第157話 鬼、追加条件を飲まんとす。
時は刻一刻と進み、ダンジョンデュエル申込みより二十四時間が経過した頃、ノワールは例によって真っ白い空間に呼び出されていた。
「はぁ、またここかぁ……」
二度目となると慣れそうなものだが、ノワールはどこか堅さが残る表情でそう呟く。
どこまでも続く白い空間。
その中にポツネンと佇むのは、ノワールともう一人――。
「何? また、アンタがいるの? 前回を思い出して嫌なんだけど?」
「やぁ、桜餅さん、こんにちは」
「ねねこ姫って呼べって言ってるでしょ! ウチのスカンダを貸してあげるんだから、きっちりかっちり勝ちなさいよね!」
そう。新宿ダンジョンのダンジョンマスターである桜餅ねねこだ。
本日も絶好調そうであるねねこの姿にノワールは苦笑するしかない。
「ははは、ありがとう。勿論、そのつもりだよ。……ボクだっていつまでも避難民のクレーム受け付け係をする気はないからね」
「う、うん……? やる気があるなら良いのよ? やる気があるなら」
少しだけ目からハイライトが消えるノワールを見て、ねねこが何かを察したようだ。新宿区のゴミ捨て場と化している新宿ダンジョンとは違う苦労があることを知ったのかもしれない。
そんなねねこの視線が僅かに鋭くなる。
「来たわよ」
ねねこの言葉に視線を向ければ、白い空間の中に見慣れない黒スーツの男が煙草に火を点けようとしているところであった。
「おや、火が点かないな……。そういう空間という事か……」
男は煙草に火を点けることを諦め、携帯灰皿に煙草をしまう。そこで、改めて鋭い流し目でノワールたちを見据えてきた。長身で細身、どこか大人な雰囲気を漂わせた長髪の男は涼やかな瞳でノワールたちを観察する。
「ふむ、君たちが私の対戦相手ということか?」
その低いバリトンボイスに思わずねねこが微笑んでしまう程だ。
だが、勝負は勝負。
一切加減する気のないねねこは、強気に微笑んでいた。
「……あら、イイ男。でも、手は抜かないわよ。ね、ノワール?」
「そうですね。申し訳無いですけど、ぶっ飛ばさせてもらいます」
「はは、これは怖そうなお嬢さんたちだ。お手柔らかに頼むよ」
男は爽やかな笑顔で言うが、ノワールとしては手加減をするつもりはない。
そもそもの元凶がこの男なのかは分からないが、この男のダンジョンが原因で世界に混乱が起こっているのだ。そのせいで迷惑を被っている身としては、簡単に許す気などはないといったところだろう。普段は柔和なノワールの顔がキリリと引き締まる中――。
『良く来た。ダンジョンデュエルに挑みし、勇気あるダンジョンマスターよ』
ノワールたちが睨み合う中を、ボイスチェンジャーを通したかのような機械的な音声が響いたかと思うと、全身を白ローブで覆った存在が真っ白い翼をはためかせて三人の間に舞い降りる。
ダンジョンデュエルの取り仕切り役の謎の存在だ。
ノワールも見るのは二度目だが、相手のスーツ姿の男は初見なのか実に興味深そうに片手で顎を擦りながら、天使のような存在を眺めていた。
『これから、代表二人のダンジョンの入り口を繋げ、ダンジョン同士を行き来出来るようにする。入り口が繋がったらダンジョンデュエルはスタートだ。後はルールに則って互いに侵攻を開始すると良い。何か質問はあるかね?』
文言は定型文なのか、一度目に聞いた時とほとんど変わらない。前回、ノワールはこの存在に男か女か尋ねたが、特に回答は得られなかったと記憶している。
何かを聞いた方が良いのかとノワールが悩んでいると、先に男が軽い調子で手を挙げていた。
「今回の勝負なのだが、少し条件を追加したいのだが良いかな?」
『追加?』
「あぁ」
男は落ち着き払った声音で言うと、表情ひとつ変えずに告げる。
「どうだろう? 勝負に負けた方は、例えダンジョンコアが割られていなかったとしても、自らダンジョンコアを破壊してダンジョンを畳むというのは?」
「それは……。本気で言っているんですか?」
男の提案はデスゲームの誘いに等しい。
ダンジョンコアさえ割られなければ、DPが枯渇しようともダンジョンマスターは生き残れる。ただ、生産的な行動が出来ないだけで『ゲームオーバー』ではないのだ。
だが、男の宣言は負けた方が必ずゲームオーバーになるという死のゲームへの誘いだ。
どういうつもりかと、ノワールが視線を向ければ、男は色気すら感じさせる微笑を浮かべて視線を返す。
「何、こういう勝負事はスリルがあった方が面白いだろう?」
「ボクはそういうスリルを楽しむタイプではないんですけど……」
「だが、君たちには悪い話ではない――……違うか?」
男はまるで全てを見透かしているように笑う。
確かに、ノワール……もとい大竹丸陣営にとっては相手のダンジョンコアを破壊する事は至上の命題だ。それだけに、相手自らがその条件を提示してくる事に嫌な予感をヒシヒシと感じるのも確かである。
伸るか反るか。
ノワールは大竹丸がいない場での決断を迫られようとしていた。
「――いいでしょう。受けますよ」
