第124話 決戦桜島ダンジョン!⑯

 黄金色の光を煌めかせて、天と地で激しい火花が散る。


 空を駆ける黄金は不死鳥だ。太陽の如き金色を身に纏い、風の抵抗が無いかのように天空を縦横無尽に駆け巡る。


 その突進を何とか躱し続けているのは、橘夫妻であった。


 時折、妻の光千代が姿を現しては不死鳥の気を引いているのは、夫の茂風を守るためであろう。彼女たちの力である【雷神】と【風神】のスキルの力は強力無比だが、無尽蔵に行使できるという代物ではない。


 使用している間は徐々に疲労が溜まっていき、限界を超えると力の行使が出来なくなってしまうのだ。そうなってしまうと彼女たちは一般人の身体能力と何ら変わらなくなってしまい、抗することすら出来なくなってしまうだろう。


 そして、茂風に関して言えば、その限界が近付きつつあった。


 それをフォローするために、光千代が孤軍奮闘しているのである。


(それにしても、埒が明かないわね。このままだと、夫だけでなくて私の命も危ないかしら?)


 中空で雷が女性の姿を形作り、やがてそれが光千代の顔を持つようになる。先程まではこの状態から攻撃に移っていたが、不死鳥は幾ら攻撃を与えようとも延々と復活してくるので、今は避けに徹しているような状態だ。無駄な力を使わないように節制しているのである。


(危なくなったらフォローすると一席は言っていたけど……それも今のところは音沙汰無し)


 公認探索者の各人がモンスター軍団を相手にするにあたって、大竹丸からフォローが入ると通達されていた。


 だが、現状ではそのフォローというものが一切ない。


 もしかしたら、自分たちよりも窮地に陥っている公認探索者がいる為、そちらに掛かり切りになっているのかもしれないと、そんな考えが光千代の脳裏をよぎる。そうなってくると、今も苦しい光千代たちの方は後回しとなり――、


(……ふぅ、暗い考えはやめましょう。今はとにかく粘ること。打開策は時間が解決してくれると願うしかないわね。頼むわよ、一席)


 突っ込んでくる不死鳥を嘲るようにして、軽い電撃を放ちながら光千代は囮の役割を果たし続けるのであった。


 ★


「優! 一席から伝言! そいつを何でも良いから上空に放り投げて欲しいらしいわ!」


「コイツ滅茶苦茶重いんだよ!? 無茶言うなぁ!」


 地で奮戦する黄金は、勿論、天草優だ。


 不死王の左の掌から射出された鎖の束を不死王の左側面に回って躱し、不死王の膝裏を蹴りつけて体勢を崩させると、優はすかさずその横顔に左拳を突き入れようとする。


 だが、鎖を射出していなかった不死王の右手が伸びて、刹那でその掌から闇色の鎖が射出されると、黄金色の光を纏った優の左拳が闇色の鎖の束に押し戻されていく。


 そんな状況の中での優の決断は早い。


 彼は左拳を引くなり、片足を軸に回転して不死王の左腕を若干痛みを訴える左手で取り、背中から肩を組むようにして右腕を不死王に巻き付けていたのだ。


 そしてそのまま体勢が崩れていた不死王の腰に腰を付けると、巻き込むようにして橋の上へと思い切り投げる。


 変形の腰払い――。


 ずどんっと激しい音がして、不死王の体が神通力で強化されたはずの橋の上に叩き付けられていた。


(完璧な投げのはずなのに、なんて重さ! 一瞬、腰がイカれたかと思った!)


 そんな風に優が目を剥く中で、橋の上に叩き付けられて仰向けに寝転がる不死王のローブの奥から、無数の黒い蛇が優の顔面目掛けて放たれる。


 顎を大きく広げたその蛇の群れは、刹那で優の顔面を食いちぎろうとして襲い掛かってくるが――、


「させない!」


 機会を窺っていた梨沙が飛び込み様に一閃。


 闇色の蛇の群れを刀の一撃で見事刈り取ってみせていた。


 その隙に優は不死王の頭に蹴りを入れるが、全く効いた様子のない不死王は、直立不動の姿勢のままですぅっと音もなく立ち上がる。


 まるで物理法則を無視したような動きに、理解できないとばかりに優は顔を顰めながらも梨沙に親指を立ててみせていた。


「サンキューです、梨沙さん!」


「優、ゴメン。もう一回は無理そう……」


 ちらりと優が視線を向けると、梨沙の持っていた刀が鋸のような状態となって刃こぼれしていた。


 それは、硬いものを斬ったというよりは、腐食されたといった痛み方をしたように見える。


 あの闇色の蛇にはそんな力があったのかと優が気合いを入れ直す中で、梨沙は涙目になりつつ後退する。流石に武器がこの状態では、優と肩を並べて戦うのは難しいという判断だろう。そして、それ以上にもの凄く悲しそうだ。


