第126話 決戦桜島ダンジョン!⑱
島津弘久は幼少の頃から快活な子供であった。だが、幼少時には今ほどの凶暴性は持ち合わせていなかった。
彼の性格が凶暴そのものと言えるようになったのは、彼の祖父の影響が大きいだろう。
「じっちゃ、
「そうか。そうか。そいじゃったら力をつけなきゃいかん」
「力?」
「力には三つの種類がある。そんどれかを極めたら良か」
そうして、弘久の祖父は弘久に三つの力について語ったのだ。
一つは権力。
それは生まれ持っての力。権力者は権力者同士で繋がり、持たざる者とは違う生活を送る。この力は弘久が望んでも手に入らないものだ。何故なら生まれた時から、その運命は定められているのだから。だから、弘久の祖父はこの力は諦めなさいと言った。
そして、一つは財力。
一般の人間はこの力を求めて常に切磋琢磨し、競い合い、奪い合っている。金を得る為に働き、金を得る為に騙し、金を得る為に奪う。誰もが成り上がれるチャンスがあり、その門戸が広い為に競争も激しい。弘久の祖父はこの力で一番になりなさいと弘久に説いた。
だが、幼い弘久が飛びついたのは最後の力だ。
それは即ち、暴力。
過去、世界は確かに上記の三つの力で支配される時代があった。
上流階級が下級階級を支配する権力の時代。
経済力のあるものが金に物を言わせて全てを支配する財力の時代。
そして、強き者が生き残り、弱き者が死ぬ、暴力の時代。
幼い弘久にとって一番分かり易かったのが暴力であった。
そんな時代は途絶えて久しいというのに、彼は腕っぷしを磨きに磨いた。
幼少時からムカつく相手には片っ端から喧嘩を吹っ掛けては殴り合いの数々。両親が止めようとするも、弘久は聞く耳を持たずにそのまま中学、高校と成長していった。
弘久が高校生になる頃には、ガタイも良くなっており喧嘩も百戦無敗。
彼を慕う者も出てきており、弘久は自分の進んできた道が間違っていなかったと信じて疑わなかった。
末は極道者にでもなって、九州制覇。
果ては日本制覇と目を輝かせていた折、世界にダンジョンが出現したのだ。
最初は「だからどうした」と興味も持っていなかった弘久であったが、そのダンジョンの出現こそが真なる「暴力が序列を決める世界」であると思い至り、彼は歓喜を爆発させた。
それは権力よりも、財力よりも、暴力を重要視する時代――つまり、新たな戦国時代の幕開けを予感させるものであり、弘久はこのダンジョン時代こそ自分が求めてやまなかった時代であると確信していたのである。
だが、そんな暴力の時代になっても、弘久は頂点には立てなかった。
求めていたはずの自分の土俵だというのに、自分よりも暴力に特化した存在がおり、それが自分よりも上の評価を受けている。
そんな現状が何よりも気に入らなかった。
その気持ちは、弘久の心の奥底にいつでも沸々と煮え滾っており、そこをちょいと突いてやればすぐにもどす黒いものが溢れ出る。
――悪魔につけ込まれるには十分過ぎる素養であった。
★
「……力が漲る。気分が昂揚する。今なら何でも許せちまいそうになるぐらいに気分がいいぜぇ。……いいや、やっぱ駄目だな。死ね」
弘久が睨んだ空間が収縮し、捻じ曲がり、次の瞬間には弾け飛んで爆発する。その現象が刹那で続け様に起こるものだから、空間が爆砕されながら進んでくるという不思議な現象に見えてしまう。
その爆発の連続をまたも前に出た詠瑠が盾で防ぐ。
特殊な盾なのか、空間の爆砕はその盾に当たるとそれ以上は進まずに消え失せてしまう。弘久はその盾の向こう側にいる優を狙っただけに、面倒臭そうに舌打ちをひとつ鳴らしていた。
「うざってぇ。さっさと死んどけってぇの」
そんな弘久は足元で細かな爆発を起こしては空中に浮かび続けている。
今までは二つ以上同時に【空間爆砕】を使用することは不可能だったが、妙に気分が昂揚した今の状態であれば、自由自在に力を使用できる――そんな全能感が弘久を包み込んでいた。
