第60話 鬼、ちょっと卑怯に走らんとす。
S級ダンジョン、
都市の中心部より同心円状に広がった都市は半径五キロ程はあり、地上で言うと新宿駅から池袋や恵比寿、中野、飯田橋の各々の駅に届く程の距離で広がっていた。
そんな大都市の中には石をくり抜いて作られたような簡素な家があり、その建物の中では髪を剃った剃髪の人々が粛々と定められた生活に則って暮らしている。
そんな石造りの建物の中心部に天をも衝くような巨大な塔が立っていた。
外装は
「やっぱ、マスターのダンジョンはスゲーニャ。ダンジョンデュエルを申し込んできたダンジョンマスターたちの驚く顔が早く見たいニャー」
そう言って広い廊下を歩くのは、猫の頭をした二足歩行のモンスターである猫人間だ。そんな猫人間の姿を見た黒髪の男女二人組が廊下の端に寄って、猫人間に向かって頭を下げる。その態度は猫人間の姿が見えなくなるまで続くのだが、猫人間は不満そうであった。
「スカンダの部下は真面目な奴ばっかでつまらんニャー。それに引き換え、さっきの人間は遊びがいがあったニャ。許しが出るなら、ニャーの玩具として貰えないか、マスターに聞いてみるニャー」
そんな風に猫人間が嘯いていると、やがて目的の場所に辿り着いたのか、その歩みを止める。それは観音開きの扉の前だ。その扉には竜と猫、そして人が争っている見事な彫刻が施されていた。その扉の中心地をカリッ、カリッ、と爪で引っ掻くと、猫人間の姿がふっとその場から消えるではないか。
「音がしたから、何かと思ったら……。間の悪い時に帰ってきましたね、ミケ」
気付いた時には室内にいた猫人間。
そんな猫人間をミケと呼んだのは、最初から室内にいた背の高い黒髪の美女だ。彼女はチャイナドレスに似た体のラインがはっきり出る服を着て、自分の豊かな胸を強調するかのように腕を組んで立っていた。ただ見ているだけなら、女優かモデルかという出で立ちだが、そのコメカミ付近には二本の角が生え、その尻には蜥蜴を思わせる鱗の付いた尻尾が生えている。
「ニャ? ミケはぱーへくとに仕事をこなして帰ってきたニャ。ポチ丸をぬっ殺した下手人なら、地下の牢屋にぶち込んだニャよ? 何が悪いニャ? アスカ?」
ミケの言葉に蜥蜴尻尾の美女、アスカは無言のままに視線をその部屋の中心へと向ける。
「――どういうことなの!」
壁一面が窓ガラスに覆われ、地上の様子を見下ろすことが出来る空間。その部屋の中心部に背凭れの大きな巨大な椅子が設えてある。その椅子に座るのは、全身に宝石をあしらった豪奢なドレスを身に着ける小柄な少女だ。この空間には、その少女の他に黒髪に白いダブダブのズボンを穿き、赤いガウンを羽織る男とミケとアスカしかいない。
その様子を見て、ミケは「人が少ないニャー」と思った。
フレインコートやガルム、雷帝フェニックスのフェニがいないのはまだ分かる。彼らは地上制圧の先遣隊として地上で暴れているからだ。だが、いつもなら呼んでもいないのにいつの間にか室内にいるシュビヌや、マスターにベッタリのデュラハンのレオナルドまでいないというのはどういうことだろう。
(まさか、スカンダのユニークスキル【神軍総司令】が暴発して、他の八忌衆がどっか行っちゃったニャ?)
ミケが敬愛するマスターのすぐ近くに仕える黒髪の男こそが、このダンジョンの名前にもなっているモンスター、スカンダだ。いや、正しくはスカンダレプリカがモンスター名であり、大竹丸が危惧していたように、SSS級の脅威度を誇るモンスターであった。
そのスカンダには、彼にしかない
それこそが【神軍総司令】といって、ダンジョンマスター以外の力あるモンスターに一部モンスターの指揮権を委譲するといったものであった。つまり、ダンジョンマスター配下のモンスターたちと、指揮権を委譲されたモンスターたちで、二つの集団が同じダンジョンに潜むことが出来るというスキルである。
この事によるメリットは色々とあるが、指揮系統が二つあることによってダンジョンマスターの負担が激減されるといったことが言えよう。特に指揮権を渡した者が優秀であればあるほど負担は減る。例えば、ダンジョンマスターがのんびりダンジョン構築をしている間に、相方はダンジョン内に街を作ってしまったりと、とにかく多様性に富むのだ。
そして、今回のモンスター
ダンジョンマスターである少女は、スカンダに付与していた【神軍総司令】のスキルを解除。
スカンダに命じて、フレインコートに指揮権を付与し、フレインコートを筆頭とした別動隊をモンスター
それには、シュビヌやレオナルドも含まれていたはずなのだが、彼らの姿が見えない。
「何で、八忌衆があっという間に三人に減っちゃうのよ!」
「!?」
それは、ミケに衝撃を齎すのには十分な台詞であった。
ダンジョンマスターには、自分が呼び出したモンスターのステータスが見えるステータスウインドウというものが見えるらしい。だから、誤報では決してないだろう。そして、その情報によれば、マスターが定めた八忌衆は既に三人にまで減ってしまっているらしい。
(それは、ニャーとアスカとスカンダだけ……って)
だが、ミケは気付く。
「主よ、全く問題ありません」
それはスカンダも同じ思いであったのか。その声音には余裕を感じるほどだ。マスターがスカンダに視線を向ける。彼は恭しく跪くとその頭を垂れる。
