第147話 鬼、配下の御機嫌を窺わんとす。

 深く暗い森の中を様々なモンスターたちが思い思いに散っていく。

 一応、武闘祭予選の戦闘区域は指定されているが、山の中の領域を正確に把握することは難しい。だから、散っていったモンスターたちも大体の範囲で散らばっているのだろう。

 モンスターたちが互いの距離を取ろうとするのは色々と理由があるが、一番は一時間後の予選開始と共にいきなりの戦闘を行わない為であろう。

 何せ、予選突破の勝利条件は二十四時間後まで生き残っていること。

 別に、最初から最後まで殺し合いを行う必要性は全くないのだ。

 二十四時間後までずっと逃げ隠れていたとしても何ら問題ないのである。


 ……とはいえ、だ。


 モンスターとは本来凶暴な性質を秘めたモノ――。その本能に逆らってまで二十四時間もの間、大人しく潜伏していられるのかという疑問はある。

 そんな中で一部のモンスターは戦闘区域の入口から散る事もなく、予選開始までの間をただただ待っている光景も見受けられた。

 恐らくは腕に自信があるのだろう。

 同じように散らずに開始の時を待つモンスターたちを見ては、舌舐めずりといった様子だ。彼らは開始と同時にライバルを減らそうと考えているのだろう。その様は、むしろモンスターとしての本能に忠実で微笑ましくすらある。

 そんな中、大竹丸たちは大勢のモンスターを率いて山の奥へと踏み込んでいた。

 別に大竹丸たちが先導しているわけでない。彼らはニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら勝手についてきているのだ。


「……尾けられてますけど?」


 そんなモンスターの軍団を率いるアスカは、どこか不満そうな表情でそう告げる。

 有象無象がついてきたところで大して恐ろしさは感じないが気分は悪いのだろう。しきりに背後を気にしている。


「何で尾いてくる? ……自分の領域で戦った方が強い」


 最もな嬢の質問に、歩きながら肩を竦めるのは大竹丸である。


「優勝候補が此処におるからのう。そういうのを序盤で協力してボコボコにするのは少年漫画もののお約束じゃから仕方あるまい」


「いつから私達は少年漫画の世界に迷い込んだ? ……熱血も努力も感動もないけど?」


「むしろ、妾たちは主人公サイドではなく、悪の親玉的立ち位置じゃからな。熱血や努力や感動お約束が無くても当然といえば当然じゃろ。……それにしてもこれではまるでハーメルンの笛吹きじゃのう」


 流石に大名行列のような状態に大竹丸も何も感じないわけではないらしい。

 ぞろぞろと後続に続くモンスターたちをどうしたものかと悩んでいると、嬢がどうでも良いとばかりに小さく呟く。


「近くにいれば仕留めるのも楽。……このままでいい」


「……まぁ、そういう事じゃったら、このままでえぇじゃろ」


「分かりました。しかし、我々は何処に向かっているんですか?」


「知らぬ。何となく真ん中辺りが良いかと思って進んでいるだけじゃ」


「ノープランなんですね?」


「真なる強者は計略なんぞ用いんでも強いからのう。小細工など不要ということじゃ。呵々!」


 上機嫌そうに笑う大竹丸たちはずんずんと山の奥へと進んでいくのであった――。


 ★


 結論を言えば、決着は既に予選開始の時点でついていた。

 準備時間の一時間もの時間は、たった数分でダンジョン一階層全てに蜘蛛の巣を張り巡らせる嬢にとっては冗長な時間であり、それだけの時間があれば、準備時間の間に地上にいる全てのモンスターに蜘蛛糸を絡ませ、同時攻撃の準備を整えられたからである。

 開始と同時に蜘蛛の巣に囚われた者たちは阿鼻叫喚。

 鋭利で丈夫な蜘蛛の糸によって、斬られ、捥がれ、投げられ――、

 数刻もしない内にあっという間に参加者の九割が脱落していく。

 そんな阿鼻叫喚を予選開始前に予測していたのか、大竹丸はアスカの腕を取ると、血の剣で素早く蜘蛛糸を断ち、開始と同時に上空へと飛び上がる事を指示する。

 かろうじて、嬢の攻撃の犠牲となる事を回避出来たわけだが……此処からがまた酷い。

 嬢の攻撃を受けずに済んだモンスターたちは、主にはエリア上空を飛んでいた飛行型のモンスターたちなのだが、そこに飛び上がったのは空戦最強を自負する天舞竜――。

 彼らは空中を飛行しながら、時間経過を待つつもりだったのだろうが、そうは問屋が卸さんとばかりに今度はアスカが飛行型のモンスターたちに襲いかかる。

 彼女は大竹丸を乗せて意気揚々とモンスターを屠っていき、僅か一時間ばかりでその領域の上空を制圧下に置いてしまっていた。

 地上では餌を求める蜘蛛が蠢き、上空では飛び交う羽虫を落とす竜が舞う。

 その状況に多くのモンスターが散り、結果として開始から三時間もした頃には残る参加者は大竹丸と嬢とアスカのみしか存在していなかった状態だ。

 だが、ルールはルール。

 大竹丸を乗せたアスカは上空を二十四時間旋回した後、地上へと降り、見事決勝戦へと駒を進める。

 勿論、大量虐殺を行った嬢も一緒だ。

 だが、ここで困った事態が判明する。

 三人が大暴れしたせいで、決勝戦まで残った者が大竹丸たち三人しかいなかったのである。


 ★


「さて、決勝戦をやりたいと思うのだが……」


 一気に寂しくなった顔ぶれを見回して、ポポキンがどこか戸惑った表情を見せる。周囲には、自分たちの新たな首魁が決まるともあって、大勢のリザードマンが集まっていたが、その顔は戦々恐々としているのは何故だろうか?

