第61話 鬼、決戦に挑まんとす。①

「ククク……、フフフ……、ファーーー! 牽制の一撃が聞かなかったから、『今度は本気でやって一刀両断にしてやろうぞ(キリッ)』とか言っていたのに、完全に防がれてるし! お、お腹痛い……! お腹が痛くて死にそう……! 笑い殺される……!」


 特徴的な引き笑いを上げながら座り込む嬢は右手で地面をバンバンと叩いて、込み上げてくる笑いと戦っているようであった。


「お、おのれ……。やるではないか……」


 一方、大々的な宣言をしたにも関わらず、攻撃を防がれた大竹丸の顔は真っ赤だ。


 風雲タケちゃんランドで特訓したおかげもあり、鬼神斬で斬撃が飛ばせるようになった大竹丸は得意顔で斬撃を飛ばしてみせたのだが塔は倒れず。ムキになった大竹丸が更に真鬼神斬を放ったのだが、今度は完璧に防がれるという失態。穴があったら入りたいとはこの事か。大竹丸はぐぬぬ顔のままで固まってしまっている。


「…………」


 そんな大竹丸を柔和な笑顔で見つめる葛葉。


 なんとなく、ドンマイと言われている気がして、益々滅入る大竹丸である。


「ファー! だ、大体、力の大きさなら葛葉の方が上じゃん……! 何、見栄張って私を笑い殺そうとするの……! ファー……、し、死ぬ……」


 ようやく笑いのツボより復帰したのか、嬢は目元に溜まった涙を拭いながら立ち上がる。そして、何かに気が付いたかのように背後を振り返っていた。


「あ、大竹丸。過激なノックに御客様だよ。不意打ちしたから不意打ち返しをしに来たみたい。……無駄だけどね」


「ニャーの存在に気が付くなんて、なかなかやるチビニャ……」


 第十五階層の大都市の外は緑の草原が広がるだだっ広い野原になっている。そこでは、野生の動物を狩猟することも出来れば、食用の穀物なども生えている。


 少し進めば森の幸が豊富な雑木林が広がり、大竹丸たちはその雑木林の向こうにある階層の入り口である階段を降りてやってきていた。


 流石にモンスター大暴走をした後だからなのか、此処まで来るのに大したモンスターはおらず、そのせいで到着までの時間が大分短縮出来た。


 それと、道に迷うことが無かったのも大きいだろう。


 嬢の階層把握能力を使えば、最短の攻略ルートが手に取るように分かる為、新しい階層であろうと十五分と掛からずにクリア出来るのだ。


 五階層から十五階層まで一階層を十分前後で踏破すれば、二時間で十五階層に来ることも可能だ。まさに、嬢は地図職人マッパーとして優秀な存在なのである。


 そんな嬢はミケの言葉にまたしても地面に倒れ込んで笑い転げている。


「ファーーー! 大竹丸、チビだって! い、言われてるよ! ファーーー! お、お腹が捻じ切れそう……! し、死ぬ……!」


「いや、それ言われとるの嬢じゃからな?」


「え? 私?」


 ハタと嬢の動きが止まり、むくりと起き上がる。パンパンと自身の体に付いた汚れを払い、じっとミケの方向を視線の合わない瞳で見つめていた。


「そっか。私、チビだったのか……。目が見えないから、自分の背が低いのかどうかさえ良く分かっていなかったよ。教えてくれてありがとう」


「ど、どう致しまして? ニャ?」


 戸惑った様子で言葉を返すミケに対し、嬢は焦点の合わない目でミケを見つめると酷薄そうな笑みを浮かべて微笑んでみせた。


「お礼に私を殺す権利を上げるね。頑張って殺してよ?」


「なんだニャ、この変な奴はニャ……」