「四席! 何をするんだ! それにその姿! 君、少しおかしいぞ!」
優が上空に向かってそう声を掛けるが、弘久にとってはその声は煩わしい雑音でしかない。
そもそも、第二席は彼の地位の上に存在する目の上のたん瘤なのだ。そんな存在のいう言葉に耳を貸すはずもない。
「おかしいのはてめぇだ。俺様よりも上にいやがって。落ちろよ、地獄に」
空間が収縮する。しかも、今度は優を囲むようにして三カ所同時だ。
一方向からの攻撃だけならともかく、多方向からの同時攻撃は考えていなかったのか、詠瑠が焦ったような表情を見せる。
「駄目、優! 避けて!」
「くっ!」
「馬鹿が! 逃がすと思うかぁ!」
走り出そうとする優を囲むようにして、空間の歪みがドーム状に優の周りを埋め尽くしていく。これでは逃げ出す隙間もない。ついでに巻き込まれた詠瑠も、近くにいた梨沙も顔色を青くする。
「そうだ! その顔だぁ! そういう顔が見たかったんだよ! あぁ、たまんねぇ! ――じゃあな」
空間が弾け、爆発が徐々に距離を狭めるようにして迫ってくる。優が二人を引き寄せて爆発から身を庇おうとし、弘久が哄笑を轟かせる中、どこからか小さな小さな声が響く。
「と、【トリックスター】発動……!」
次の瞬間、爆発のドームの中にいたのは弘久の方であった。
「は?」
止める間もなく【空間爆砕】は続き、衝撃が弘久の全身を駆け巡る。その破壊のエネルギーは弘久の体を四散させ、彼の体は路面の上へと頭、体、右腕、左腕、右足、左足となって転がっていた。
普通なら惨殺死体も良い所なのだが、何故か弘久の体の部位からは血が流れておらず、どこかプラモデルのパーツにも見える状態となって転がっている。
そんな弘久と入れ替わりに、今度は上空から落ちてきた優が橋の上に着地する。
だが、女性二人分の体重を支えながらの着地は流石にキツかったのか、優は着地しながら表情を歪ませる。
「い、痛っつつつつ……。というか、助かった? 何が起きたんだい……?」
「わ、分からないけど……。とりあえず、下ろしてくれないかしら?」
「あ、はい」
詠瑠と梨沙の二人を橋の上に下ろす傍らで、橋の片隅から急いで走ってくる少女が、弘久の死体に飛びつく。その異様な光景に優は思わず話し掛けることを止めることが出来なかった。
「えぇっと、今の不思議な現象は君の仕業……?」
「う~ん。私も良く分かってないんですけど、多分、そうだと思います!」
そう元気良く答えたのは、小鈴であった。
彼女は優たちが追い詰められている姿を見て、どうにか出来ないかと思ってぶつけ本番とばかりに貰ったスキルを試してみたところ、何故かいきなり弘久と優たちの立ち位置が入れ替わっていたのである。
これは別に小鈴が望んだ効果ではなかったのだが、結果オーライといったところであろう。
そう、小鈴の持つスキルである【トリックスター】は、一風変わったスキルなのだ。
スキル修得後の説明にはこう記載されていたのである。
====================
【トリックスター】
レア度:★★★★★
周囲の人間をあっと言わせる奇跡を起こす。
二十四時間に一回のみ使用可能。
====================
つまり、何が起こるのかは使った本人にも分からないのである。
それこそ何も無い平時に使ったとしたら、いきなり窮地に陥ることもあるだろうし、今回のようにどうにもならない状況をいきなりひっくり返すことも出来るのだろう。
一日一回だけだが、任意でどうにもならない状況をひっくり返せると考えれば破格のスキルだ。
当初、小鈴はこのスキルをどのように活用すべきか悩んでいたようだが、ようやく使い方を理解したようだ。
だが、逆に言えば通常時には使い辛いスキルでもあった。
何が起こるか分からないというのは、計算できない部分があり、悪いことも良いことも起こる可能性があるということだから、迂闊には使えない。
(うん。意味が分からないスキルだよね。さっきお試しで装甲車の中で使わないで良かったー)
