第158話 鬼、生駒山ダンジョンに挑戦す。①

 世界の命運を賭けた一戦が行われようとしていたその日――。


 ダンジョンデュエルが開始と共に動いたのは、両ダンジョン同時であった。


 ダンジョン同士の入り口が通じると同時に数の暴力とも呼べるモンスターの群れが生駒山ダンジョンから溢れ出してくれば、それを薙ぎ払わんをばかりに目も眩むような膨大な光の奔流がそのモンスターの軍団を薄紙のように引き裂いていく。


 生駒山ダンジョンが、モンスターの数で一気に制圧領域を押し広げようという作戦であったのに対し、大竹丸たちが出した回答がアスカの竜の息吹ドラゴンブレスによる集団の一掃であった。


 砂糖に群がる蟻の群れのようであったモンスターの群れのど真ん中に、僅かばかりの穴が開く。


「道が開いたぞ! 不死鳥よ、翔べ!」


『ケェェェェ!』


 不死鳥が螺旋の軌道でその出来たばかりの穴を押し広げ、その道を大竹丸たちを乗せたアスカが抜けていく。


「接触事故に気を付けるんじゃぞ! アスカ!」


「承知ですよ! しっかり掴まっていて下さい!」


「では、妾はアスカの援護を――……くっ、ダンジョンが繋がった瞬間に神通力が封じられよったか!? 何というクソな仕掛けじゃ! ゲームじゃったらソフトをぶん投げておるところじゃぞ! えぇい、葛葉! アスカの援護をするのじゃ!」


 葛葉が小さく頷いた瞬間、アスカの周囲を守るようにして巨大な光球がいくつも螺旋を描きながら周囲を回り始める。恐らくは、葛葉の狐火であろう。空を飛べるモンスターがアスカに襲い掛かろうとして、その狐火に触れて骨も残さずに光の粒子となって消えていく。


 そんな光の粒子を振り切る形で、アスカは不死鳥が無理矢理抉じ開けた道に体を捻じ込むようにして加速していく。


 空戦最強を名乗る天舞竜のアスカ。


 そして、その機動は確かに最強を自負するのに相応しいものであった。


 まるで一瞬の閃光のようにダンジョン間の繋がった入り口を通り、抉じ開けた道の中を翼を縮めてかっ飛んでいく。


 誰もが追い縋ろうとして追いつけない中、大竹丸は何かを感じたのか一瞬で首を回して背後に視線を向けていた。


 その様子に気付いたのだろう。


 ミケが恐る恐るといった様子で大竹丸に伺いを立てる。


「ど、どうかしたにゃ……?」


「今――、見知った尻尾髪が通った……。どうやら、厄介そうなのが一体、妾たちのダンジョンに向かったようじゃ……」


「それ……大丈夫なのかニャ?」


「まぁ、戦力的に優位なはずの向こうが守りに専念しないというのは意外じゃったが、妾たちのダンジョンにはベリアルや嬢もおる事じゃし、何とかしてくれるじゃろう」


「要するに、ニャーたちとの速度勝負ということですかニャ?」


「そういうことじゃ」


 数えるのも億劫になる程のモンスターの軍勢も、空を飛べなければアスカを邪魔することも難しい。


 かといって、空が飛べれば容易に邪魔出来るかといえば、葛葉が繰り出す狐火の螺旋の鎧を避けるのは難しいのか、消し炭になって果てるだけだ。


 ここまでの電撃戦は、まずまず大竹丸たちの狙い通りといったところだろう。


 やがて、群れを成していたモンスターも少なくなってきたところで、大竹丸は呻くようにして言葉を絞り出す。


「何じゃ、このダンジョンは……」


 狐火を掻い潜って何とか近付いてきた飛竜ワイバーンの首を見もせずに、血の糸で刎ね飛ばしながら、そのワイバーンの首から無数の血の糸を引き伸ばした大竹丸。


 投網のように血の糸を周囲に広げて展開すれば、同じようにして近付こうとしていた飛竜たちの翼をズタズタに切り裂いて地面へと叩き落してしまっていた。


 ――だが、大竹丸の視線はそんな飛竜たちにではなく、目の前に広がる光景に釘付けになっている。


 天井と地面が土にて覆われた空間は巨大な洞窟を彷彿とさせ、その奥行きは広大なのか真っ暗闇で見通せない程である。


 その空間の宙空には巨大な岩のような浮島が無数に浮かんでおり、そこから絶え間なく空を飛べるモンスターたちが飛び出してきているような状況だ。


 相手の物量作戦に寒気を覚える程だが、大竹丸が恐れたのはそこではない。


「まさか、この浮島の群れ全てにダンジョンコアが隠されておらんか、探すようなはめにはならんじゃろうな……?」


 そんな事になれば、とても二十四時間でこなすのは難しい。


 だが、戦々恐々とする大竹丸の隣に寄ってきた葛葉がひとつの方向を指で指し示す。


「なんじゃ、葛葉? ……む、あれは?」


 葛葉の細い指先が指し示したのは天井と地面を刺し貫くようにして建っている棒状の巨大な何かであった。


 最初はつっかえ棒でもしているのかと嘯く大竹丸であったが、アスカが高速で前に進むにつれて、その存在をはっきりと知覚できるようになっていく。


「あれは……塔、か?」


 大地と天井を繋ぐ巨大な鉄塔。その表面にはスチームパンクでしか見た事がないような複雑怪奇な機構の数々がおり、まるでその鉄塔が一匹の生き物であるかのように大竹丸には見えていた。


