゃねぇのか? そんな奴らの引率担当になったとしたら、俺は容赦なく不合格にするぞ。助かる命をわざわざ散らす必要はねぇしな」


「柴田さんの言うことも分からなくはないですけどね。でも一応マニュアルもあるみたいですし、採点はそれに沿ってお願いしますよ」


「さてな……。それは受験者次第だろ?」


「ひぇっ、厳しいー。あ、じゃあ、自分行きますんで」


 ふざけた態度で去って行く後輩の姿を見るともなしに眺めながら、柴田は渋い表情を崩さないのであった。


 ★


 そして三日後、二次資格試験当日。


 割り当てられた班員の姿を見た柴田の第一印象から言わせて貰うとしたら『最悪』の一言に尽きた。


 ひょろりとした青年一人と女子高生らしき四人組。そして、その四人の少女は知り合いらしく、青年一人が肩身の狭い思いをしている状況だ。そして、女子高生四人組はまるでキャンプにでも向かうように緊張感がない。こんな心構えで果たしてダンジョンに潜っていけるのかどうか。甚だ不安である。


(速攻で不合格の判定をして帰って良いか? 女子高生四人とダンジョンなんて、ボーイスカウトしに来たんじゃあるまいし……。正直まともに戦えるかどうかも怪しいぞ)


 とはいえ、探索者を志望するということは、そういった血生臭いことを含めて、覚悟を決めてやって来ている、ということなのだ。柴田があれやこれやと口を出すべきことではないのかもしれない。


(まぁ、覚悟もないようなら即刻不合格にして終われば良いだろ……)


 そんな考えで柴田は今回の班員たちを観察する。


 まずは中分け三つ編みで分厚い眼鏡を掛け、まるで昭和時代の女学生を地でいくような地味~な雰囲気の少女。そんな彼女は上下黒のジャージのみであり、武装や背嚢を背負っている様子が全くない。


 …………。一体何をするつもりで此処に来たのだろうか?


 柴田は思わず天を仰ぐ。


(武装は一応この場でレンタルがあると聞いているが……。流石に背嚢はないと駄目だろう? そもそも一泊二日で食料を持ってきていないというのはどうなんだ? ハァ、減点十と――)


 続いて目がいくのは金髪の少女だ。金髪という時点で目がいくのだが、その成長しまくった肢体がまず眩しい。そして、そんな彼女は何を血迷ったのか胸を強調するようなハーネスまで身に付けている。いや、良く見ればハーネスには様々な武装が取り付けられているようだ。ただのエロ装備というわけではないらしい。


「お父さんがね、私を誘っておいて自分は一次で落ちちゃったんだよ! だから、このハーネス使って二次受かって来いってさ! 勝手だよねー!」


「でもそれ、ちょっとカッコイイかも! ララ・ク○フトみたい!」


「へへ~♪ でしょ~! 私もちょっとそう思ったんだ!」


 どうやらあの破廉恥なハーネスは父親の御下がりらしい。両脇下にナイフが挿してある所をみる限り、あれを使って彼女は攻撃するようだ。更には背中側にも小さな収納があり、そこに携帯食料でもねじ込んであるのだろう。ジャージの少女とは準備の時点で雲泥の差がある。


(まずまずの装備だと言いたいところだが、あの刃渡りの短い刃物だとモンスターと戦う時に相当接近する必要があるぞ。彼女にそこまでの技術や覚悟があるとは思えんのだが、どうするつもりだ?)


 柴田は金髪少女の評価をとりあえず保留にし、次の少女に目を向ける。そして、そのが目に痛かったのか思わず瞬きを繰り返す。


(何故、ピンクのツナギ……)


 ツナギに色の種類があることは知っていたが、今日日きょうびピンク色のツナギなんてバラエティー番組ぐらいでしか使用しているところを見たことがない。そういう意味でもびっくりなのだが、少女の武装に更に驚く柴田である。


(冬山登山か! ……とツッコミたいぐらいの重装備。一泊二日の実地試験だって案内に書いてあっただろうに……。彼女は二週間くらいダンジョンに籠るつもりなのか? だが、武器にピッケルを選んでいるのは悪くない。差し引きゼロといったところか?)


 荷物が多いとその分機動力が削がれる。それが原因でモンスターと会敵することも多くなるというのは自衛隊員たちの間で良くある話であった。そうした部分が減点対象ではあるのだが、ピッケルという武器自体のチョイスは悪くない。特に彼女の持つピッケルはそこそこの長さがあるものなので、移動時には杖としても使える点が高評価だ。ただ杖として突いていると音が出るのでモンスターが近寄ってくるデメリットもある。それらのメリットデメリットを全て含めて、柴田はプラスマイナスゼロであると判断したようだ。この辺は難しい判断なのかもしれない。


(さて、ピンクのツナギの後にこれまたショッキングな光景だな……)


 柴田の目の前には、デフォルメされた悪魔がプリントされた着ぐるみを被った少女が立っていたのであった。

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