小鈴は心の中でそんなことを思いながらも、弘久の体のパーツを集め始める。その体のパーツはバラバラになりながらも、まだ温かいし、血管が脈打っている。どうやらこんな状態でありながらも生きているらしい。
恐るべきは【トリックスター】の力か。
「何やってるの……」
そんな体の回収作業をしている小鈴を不気味なものでも見る目で見ながら、優は恐る恐る尋ねる。
梨沙も不審な目を向け、詠瑠に至っては完全に引いている状態である。
だが、小鈴は気にしない。
「え? 何かこの人、生きてるみたいだから、こう合体させれば生き返るかなーって。ほら、キ●肉マンのミ●トくんみたいな状態なんだよ、この人」
「いや、ゴメン。僕、キ●肉マン読んだ事ない……」
「えぇ!? 肉とJ●J●と刃●は男のバイブルだって黒さん言ってたのに!」
「それは偏見だと思う……」
死んだ目をして答える優。
「何か、変なものが飛んできた」
そこに右足と左足を持って現れたのは絶と沙耶だ。ちなみに絶の格好を目撃した優は慌てて顔を反らす。意外とうぶなのである。
「一席に言われて助けに来たのですが、もう終わってしまったようですね。はい、左足です」
「こっちは右足」
「わーい、ありがとー!」
無邪気に人間の足を受け取る小鈴の姿に詠瑠はドン引きだ。
だが、逆に興味を示し始めたものもいる。梨沙である。
「その体のパーツをくっつければ、この男は復活するのですか?」
「多分! 私も詳しくは知らないけど!」
実に無責任な発言である。
だが、それを聞いた梨沙の目がすわる。
「でしたら、右足と左足を逆につけましょう。この男には迷惑を被りましたので、それぐらいはしないと気が済みません」
「わお、過激~」
それを聞いた優の目が益々死んだようになり、詠瑠はひっそりと梨沙から距離を取るのであった。
★
第四席の裏切りを何とか大惨事になる前に防いだ一方で、橋の片隅でもまたひとつの戦いが終わろうとしていた。
すらりと抜き放った刀の切っ先を地面に向けるようにして、まるで自然体の様子で近寄ってくる
そんな大竹丸に対して武御雷が無言のままにするりと動き出す。
力感のない動き出しでありながら、その一撃は鋭く苛烈。
実際、絶と戦っていた時は手加減していたと言わんばかりの猛攻が大竹丸を襲い、剣戟が幾度も重なって響くこともざらではない。一刀が二刀にも三刀にも別れて振るわれるような異質感に大竹丸は技の極みを見たとばかりに目を丸くする。
まさに、剣の極致。
普通の剣士が相手であれば、一合ももたずに四肢を切断されて散っていたに違いない。
だが、大竹丸の持つ小通連は本人の意志とは無関係に剣が勝手に動いて自動で防御する刀だ。
武御雷の振るう一太刀一太刀にまるで磁石が吸い付くようにして移動しては、鋭い斬撃を悉く弾き返す。
鍔迫り合いすらも拒否するかのような徹底した弾き方は、むしろ武御雷の攻撃の回転力を益々高めているかのようであった。
そんな武御雷と小通連との激しい攻防の最中、大竹丸自身は武御雷に対して憐れんだ目を向ける。
これが単純な剣術の勝負であったのであれば、大竹丸に勝ち目はまるで無かったことだろう。
だが、これは違う。
殺し合いの場であるのだ。
ルールも何もない。勝者が生き残り、敗者が消えゆく場だ。
そして、大竹丸はだからこそ憐憫の瞳を武御雷に向けていたのである。
「真っ向から剣術で戦っていたとしたら、妾は決してお主には勝てなかったことじゃろう。じゃが、此処は
大竹丸が大通連を無造作に振るう。
大振りの横薙ぎの一閃は、だが武御雷に見切られて鮮やかに躱され――たかに見えた。
「剣での決着でなくてすまぬのう」
だが、次の瞬間には躱したはずの武御雷の体の中に大通連の刃が現れ、そのまま武御雷の腸を引き裂いていく。
それを剣の技とは言わないだろう。
腸を斬り裂きながら、大竹丸は一息に武御雷の後背へと駆け抜ける。
