第163話 鬼、生駒山ダンジョンに挑戦す。⑥

 闘技場に立った鬼二人――。


 鬼とは闘争の生き物である。戦いの中でしか自己肯定を見出せない悲しき生き物だ。そして、戦いの中で自己を肯定するという事は、即ち強さを求めるという事でもある。


 その前世で強さを求めた大嶽丸は、天狗を陥れて神通力の御業を盗み、役小角に挑むも敗走。その後に、坂上田村麻呂に軍勢を率いて攻められて、その生涯を終えている。


 だが、修験者の呪法にて復活し、その身をより神通力が扱い易い体へと変形させながら成長してきた。言うなれば、強さのために神通力に特化して歩んできた人生と言って良いだろう。


 そんな大竹丸は、現在、神通力を封じられている状態となっている。ダンジョンによる産物であるスキルの力を頼り、それによって何とか戦えている状態なのである。


 故に、その強さは本来の大竹丸から程遠い。


 一方の酒呑童子――天堂寺守の方はどうか?


 酒呑童子の生まれ変わりとして生を受けたのは良いものの、普段から強さを求めて何かを研鑽していたわけではない。


 だが、彼の中には日本最凶とも言われた鬼の思考と経験が宿っている。しかも、平安時代といえば、魑魅魍魎が跋扈する時代の全盛である。その時代の最凶が弱いはずもなく……。


 大竹丸と天堂寺の戦闘は意外にも拮抗していた。


「これでどうじゃあ!」


 血の剣の二刀を上段から振るう大竹丸に対して、天堂寺はその一撃を刀を横にする事で受ける。大竹丸の剣が血で出来ており、軽いのに対して、天堂寺の刀は長く重そうなのだが、スピードはまるで大竹丸に劣っていない。


 剣を交差しての近距離。二人の息が共に掛かりそうな距離で――。


 ……天堂寺は真っ赤だった。


「なんじゃ! もうバテてきたのかッ!」


「ち……、ちけぇんだよッ!」


 天堂寺が膂力に任せて、大竹丸の剣を弾く。


 元より力で勝とうとは大竹丸も思っていないのか、弾かれるままに空中を跳び、バク転をしながら闘技場の大地に立つ。


 尚、その着地の瞬間を狙って、天堂寺は動こうとしない。目を白黒させながら混乱している。


(すっごい良い匂いした! すっごい良い匂いした!)


 ……本当に混乱していた。


 思わず「好きだー!」と叫びそうになるのを抑えながら、天堂寺は自分が冷静になるように努める。流石に斬り合いの最中に、いきなり告白するのはドン引きされる事だろう――と考えて自制心を働かせているようだ。


 足りない脳味噌で考えて、こういうのはやはり雰囲気が大事なのではないかと天堂寺は黙考する。


(くっそぉ……。昔は酒に酔った勢いで、茨木の奴に良く告白されていたけど! 俺から告白した事なんて一度もねぇし! 作法が分からんのだが! ……はっ、あれか⁉ 和歌か! 恋歌を詠めば良いのか!)


 ナイスアイディアを思いついたようだが、それは平安時代の話である。現代では伝わらない事だろう。


(いや、俺、和歌とか詠めねぇし! とにかく血生臭いのは駄目だ! もうちょっと、こう空気を変える為にも、場の雰囲気を和ませる必要がある!)


 天堂寺はそう考えると、刀の切っ先を下ろしながら大竹丸に声を掛ける。


「大嶽丸! 貴様、花は好きか!」


「ほう……」


 その質問に大竹丸の顔に怜悧な笑みが浮かぶ。


 そんな顔も可愛いな……、と素直に思える天堂寺はきっと大物だろう。


「妾の体に血の華を咲かせてやろう――そう言うのじゃな?」


「…………」


 どうして、そういう発想になるのか?


 天堂寺は思わず頭を抱えたくなる。


 いや、だが、今はタイミングが悪かったのかもしれない。ここが闘技場でなくて、北海道のラベンダー畑だったりすれば、答えは違うものが返ってきたに違いない! ――天堂寺はそう思う事にした。


 すこぶるポジティブである。


 そもそも、天堂寺はこの勝負に勝てれば大竹丸が手に入るのだ。それを何故、血の華で真っ赤に染めなくてはならないのか。その誤解を解く為に彼は拳を握る。


「俺はお前を手に入れる男だ!」


「血の華を咲かせた妾の死体を求めるか……。酔狂も極まれりじゃな……!」


 何故か死体愛好家ネクロフィリアにされてしまった。


 違う、そうじゃないと天堂寺は首を振る。


(駄目だ。言葉が足りなさ過ぎて彼女に思いが伝わらない……! だが、面と向かって長々と口説き文句を言うのは恥ずかし過ぎて難し過ぎる……!)


