第159話 鬼、生駒山ダンジョンに挑戦す。②

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 あけましておめでとうございます。

 今年も拙作を宜しく御願い致します。

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 茨木童子――。


 平安時代、京の都を荒らし回ったとされる最凶の鬼である酒呑童子の部下であったとされる鬼である。


 茨木童子の逸話として良く知られているのは、一条戻り橋での鬼伝説であろうか。


 頼光四天王の一人である渡辺綱わたなべのつなが鬼の腕を斬り落とし、自分の屋敷に保管していたところ、渡辺綱の養母に化けた鬼が渡辺綱を騙し、斬り落とされた腕をまんまと取り返すといった逸話である。


 そんな鬼の生まれ変わりを名乗る茨木桐子を前にして、大竹丸は渋面を崩すことはしなかった。


 彼女程の鬼が大人しく付き従っている程の相手が誰か分かってしまったからだろう。


「御主が茨木童子の生まれ変わりだとすれば……今回の一件の黒幕はアヤツか?」


「そうだね。妖怪王――酒呑童子の手腕によるものだよ」


「妖怪王とは、また大きく出たのう……」


 大竹丸が鬼として暴れ回っていた頃と、酒呑童子が暴れ回っていた頃では時代が違う。


 大竹丸が暴れていたのは桓武天皇の時代であり、酒呑童子が暴れていたのは一条天皇の時代だ。年数でいえば、二百年以上の差がある。


 だが、その悪逆非道さで有名なのは、酒呑童子の方であった。


 それが、桐子が酒呑童子を妖怪王と呼ぶ由縁でもあるのだろう。


「妾の方が、先に暴れておったんじゃから妾こそが妖怪王じゃろうが」


「それを基準にするなら、妖怪王は八岐大蛇やまたのおろちという事になってしまうだろうね」


「あのクソ鬼が王になるくらいじゃったら、蛇が王になった方がマシじゃろ」


「なるほど。ボクの……あのきみざまに言うとは、どうやら自殺願望があるらしいね?」


 冷淡な口調でありながらも、桐子から放たれる殺気が増す。


 その殺気を涼しい顔で受け止めながらも、大竹丸は余裕の表れなのかゆっくりと腕を組んでふんぞり返ってみせていた。


「ふん、人に腕を斬り落とされるような半人前が粋がるでないわ! それに、御主の相手を妾がするはずもなかろう! よし、ミケ行くのじゃ!」


「ニャーがやるニャか⁉」


 いきなり指名されて、思わず大竹丸を見返してしまうミケ。


 だが、指名した大竹丸はさも当然とばかりに頷く。


「当たり前じゃ! 何で、向こうの大将が出てもおらんのに、妾がわざわざ出て戦わんといけんのじゃ! 格好悪いじゃろ!」


「そんなワガママ言ってる場合ニャ⁉ というか、一人しかいないんニャから全員で寄ってたかってボコボコにしちゃえば良いんだニャ! 勝てば官軍負ければ賊軍ニャ!」


「それは、妾の矜持プライドが許さぬ!」


「何で、そういうところだけ考え方が堅いんだニャ⁉」


 ミケと大竹丸が掴み合いの大喧嘩を始めようとするのを、人型に戻ったアスカがまぁまぁと止めに入る。


 それを馬鹿にしたような瞳で、じっと眺めていた桐子だが、流石にやっていられないと思ったのか肩を竦める。


「個の能力は高いようだけど、チームワークは無きに等しいようだね。でも、良いのかな? このまま時間が過ぎていけば有利になるのはボクたちの方だと思うのだけど?」


「喧しいわ! これから御主をぶっ飛ばし、ついでに酒呑の小僧もぶっ飛ばしてやるわ!」


「酒呑の君なら、このダンジョンの中央にある塔の中にいるよ。そこにダンジョンコアもある」


「……何のつもりじゃ」


 欲しかった情報をいきなり得る事が出来て、大竹丸はミケの存在も忘れたかのように視線を桐子に向けていた。


 大竹丸たちの視線を引き付ける事に成功した桐子は、足首を回したり、手首を回したりと軽いストレッチを始めながら、どうという事もないように続ける。


「まぁ、これはボクの仕える酒吞の君から、同胞はらからの先輩に対するせめてもの御情けという事でね。全て話せと命令されているわけで……ボクの本意じゃないんだけどね」


 トントンと爪先で床を叩いたタイミングで大竹丸たちの目の前に現れたのは立体的なホログラムだ。そこには、このダンジョンをミニチュア化したダンジョンの全景が映っていた。


 ダンジョンの構造自体は単純――。


 真四角に区切られた広大な空間の中に馬鹿でかい塔が六つ建っているだけだ。


 配置としては、中心にひとつの塔が建ち、その周囲を守護するような形で均等な距離で塔が五つ建っている。


「配置は清明紋を応用しておるな。何かしらの仕掛けを施したか……?」


 その建造物の配置を見た瞬間に大竹丸は苦い顔でそう呟く。


 現代で言えば、一筆書きの五芒星といった方が想像出来るだろうか。


 平安時代に京で活躍した陰陽師、安倍晴明が家紋としていたことで知られる印である。


 無論、ただの印というわけでもなく、陰陽術の起点としての形を成すものである。


 つまり、この五芒星を描く位置に配置された五塔を陰陽術的な紋様と見なすのであれば、それに囲われるようにして建つ中央塔には何らかの仕掛けが施してあると考えて間違いない。