「元々、八人も不要だと申したではありませんか。我々三人がいれば十分です」
SSS級、
SSS級、天舞竜・アスカ。
SSS級、
この三体が揃っていれば如何な存在であろうとも返り討ちに出来る――。
そんな自信がスカンダの言葉の端々に感じられた。
そして、それはアスカも、ミケも同じであった。
そもそも八忌衆というのは、他のモンスターよりも強さが突出、または能力が優秀な者を集めて管理体制を敷いた者なのだ。実力だけを考慮するのなら、この三体を超える存在はない。
「スカンダは優秀よ? でも、アスカとミケはまともに仕事をしているところを見た事がないわ」
「ニャ!? マスター! 酷いニャ! ニャーはポチ丸ぬっ殺しの下手人をちゃんと捕らえてきたニャ!」
「そ、そうですよ! 酷いですよ、マスター! 私はマスターの護衛として付き従っているだけで、決して仕事をしていないわけでは!」
「ミケは面白そうだから行っただけでしょ? アスカは護衛って言ってるけど、この間、練兵場の壁を壊して出入り禁止になったから行く場所が無くて此処にいることを知ってるんだからね?」
「ニャ!?」
「くっ、流石、マスター! 耳が早い!」
「お前ら……」
そう。実力がいくら飛び抜けていようとも、優秀であるかどうかは別問題なのである。
スカンダは立ち上がって天を仰いだ後で、隠しもせずに嘆息を零す。
「……分かりました、主。この不出来な二人に代わり、私が全力でこのダンジョンを守りましょう」
「頼むわよ、スカンダ。空だった第五階層のボス部屋に詰めておいてと伝えたレオナルドのHPバーが一瞬で消し飛んでから二時間……。まだダンジョンの中程を相手は彷徨っているでしょうけど、油断はできないからね」
「御意」
「ニャー。何か、アイツ、美味しいところを一人で持って行ってるニャー」
「そうですよね。私もマスターに褒められたいです……」
「……お前ら、そういうところだからな?」
苦虫を噛み潰したような表情を見せるスカンダの顔が元に戻るよりも早く――。
――激しい揺れが塔を大きく揺らす。
「キャアァァ! 何!? 何なにっ!?」
パラパラと埃が舞い落ちてくる中でスカンダだけは窓辺へと近寄って、それを見る。街の外の地上から噴き上がる黄金色の輝き――。
「光の……柱、だと……?」
天を衝く程の高さの巨塔よりも更に大きく太く、成層圏まで突破する勢いで、光の柱が地上と天を繋いでいた。それがまるで剣でも振り下ろすかのように空から降ってくる。
「――いかん! ミケ! 主を!」
「ニャニャ! 心得たニャ!」
ミケがマスターに近寄り、その小さな体をすっと抱きかかえると同時に、その存在があっという間にその場から消えてしまう。残ったのは、スカンダとアスカのみだ。
「……それで? 私たちも逃げます?」
「馬鹿を言うなよ。私たちがこの街を作るのにどれだけの労力を掛けたと思っているんだ。……防ぐに決まっているだろう」
「でしたら、私は下手人を狙いましょうか」
「あぁ、頼む」
スカンダの右手から虹色の光と美しい羽根のような紋様が乱れ飛ぶ。すると、塔の側面に虹色の光の帯が噴出し、それはそのまま盾の形状を取って、光の柱を迎え撃つ。錆びた金属を無理矢理動かす時のような耳障りな異音が響き、虹色の盾と黄金色の柱が衝突する。激しい火花と衝撃音が塔を揺らす中で、スカンダは涼しい顔で言葉を紡ぐ。
「なかなか出力が高いな……。だが、この程度ならまだ抑えられる」
「それじゃあ、失礼しますよ」
アスカが撫でるように窓に触れるだけで窓が派手に砕け、室内に激しい風が吹き込んでくる。そんな中、アスカは目を細めて遥か遠方を見つめていた。
(見つけた)
黒髪、黒ジャージの見目麗しい少女。
それが光の柱を振るっている姿を肉眼で捉えたアスカは、さよなら、と呟きながらその形の良い唇を窄める。
「フッ――」
光が一条の線となり、熱線となって宙を走る。レーザービームにも見えるそれは、非常に細く収束された
耳を煩わす異音が止み、盾と衝突していた光の柱が一瞬で消失する。
それを見て、スカンダは盾を解除しつつアスカに視線をくれるが、彼女は首を横に振っていた。
「避けましたよ。凄いですね、彼女。まるでこっちの攻撃が来るのを予期していたみたいです」
「それぐらいでないと、我々に手を出そうなんて考えないだろう。――さて。ミケ、居るんだろう?」
「ニャ。ミケは
「なら、居るな。……街が破壊されるとマスターが悲しむから、街の中では戦わん。こちらから討って出るぞ」
「三人が揃って出る時が来るなんて思ってもみませんでした。でも、楽しそうですね。頑張っちゃいます♪」
「ニャニャニャ、相手が哀れニャ!」
三人が三人共に笑いあう。SSS級のモンスターというのはそれだけの自信に満ちていて当然の存在であるし、それだけの実力を持つ存在であることは確かであった。
だが、本日、彼らが出会うであろう敵は並の相手ではなかったのである。
……果たして哀れであったのはどちらであったのか?
それは、これからの戦いの顛末が決めてくれることであろう。
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