 一体どうすれば、通じるのかと考えた結果、天堂寺は一つの結論を導き出す。


 こうなったら、直接、気持ちをぶつけるしかない!


 天堂寺の目付きが変わったのを見て、大竹丸も血の剣の一つを糸状に変える。糸が空間にバラけ、その一本一本が意思を持つかのようにうねり始めるのを見て、天堂寺は直感的にあの糸に捕まるのはマズイと判断する。


 だが、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。時として、男には行かねばならない時があるのだ!


「――貴様の顔ももう見飽きた。そろそろ逝くが良い……!」


 大竹丸が糸に繋がった腕を振るう。


 その瞬間に大地に無数の切れ目が走り、複雑な切断痕が地面を走っていく。極細の血の糸の束による広範囲の切断は、広がるようにして天堂寺に迫るが、天堂寺は冷静に後ろに下がると、闘技場の壁を蹴って三角飛びの要領でその糸の束を飛び越える。


「何じゃとッ!」


 大竹丸の声に若干の焦りが生まれる中で、天堂寺は全力で大竹丸に向かいながら愛を叫んでいた。


「好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


「妾に隙なんぞ無いわぁッ!」


「そのスキじゃないぃぃぃぃぃぃッ!」


 残っていた血の剣が振るわれ、それを何とか叫びながらも受け止める天堂寺。


 もはやコントとも思える光景を外野で見つめながら、アスカはようやく気付いたかのようにポツリと零していた。


「あれは、もしかして……本気の告白なのでは?」


「ふっふっふ、どうやら危惧していた事態になってしまったようだね」


 零した独り言に、まさか返事が返ってくるとは思っていなかったアスカは思わずぎょっとして背後を振り返る。


 すると、そこにはロープで縛られて動けなくされた状態の茨木桐子がいるではないか。


 そして、そのロープの端を持ちながら、客席に座り込む葛葉の姿もあった。


「貴女、何故生きているんです……?」


「勿論、降参したからさ。いきなり神通力を封じられてしまっては、ボクに勝ち目はないからね。呪禁術なんて初見殺し……対策をしていなければどうにも出来ないだろう?」


 桐子が肩を竦める後ろで、葛葉は小さくブイサイン。


 どうやら、この決着も早かったようだ。


 ただ、移動速度の関係で到着が遅れたらしい。


「しかし、本当に恐れていた事態が起きてしまったようだね」


 桐子の言葉に興味を惹かれ、アスカは「恐れていた事態?」と続きを促す。


 彼女は続ける。


「酒呑の君のストライクゾーンど真ん中なんだよね、大竹丸あの子


 その言葉を聞いたアスカは何となく気付いていた事ながらも、ぴしりと固まる。気付きが確信に変わった瞬間である。


「前世からずーっと告白している身としては、鳶に油揚げを搔っ攫われるみたいで気分が悪いから、大竹丸の容姿についてはずーっと酒呑の君の耳に入らないようにしていたんだけど……。結局は水泡に帰したという事だね。なんてことだ……」


「では、やはり、先程からの愛の告白めいたコントは……本気なのですか?」


「本気も本気。大真面目さ。酒吞の君は小細工出来たりする方じゃないし、そんな事が出来るなら、最初から神便鬼毒酒とか盛られてないだろうし」


「まさか……マスターにこんな所で春が来るとはッ!?」


 周囲は気付いた。


 だが、大竹丸は気付かない。


 未だに激しく交戦中である。


「何とか止める事は出来ないんですか? それが本当なら戦う理由がないでしょう!」


 アスカの言葉はもっともである。


 だが、それは難しいのだと言わんばかりに桐子は神妙な顔で返す。


「鬼というのは、闘争に生きる生き物だからね。一度、火が点いちゃったら行きつく所までいかないと止まらないのさ……」


「そんな……」


「別に、ボクは恋のライバルには死んでもらっても構わな――いひゃい、いひゃい」


 桐子に最後まで言葉を言わせる事なく、葛葉の小さな手によって桐子の頬は引き伸ばされていた。どうやら、葛葉もアスカの味方らしい。


 頼もしい(?)味方を得たアスカは、どうしたらこの事態を収められるかと熟考して、そして閃いたとばかりに掌を叩く。


「そうです! この勝負の間にさっさとダンジョンコアを探して割っちゃえば良いんです! そうすれば、戦う理由がなくなります!」


 さも妙案を思いついたとばかりに笑顔になるアスカだったが、


「――それは困るな」


 闘技場の奥から、そう静かな声が響いてくる事で、その表情を強張らせるのであった。

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