「うぅ、結構DPを出して買った武器だったのに……」


「あ、後で奢りますから……」


「本当に!? 絶対だからね!?」


 鬼気迫る顔を向けてくる梨沙を見て、女性の物欲は怖いなぁと思いつつ優は構え――……られなかった。


「え?」


 見やれば、鈍い痛みを訴えていた左の拳から左肘に掛けて皮膚が紫色に変色しているではないか。


 毒という単語が一瞬優の脳裏に思い浮かぶが、毒で痛みがあるというよりは左肘から先の感覚が無いような状態だ。


 まるで、肘から先が消失したような不安感を覚えながらも、優は右腕一本で自身の胸前で十字を切る。


「【聖なる哉】」


 普通なら、優を包む黄金色の光は彼の肉体を本来よりも頑強にし、肉体の不調――即ち毒や怪我からも彼の身を守る役割を果たしてくれる。


 だが、その黄金色の光が強まっても、左肘から先の皮膚の変色が覆ることは無かった。


「優、その腕……」


「分かんないですけど、何かやられたみたいです……」


「大丈夫なの?」


「さぁ、どうなんでしょうね。まぁ、やるだけやってみます」


 とんっとんっと軽く跳ねてリズムを取りながら、優は思考を加速させていく。


(重いとはいえ、投げられたんだ。あのモンスターは浮かないわけじゃない)


 大竹丸からの注文オーダーはこのモンスターを上空へと投げ飛ばすこと。それをするためにはどうしたら良いのかを優は考える。


(一番良いのは、払い腰のような地面に投げる技じゃなくて、投げっ放しの一本背負いのような上空に放り投げる技……)


 截拳道ジークンドーは創始者のイメージからか、打撃を中心にした格闘技というイメージが強いが、投極打の全てに通じる格闘技である。


 元々、総合格闘技という言葉自体が無かった時代に、様々な格闘技の良いところを取り入れて練り上げられてきたのが截拳道である。故に、優もまた投げ技にはそれなりに精通している部分があった。


 だが、片腕の使えないこの状態で、上手く相手を投げることが出来るのか?


 そんな不安が優の胸に去来する。


「【聖なる哉】」


 今一度、胸の前で十字を切る。


 ふーっと長く息を吐き出しながら、優は覚悟を決める。


 そして、その決断をした瞬間から優は動き出す。


 右へ、左へと、体を大きく振って惑わすステップワークを仕掛けるも、不死王の反応は鈍い。


 襤褸ぼろのローブの奥から覗く真っ青な顔色をした老人の表情は変わらず、見ているのか、見ていないのか、それとも優とは違う他の何かを見ているのか、反応が薄い。


(不安になるな。攻めろ……!)


 優は迷いを断ち切るように闘志を燃やすと、大きく右に体を振ってから鋭く内に切り込んでいった。


 そのコースはまさかの正面突破だ。


 意表を突く攻撃ではあるが、優にとっては当然の選択でもあった。


 背負いを仕掛けるのに一番投げ易いのは相手の正面である。


 その狙いを誤魔化すための左右のフェイントでもあったのだ。むしろ、フェイントの全ては正面から切り込んでいくための布石に過ぎない。


 だが、不死王も動じていない。


 優の動きに呼応して、両の掌を正面に向けるなり黒い鎖を正面に射出したのだ。


 それを優は姿勢を低くすることで躱す。


 髪先が掠ったのか、少し焦げくさい臭いが鼻先を擽る中、優は背負いを狙おうとして、自身の体勢が厳しいと判断する。


(地を這うような体勢からの投げを狙うのは無理! そもそも、片手が使えないのに、そんな高度なこと出来ないし!)