 ミケが警戒する中で、ミケの肩に手を付いていたチャイナドレスの美女と、黒髪の紅顔の美少年が前に出る。言わずもがな、スカンダとアスカである。


「――殺せと言っているのだ。遠慮なく殺せば良い。何より、侵入者だ。遠慮する必要もあるまい。それで、アスカよ。塔を攻撃した馬鹿はどいつだ?」


「あの黒ジャージですね」


「そうか。なら、奴は私が貰おう」


「あ、スカンダ、ズルいですよ! そこはジャンケンじゃないですか!」


「そうニャ! そうニャ! 手柄首はニャーも欲しいニャ!」


「お、お前ら……。分かった、最初はグーだからな?」


 何やらいきなり現れて揉め始める三人組。


 だが、いずれも纏っている空気が尋常ではない。彼らは並の相手ではないのだろう。それを見知ったからこそ、大竹丸は嬢と葛葉の二人に注文オーダーを出すことにする。


「嬢、葛葉、命令じゃ。誰と当たろうとも構わぬ。半殺しで済ますのじゃ。彼奴らを百鬼夜行帳に封ずる」


「面倒臭い。……死にたい」


「…………」


 葛葉はやるだけやってみると言っているようだ。両の拳を握り締めて、鼻息を荒くしている。やがて、揉め事の決着がついたのか。


 大竹丸の前にスカンダが。


 嬢の前にミケが。


 葛葉の前にアスカが立つ。


「抽選の結果、こうなりました」


「ふぅ。動体視力が良くて助かった……」


「やっぱりスカンダ、インチキしてたニャ! ニャーはこの変な奴は嫌ニャのに!」


「ククク、地獄の底までトゥギャザーしよう……ゼイゼイ。……笑い過ぎた。……死にたい」


「…………」


「スカンダのう……。神の名を語るとは烏滸がましいにも程があるが、如何程か……。試させてもらうかのう」


 大竹丸が三明の剣の二刀を構え、一刀が面妖にも宙を浮く。


 それに相対するスカンダは胸前で両の手の指を組み合わせる印を組むと、肩を起点として優雅に両の腕を回す。その光景はあまりに優雅であるが故に腕の残像を残して、まるで孔雀の尾羽が広がるかの如くだ。


 いや、残像ではない。


 大竹丸が気付いた時にはスカンダは左右に六本ずつの、合計十二本の腕を持つ多腕の怪物へと進化していたのである。そのいずれもの腕に極彩色の光が集い散ったかと思うと、スカンダは多腕に鉾やら、剣やら、弓やら、杖やら、鞭やら、斧やら、盾やら……とにかくすべての腕に得物を持っているではないか。


「まるで一人軍隊じゃな」


 大竹丸が苦い顔で呟く。それにスカンダもコクリと頷いていた。


「言い得て妙だな。一人で神の軍を打ち破ったこともある」


「ふむ。面白いのう。なれば、妾は魔神王を打ち破ったぞ」


「ほう」


 スカンダが顎を上げて見下すような視線で大竹丸を値踏みし、大竹丸は大竹丸で挑むような目でスカンダを睨み付ける。


「なれば――」


「どちらが強いか――」


「「――勝負」」


 大竹丸の姿が掻き消え、スカンダの姿がぶれて消える。そして響くは連続する甲高い金属音。防げぬ筈の斬撃を防ぎ、避けれぬ筈の斬撃を避ける。これが神に近しい者同士の戦いか。その姿は既に肉眼で捉えるのは難しく、ただただ衝突音と衝撃のみが周囲を破壊していくのであった。


「さて、あっちは始まったようですね」


 どこか他人事のようにアスカはそう言い、目の前でニコニコと笑顔を浮かべている少女を観察する。少女はこれから殺し合いを行うということを理解していないのか、全く邪気がない。