ぶしっという水袋を切り裂いたような音が響いた後で、武御雷は自分の脾腹が中程まで斬り裂かれていることに気付いたようだ。傷口にちらりと目をやった後で背後に向かった大竹丸を振り返ろうとして、大上段から振り下ろされた大通連が武御雷の頭から股間までを一直線に切り裂いていた。
まるで雷が落ちたかのような一撃に、武御雷の体が縦に割れる。
そして、剣の神の姿を模したモンスターは光の粒子となり、中空へと散っていった。それを寂しそうな表情で見送った大竹丸は、しんみりとした雰囲気を誤魔化すかのように傍らに笑顔を向ける。
「ふぅ、こんなもんじゃな。助かったぞ、あざみよ」
「ペペペポップ様のお役に立てたようなら何より。でも、この【深淵の智】はもの凄く使い勝手が悪い。まだ頭が痛いし……」
大竹丸のすぐ傍ら。そこには巨大な樽に頭を突っ込んで動きを止めるバステトの姿があり、その樽に寄りかかるようにしてあざみは休息を取っていた。
それもそのはずで、彼女が受け取ったスキルは、彼女の体に非常に負担を掛けていたからだ。
====================
【深淵の智】
レア度:★★★★★
常世と幽世の数多の知識が手に入り、神にも届き得る叡智が身に付く。
ただし、適性が低い者が使うと情報量に耐えきれずに廃人化する。
====================
これである。
あざみはこのスキルを大竹丸の戦闘中に一瞬だけ使用した。それは好奇心故の行動だったのだが、すぐにその行動を後悔することになる。
スキルを使用した直後にあざみの頭の中に飛び込んできたのは莫大な情報であり、自分の脳味噌が一瞬で沸騰するほどの熱を覚えてしまう。
すぐにスキルを切ったものの、頭の中をシェイクされるような頭痛が未だ止まず、軽く鼻血を垂れ流したほどである。
だが、その一瞬だけであざみはこの場の収拾方法を理解してしまっていた。
いや、神にも届き得る叡智とやらで最善の一手を思いついたというのが正しいのか。
そこからあざみはその一手を行う為に行動を開始する。
まずはバステトの大好物である赤色の酒を神通力で作り出し、そこに同じくマタタビを神通力で作り出して入れる。あとは即効性の超強力な睡眠薬を神通力で作り出して中に仕込んで、戦闘中のバステトの側に置く。
そんな一手だけで、バステトは自ら樽の中に頭から顔を突っ込んで眠ってしまったのである。
(流石、神にも届き得る叡智。あっさりと事態を解決出来る計算力もそうだけど、何よりも神通力のイメージする力が格段に上がったように感じる……)
あざみは最初【深淵の智】のスキルを貰った時、パーティーの参謀としての役割を果たすように補助的なスキルを貰ったものだとばかり思っていた。
だが、それは思い違いであった。
このスキルはより神通力を精密に深く使いこなせるようになるための補助的なスキルの役割が強い。
つまり、正当な形であざみを強くするためのスキルだったのである。
それを知った時、あざみの顔には自然と笑みが浮かんだのだが、同時にその表情が強張ることにもなった。
何故なら、このスキルは少し使用しただけだというのに、数十分がたった今でも偏頭痛が収まらないのだ。
このスキルを使いこなせる日がくるのか。
それを考えたら実に頭の痛いことだろう。
「しかし、この猫、酒樽に頭から突っ込んで動かぬとは……。そんなにこの酒が上手いのかのう?」
大竹丸が興味津々で酒樽を覗いているので、あざみは事実だけを淡々と告げる。
「お酒が美味しいかは知らない。未成年だし、飲んだことがない。だから、味が分からなかった。なので知っている味にした」
「知っている味?」
「毒ぺ」
「ふむ、どれ」
興味が湧いたのだろう。
大竹丸は樽から赤色の液体をひと掬いして口まで運ぶと――、
「ぐー、ごー、がー……」
――そのまま樽の中に頭を突っ込んで寝始めた。
「何で飲むかなぁ」
その光景を見るともなしに見やりながら、あざみはひっそりとそう呟くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます