第28話 鬼、自己紹介をす。
着ぐるみ。その防御能力については詳しくない柴田であったが、それを着た少女の装備については満点をあげたい気持ちになっていた。着ぐるみ自体は異様だが、それ以外は小さめの
重量的にも資源的にも少女の武装は素晴らしい。柴田も思わず感心するほどである。
(まぁ、若干残念な点を挙げれば、遠距離武器だけで、近距離用の武器を持っていないということか。前衛は完全に他人任せというスタイルはどうなんだろうな?)
完全分業制となった場合、それを喜ぶ人間が多いのか、不満を覚える人間が多いのか、それは柴田にも分からない。ただやることがハッキリするのは色んな場面でプラスに働く事が多いだろう。なんとなくボヤキが有名だった某野球監督を思い出しながら柴田はそんなことを思う。
(まぁ、事前にダンジョンに対する知識を仕入れており、それを鑑みての戦闘スタイルを考え出したのは大きな加点ポイントだろう。プラス十、と)
ふざけた格好をした少女だが情報が武器になることを知っているのか。なかなか抜け目がない。
(そして、最後の一人は……)
女子四人組に未だに積極的に声を掛けられていない頼りない感じの青年を柴田は観察する。
当初の印象はひょろりとした感じだと思っていたが、近くで見ると思った以上に体格ががっしりとしている事に気が付く。ひょろく感じたのは背が高く、横幅がないためだろう。所謂、細マッチョなのだ。そんな彼は迷彩柄のシャツとジーンズに背嚢を背負い、恐らくはレンタルであろうポリカーボネートの盾と刃の潰された長剣を持っていた。
(確か【壊れた長剣】とかいう装備だったかな? ダンジョン産の武器の中でも最低レベルの剣だったが……まぁ無いよりはマシだろう。頑張れ)
女子四人の中に男子一人という状況に思わず応援してしまう柴田である。
(しかし、筋肉はあるが何かをやっていたという雰囲気はないな。筋トレだけの見掛け倒しだとしたら、彼一人に盾役を押し付けるのは難しいかもしれんぞ)
青年の姿勢が猫背気味なのを見て柴田はそう判断する。武道をやっている者はその立ち居振舞いからして美しいことが多い。そんな経験則から柴田は青年が筋肉を鍛えただけの素人であると判断したようだ。特に加点もせず、減点もせず、そのまま観察を終える。そして此処からが本格的な試験の始まりだ。
「集合!」
他の班も方々に散って集まっている中、柴田班の面々も号令に基づいて各々のペースで集まってくる。この辺は自衛隊のようにきびきびとはいかない為、柴田は少しだけ気落ちする。嘆息は心の中に隠し、柴田は続ける。
「本日から明日に掛けて君たちの引率として付き添うことになった久居駐屯地所属、陸自の柴田二尉だ、宜しく。普段は松阪ダンジョンで攻略を実施しているバリバリの現役だから、当然のように君たちの身の安全は保証する……と言いたいところだが、何が起こるか分からないのがダンジョンだ。その事については各自念頭に置いといて欲しい。最悪の事態を防ぐ為、君たちにはこれから簡単な自己紹介と班メンバーで誰がどう動くのかのダンジョン攻略方針を話し合ってもらう。時間は三十分だ。その後で我々は松阪ダンジョンに向かう。では始め!」
号令一下、かくして臨時の運命共同体の作戦会議が始まるのであった。
★
「ふむ、それでは軽く自己紹介でもしてみるかのう。妾は――」
「タケちゃん!」
「タケちゃんはタケちゃんなの! というか、本名の方は可愛くないから名乗るの禁止!」
「いや、しかし妾には大竹丸という名前が……」
「丸って男の子に付ける幼名じゃん! タケちゃん、女の子だよね!」
「よ、幼名……!?」
元々、大竹丸とは鬼の名である。日本三大妖怪に数えられる程の力を持つ鬼でありながら、他の二体(
鬼の軍団を率いて圧倒的な暴力に訴えかけていた酒呑童子。色香で男を誑かして国を傾けようとした玉藻前。それに対して万に届かないぐらいに分身するわ、雲、風、雷、火、氷などを操って攻撃してくるわ、尚且つ一度死んでも遠くの地で甦ってみせたりするわ、という離れ業をやってのける大竹丸。より強い神通力を求めた修験者が、どの化け物の魂を降ろして教えを請うのかと考えた時、大竹丸が第一候補になったのは間違いないだろう。