 だが、それだけにアスカの方も気が削がれるというものだ。なかなか戦う気概が決まらない。


「はぁ……。その笑みを止めてくれませんか? 凄く戦い辛いんですけど……」


「…………?」


 だが、葛葉は微笑を止めない。


「仕方ありませんね……」


 このままだといつまで経っても戦いが始まらないと感じたアスカは心を決めて葛葉に一歩近付こうとする。


 だが、その足は何故かその場に凍り付いたように動かない。


「? なんです、これは?」


 初めての経験にアスカは止まった足を動かそうと頑張るが、どうしても前に動こうとはしない。


 二進にっち三進さっちも行かなくなったアスカは途方に暮れたような表情を見せるが、それをせせら笑う声が聞こえる。


「……クヒヒ。馬鹿め。それが何か気付いてもいないのか」


「何ですって?」


 明後日の方向を向いてせせら笑っている嬢に、どこか呆れながらもアスカはその答えの続きを求めていた。彼女はしたり顔で続ける。


「それが、恐怖だ。体が死ぬことを拒否ってるんだよ。良かったな、お前。おツムは馬鹿だが体は優秀で」


「……恐怖? これが?」


 それはアスカにとって理解し難い感覚であった。


 そもそも、アスカは竜というモンスターであり、その中でも規格外の速さを持つ天舞竜という種である。天舞竜は高い機動性を持っており空戦最強とも言われる――そんな存在である。そして、アスカはそんな天舞竜でありながら、戦闘の技巧さえをも身に付けた特殊な竜であり、地上でもまた無敵を誇っていたのだ。


 故にアスカは生涯不敗であったのだが、逆にその不敗が彼女の中から恐怖という感情を取り去ってしまったらしい。


 戸惑ったように自分の両足を見据える。


「馬鹿アスカ! 騙されんなニャ! そんなニコニコ笑ってるだけの幼女が強いわけないニャ! これは馬鹿なアスカを戸惑わせる作戦ニャ!」


「体が利口でも、頭が馬鹿だとやはり駄目だなって……。再確認出来た。……死にたい」


「舐めてるニャ、お前!? 絶対グチャグチャにして泣かしてやるニャ!」


「わー。こわいー。たすけてー」


 嬢は棒読みでそう言うと手足を動かすことなく、草原をすーっとスライド移動していく。それを見たミケは一瞬ポカンとした表情をしたものの、「待てコラニャ!」と叫んで、嬢の姿を追いかけて行ってしまった。


 そんな二人を見送りながら、アスカは先程までのミケの言葉について考えていた。


 確かに、無敵、無配を誇ってきた自分がこんな幼い少女を相手に恐怖を覚えるというのは不自然に感じる。ならば、やはりハッタリの類なのだろうか。


 そんなアスカの戸惑いを感じたわけでもないだろうが、葛葉は右手の手の平をアスカから若干外した位置に向ける。そこには背の低い雑木林があり――。


 それが、何の前触れもなく跡形もなく消し飛んだ。


「は?」


 地面がめくり上がり、そこだけ土の地面が露出する中で、粉となった雑木林の欠片がまるで灰のようにパラパラと降り積もっていく。それを見て、初めてアスカは葛葉を脅威だと感じると共に、自分の足が止まった理由を思い知った。


「――これは、ちょっと本気でいかないといけない奴ですね」


 アスカの瞳孔がギョロリと爬虫類のように細くなり、その全身の肌が鱗のように高質化する。


 触れれば鑢のように削れる皮膚へと変貌を遂げたアスカは目の前の幼女に射殺すような視線を向けるが、幼女は平気な顔でニコニコと微笑み、それどころか右手の甲をアスカに向けると、チョイチョイと掛かって来いとばかりに挑発を始める。


「あまり……」


 アスカの靴が破れ、その爪先から鋭い鉤爪が露出する。それが大地をしっかりと掴み、アスカの体が弾かれたように後ろへと倒れ込む。だが、倒れない。倒れ込むように見えたのは肺一杯に空気を溜めていたからだ。そして、そのまま腹筋の力だけで起き上がりつつ、彼女は口を窄める。


「――天舞竜を舐めないで頂きたい!」


 轟っと空間を引き裂いて、アスカの口から放射された竜の息吹ドラゴンブレスが走る。


「…………」


 それに対するは、葛葉が視線だけで行使した空間爆砕。連鎖する爆発の力が指向性を持った竜の息吹を吹き飛ばす。その二つのエネルギーの衝突により、草原の草花が一瞬で炭となり、灰となり、黒煙と炎が激しく舞い踊る。辺りは夜の帳が落ちたかのように一瞬で黒煙が充満し、周囲の景色を覆い隠す。


 そんな中、一陣の風が黒煙を一瞬だけだが吹き飛ばし、その合間から見えた光景が――。


「…………」


 竜の息吹を正面から受けてなお、手の平をくいくいっと動かす葛葉を見て、アスカは昂ぶりのあまり、口角が上がるのを止められなかったのである。

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