第160話 鬼、生駒山ダンジョンに挑戦す。③

 生駒山ダンジョンの攻略方法として、茨木桐子が示してきたのは中央塔に待つ大妖、酒呑童子の撃破であった。


 その中央塔に行くには、周囲を囲う五つの塔を攻略しなければならない。


 大竹丸はそんな塔のひとつを攻略しに来たのだが……。


「誰もおらんな」


 塔の中に入るなり、何が起こるか分からないとばかりに構えていたのだが、声による出迎えも、軍勢による迎撃も、神通力による攻撃も――……何も無かったのだ。


 大竹丸は肩透かしの気分を味わいながらも、塔の中を探検する。


 塔の住人はどうやら酷く少女趣味のようだ。


 塔の内壁がピンク色に塗られ、そこかしこにファンシーなぬいぐるみが転がっている。


 ただし、片付けは苦手なのか、物が散乱しているイメージだ。


「掃除はちゃんとしとるんか、コレ? ダンジョンじゃから埃とか出ないのかのう?」


 散らかりっぱなしで足の踏み場もない状態の塔は、螺旋階段が内壁に沿うように用意されており、上階へ行くにはその階段を昇っていかなければならないようだ。


 だが、大竹丸はその必要はないと考えた。


 何故なら、塔の一階のど真ん中に、テレビとベッドと、散乱した漫画、それにゲーム機にゲームのパッケージ、更にはうず高く積まれたぬいぐるみの山が見えたからだ。


 傍らには何やら机と椅子も設置されており、そこにはスナック菓子や有名店の甘味なども置かれており、明らかに生活感で溢れている。


 しかも、かなりだらしない生活感である。


「明らかにココだけで生活しておるような痕跡じゃな……。というか、此処の主はどこにおるんじゃ? まさか、留守というわけでもあるまい?」


 ダンジョンデュエルの最中は、ダンジョンに所属しているモンスターはダンジョンの外に出ることが出来ない。


 だから、このダンジョン……塔に住むモンスターが失踪したという事はないと思うのだが、もしかしたらどこかに隠れているのかもしれないと大竹丸は疑う。


「まぁ、居らぬのであれば、勝手に家探しさせてもらうがのう」


 茨木桐子は周囲の塔を攻略しなければ、中央塔に侵入することは不可能であると言っていた。


 なので、この塔自体に中央塔に侵入させない仕掛けの『解除装置』があるのではないかと大竹丸は睨んでいる。


 とりあえず、何か作業をしていたとは思えないほど、スナックとスイーツが置かれている机を大竹丸は丹念に調べる。


「何じゃ、コレは?」


 すると、机の表面に撃墜マークのように貼られたシールを発見する。


 シールはコンビニで買う商品に付けられた、商品名のシールらしく、それが少しずつズラされて貼られているようだ。


「あああああああああああああああたたか稲荷? ……何がやりたいのか、さっぱりじゃ」


 商品名はあたたか稲荷という商品のようだ。


 稲荷寿司の亜種のようなものだろうか?


 思わず目を背けたくなるような、相手の思考を疑うようなものを見たとばかりに、大竹丸はとりあえずそのシールを見なかった事にして机を漁り始める。


 すると、机の上にファンシーな装飾デコレーションがなされたノートが置いてあるではないか。


 大竹丸はそのノートを手に取って観察する。


「ひみつのノート♡ 天堂寺やすな――……」


 その名前を見て、大竹丸はこの塔が誰のものであるのかを理解する。


 そして、その天堂寺やすなとやらが、ダンジョンデュエルの開始と共に風雲タケちゃんランドのダンジョンの方に攻めに行っている事も思い出してしまう。


「自分の持ち場を守らずに、相手のダンジョンに攻めに行ったとか、うつけにも程があるじゃろ⁉」


 どうやらこの塔の主は職場放棄した為に、留守らしい。


 大人しく待っているのが嫌だったのかもしれないが、とんでもない思考の持ち主だと大竹丸は短く唸る。


「とりあえず、このノートに仕掛けを解くヒントが書いてあるやもしれぬ」


 大竹丸はパラリとノートをめくる。


 そこには、何故か漫画風のコマ割りと下手くそな絵と文字がガリガリと書き殴られていた。大竹丸はとりあえず、それらを音読してみる。


「『ゴロ助……』『キセレツ……』『んん、ゴロ助!』『キセレツの中、あああああああああああああああたかいナリーーー!』――…………どこに需要あるんじゃ、この話⁉ しかも、これから先、あたたか稲荷をもうそういう表現でしか見れなくなるじゃろ⁉」