 それを警戒する大竹丸であるが、桐子は馬鹿らしいとばかりに笑う。


「仕掛けなんてないさ。ただ、いきなり中央塔に行けないようにしているだけだよ。周りの五塔をボクたちが守っているから、それを撃破してからじゃないと進めないってだけさ」


「その話を単純に妾たちが信用するとでも?」


 何故わざわざ敵対者に素直に情報を与えると思うのか。


 大竹丸が疑って掛かるのは当然であった。


 だが、桐子は「浅い、浅い」と愉快そうに笑う。


「君のような卑しい者には分からないのだろうね? ……酒呑の君はね、遊びたいのさ。退屈で退屈で仕方がない日常。そんな中で折角の遊び相手が来たんだよ? 盛大にもてなしたいと思うのは当然だろう?」


「塔を駆け回るのが遊びじゃと?」


「距離を考えてごらんよ。五つの塔全てを攻略しないと中央塔には辿り着けない。けど、二十四時間以内に中央塔を攻略しようと考えたならば、戦力を分散させて五塔を全て同時並行で攻略していく必要がある。つまり、これは変則的な五対五の団体戦ってことさ。大竹丸軍対酒呑童子軍――実に分かり易い構図だろう?」


「なるほどのう。なかなか面白い趣向を考えおる」


 会話を交わしながらも大竹丸はすぐさまに脳内で算盤を弾き始める。


 中央塔に行くために五塔全てを攻略する必要があるのであれば、桐子の言う通り味方を分散して攻略するのが一番早いだろう。


 だが、仲間の内には飛べない者もいる。


 そういった者は飛べる者が送り届ける必要が出てくる。


 となると、一番遠い地点の塔はアスカに任せるのが最適か。


 速度では不死鳥も早いが、アスカの方が一歩勝る。


 ならば、二番目に遠い地点を不死鳥に任せるか?


 様々な事態を想定して大竹丸が出した答えは――、


葛葉くずのは。お主がコヤツを倒せ」


「…………」


 葛葉はニコニコと笑顔のままであったが、小さくコクリと頷く。


「そして、コヤツを倒した後で飛んで中央塔へ向かえ。妾たちも塔を攻略した後で中央塔へ向かう。ミケは不死鳥と組んで左回りに進み、最初の塔を攻略。不死鳥は左回り二つ目の塔を攻略じゃ。不死鳥は攻略後にミケを回収して中央塔に向かえ。アスカと妾は右方向へと向かう」


 そう。大竹丸が考えたのは、莫大な神通力を使って空を飛ぶことが出来る葛葉で第一塔を制圧し、ミケと不死鳥組を左回りに進め、大竹丸とアスカ組で右回りに塔を制覇していくという作戦であった。


 こうする事で、空を飛べない大竹丸・ミケを塔攻略後のアスカ・不死鳥が拾って中央塔に向かう事で効率化を計ったのである。


 大竹丸の算段では、これで大凡同じぐらいの時間で中央塔に辿り着けるのではないかと睨んでいる。


 まぁ、それは事態全てが上手く回った場合の話ではあるが……。


「ふぅん。ボクの相手がこんなオチビさんだなんて、ボクも嘗められたものだね」


 鋭い流し目で葛葉を牽制する桐子だが、当の葛葉はどこか楽しそうにニコニコと笑うばかりだ。


 痛痒すら感じていない様子に桐子も毒気を抜かれたように、葛葉を指さしてしまう。


「何だい、この子……。変な奴……」


「…………」


 それでもニコニコと笑う葛葉。


 その葛葉の細い肩に片手を乗せながら、大竹丸はにぃっと意地悪く笑うと注文をつける。


遊んでやってえぇぞ。妖怪王がなんちゃらとか言っておったからのう。昔から生き残っておるがどれほどのものか教えてやるが良い」


「……分かった」


 葛葉がそうするのを聞いて満足したのか、大竹丸はアスカたちの肩を抱くようにして出口へと向けて進んで行く。


「大竹丸! 本当にこのボクの相手をこんな少女にして良いのかい! 知らないよ! どうなっても!」


 去り行く大竹丸の背に桐子の言葉が掛かるが、大竹丸は反応することなく塔の出口を目指す。


 その行動に異論がないのは、百鬼夜行帳内で散々葛葉と付き合いがあるモンスターたちも一緒であった。どこか同情的な雰囲気すら漂う。


「馬鹿な奴ニャ。死んだニャ、アイツ……」


「百鬼夜行帳の中に入って、まず嬢先輩に教わるのが葛葉先輩に対する扱いですからね。知らぬが仏って奴ですよ」


『ケェェェ! ケェェェ!』


「なんじゃ、御主ら。まさかとは思うが百鬼夜行帳の中で葛葉にちょっかいを掛けておらんじゃろうな? 大人しい性格じゃからといってからかうなと、嬢には忠告するように言っておいたはずじゃが……」


 大竹丸が何気なくそんな話題を振ると、ミケとアスカと不死鳥が同時に大竹丸から目を逸らす。


 コイツら……と思いながらも、大竹丸は塔の外に出てきてから、ようやく安堵したかのように言葉を吐き出していた。


「本当に葛葉を敵に回すでないぞ……。アヤツが本気で怒ったら、妾でも止められるか怪しいんじゃからな……」


 その言葉にS級モンスター三体たちは揃って神妙に頷くのであった。

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