第162話 鬼、生駒山ダンジョンに挑戦す。⑤

 中世ローマのコロッセオに近い造りの闘技場。


 その観客席の上段中央に設えた、王者が座るような椅子に座り、酒呑童子は時を待つ。


 やがて、コロッセオの入り口から軽い足音を響かせて、誰かが入り込んでくる。


 守護塔五つが攻略された事は、既にダンジョンマスターから聞いていた。なので、酒呑童子はそれが敵方の足音であることを確信する。


 足で床に置いていた刀の紐を引っ掛けて放り上げ、酒呑童子は立ち上がると同時にその大ぶりな刀を空中で握る。


「随分と待たせるじゃねぇかよッ!」


 そう酒呑童子が告げる先――、真っ黒なジャージを着た黒髪の少女が現れる。


 見目麗しい顔にすらりとした体型はどこかモデルを思わせるような細さを思わせるが、その両手には血で出来た二刀が握られていた。少女が凛とした表情で酒呑童子を睨み付け、言葉を発する。


「御主が酒呑童子か!」


 そう少女に凄まれた酒呑童子は、一瞬だけ言葉に詰まって……。


 ふっ、と軽く笑みを浮かべながらそっぽを向く。


(――……めっちゃ好みのタイプだ)


 転生して十六年。


 酒呑童子、生まれて初めての一目惚れであった。


 ★


「酒呑童子かと聞いておるんじゃが⁉」


 大竹丸が再度声を張り上げる中、酒呑童子はコホンと軽く咳払いをした後で朗々とした声で名乗りを上げる。


「如何にも! 俺こそが酒呑童子の生まれ変わりこと、天堂寺守てんどうじまもるだ! だが、ちょっと待って欲しい! 少々話し合わないか! その、ちょっとオシャレなカフェとかで……」


「問答無用で世界にモンスターを発生させておいて、そんな戯言を良くも言えたものよ! 妾が成敗して世界に平和を取り戻してくれん!」


 大竹丸としては、ここが正念場とばかりに声に力が入る。


 だが、天堂寺守を名乗った酒呑童子はどこか乗り気ではない様子。


 それもそのはずだろう。時間切れになれば、占領面積比率的に勝利は生駒山ダンジョンに訪れる。


 こうしてグタグタと時間の引き伸ばしを行うのも作戦の内であろう――……と大竹丸は考えた。


 全くの大外れだが。


「くっ、性格も男勝りのサバサバ系だと! どこまで俺を惑わせれば気が済むんだ! 大嶽丸!」


「先輩を付けぬか、酒吞! 妾はお主の先輩じゃぞ!」


「その上、先輩属性まで付けてくるだと⁉ 属性てんこ盛りじゃねぇか! 俺の性癖アレが歪んだらどうしてくれる!」


「アレとはなんじゃ! アレとは!」


「話が嚙み合わねぇ! ちょっとタイムだ!」


 ここで、堪らず酒呑童子がタイムを取る。一回落ち着いて話の方向性を整理したいようだ。


 大竹丸としてはここでいきなり襲い掛かっても良いのだが、アスカがようやく追いついて来たので、こちらも二人で少し相談するようである。


 一人でひっそりと悶々とする酒呑童子は――、


「くっそ、見れば見るほど、めっちゃ可愛い……! 俺のモロ好みなんだけど……! 性格も真っ直ぐそうだし、純粋じゃねぇか……! あー、もう! 何で敵対しちゃってるんだよ……⁉ 何か、こう、デートぐらい誘えねぇかなぁ⁉ 上手く話の方向を持っていってさぁ……!」


