第51話 鬼、公認探索者顔合わせ会に出席す。②

「では、続いて第二席を予定されている天草優あまくさゆう様、自己紹介をお願い致します」


「はい」


 そう言って柔らかい物腰で答えたのは金髪の美青年だ。マイクを受け取るなり、すっと立ち上がる姿も絵になる程であった。彼はニコリと愛想の良い笑みを浮かべると、その姿に違わぬ透き通るような声音で自己紹介を始める。


「ご紹介に預かりました天草です。私はついこの間、長崎にある軍艦島ダンジョンを攻略したばかりなので知らない方もいらっしゃるかと思います。ですので、以後お見知りおき頂ければと存じます。宜しくお願いします」


 差し障りのないコメントだが、尋常ならざるハンサム具合が特別なコメントにさえ聞こえさせる程だ。事実、小鈴などは見惚れて少し頬を赤くしているぐらいであった。それを見て、若干大竹丸の機嫌が損なわれた気がするが、それ程に優の容姿は優れていたのである。


「有り難う御座いました。天草様は国内では初のC級ダンジョン攻略者ということで第二席という位置を予定しております。続いて、第三席を予定されている如月景きさらぎけい様、挨拶をお願い致します」


「あー……、えー……、ごほっ、ごほっ……」


 如月景と呼ばれた青年はフード付きのパーカーを目深に被ると、自分の容姿を隠すかのように俯いて咳き込み始める。


 流石にあれほど飛び抜けた美男子の後に挨拶するともなると、自分の容姿を隠したくもなるか。


 その事に同情したわけでもないだろうが、景の態度を咎める者はその場にはいなかった。


「……如月景です。喉が弱いのであまり長くは喋れないです。以上です」


 雑な挨拶が終わり、一瞬だが間が空く。


 その間を嫌ったのか、すかさず大野がフォローする。


「えー、如月様はD級ダンジョンの攻略者となります。ほぼソロでの攻略ということもあり、福岡タワーダンジョンの御三方よりも上の順位とさせて頂いております」


「チッ、あのクソ夫婦のせいで俺の順位が下がったじゃねぇか」


「おい、島津くん、今の暴言は聞き捨てならないぞ!」


 ドレッドヘアの男、島津に食って掛かるのは長身の優男である。とても戦える雰囲気を持つような男ではないのだが、その度胸は大したものであった。いかつい島津の見た目にまるで怯んでいない。


(あの度胸はクロに見習わせたいのう)


 そんな事を考える大竹丸の目の前で優男の嫁であろう泣き簿黒ぼくろの美女も立ち上がる。彼女も彼女で我が強いようだ。


「そうよ! 私たちが先にダンジョン最奥のモンスターと戦っていた所に貴方が割り込んできたんじゃない! むしろ、被害を被ったのはこちらの方よ!」


「あぁ!? テメェら夫妻がチンタラ戦ってたのがいけねぇんだろうが! 何が北九州の風神雷神だ! ゴキブリの間違いじゃねぇのか! チョロチョロチョロチョロ鬱陶しいんだよ!」


「ご、ゴキブリだと……! 言うに事欠いて……!」


「お、御三方お止め下さい! これ以上の狼藉は公認探索者として認められませんよ!」


 大野の鶴の一声に会場が静まり返る。そんな中で大野が厳かに告げる。


「えー、いがみ合われても困りますので、私から紹介させて頂きます。私から見て左手側が島津弘久しまづひろひさ様。D級である福岡タワーダンジョンの攻略者であります。同じく右手側におられますのが、橘茂風たちばなしげかぜ光千代みちよ夫妻。彼らも福岡タワーダンジョン攻略に貢献したということで公認探索者としてお呼び致しました。また順位と致しましては、島津様が第四席、橘夫妻様は揃って第五席とさせて頂きます」


 大野の言葉に納得がいかないという表情を見せるのは茂風と光千代だ。彼らとしては鳶に油揚げをかっさらわれた気分なのだろう。だが、必要以上に混乱を起こせば公認探索者としての資格を失いかねない。彼らは口の端に上がる文句を飲み下し、大人しくすることにしたようだ。


 大野がその姿を見て、内心で安堵のため息を吐く。


「えー、続きまして、第六席を予定されております長尾絶ながおたえ様、挨拶を御願い致します」


「――皆、いがみ合うのは止めよう」


「…………。……長尾様?」


 マイクを渡された長尾絶は長い黒髪が特徴的な美しい少女であった。真っ黒なセーラー服を着ている事からも、どこかの高校の学生なのだろう。彼女は甚く真面目な表情で何かを語ろうとしている。


 それが分かったからか、大野も事態を静観する。


「我々の敵は人間われわれか? 違うだろう? 我々の敵はダンジョンだ。我々は奴らを駆逐する為に集った同志だ。それがいがみ合いなどをしていては謙信公軍神様が草葉の陰で泣いてしまわれるだろう。手を取り合えとは言わない。だが、志を見失わないで欲しい。そして、共にダンジョンが無かった頃の平和な地球を取り戻そう! ――挨拶に変え、語らせて貰った。長尾絶だ。宜しく頼む」


「姫、立派なことも言えるようになって……!」


 そして、絶の隣でよよよと泣き崩れる前髪の長い女性。絶の語った内容よりも絶の成長を喜んでいるようだ。そして、そんな女子高生に諭されては体裁が悪いのか、橘夫妻も島津も表面上はいがみ合うことはなかった。


 その光景に少しだけ感心しながら、大野は続ける。


「長尾絶様、有り難う御座います。続けて、第七席になります。E級ダンジョンを二人で攻略されました辺泥べていクルル様、辺泥べていアミ様、御願い致します」


「――私たちは自然が好き」


「――私たちは動物が好き」


 マイクを渡された二人は歌うようにして語りだす。その動作は双子ならではでそっくり一緒だが、左右対称シンメトリーとなっていた。クルルが右手でマイクを受けとれば、アミが左手でマイクを受け取る。


 まるで、それが自然の形だと言わんばかりの違和感の無さ。それだけの長い時間、双子は双子として過ごしてきたのだろう。双子は語る。


「世の中には綺麗なダンジョンもある」


「世の中には可愛いモンスターのいるダンジョンもある」


「でもダンジョンは自然をねじ曲げる」


「でもモンスターは動物を追いやる」


「私たちは自然を守りたい」


「私たちは動物を守りたい」


「辺泥クルル――」


「辺泥アミ――」


「私たちは自然を守る」


「私たちは動物を守る」


「「よろしく」」


 その挨拶を聞いた者はまるで歌劇を見ているようだ、と感想を抱いたかもしれない。実際、その場にいる何人かは呆気に取られたような顔をしている。


 だが、言いたいことは伝わった。


 彼女たちもまた元の地球の姿が好きなのだろう。その為に探索者になったと、此処にいる全ての者に思わせた。


 大野もまた何か感じ取ったのかしきりに笑みを浮かべて、そして最後の公認探索者の紹介に移る。


「えー、有り難う御座いました。最後にダンジョン攻略者というわけではありませんが、ダンジョンマスターと交渉の末にダンジョン研究を進めていらっしゃるという研究者の方を公認探索者の一人として末席に加えたいと思っています。では、小早川博士御願い致します」


「なぬっ! 小早川じゃと!」


「「え?」」


 小早川と呼ばれた男と大野が同時に驚く。


 たが、大竹丸は小早川博士を見て、自分の期待していた元ペンギンズの小早川では無かった為か、急速に興味を失う。小早川は小早川でも白衣を着た頭の禿げ上がった爺だったのだ。大竹丸の求めていた小早川はこれではない。


