第161話 鬼、生駒山ダンジョンに挑戦す。④
「ふむ、随分と早かったようじゃが、御主の所にも守護者が居らなかったのかのう?」
アスカの背中に乗って空を飛びながら、大竹丸はそんな事を尋ねる。
すると、アスカが不思議そうな目を大竹丸に向けていた。
「守護者がいなかった? マスターの所には守護者がいなかったのですか?」
「い、いや、おったぞ! 物凄く手強い奴がおった! 妾の価値観を変えてしまうような物凄い奴がな!」
おかげさまで、いなり寿司に偏見を持ってしまうぐらいには手強い奴がいた、と大竹丸は頭の中で付け加える。
その言い訳に納得したわけではないだろうが、アスカは大竹丸の質問に素直に答えていた。彼女は根が素直なのである。
「私のところには、SS級のモンスターであるキングベノムヴァイパーという蛇のモンスターがいましたよ? 格下ですので、そこまで苦戦せずに倒せましたが」
このダンジョンの中でダンジョンマスターの最強の手持ちのモンスターが配置されていたのだろう。
だが、アスカとしてはそこまで苦戦もせずに倒せたらしい。悲しいかな、同じモンスターといえど、そこには明確な格があり、実力差というものが存在するようだ。
「私は運良く勝てましたが、他の人たちは大丈夫でしょうか?」
「葛葉に関しては、妾はまるで心配しておらんよ」
近付いてくる飛竜を血の糸で切断しながら、大竹丸はそう断じる。
その根拠の理由は、葛葉の
その狙われていた理由というのが、彼女の血筋にあるのだという。
「アヤツの兄は、
安倍晴明といえば、平安時代に陰陽術を用いて政治の中枢に食い込んだ稀代の実力を持った陰陽師だ。
そんな安倍晴明が行使する陰陽術はあまりに強力であった為、日本三大妖怪にも数えられていた
そして、それは事実であり、葛葉はそんな二人と近しい位置の縁者だ。
相手が、現代に蘇った茨木童子の生まれ変わりだとしても、葛葉の方が一枚も二枚も上手であるというのが大竹丸の読みである。
「葛葉先輩って、そんな凄いんですか?」
「妾や、茨木童子なんぞとは違って、当時から千年を生きる妖怪じゃぞ。格が違うわ」
「そんな凄い人なのに、マスターに従うんですね……」
「アヤツが求めておるのが、平穏な暮らしじゃからな。妾の持つ百鬼夜行帳の中が一番暮らしやすいらしくての……。まぁ、葛葉とは大家と住人のような関係じゃな」
「マスターが一番最初に葛葉先輩に接触してくれて良かったですよ。それって、百鬼夜行帳を持っている人だったら、誰でも葛葉先輩を仲間に引き入れる事が出来るってことですからね」
「……そう考えると、ぞっとせんのう」
もしもの未来でも想像したのか、大竹丸は不味い物でも食べたかのような顔になる。気分を変える為か、血の糸を全周囲に展開し、範囲内に入ってくるモンスターを片っ端から倒して気分転換をしているようだ。ダンジョンの中に血が飛沫く。
「葛葉先輩は分かりましたが、他の人たちは大丈夫ですかね? 特に、ミケとか……」
「ミケはそんなに心配しておらんのう。嬢が言うには、ミケの
大勢を相手にすると、一人一人の書き換えに手間が掛かる事もあり、なかなか真価を発揮出来ないのだが、
だから、大竹丸はミケの勝利を疑っていない。
むしろ、問題は……。
「むしろ、不死鳥の方が問題じゃろうな」
死なない鳥、不死鳥。
その防御性能は折り紙付きだが、攻撃性能に関しては炎による攻撃しかない。
相手が燃える事を嫌がるような相手なら良いが、全く炎が効かない相手となれば、千日手ともなりかねないことだろう。
事実、不死王が相手の時は、決め手がなく千日手となってしまった。
今回もそんな事が無ければ良いが、と大竹丸は思うばかりである。
「むむっ、マスター! あの塔が中央塔じゃないですかね?」
「恐らくはそうじゃろうな。さて――、」
軽く首を回す大竹丸は、ぺろりと下唇を舐めて笑う。
「――久し振りに熱くさせてくれるのか? 酒呑の者よ?」
その表情は獲物を狙う猛禽類のものであったという。
★
五つの守護塔に守られた中央塔。
その内部に設えられたのは、巨大な闘技場だ。
その闘技場の上段に備え付けられた大きめの椅子に腰掛けながら、小柄な少年が巨大な盃に注がれていた酒を一息に飲み干していた。
「酒呑」
そんな少年の背後の空間――……闘技場内の通路に通じる暗い穴から、染み出すようにしてスーツを着た男が現れたかと思うと、椅子に座る少年に声を掛ける。
見た目からの歳の差で言えば、ひと回りくらいは違うと思えるのだが、スーツ姿の男の方が少年に敬意を払っているように感じられた。
少年は空になった盃に更に酒を注ぐと、ようやくといった様子で視線をスーツの男に向ける。
「守護塔五つが攻略された」
「ようやくかよ」
少年はそこで楽しそうに微笑む。
まるで、彼には最初から、この結果が見えていたかのような面白がりようだ。
いや、実際に見えていたのだろう。
少年は笑みを崩さない。
「悪いな。塔の守護者たちには、元々やばくなったら塔を放棄して逃げろって言い含めてあるんだ。だから、塔が落ちるかもしれないってのは、想定内の出来事ではあるんだよ。……まぁ、死んじまったら何にもならねぇからな」
「ふむ。逃げて、泥水を啜って生き抜いたとして、その先に何がある?」
スーツの男は懐から煙草を取り出して、一本を口に咥えるとゆっくりと火を点ける。紫煙が闘技場に棚引くのを眺める姿は、まるで郷愁を感じているかのようだ。
「そうだな。……次の遊びが出来る」
酒呑と呼ばれた少年は、男の相槌を待つこともなく、独白のように言葉を続ける。
「アンタの所のダンジョンを遊び場にしたように、次のダンジョンに行って、また新しい遊び場を作って世界に混乱を来たす。それをずっと繰り返すのさ」
「……それの何が楽しいのかね?」
男が尋ねると、酒呑は凄味を感じる笑みで口角を吊り上げる。
「平穏だと退屈で退屈で俺が死ぬ。むしろ、狂乱と騒乱が俺たち……鬼の生きる道だってことよ。ソレは
「そんなものか。……人はそれを不毛と呼ぶのだがね」
「全てが全て、生産性に富むとは思っちゃいけねぇよ。人だろうが、鬼だろうが、理屈に合わない事をしなくちゃならねぇ時もある。そういうもんだ」
そうかい、と言いながら男は携帯灰皿で煙草をもみ消す。
そして、此処に居ては邪魔になるからと言って闘技場の通路の奥へと消えていく。
そんな背中を見送ることもなく、酒呑は盃に注いだ酒を一息に呷ると、楽しそうに笑みを浮かべてみせていた。
「さて、鬼の先輩よ。アンタは本当に平穏な世界を望んでいるのかい? そこが本当に俺たちの居場所だと思っているのかい? いやぁ、教えて欲しいもんだね」
酒吞は持っていた盃を空中に放り投げると、落ちてきたそれに向かって大太刀を振るう。
そして、盃が地面に落ちた時、その盃は真っ二つに割れて地面に転がっていた。
「是非、教えてくれよな! アンタの本音って奴をさぁ!」
そう言う酒吞の顔はまさしく鬼と言うのに相応しい顔つきになっていたのであった。
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