 ……きっと、何か恐ろしい事があったに違いない。


 ポポキンが取り仕切る中、真っ先に片手を上げたのは嬢だ。

 彼女は大暴れした余韻など欠片も醸し出す事なく淡々と告げる。


真剣勝負ガチンコでやるなら私は降りる。……百鬼夜行帳を使って命令されたら白旗を上げるしかないし」


「えぇ!? そうなんですか!?」


「そんな事も知らないの? 百鬼夜行帳に登録された物の怪には登録者に従う義務がある。……だから、私達の自由を取り戻すには大竹丸を殺す必要がある」


「あぁ、だから嬢先輩はマスターを隙があれば殺そうとしてるんですね」


「妾はそんな無茶な頼みはしておらんのじゃがな……」


「生殺与奪を相手に握られているというだけで虫唾が走る。……死ね」


「分かった、分かった。じゃったら、真剣勝負じゃないもので勝負を付けたら良いのじゃろ? リザードマンたちよ、御主らの主を決めるのじゃ、御主らが納得するような競技で決めれば良い。殺し合い以外で何かあるかのう?」


 大竹丸がそうリザードマンたちに尋ねると、リザードマンたちはおもむろに相談し始める。

 まさか、こんな展開になるとは、彼らも考えていなかったのだろう。

 口論にも似た激しい相談は、自然と大竹丸たちの耳にも届く声量となっていた。


「おいおい、どうする?」


「どうするっていうか、ここは竜様一択だろう?」


「エゲツねぇ蜘蛛と、偉そうな鬼と、綺麗系の竜様だったら、綺麗系の竜様しかねぇよな!」


「そうだな! 竜様はボン・キュッ・ボンだしな! 踏まれてぇ〜!」


「鬼も蜘蛛も人間基準じゃ美しいんだろうが……」


「ふっ、所詮は人間、鱗も持たぬ下等生物よ……」


「だったら、竜様が勝つような対戦形式にしたら良いんじゃねぇか?」


 かつて、ここまで明け透けな八百長があっただろうか。

 大竹丸は目眩を覚えつつもアスカに視線を向ける。


「むしろ、もうコヤツが大将でえぇんじゃないかのう?」


「面倒くさくなってきてるし、それで良いよ。……このままだとミスコンで決めかねないし」


 背が低く、貧相な体である嬢としては大衆の視線に晒される事が我慢出来なかったのかもしれない。

 大竹丸たちが面倒くさくなって棄権を考えている頃、リザードマンたちは、何故かホテルの片隅にあったリザードマンたちに大人気のゲーム、ストライダー○竜をやらせて一番進んだ者が勝ちで良いのではないか? という議論に及んでいた。

 そう、彼らは竜大好きなのである。

 なお、リザードマンに一番人気の無いゲームは自分たちが叩かれている気分になるワ○ワ○パ○ックらしい。

 

 ★


 かくして、静岡県での静岡リザードマン族首魁武闘祭なんだか、熱海リザードマン園チキチキ首魁バトルなんだかの騒乱編は終わりを迎える。


「しかし、結局、リザードマンたちの協力は得られなんだか……」


 のんびりと歩く大竹丸が言うように、背後にはリザードマン族の大軍勢はついてきていない。

 結局、いつもの三人きりである。

 それもそのはずで、リザードマンたちは静岡県全域での治安維持に非常に有用であり、そのリザードマンたちを大阪まで連れて行くと大竹丸たちが宣言した途端、静岡県の県知事に泣いて止められたのである。

 流石に、大の大人がみっともなく足に縋り付いてきたのにドン引きした大竹丸たちは、それ以上の無理強いも出来ずに、ポポキンに「人間たちに良いように宜しくやってくれ」と指示を出すと、その場の統治を任せて先を急ぐのであった。


「うむ、完全な無駄足じゃったな!」


「でも、美味しい御茶っ葉を県知事から貰いましたよ?」


「静岡おでんも貰った。……美味しい」


「本当、御主らは物に弱いのう……」


「それは違う。……私達は忖度しない」


 嬢がどこを見ているか分からない視線を明後日の方向に向けて、そんな事を言う。

 大竹丸はそれを聞いて、こっそりと冒険者カードを取り出すと、そこに溜まっていたDPを消費して、おやつ昆布のしそ梅味を嬢とアスカに握らせる。それをしっかりと受け取った嬢とアスカは真面目な顔で平然とのたまう。


「大竹丸のことが少しだけ好きになった。……かも」


「私は今後もマスターに忠誠を誓いますよ! えぇ、勿論!」


「御主等、ほんっとやっすいのう!」


 それでも、この程度で機嫌が良くなるのであれば、配下たちの御機嫌を取っておくのも悪く無いかと思う大竹丸なのであった。

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