 ひみつのノートは、そのまま秘密でいて欲しかったと大竹丸は大いに後悔する。


 特に、大竹丸の意識を変えてしまったという点では、罪深過ぎるノートであった。


 ちなみに、大竹丸がひみつのノートにダメージを受けている間、大竹丸の仲間たちは死闘を繰り広げているのだが――割愛する。


「ふぅ、落ち着け、妾……。まさか、空き巣対策に精神的ダメージを与えるノートを設置してくるとは、アヤツもやるではないか……。じゃが、ここで引き下がる妾ではないぞ! きっと、違うページには中央塔を守る秘密が書かれているんじゃろ! もう一度、挑戦じゃ!」


 大竹丸は懲りずにノートを拾いあげると、ぺらりとノートの奥の方のページを見る。そこには――、


「『ゴロ助……』『キセレツ斎様……』『んん、ゴロ助!』『キセレツ斎様の中、あああああああああああああああたかいナリーーー!』――…………じゃから、どこに需要あるんじゃ、この話⁉ 確かに時系列考えればそうなるじゃろうけども!」


 大竹丸は床にノートを叩き付ける。


 どうやらネタに困って設定を見直した末に行きついた領域らしい。


 そのノートのページの前には、結構な数で塗りつぶされたページが続いていたりするのだが、大竹丸はその事実を知らない。


 大竹丸は、もうそのノートには関わらないと決めたのか、放り捨てたままに机の中を漁っていく。


 すると、何故だか男同士が絡み合っている薄い本が沢山出てくる。そのどれもが、イケメンだったり可愛い系だったりするのだが……。


「この世界に、キセレツ大百科では割って入れんじゃろ⁉」


 核兵器相手に竹槍で挑む無謀さを大竹丸は感じずにはいられない。


 肉体的には一切の疲労を覚えない大竹丸だったが、精神的にやたらと疲労を感じながらも、大竹丸は机周りを念入りに探す。


 だが、大竹丸が塔の機能停止マニュアルを手に入れたのは、一時間後に再度ひみつのノートを読み込んで、ちょっとしたメモのように書かれた『まにゅあるのばしょ ココだよ~』という記載を頼りに、塔の最上階の部屋に行って見つけることになるのだが……。


 大竹丸はそんな事を知る由もなく、懸命になって机の周辺やベッド周りを漁っていくのであった。


「何で、机の引き出しの中に目玉の取れかけたぬいぐるみとかギッシリ詰まってるんじゃ⁉ 怖いじゃろ⁉」


 とにかく、精神的なダメージが酷かったとか何とか。


 ★


 大竹丸がいる塔からの力の供給が止まったのを本能的に感じて、大竹丸はホッとひとつ溜息を吐く。


 マニュアルの中身には、割と詳細に操作方法が載っていたので、恐らくはやすなの担当ではないのだろう。


 多分、彼女が関わっていたらもっとトンデモないものが出来上がっていただろう、と大竹丸は確信する。


「桐子辺りが作ったんじゃろうな、コレ。分かり易いが……故に、妾でも操作が簡単じゃったな」


 内容としては、塔の地下にエネルギー供給装置があり、それに停止コマンドを入力することで停止することが出来るというだけだ。


 塔というイメージから登ることを連想しがちだが、地下に設置してあるのがミソらしく、『ミスリードがなんたら〜』と、ノートには丸っこい文字で可愛く書かれていた。


 ちなみに、原文ままである。


 やすなも中身については、大して聞いていなかったようだ。


「しかし、あれじゃ。久し振りに脳が破壊される感覚を味わったぞ……」


 最近の若い少女とは皆あんな感じなんだろうか、と大竹丸は小鈴の笑顔を思い出しながらそんな事を考える。


 もしかして、小鈴の机も調べたらあんなものが出てくるのだろうかと考えたら気が気ではない。


「ま、まぁ? 結果良ければ全て良しじゃしのう! さて、後はアスカの出迎えでも待つか!」


 そう言って、大竹丸は一階にまでやってくると、テレビの前にぬいぐるみを放り投げて集めて、簡易の椅子を作り出す。座り心地が悪かったのか、二、三回作り直して、そのままどっかりである。


「はー、他の者たちが苦戦しておらんか、心配じゃ、心配じゃ〜」


 そう言いながらも、大竹丸はゲーム機を起動し、その辺に雑に積まれていたゲームの類を物色し始める。どうやら、ゲームをしながら暇を潰す気らしい。


「何か、乙女ゲーか、ギャルゲーしかないのう……。まぁ、たまにはやってみるかのう……」


 気のない感じのままにゲームを開始する大竹丸であったが、その後没入し、五時間後にやってきたアスカに頭を引っ叩かれる事になろうとは、この時は思ってもみなかったのであった。

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