 ――話の方向性は悪い方向に調整されようとしていた。


 一方の大竹丸たちはというと――、


「何というか、話をはぐらかされている感じじゃ……」


「時間稼ぎかもしれませんね」


「御主もそう思うか? 引き分け無しのデスマッチじゃしな。アヤツの策略かもしれぬ」


「いざとなったら、二人掛かりでいきます?」


「いや、それは鬼のプライドが許さぬ。妾がどうなろうとも、アスカは決して手を出すでないぞ?」


「分かりました、マスター」


 ――こちらはこちらで真剣に緊張感を高めているようだ。


 やがて、口論レスバトルの第二回戦が幕を開ける。


 口火を切ったのは復活した酒呑童子だ。どこかテンションを上げながら、刀を肩に担ぐ。


「待たせたな! 大嶽丸! 貴様にも大切な人がいるだろう! その恋人に別れは済ませてきたのか!」


「大切な者たちはおるが、恋人なんぞおるわけあるまい! そもそも別れの挨拶などせずとも、御主を倒せば、それで終いじゃ!」


「そうか……そうか! いないのか! そうか! ふはははっ! それは何というか……僥倖ッ!」


「アスカよ、何か妾、煽られとる?」


「煽られてますね。多分」


「…………。オイ! この酒吞の! 御主だって恋人なんぞおらんじゃろが! 何、得意気になっておるんじゃ!」


「クックックッ、そう! 俺もフリーだッ!」


 ばぁんっと音が付きそうな勢いで両腕を広げる酒吞童子。


 大竹丸は再びアスカに視線を向ける。


「これはどういう事じゃ? 妾、言い負かしたよな?」


「アレじゃないですか? 結婚したら負けとか思っている独身貴族的な発想の持ち主なのでは?」


「つまり、妾は煽り返しているつもりで、アヤツを褒めていたという事なのか……!?」


「恐らく」


 アスカは神妙に視線を落としながらも、何かおかしいなと感じていた。


 微妙に話が噛み合っていないような、そんな雰囲気を感じていたのである。


 とはいえ、最終決戦前に何だか言い出せそうな雰囲気ではない。


 心にもやもやとしたものを抱えながらも、アスカは黙り込むのであった。


「大嶽丸よ、お前は世界を救うと言うが、今のこの世をどう思うんだ?」


「何じゃと?」


 酒呑童子の口調が変わる。それはどこか確信しているかのような口調であった。


「泰平の世、大いに結構! 平和を享受して、人は愛を説いたり……人は愛を説いたり! 大いに結構!」


「何で二回言ったんじゃ?」


「さぁ?」


 酒吞童子は強調したつもりだったが、大竹丸は言い直したのかな程度にしか思わなかった。


 スレ違う恋心である。


「だが、こうも思っていたはずだ。……物足りない、ってな」


「…………」


「俺たち鬼は闘争の中でしか生きられない生き物だ! 平穏な世の中、泰平な世の中、大いに結構! だが、そんな世の中では逆に俺たちは必要とされないのさ! ……俺はお前を必要としているがな、大嶽丸!」


「それは、世を乱し、世界を混乱に叩き落す片棒を妾に担がせる為か!」


「え? あ、いや……そ、その通りだ!」


 何故かどもる酒吞童子にアスカが疑惑の視線を向ける。


「何か歯切れ悪くないですか?」


「アヤツも決戦を前に昂っておるのじゃろう」


 だが、アスカの違和感は、通常ではない雰囲気だからという事であっさりと片付けられてしまった。


 酒吞童子はちょっとだけ心の中で歯噛みをする。気付いてくれよ! と。


「とにかく! 俺はこのダンジョンの生まれる世の中になって、これこそが神がくれた革命のチャンスだと思ったのさ! 平穏で退屈で、酒呑童子の生まれ変わりだって言っても、何の輝きも放てないクソみたいな世の中が、ようやく俺の才能を発揮出来る世界となったんだ! ――その活躍の場を世界中に広げようとして何が悪い!? 大嶽丸、お前だって国家公認探索者とかになって、その戦乱時に輝く才能を十二分に活かしているんだろ? だから、俺と共に来い! 大嶽丸! ふ……、二人で幸せな未来を描こうぜッ!」


「世界の危機に幸せな未来なんぞ、描けるわけがなかろう……」


「というか、彼の台詞なんかところどころおかしくありませんか?」


 アスカはやっぱり引っ掛かっていた。


 何か違和感を覚えるらしい。


 だが、大竹丸はその違和感に気付かない。


「そうか? 無理して難しい言葉を使ってトチってるだけではないのか?」


「トチってねぇし! 本心だし! えぇい、もういい! まどろっこしい!」


 酒吞童子はだんっと床を蹴って飛び上がると、そのまま大嶽丸たちが待ち受ける闘技場へと着地する。


 そして、肩に担いでいた刀を鞘から抜くと、その切っ先を大竹丸に突き付けていた。


「勝った方が負けた方の言う事を聞く。それでいいだろうがよ。……俺はお前が欲しい!」


「これは、まさか、愛の告白!」


 ついにアスカが核心を突く。


 が、大竹丸は冷めたものだ。


「いや、それは無いじゃろ。――って、何故泣く? 酒呑の?」


 そして、やり合う前からダメージを受ける酒吞童子。彼の精神的なダメージは計り知れないのか、闘技場の地に四つん這いになって項垂れてしまう。


「うるせー! 受けるのか、受けないのか、はっきりしやがれ!」


「良いぞ。ただし、妾が勝ったらこのダンジョンのダンジョンコアを破壊させてもらう。それでいいな?」


 大竹丸が冷静にそう言い放つ中、酒吞童子は立ち上がりながら、少しだけ頬を染める。


「それはつまり、お友達から……ということか?」


「…………。すまん、アスカ。今の妾の台詞のどこを受け継いで、コヤツはつまりと言ったんじゃ?」


「え? うーん。ダンジョンを破壊されてもマスターを諦めませんよ、的な意味合いのお友達って話じゃないですか? 良く分かりません」


「ストーカーか、御主!」


「ありがとうございます!」


 叱り付けるが、酒吞童子はそういうのを御褒美として変換出来る精神力の持ち主であった!


 大竹丸が嫌そうな顔を見せる。


「何なんじゃ、急に感謝しおって気持ち悪い! とにかく成敗じゃ! 成敗!」


 かくして、歴史に名を残す鬼同士の世紀の一戦は、どこか変則的な形で開始されるのであった――。

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