第125話 決戦桜島ダンジョン!⑰

「痛ててて……。左腕が上がらないや……」


 紫色に変色した左腕の感覚を試しながら、優は上空を見上げる。上空では紫色の光の格子が檻を成し、その中で激しい戦闘が繰り広げられているようであった。時折、強い衝撃音が優の鼓膜を震わせる。


「それにしても、まさか同士討ちさせようなんてね。一席の考えることは奇抜だなぁ」


 柔和な笑顔を浮かべようとするも、痛みに顔を顰める優。そんな優が上空に気を取られていると――、


「危ない、優!」


「え?」


 梨沙の声に振り向くと、視界を埋め尽くす程の爆発の連鎖が優に向かって迫ってくる。


 避ける間もなく、逃げる間もない。


 頭の中が真っ白になる中、優の前に誰かがすかさず飛び出す。


「ぐっ!? すみませんっ、優さん遅くなりました!」


 衝撃によろめきながらも、盾を構えて爆発を押さえ込んで見せたのは矢生詠瑠やおえいるだ。自慢のDP産装備である堅牢なる盾イージスで爆発の衝撃から優を守って前に立つ。


 やがて衝撃が収まり、詠瑠が盾を下げたところで優は信じられない光景を目の当たりにする。


 優を狙って破壊の力を放ったのは、モンスターではなかったからだ。


「ククク、何だよ、死ななかったじゃねぇか?」


 そこには、筋肉が膨張し、全身の皮膚を赤黒く染めた公認探索者第四席――島津弘久の姿があった。


 ★


「キェェェェェーーーーッ!」


 上段からの唐竹を鋭く振り下ろすも、刀を真一文字にした黄金武者にその一撃は軽々と止められてしまう。本来なら、刀をへし折る程の重く鋭い一撃も、剣の神タケミカヅチを名乗るモンスターの前では、足をアスファルトに沈める程度にしか効果がなかったようだ。次の瞬間には、するりと絶の剣が流され、絶の体勢が崩れる。


 武御雷はその崩れた体勢の絶に向かって、実に優雅な動きで横薙ぎの一撃を繰り出す。


 絶の胴着の腹部が真一文字に切り裂かれ、赤い飛沫が飛び散るが、斬られたのは腹の皮一枚だけだ。一足跳びに跳び退いた絶は、短く呼気を吐き出すと少しだけ躊躇った後で、既に何度も斬り付けられ、服としての機能を失くしていた胴着を脱ぎ去っていた。


 細身の体にサラシ一枚という格好になりながらも、絶の闘気は衰えることを知らない。目を爛々と輝かせて不壊の木刀を正眼に構える。


「正しく力で勝てないのなら、窮地に自分を追い込むことで力を上げる――」


 防御を捨て、守りを捨て、次が無いものとして、命を懸ける覚悟で戦う。そうすることで、集中力が普段よりも格段に増す。つまるところの必死になるということだ。


「――これぞ、背水の陣」


 木刀を大上段に構え直す絶。その鋭い眼差しからは全霊の一撃を放ってやろうという思いがひしひしと伝わる。


 死ぬのは、自分か、お前か――。


 そんな思いに囚われていた絶の足元に何かが飛んできて、路面で跳ねて止まった。一体何事かと、ちらりと見やる絶の呼吸が思わず止まる。


 それは、片手に短刀をしっかりと握り締めたままの女性の首なしの死体であった。


 傷口からじわりと血だまりが広がるよりも早く、絶はその服装から死体が誰であるのかを素早く理解する。


「馬鹿な……。師匠……」


 首なしの死体が薄い煙となって消えていく。ダンジョン内で良く見る光の粒子が立ち昇る姿ではない。


 だが、その事に疑問を挟む間もなく、絶の傍らに真っ赤な毛皮の猫人間が降り立つ。


 そして、猫人間はそのまま立ち尽くす絶を喰らおうとばかりに顎を開くと、恐ろしい速度で以て絶へと飛び掛かってきたではないか。


 まさに、電光石火。


 目にも留まらぬ速さという奴だが、そんな攻撃も空間を渡ってしまえば容易に防げる。


「ふむ、ちとマズイ状況になってきたようじゃからのう。介入するぞ?」


「一席!」


 空間を渡って、赤猫バステトと絶の間に割って入ってきたのは大竹丸だ。


 大竹丸は小通連でバステトの噛みつき攻撃を受けると、そのまま顎から一刀両断にしようと左腕を振るう。


 だが、バステトはまるで空中に足場でもあるかのように軽々と身を捻ると大竹丸の一撃の速度と同じ速度で身を躱し、ホラー映画もかくやと思わせる、あり得ない方向に関節を曲げて着地すると素早い動きで大竹丸と距離を取る。


