第148話 鬼、依頼事を受けんとす。

「その凛々しき御姿! 元国家公認探索者第一席の大竹丸様とお見受けしました! 何卒っ! 何卒、我らを御救い下さい!」


「何じゃ、御主らは……」


 熱海から三島、新富士、静岡、掛川、浜松、豊橋と順調に西進していた大竹丸たちは、ようやく愛知県名古屋市の近くにまで進んでいた。

 ここまで来れば、大竹丸の本拠地でもある三重県鈴鹿山まではもう少しだ。

 だが、そんな大竹丸たちの進行を止めようとするかのように、彼女の目の前で頭を下げて大竹丸たちを出迎える一行がいる。

 その者たちは薄汚れた格好をしながらも、元は良い値段がしたであろうスーツを着こなし、大竹丸たちを名古屋市内の端の端で待ち受けていたのだ。

 その様子に大竹丸たちが思わず警戒してしまうのも仕方がない事だろう。

 何とも行動が怪し過ぎる。


「私は名古屋市の市長を務める者です! そして、彼らは名古屋市の市役所の職員たち! 今日は大竹丸様が我が市に御出でになるという御話を聞きまして、こうして職員一同連れ立って、大竹丸様をお待ちしておりました!」


「まぁ、御主たちが何者かは分かったが……しかし、良く妾たちが近付いてきている事が分かったのう?」


「それは、大竹丸様たちの活躍ぶりは凄まじく、意識していなくても耳に入ってくる程でして」


「そんな大した事はしておらんがのう……」


 大竹丸はそう言うが、ゴブリンのような低級モンスターでさえも一般人にとっては脅威なのである。それだと言うのに、もっと脅威度が高い凶悪なモンスターたちをと虐殺して大竹丸たちは進んできたのだ。

 大竹丸たちにとってはそれは細事であろうが、為政者にとっては大事である。

 特に大竹丸たちが通った地区は一時的なものではあろうが、平和を取り戻すとされるので、彼女たちの話題性は一般市民レベルにおいても高いのだろう。

 それだけの話題性があれば、大竹丸たちがどの辺りを通ってどれぐらいの時間でやってくるかといった事は割り出せるに違いない。


 尚、モンスターたちが殲滅された地域は何故か一時的に平和になり、モンスターの脅威度もゴブリンレベルからにリセットされるという。

 人々はそれを地域脅威度のリセットと呼び、モンスターの討伐をサボっていると逆に地域脅威度が上がっていき、手が付けられなくなっていく為、探索者は常日頃からモンスターの間引きをする事が大方の地域で義務付けられているとされる。


 そんな噂を聞き付けて集ったのであろうか。

 名古屋市役所の人々は、何やら大竹丸たちに大事な用があるのか、最初から平身低頭の姿勢であった。


「まぁ、えぇじゃろ。それで? こうして妾たちを仰々しく出迎えたという事は何かしら妾たちに頼みたい事でもあるんじゃろ」


「ただ働きは嫌なんだけど。……死にたい」


「あの……。干上がりそうになって私の背中に背負われた状態でブツブツ呟くのは止めてもらえませんか、嬢先輩。何かむず痒いんで……」


 大竹丸の同行者二名が文句を呟く中で、名古屋市長は営業スマイルにも見える最大級の笑顔を見せながら、大仰に両腕を広げて見せる。


「こんな御時世ですから大々的な事は出来ませんが、我々の依頼を達成して頂きましたら名古屋市を挙げて歓待させて頂きたいと思います!」


 モンスターが全国各地に現れた影響で、現在流通は止まり、食糧生産を行うのも難しく、食糧を集めるのが難しい状況だ。

 それでも、今回の名古屋市からの依頼を受ければ、それらを惜しげもなく出すという。

 旅の醍醐味は地方にある美味しい食べ物を食すこと……を自負する大竹丸は思わず豪華な報酬に飛びつきそうになってしまったが、その裏に潜む事実に気付いてひっそりと眉根を寄せていた。


「つまり、それだけ難儀な問題じゃという事かのう」


「まずは見て貰って、それから判断して頂ければ……」


 含みを持つ名古屋市長の言葉に、何やら不穏な気配を感じ取りながら大竹丸たちは名古屋市長たちに続いて、名古屋市内へと導かれるのであった。


 ★


 愛知県といえば、有名なのは某大手自動車メーカーや野球の球団、それにモーニングやら赤味噌文化が有名だが、最も有名なのはアレではないだろうか。


 名古屋城の天守閣の上に乗る二つの金のシャチホコ


 金の鯱は名古屋市民に愛される文化であり、社名に鯱を付ける会社が多くあったり、社内に鯱を飾っている会社なども多数あり、それだけ鯱という存在は名古屋市民に愛されているのだ。

 そんな愛される存在だからこそか、今の名古屋市民からは覇気が失われつつあるのも頷ける。

 それもそのはずで――、


「ほう、何とも巨大じゃのう……」


 名古屋城を締め付けるようにして、巨大な蛇が蜷局とぐろを巻いて名古屋城の屋根の上に頭を乗せている姿があったからだ。

 インド神話などで語られるような蛇神ナーガと呼ばれる存在だろうか。

 熱海で見たブリッツ・ナーガとは根本的に種族が違うのか、見上げる程の巨大な蛇の化け物は怪獣大決戦ばりの迫力があった。


「えぇ、あの巨大な蛇は名古屋城の金の鯱が気に入ったのか、ここ一か月程、じーっと金の鯱を眺めては悦に浸っているようで……。何処かに移動する気配もありません。あの巨大な蛇が居る事で探索者たちの活動も慎重になっており、名古屋市内では日々モンスターの脅威度が上がるばかりで……」