話は脱線したが、そんなわけで大竹丸は本名である。幼名ではない。そして、大竹丸の伝説にあるように何度も女性にプロポーズしている辺り、生前は男である。だから、大竹丸と名乗ることに、本人は何の不満もない。だが問題は現在進行形で女であるということだ。
これには紆余曲折ありそうで、実はそんなに深い理由はない。大竹丸を降ろした修験者が女の幼子の身体しか用意していなかった為である。修験者も大竹丸を降臨させておいてから、『まさか本当に……?』と驚いていたので、お試しでやってみたら成功してしまったせいなのかもしれない。
というわけで大竹丸は身体は女の子、心は鬼の男の子という複雑な状況となっていた。某バーローと言う探偵も吃驚の状況である。ただ大竹丸は既に三百年の年月を過ごしている。なので、男として振る舞う事にも、女として振る舞う事にも、この三百年で慣れてしまっていた。『儂、可愛い』みたいなものはとっくの昔に通ってきた道であった。そして、そんな状況を超越し全てを受け入れ、
「分かった! 妾はタケちゃんじゃ!」
なので染まるのも物凄く早かった。
全てを受け入れ咀嚼し、食えないものだけをペッと吐き出すスタイルは許容範囲の広さも相まって流されやすい体質と言えなくもない。ただ譲れぬ部分に関してはとことん拘るだろうことは傲岸不遜な態度からしても滲み出していることだろう。
「えーと、その、すみません。タケちゃんさんはどんな事が出来ますか?」
気弱そうな青年が意を決したように聞く。それに大竹丸は鷹揚に頷いて……。
「毒ぺの一気飲みとか、天才型が出るまでリセットとかなら出来るぞ!」
「そういうこと聞いてないから! タケちゃん、ダンジョンでの役割の話だよ!」
小鈴に突っ込まれる。
尚、それを見ていた柴田は何かをメモ。恐らくまた減点されたに違いない。
「おぉ、そうか。妾はあれじゃな。秘密兵器的な役割じゃ。いざという時に切ると良いぞ」
「「「え?」」」
小鈴を除いた全員が戸惑う。
それはあれか? 私を置いて先に行けという役割なのだろうか? と夢想する者が大勢いる中、柴田は冷静に何かをメモ書きする。恐らく更に減点されたに違いない。
「タケちゃんはタケちゃんということで! 次は、私ね! えと、田村小鈴です! ポジションは前衛希望! 運動神経には自信があります! ヨロシク!」
空気がおかしいことに気付いて小鈴が慌てた様子で割って入る。その様子にちょっとホッとした顔をする者が何名か。流石に微妙な雰囲気の中で自己紹介はしたくなかったようだ。
「あ、田村さんも前衛なんだ……。僕も一応前衛希望です……。あ、
気弱そうな青年がそう自己紹介する。確かに彼の持つ盾を見れば彼が前衛希望だということは疑いようがない。小鈴はにっこりと微笑むと両手を差し出す。
「盾役やってくれるんですね! 宜しくお願いします、黒岩さん!」
「あ、うん……。黒岩さんじゃ戦闘中とかにも呼び難いよね……。クロでも崇でも好きな方で呼んで良いよ……。宜しく」
「じゃ、クロさんだ!」
黒岩の手を両手で握ってぶんぶんと握手をする小鈴。純粋な笑顔を向けられて黒岩は思わず頬を染める。あまり女性に免疫がないのかもしれない。
「じゃ、私もクロさんと小鈴と一緒で前衛希望だな。加藤ルーシー。小鈴とこっちのあざみと同級生だ……です。ヨロシク……お願いします」
着ぐるみ姿のあざみの肩を組んで引き寄せるルーシー。そのルーシーの行動に少しだけ眉根を寄せながら、あざみは小さな口を開く。
「柊あざみ。後衛希望。というか後衛しか出来ない。運動神経はない方だから。あとクロさん。ルーシーも私も敬語は出来ない方。敬語なしでも大丈夫?」
「あ、えっと、問題ないかな……。むしろ、僕は今までの人生で敬語とか使われたことないから……。話し易いように話してくれたら良いよ」
「そう。助かる」
気弱な笑顔を見せる黒岩。だが、これで前衛三人の後衛一人の秘密兵器一人が決まった。……決まった? 多分、決まった。
その後は軽く情報交換をした所で三十分が過ぎる。
「それじゃ行くぞ」
柴田の声に応えるようにして、柴田班の面々は頷きを返す。一部を除いて、その表情には緊張の色があった――。
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