 人とも、獣とも違う鋭い動きに大竹丸は眉根を寄せつつも、これでは対人用の剣術では通じまい、然もありなんと、一人で納得していた。


 何にせよ、本物の神ではないとはいえ、神の名を持つモンスター二体を相手に絶一人では荷が重い。それを危惧して介入したのであるが、どうやら正解であったようだ。


(ふむ、妾と同じ顔の者が、何度も死ぬのは頂けぬが呼ぶかのう)


 口の中で小さく呪を唱え、大竹丸は神通力を用いて自分の分身――もとい、小島沙耶を作り出す。


 沙耶は瞬間的に此処が何処なのか分かっていなかったようだが、思い出したのか「あぁ」と思わず掌をぽんっと打つ。


「もしかして、死にましたか、私?」


「獣の動きに惑わされてのう。ものの見事に不覚を取ったようじゃぞ」


「斬り合いには自信があったのですがね。狩猟は専門外ということでどうかひとつ」


「妾は得意じゃぞ。モンスターの狩猟」


「どうせ、ゲームでしょう?」


「当然じゃ」


 やれやれとばかりに頭を振る沙耶だが、そんなものはお構いなしとばかりにバステトが飛び掛かる。


 それを小通連の自動防御で片手でいなす大竹丸。更に口の中で一言、二言と呪を唱えて右手に大通連を作り出す。


 そんな大竹丸の姿を見て、武御雷が興味を持ったようだ。ゆっくりと動き出す。


「待て。貴殿の相手は私だろう?」


 絶が武御雷の進行を阻害しようと前に立とうとするが、その動きは沙耶によって引き留められていた。後ろから羽交い締めに合う中で、絶がジト目で沙耶を振り返る。


「姫、無理ですって」


「無理じゃない」


「相手は剣の神とも言われる武神ですよ?」


「ならば、私は神をも超える」


「私にも勝てないのに、神様を越えられるわけないじゃないですか! それにアレは本物の神様じゃなくて、モンスターですよ?」


「ならば、益々負けるわけにはいかない」


「でも、このまま挑めば負けます。そういうの何て言うか知ってます?」


「何て言う?」


「やけっぱちって言うんです」


「…………」


 沙耶にバッサリと切り捨てられて頭が冷えたのか、絶はようやく戦闘の意欲を失くしたようであった。その代わり、不満そうに頬を膨らませる。


「そんな顔しても駄目です。さぁ、下がりますよ。本体、後は頼みますよ?」


「合点承知の助じゃ。じゃが、お主等にはあっちの方を頼めぬか? どうやら悪魔に魅入られた馬鹿がおるようでな」


 大竹丸が小通連でバステトの攻防を防ぎながら、大通連の切っ先を向けた先では何やら尋常ではない様子の島津弘久の姿があった。体中を真っ赤に染めて、筋肉が瓢箪のように膨れ上がった姿はまるで達磨のようだ。


「悪魔に魅入られた?」


「戦っていた悪魔の呪いじゃろう――とジムの奴が言っておったから、多分そういうものなんじゃろう。妾も良くは知らん」


 激しい爪攻撃を小通連で受け、そのまま大竹丸は力任せにバステトを弾き飛ばす。どうやらその対応が気に入らなかったようで、バステトは益々歯を剥いて大竹丸に威嚇してくる。その様子を視界に収めながらも、大竹丸の意識は既に間近に迫りつつあった武御雷の方に向きつつあった。


「なら、私たちはその悪魔を倒す?」


「いんや」


「でも、元凶の悪魔を倒さないと呪いは解けないんじゃ?」


「既に悪魔は倒されておるのじゃよ。その上で呪いに掛かっておる奴がおるから、ソイツを取り押さえて欲しいのじゃ」


「倒した? ……第四席強い」


「倒したのは別の者じゃ。まぁ、そっちの者に呪いが飛ばなくて助かったといったところかのう」


「え?」


「公認探索者でも何でも無いしのう。一般の探索者じゃ。一番目を離したらマズイ娘じゃよ」


 再び襲い掛かってくるバステトをいなしながら、大竹丸はどこか楽しそうに口の端を吊り上げるのであった。


 ★


(やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった……! タケさん、何てスキルを渡してくれるんですか!)