だが、考えるまでもなく答えは簡単に出た。
ノワールの背後では「ちょ、ちょっとノワール⁉ 勝手に決めていいの⁉」と焦るねねこがいたが、そんなねねことは違ってノワール自身は落ち着き払っている。
そんなノワールの態度が気になったのだろう。男が少しだけ意外そうな表情をみせていた。
「ほう。思い切りがいいな……。もっと悩むと思っていたのだが?」
「最初は、ちゃんと利点や欠点を挙げて、考えて、それで結論を出そうとも思ったんですけどね。最終的には単純な答えに行きつくと思ったんで……それを考えたら自然と回答は出ていたんですよ」
「その単純な答えというものを聞いても良いかね?」
「ボクたちのところの
ノワールは自信満々にそう言い放つ。その態度には確かに大竹丸たちの勝利を確信して疑わない態度が滲み出ていた。
それに男は、ふっと小さく噴き出す。
「なるほど。思ったより肝がすわっているようだ。……というわけで、デスマッチとなってしまったわけだが、構わないね?」
謎の存在に男は尋ねるが、謎の存在は構わないとばかりに小さく頷く。
『両者が合意したのであれば、追加ルールを認めよう』
かくして、ダンジョンデュエルは背水の陣を敷くデスマッチの様相を呈してくるのであった。
★
「――ということになったんですけど、良かったですよね? タケ姐さん?」
「構わんぞ。というか、むしろ良くやった」
どこまでも続く草原エリア。
その草原エリアには整然とは言い難い状態で悪魔の軍団が群れている。
一見すると目を背けたくなる程の不気味な軍勢だが、ベリアルが呼び出した彼らは味方だ。それらの軍勢をスカンダの能力により、更にステータスを底上げすることによって、心許ない数を質で補おうとするのが大竹丸側の作戦でもあった。
何せ、相手は全世界中にモンスターを発生させているダンジョンなのだ。どれだけの数が相手ダンジョンの手駒として攻めてくるのか分からない。その為にも、ある程度の作戦は必要であるとして考えた苦肉の策である。
「それにしても、こう見るとボクらのダンジョンって悪者っぽいダンジョンだよね」
「それはベリアルだけじゃろ?」
「そんな事ないでしょ。不死王さんだって大分悪者っぽいよ?」
目深にローブを被った老爺である不死王は、確かに独特の雰囲気を漂わせている。確かに彼も見ようによっては悪者的な雰囲気を漂わせている一人ではあろう。
だが、待って欲しい。
そもそもモンスターというものが聖なる者だったり、正義に傾倒していたりする者が非常に少ないのである。戦力の見た目がおどろおどろしくなるのは仕方のない事なのではないだろうか。
だが、大竹丸はそれに気付かずに懸命になって不死王の後ろ姿を眺めていた。頑張って不死王の素顔を思い出そうとしているのかもしれない。
「ふむ、そう言われればそうかもしれぬのう。妾にとってはただの爺にしか見えぬが……」
「でも、いいよね」
ノワールの発した言葉の意味が分からず、大竹丸は思わずノワールを振り返ってしまう。
すると、彼は珍しく少年らしい表情を見せてうっとりと微笑んでいるではないか。珍しい、と大竹丸は口にはせずに思う。彼がゲーム関連以外でこういった表情をするのは非常に稀だからだ。
「ボク、昔っからああいう悪者的なデザインの方が好きだったから、こういう軍団を見るのは凄くイイなぁって……」
「阿呆。そのデザインは恐らく敵も同じじゃぞ。相手の軍勢にもうっとりする気か」
「もしかしたら? するかも?」
「自分の生き死にが掛かっておるのに、随分と悠長なもんじゃ……」
若干、呆れながら言う大竹丸に、だがノワールはきょとんとした顔で返す。
「え? タケ姐さんが勝つんでしょ? なら、何の問題もないじゃない。違う?」
素のトーンでそう言われた大竹丸は、思わず目を丸くしながらも少しだけ動揺したのか、ぷいっと顔を逸らしてしまっていた。
「ふん、人を信じ過ぎじゃ」
「あ、照れた? 照れたの? タケ姐さん?」
「喧しい! そろそろ開戦の時間じゃ! 妾はもう行くぞ!」
特攻部隊の役割を割り振られている大竹丸は、動揺を隠すようにしてその場を後にしようとする。
その背にノワールの声が掛かる。その声は普段と変わる事は無かったが、あくまで真剣で――、腹を決めた人間の落ち着いた声音であった。
「判定勝ちでもオーケーなんだから、危ない事はしないようにね」
「ふん、口約束なんぞ反故にされるかもしれんじゃろ。じゃったら、全力で相手のダンジョンコアを探し出して叩き割るに限る」
「何だか心配だなぁ。無茶だけはしないでよね、タケ姐さん?」
ノワールの言葉に、だが大竹丸は振り返らずに親指だけを立てて肩越しに見せつける。それは長々と語らずとも伝わるだろうという信頼の証でもあった。
「無用な心配じゃ。毒ぺを用意して妾の帰還を待つが良い」
かくして、全世界の命運をかけたダンジョンデュエルがいよいよ始まるのであった――。
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