第29話 鬼、後ろから付いていく係にならんとす。
今回、大竹丸たちが二次資格試験に挑むのは、松阪ダンジョンと呼ばれる三重県松阪市の松坂駅構内に突如として出現した洞窟型のダンジョンであった。
松阪と聞くと有名な松阪牛が思い起こされるが、まさしく松阪市はその松阪牛の産地である。その為か、当初はダンジョン内で美味しい牛肉が取れるのでは? と期待がされていたのだが、そもそもモンスターは退治するのと同時に光の粒子になってしまう事が判明し、その期待はある種の笑い話として今では語られていた。そんな松阪ダンジョンの入り口には特殊な仕掛けが備わっている。
「はい、次の班の人~」
ダンジョンの入り口に班毎に並び、五分の間隔を開けてから順番に班が突入していく。柴田がそんな光景を見て、重々しく班員たちを振り返る。
「此処に来るまでに説明した通りだが、この松阪ダンジョンはランダム転移型の入り口を持っている。最初に入った者から五分以内に入った者たちは一階層の同じ場所に飛ばされるが、五分を過ぎると一階層の違う場所に飛ばされる。これはこのダンジョン以外でも確認されている事象だが、三重県内にある他のダンジョンでは今のところ確認されていない特徴だ。だから、他のダンジョンも此処と同じだという先入観を抱かないように」
「「「「はい!」」」」
「なるほどのう。ダンジョンマスターが多勢で攻められない為の仕掛けというわけじゃな……」
「なに?」
「いや、何でもないぞ。気にせんでくれ」
何かを誤魔化す大竹丸を胡散臭い目で見つめながら、柴田は気を取り直して改めて注意事項を告げる。
「これから俺たちは順番を待ってからダンジョン内に突入するわけだが、その前に来る時にも言った注意事項をもう一度伝えるぞ。まず今回の日程としては一泊二日だが、一日目の宿泊場所は既に決まっている。第三階層手前の大広間だ。つまり、これから突入した君たちは日付が変わるまでには一階層と二階層を踏破する必要があるということだ。もし踏破出来なかった場合にはそれが成績に反映されると思ってくれ。また、戦闘で危ない場面や、あまりにダンジョン踏破から外れた道を進んでいる……まぁ、
「はい!」
「よし、大竹」
柴田は大竹丸を指してそう言った。もしかしたら大竹が名字で丸が名前だと思っているのかもしれない。
「試験官殿は、『ダンジョンに入ってからの行動は自由だ』と言われたようじゃが、本当に自由にやって良いんじゃな?」
「「!?」」
「だ、ダメーッ!」
どや顔で語る大竹丸に小鈴が抱きついて止める。そして、一次試験でその荒ぶる身体能力を直接見てきたルーシーとあざみは顔色が真っ青になっていた。ちなみに柴田は一次試験の結果を知らない。知っていれば大竹丸の態度にも納得したのかもしれないが、試験は公正を期すという名目上、二次試験の担当者には一次試験の内容を一切伝えていないのである。それ故に反応に差が出てくる。
「「?」」
柴田と黒岩が首を捻る中、大竹丸を中心とした女子四人が集まり、緊急作戦会議が始まる。議題は勿論、大竹丸についてだ。
「タケちゃんを自由にしたら駄目! 絶対に試験にならなくなっちゃうから!」
「あの身体能力で暴れられたら確かに試験にならないよなー。むしろ、私たちが比較されて試験に落ちそうなんだけど……。うーん、後ろから何もせずについてきて貰えば良いんじゃないか?」
「ぺペペポップ様よ、鎮まりたまえ……」
「妾、いつの間にかダーリンからペペぺポップ様とやらにクラスチェンジしとるんじゃけど? というか、皆からの信頼感が無さすぎて妾辛いんじゃけど?」
「とにかく、タケちゃんは全力出すの禁止ね! 基本的には後ろからついてくる係で!」
「いや、流石にそれは暇過ぎるというか。……小鈴よ、顔が般若のようじゃぞ?」
「タケちゃん~返事は~?」
「分かった! 分かったからその怖い顔で近付いてくるでない! 夢に出そうじゃ!」
「なら、よし!」
「満場一致だな!」
「ペペぺポップ様の気が鎮まった……」
「小鈴めぇ、妙な顔芸を身に付けおって……! 夜中にトイレに行けなくなったらどうする気じゃ……!」
「やっぱり鎮まっていない……」
――会議終了。
「良く分からんが話し合いは終わったか?」
気を使ったというよりは当事者になりたくなかったのだろう。柴田が胡乱げな視線で大竹丸たちを見てくる。
「あ、はい! 完璧です!」
「だったら早く準備をしろ。そろそろ俺たちの番だぞ」
「わ、分かりました!」
黒岩と軽く打ち合わせをしてからダンジョンに潜入する順番を決める。一歩踏み込めばそこはもう未知の世界なのだ。入って即座に戦闘になることだって十分にあり得る。この後の状況を想定して備えておくのは悪いことではないだろう。
「僕が盾役なので、とりあえず僕から突入して周囲を確認します……。その後は……」