「えぇっと、大竹丸様……何か?」


「いや、何でもないぞ。ちょっとあれじゃ。思い出し笑いじゃ」


『…………』


 いや、それは絶対に違うだろと全員が思う中、絶だけが一人下を向いて肩を揺らして笑っていた。変なツボに入ったらしい。


 そして、気を取り直して小早川が挨拶する。


「うぉっほん! 我輩が紹介に預かった小早川貴明こばやかわたかあきじゃ! 世界各地の遺跡を巡って久し振りに日本に帰ってきたところ、ダンジョンなどという面白そうな――うぉっほん! 世界の危機に陥っているというではないか! こりゃいかんと思った我輩はすかさずダンジョンに潜入! そして研究を始めたんじゃが……即座にダンジョンマスターに見つかってしまってのう。ウチのダンジョンで変な事するのは止めて欲しいと注意を受けたのじゃ! それが元乃隅ダンジョンのダンジョンマスターとの出会いであったぞい!」


「変な事って何したんじゃろな……?」


「さぁ? 結構変わり者っぽいし、相当変な事じゃないのかな?」


 大竹丸と小鈴がこそこそとやっていると、小早川がうぉっほん! うぉっほん! と咳を繰り返す。どうやら、自分の話をちゃんと聞いて欲しいらしい。大竹丸たちは渋々話を打ち切る。


「そうこうする内に我輩の交渉術によって、ダンジョンマスターを懐柔し、何とかダンジョンを研究する許可を得たのだ! そして、この場を借りてダンジョンに対する重要な情報を公開するとしようぞい!」


「おお!」


 思わぬ情報に意気込むのは大野だ。ダンジョン問題対策担当大臣としては有益な情報はひとつでも欲しいところなのだろう。姿勢が思わず前のめりになる。


 それに気を良くした小早川は自慢気に続けた。


「なんと! 今あるダンジョンのダンジョンマスターたちは、他のダンジョンのダンジョンマスターたちとダンジョンデュエルというものをやるために、ダンジョンを運営しているらしいぞい! そして、そのダンジョンデュエルをする為に人間を殺してエネルギーを蓄えておるらしいのだぞい!」


「ななな、なんと!」


 大野は目玉が飛び出るのではないかというほど驚き、他の探索者も程度の差はあれど驚いている者が多数であった。そして、同じく大竹丸も目を見開いて驚く。


「それ、いつの情報じゃ!? そんなこと一年前には知っておった情報じゃぞ!?」


「「「「「ええぇぇっ!?」」」」」


 むしろ、小早川の公開情報よりも驚愕の程度が大きい、大竹丸のぶっちゃけ発言。大野に至っては人に見せちゃいけないような表情で驚いている。


「ぬぬぬ! やりおるぞい! 流石、一席! ならばこの情報ならどうじゃぞい! ダンジョンマスターたちはダンジョンデュエルの末に勝ち残った一人が何でも願い事を叶えて貰えることになっておるのだぞい! じゃから、合い争うのじゃぞい! どうじゃぞい! これは流石に知らんじゃろぞい!」


「いんや、知っとるぞ?」


 大竹丸が平気でそう言うと小早川がガタタッと椅子からずり落ちる。どうやら、誰も知らないであろう初出の情報をこれ見よがしに出したつもりが、黴の生えた情報だと言われて衝撃ショックを受けたらしい。それに加えて、重要な情報が抜けていると大竹丸は付け足す。


「後、モンスター大暴走スタンピードの情報が抜けておるのう。ダンジョンマスターはやる気になればモンスターをダンジョンの外に放逐出来るのじゃが……。その情報はまだ出ておらんかったかのう?」


「――は?」


 大野の思考が一瞬止まる。


 大竹丸が何を言っているのか理解出来なかったからだ。そして、それを理解した時、大野の顔色が一気に青褪めていく。


「も、モンスターはダンジョンを出られる……、んですか……?」


「わ、我輩もそんな情報は知らんぞ……」


「まぁ、やった場合、ダンジョン内のモンスターがスカスカになって確実にダンジョンデュエルに負けるから、余程追い詰められないと使わんと言っておったがなー」


「言っていた……ですか? 誰が言っていたんでしょうか?」


「S級ダンジョンのダンジョンマスター、ノワールがじゃよ」


「「「「「え、S級ーーーっ!?」」」」」


 今度こそ場が騒然となり、事態は会食どころの騒ぎでは無くなってくるのであった。

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