 不気味なものを見るような目を向ける大竹丸だが、葛葉の指がまたも別の場所を指差す。


 そこには暗闇に紛れながらも同じような鉄塔が建っているのが見えるではないか。


「なんじゃ? 何故、同じような鉄塔が何本も建っているんじゃ?」


「これ、アレじゃないですかニャ?」


「アレ?」


「ボスの所にまで行くには全部の鉄塔をクリアしニャきゃいけないとかいう仕掛けじゃないですかニャ?」


「ぬぅ、ひたすらに面倒臭いのう……」


「向こうは時間稼ぎが主目的ですからニャー」


「正々堂々と掛かってこぬところに、こちらに対する嘲りが透けて見えてムカつくのう!」


 とりあえず、ミケの予想は当たっているのか――。


 感じだけでも掴む為に、大竹丸たちはアスカに指示して鉄塔へと向かうのであった。


 ★


 鉄塔に辿り着いた大竹丸たちは塔の足元に近付き、そこにひとつの鉄扉が備え付けられている事を発見する。


 どうやら入り口はここだけらしく、アスカや不死鳥に飛んでもらって塔の側面を探してもらったが、隠し扉のようなものはなさそうだ。大人しく鉄扉を調べ始める。


「むぅ、なんじゃこれは……。取っ手が付いておらぬではないか……」


「ニャーは、これ分かったニャ! 寄木細工の秘密箱と同じニャ! 模様をスライドしていって一枚の絵にすると開くニャ!」


「えぇい、面倒臭いんじゃ!」


 侵入者を拒むようにして閉じられた鉄扉を大竹丸は血の糸の一振りで両断し、その中へと足を踏み入れる。


 あまりといえば、あまりの対応にミケがガクリと肩を落とす。


「ニャーの名推理が……」


「そんな事よりも行くぞ! 時間がないんじゃ、時間が!」


 金属製の床をゴム底が踏む甲高い音が響く中、大竹丸は奥へ奥へと進んで行く。


 電灯のような明りはない。


 真っ暗な廊下のような道を真っ直ぐに進んでいく。


 やがて目の前が開けた時――、大竹丸は自分の目に映り込んだ光景に呆然とするしかなかった。


「何じゃこれは……」


 円筒形の空間の内側にびっしりと並ぶのは、モニターとコンソールの群れだ。チカチカと忙しなく瞬く内壁の様子に大竹丸だけではない――この空間に足を踏み入れた者たちが悉く足を止める。


「何ですかニャ、この空間……」


「おや、想定よりも随分と早いね――」


 大竹丸たちが内壁の様子に二の足を踏んでいると、何処からともなく声が響いてくる。


 声は、大竹丸たちの頭上からであった。


 声に次いで小さな機械の駆動音が響いてきたかと思うと、内壁から伸びた鉄の腕に支えられた鋼鉄の椅子に座った状態で降りてくる人物がいる。


 今まで使っていたであろうコンソールを椅子の片隅に追いやりながら、その椅子に座っていた人物が椅子から飛び降りる。


 色素の抜け落ちた真っ白な髪を肩口で切り揃え、真っ赤な瞳は猫のようにつり上がった少女だ。彼女はセーラー服をひらめかせながら、鉄の床の上に飛び降りると音もさせずに、その場に立ち上がる。


「あれだけのモンスターの軍団と、此処にくるまでの距離を考えるなら、こんな時間で着けるはずがないんだけどね? ……どうやら、随分とランクの高いモンスターを引き当てたようだ。それとも、百鬼夜行帳にあらかじめ登録していたのかな?」


「貴様は……」


「あぁ、自己紹介が遅れたね。ボクの現世での名は、茨木桐子いばらきとうこという。でも、。君にはこちらで名乗った方が通りが良いのだろう?」


 そう言うと、桐子を名乗った少女は薄く笑う。


「大江山の茨木童子――、それが前世でのボクの名前さ」


 その名に、大竹丸は渋面を作り出すのであった。


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 今年の更新は、これにて最後となります。

 一年間、拙作にお付き合い頂きありがとうございました。

 また来年もよろしくお願い致します。

 では、良い御年を――。


 次回更新は、年明け1/10(月)予定。

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