「私が突入するよ! このでっかい荷物なら敵の攻撃を防ぐ盾にもなるからね!」
「んじゃ、私は前衛に参加出来る位置であざみのカバーも出来るように三番目で飛び込むよ」
「私はルーシーの後ね、了解。そして最後はペペぺポップ様」
「最後尾からついてくる役は任せるのじゃ!」
そんな準備を整える小鈴たちを見て、柴田は表情を崩さぬままにメモを取る。恐らくは何人かが加点されたのであろう。そして、こういったひとつひとつの積み重ねが彼らの命を守る事に繋がってくるのだと柴田は信じて止まない。
「では、次の班の人~」
「では行くぞ」
「「「「はい!」」」」
「うむ、苦しゅうない」
「…………」
何故か一人だけ上から目線になっていることを気にしながら、まずは先陣を切って黒岩がダンジョンの入り口に飛び込むのであった。
★
まず真っ先に突入した黒岩が思ったことは『暗い』ということであった。土を固めて出来た洞窟内には光を発する苔のようなものが壁の至るところに付着しており、淡い燐光のようなものを発しているのだが、それでも十五メートル先すらも見渡せないような薄暗さだ。街灯やコンビニなど、夜すらも光で満たしてきた現代人にとってはこの暗さは不安と同時に薄ら寒い恐怖を覚えさせることだろう。
「……と、前後にモンスターはいない。……いないよね?」
事前の打ち合わせで言っていたように、黒岩は素早く前後を見渡して状況を確認。直線上の通路の中程に飛ばされたようだが、ここがダンジョン内の何処なのかは見当もつかなかった。後、薄暗過ぎて周囲が本当に安全なのかも自信が持てない。
やがて黒岩の目の前で紫電を伴った黒い人影が生じたかと思うと、それがすぐに小鈴の姿になる。
「クロさん! 状況は?」
「多分、近くにモンスターはいない……と思う。ゴメン……。暗くて良く見えない……」
「あ、それならランタンとライト付けますね!」
小鈴はすぐに大きな背嚢からLEDランタンとヘッドライトを装着して点灯する。すると、たちまち辺りが明るくなり、周囲の様子が良く見えるようになった。黒岩もその様子に思わず安堵のため息を吐く。
「助かったよ……。ちょっと怖かったから……。でも、この明かりでモンスターを呼び寄せないかな?」
「モンスターに奇襲を受けるよりは、分かっていて戦闘に入った方がマシだと思います!」
「割り切ってるんだ……。凄いね……」
黒岩とそんな話をしている内に洞窟内に次々と人影が現れる。最後に柴田が現れて、全員の転送が完了だ。そして、柴田は特に何も言うことはない。どうやら自分たちで考えろということらしい。
最初は初めてのダンジョンに興味津々で壁を触っていたりした面々だが、このままではいかんぞとばかりに集まって相談を始める。尚、大竹丸はその様子を少し離れた所で見守りながら何故かキョロキョロしている。どうやら相談には参加しないらしい。それを見ていた柴田はすかさず何かをメモる。どうやらまたも減点されたようだ。
「えーと……。とりあえず前に進むか、後ろに進むかだと思うんだけど……」
黒岩が音頭を取り始めて話を進めようとするが、話がそこで止まってしまう。なにせ、現状ではどちらに進めば良いのかヒントが少なすぎる。その状態で話し合いをしようにも、といった感じなのだろう。だが一人だけ微かなヒントに気付いている者がいた。
「あっちはお勧めしない。儀式の時と同じ臭いがする」
一方の通路の奥を指差してはっきりと告げたのはあざみだ。あざみの言葉を受けて、思わず全員が鼻を鳴らす。
「そういえば、何か臭う?」
「微かに何か漂ってくるような?」
「何の臭いなんです……? 柊さん……?」
「ん。血の臭い」
あっさりと告げられた言葉に全員が押し黙る。血の臭いが流れてくるということは、通路の奥には怪我をした誰かしらがいるか、倒されたモンスターの血液でも飛び散っているのだろう。どちらにせよ不穏だ。そしてあざみのやっている儀式とやらも不穏だ。
「えーと、誰かしらが傷付いていたりするなら助けた方が良いんじゃないかな?」
「モンスター同士が食いあっている可能性もある。この松阪ダンジョンの一階層はゴブリンしか出てこないといった情報があった。そして、ゴブリンはアホだから仲間を襲って共食いするという情報もある」
「同じ試験者が傷付いたって言うなら、それは助けてやりたいけどさ。それは向こうの試験の邪魔になったりするんじゃないのかな?」
小鈴は感情論。あざみは第三者視点。そしてルーシーはルールに関してを心配している。それぞれがそれぞれの考えを持っての発言だろうから、どれが正しいとは言えないが柴田は何かを感じ取ったのか粛々とメモを行っているようだ。
「こういう時は多数決で決めよう……」
埒が明かないと思ったのか黒岩はそう提案したのであった。
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