「それで? 妾たちにはあの蛇を退治して欲しいという事かのう?」


 名古屋城の高さは全高で55.6メートル程もある。それに幾重にも巻き付いているのだから、あの蛇の長さはそれこそ倍や三倍程度では済まないだろう。そんな巨大な蛇を見据えながらも、大竹丸はどこか余裕のある口振りを隠さない。

 国家公認の超一流の探索者とはこういうものなのかと、名古屋市長は驚きながらも重々しく頷く。


「はい。ですが、名古屋城にはなるべく傷を付けずに倒して頂きたいのです。あのお城は、我々名古屋市民の誇りのようなものですから……」


「怪獣大決戦になろうかというのに無茶難題。……死ねば良いのに」


 感情の無い嬢の瞳に見据えられて、名古屋市長は思わず呻く。

 彼も自分で無理難題を吹っ掛けている自覚はあるようだ。

 だが、大竹丸は「さもありなん」とばかりに頷く。


「まぁ、えぇじゃろ。努力はしてみようかのう」


「よ、宜しくお願い致します!」


「その分、歓待は盛大にせぇよ?」


「そ、それは勿論でございます!」


「ならば良し! 呵々!」


 言質は取ったとばかりに笑う大竹丸の笑顔は見惚れる程のものであり、名古屋市長は思わず自分を律する為に咳払いを一つすると、その心を落ち着けるのであった。


 ★


 さて、巨大な蛇が如何程のものか。

 敵を倒すには、まずは敵を知る事から始めなければならない。

 大竹丸はそれを実践するかのように、アスカに天舞竜の姿に戻ってもらい、空中から巨大蛇へと近付いていく。

 尚、嬢は空を飛ぶ事を当然のように拒否したので、地上でお留守番である。


「近付いても動かんのう」


「私も元々ダンジョン産のモンスターですからね。仲間だと思っているのかもしれません」


「まぁ、油断はせぬことじゃ。蛇は全身が筋肉のようなもんじゃからな。この高度にいようとも飛びついてくる恐れはある」


「えぇ……。怖いですねぇ……。バッタやコオロギじゃないんですから、飛んでいる所をパックリなんて笑えませんよ……」


「それにしても、反応が無さ過ぎぬかのう?」


 上空から蛇の姿を見下ろす大竹丸は、蛇が僅かにも身動ぎをしない事に疑問を持っていた。

 とはいえ、相手はダンジョン産のモンスターだ。

 普通の生物とは行動原理が違うのかもしれないと考えれば、それはそこまでおかしな事ではないのかもしれない。


「ん? アレは何じゃ?」


「どれです? ん――? あぁ、アレですか。何か盛られてますね。魚や肉……ですかね? あれではまるで蛇に御供え物をしているようじゃないですか」


 蛇が巻き付く名古屋城のすぐ近くに巨大な囲いのような物が作られており、そこに魚を中心とした食料の数々が積まれているようだ。

 食料が貴重な時代だというのに、これは一体どういう事だろう。

 大竹丸たちが疑問に思って旋回を続けている間にも蛇は動きを見せない。


「ふむ。何やらどうも……ん?」


「どうかしましたか? マスター?」


 言葉を言い掛けた大竹丸の口の動きが止まり、そして次に言葉を放とうとしたのだが、その言葉を放つよりも早く蛇が動き出す。

 急にカパリと大きな口を開けたかと思うと、そこから巨大な火球をアスカ目掛けて轟音と共に吐き出したのだ。

 それに気付いたアスカは素早い動きで火球を躱す。チリチリと熱を伴った光が空の彼方に消えていくのを見て、大竹丸は思わず口元に笑みを浮かべていた。蛇にあるまじき攻撃に「面白い」とでも思ったのかもしれない。

 だが、火球はその一撃だけでは終わらなかった。

 蛇は口を開けたままの姿勢で、何発もの火球を空間に作り出していく。

 もしかしたら、魔法のようなものなのだろうか。

 口の動きと火球の作り出される速度や射出の瞬間が連動していないようだ。


「ふむ、なかなかに厄介じゃな。……仕方ない。アスカよ、一時撤退じゃ」


「はい。マスター」


 連続する火球が空に放たれる中、アスカは戦闘機すらもぶっちぎる速度で火球を躱しながら戦線を離脱するのであった。


 ★


 地上に戻ってきた大竹丸は嬢を回収し、名古屋市長が用意してくれた市庁舎の一室で作戦会議を行い始める。

 市長の奢りという事で手渡されたミネラルウォーターをチビチビと飲みながら、嬢はあまり良く見えない目を大竹丸へと向けていた。


「それで、何か蛇について分かったの? ……硬水の方が嬉しいけど、軟水だコレ」


「奢られておいて、生意気言うでないわ。……まぁ、アレじゃの。色々とおかしい事は分かったかのう」


「例えば? ……だって硬い方が美味しいじゃん」


「石でも食っとれ、御主は! ……まぁ、蛇の動きがやたらと不自然な所じゃったりとか、何やら供え物のような物が置かれておったりとかかのう? 蛇の癖に火を吐く(?)のも気に喰わんが……。何よりもおかしかったのは――」


 大竹丸は先程上空で見た蛇の姿から得た違和感を口にする。


「あの蛇、最初に見た時より、後で見た方が縮んでおった」


 大竹丸の言葉を何度か心の中で反芻して、アスカは記憶を掘り起こすようにゆっくりと思い返すと――、


「言われてみれば、最初と最後で少し大きさが違いました、かね?」


 大竹丸の意見を肯定するかのように、そう呟いたのであった。

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