 存在感を薄めたまま、戦場の端っこに潜む加藤ルーシーは自分の鼓動が高鳴るのを必死で抑えようと悪戦苦闘していた。


 ルーシーの戦闘能力は、それこそ一般的な探索者のそれとほとんど変わりがない。


 だが、彼女には人並み外れた隠形の技というものがある。


 気配を消し、周囲と同化し、そこにいるのに全く気付かれない状態になってしまうのだ。


 そして、例え、気付かれたとしても、影が薄過ぎて相手は見間違いかと考えて見逃してしまうレベルの隠形の技である。


 そんなルーシーが大竹丸に与えられたスキルが、【致命の一撃】というものである。


(戦場にいる間、攻撃しなければしない程、一撃の威力がどんどんと上がっていくってスキルの説明だったけど……)


 戦場に居るにも関わらず、攻撃を我慢することでその我慢した時間分、攻撃力が増すというのが【致命の一撃】というスキルである。一般的な探索者であれば、使い勝手が悪いことこの上ないスキルであろう。


 何せ、このスキルを万全な状態で使うには、モンスターが襲ってきても延々と耐えなくてはならないからだ。反撃も応戦もせずに、ただただひたすら耐えるだけというのは意外に難しいものがある。また、周囲の味方に守ってもらうことで、時間経過を待つという方法もあるか。


 どちらにせよ、このスキルを十全と使うのならば、仲間の足を引っ張ることは間違いない。


 だが、ルーシーの場合は違う。


 彼女の場合は戦場内に居るにも関わらず、誰にも気付かれない。


 むしろ、激化していく戦闘に反比例するようにして、彼女の存在感が薄まっていく。周囲のテンションが上がっていく中、彼女は凪のような精神で常に周囲に溶け込んでいるのだ。


 そもそも、彼女には激しい戦闘に参加出来るだけの力がないから、当然といえば当然の選択だ。むやみやたらに戦場に突っ込んでいっても死ぬだけである。


 なので、ルーシーはずっと気配を消しながら機会を窺っていた。そもそもこのスキルの力がどれほどのものかも良く分からないままに機会を待ち続けたのだ。待って、待って、待って……。そして、機会が訪れた。


 島津弘久とアモンの戦い。


 どちらも遠距離での攻撃を得意としている同士だからか、集中している間は背中がガラ空きになるのだ。


 なので、ルーシーは隙を突いてアモンを背中から刺した。訓練の通りに、背中から心臓を狙ってぶっすりと――、


 だが、次の瞬間にはアモンの体には胸を中心として、大穴が開いていた。


 ルーシーが持っていたナイフの刃渡りとは似ても似つかないような大穴。


 思わず、隠形を忘れて棒立ちになってしまうほどに驚いたルーシーであったが、すぐにここが戦場であることに気付いて気配を消して離れて、隠れる。


 ……そして、現在である。


 ルーシーは自分がとんでもないスキルを修得させられていたことを知って、頭を抱えていたのだ。


 戦場では未だ戦闘が終了していないが、ルーシーとしてはこれ以上戦闘に参加する意思は失せていた。


 というか、少し落ち着いて考え事をしたいので、三日ぐらいベッドに潜り込みたいぐらいだ。


(いや、タケさん、ヤバイって! 私、完全に最終兵器的な扱いじゃん! これ、どう考えても敵から真っ先に狙われる奴じゃん……!)


 良かれと思ってやったことが、相手のためにならないこともある。

 

 それを大竹丸に伝えるには、果たしてどうしたら良いのか。


 ルーシーはひっそりと頭を悩ませるのであった。

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