 脳内で文句を言う優ではあるが体は勝手に動く。


 截拳道は創始者が年若くして亡くなっている為、完成をみることが無かった武術でもある。その為、截拳道を修めた者の中には、独自の技や解釈を追加することにより、截拳道を完成させようとした者も多い。それが、截拳道の中でも流派として分かれて伝わることになるわけだが、優が学んだ截拳道もであった。


「投げれないのなら!」


 低い姿勢から橋の上に片手を付き、そのまま手を支点に下半身を前方に振る。その場で円を描くように滑ってきた足が路面を蹴り上げ、優は片手で逆立ちをするような格好となった。まるでブレイクダンスをするような格好から、優はすかさず突き上げの蹴りを放ち、不死王の顎を捉える。


 穿弓腿せんきゅうたい――蟷螂拳とうろうけんの技である。

 

 その蹴り技はまさに地面から発射されたロケット砲のように、不死王の体を激しく下から突き上げる。


 だが、不死王の体は足に根が生えたかのように動かない。


「蹴り飛ばすまでだぁぁぁぁッ!」


 路面を掴んだ腕をたわませ、優は自分の体を腕一本で勢いよく跳ね上げる。


 それは、スキルの力というよりも、本人が今まで行って来たトレーニングの賜物という他ない。その力がスキルの恩恵を受けて、何倍もの勢いとなって彼の蹴りの威力を高めていく。


 衝撃が天を衝き、耐えていた不死王の体が僅かばかり上空に持ち上がる。それを追って、優が跳ぶ。


「吹き飛べぇぇぇぇぇッ!」


 空中に飛び上がっての連環腿れんかんたいが、不死王を更に上空へと吹き飛ばす。固定された地面がない場での一撃は、不死王の体を高く打ち上げ――そして、その体が一筋の光線によって更に打ち上げられていく。


「え? 何、あれ……?」


 光線に撃たれた不死王の体は抉れたり、傷を追ったりした様子は無かったものの、衝撃を受けて更に上空へと上がっていく。そこに更に追撃の光線が何発も当たり、不死王の体が徐々に上空へと打ちあがっていく。


 優が気付いた時には、不死王の体は空高くにまで打ちあがっており、その近くに黄金色の怪鳥の姿が見えるほどになっていた。そして、次の瞬間には、空に紫色の線が格子状に走り、一瞬で空中に浮かぶ檻を形成すると不死鳥と不死王の姿を檻の中へと捕えてしまう。


「はい?」


 その意味不明な光景に優の口から何とも言えぬ声が漏れ、そして上空では同じく橘夫妻も似たような声を漏らしたのであった。


 ★


「光線によるお手玉、なかなかに見事じゃな」


「大師匠に言われた通りにやったけど、あれは何だい?」


 ジムの持つスキルである【発現する光熱ルミナスフィーバー】は、光や熱を操るスキルだ。その力を用いれば、光を収束させて熱線を放つことなど造作もないことである。その攻撃を上手く当て続けて、上空に吹き飛ばした不死王は、丁度上空を飛んでいた不死鳥と共に紫色の檻に囲われてしまっていた。


 その檻を作り出したのは勿論、大竹丸だ。


 彼女は鼻息も荒く自慢げに胸を反らす。


「あれは、神通力で作った檻じゃ。妾が全力で作ったものじゃからな。なかなか壊すことは出来ぬぞ?」


「それは、アイツらが厄介だから閉じ込めたということなんですか」


「否じゃな。あー、あー、うむ、うむ」


 大竹丸は少しだけ発声練習をした後で、神通力を使って檻の中へと声を届ける。この辺、息をするように神通力を使うことが出来るのは、大竹丸の実力の一端が垣間見えるといったところだろう。


 空中に浮かぶ檻の中で暴れていたらしき、二体のモンスターの動きも止まる。


『さて、不死王と不死鳥よ。妾が作った檻の中にようこそといったところじゃ。妾が声を掛ける前に檻の破壊を試みたようじゃが、容易にいかぬことは分かってもらえたかと思うがどうじゃな?』


 どうやら二体のモンスターたちは大竹丸の言葉を大人しく聞いているようだ。


 その様子を確認してから、大竹丸は鷹揚に頷くと言葉を続ける。


『じゃが、妾は優しいからのう。その檻からの脱出方法をひとつだけ教えてやろう。それはのう、どちらか一体が倒され、どちらか一体が生き残ったら、その檻は自動的に解除される仕組みとなっておるのじゃ』


 大竹丸の言葉に言い知れぬ緊張感が檻の中に走る。


 大竹丸の言葉に真実が含まれているかどうかは定かではないが、少なくとも檻の中の二体のモンスターは、大竹丸の言葉で互いを意識したようであった。


 後は、少しでも何らかの刺激を与えれば、戦いは必然的に起こることであろう。そして、均衡を崩すであろう一言を大竹丸が投げ入れる。


『とはいえ、お主らでは決着はつかぬかもしれぬのう? 何せ、死なずの鳥と死霊の王じゃ。言うなれば、不死の権化と死の権化。どちらが優れているのかは、分からぬかもしれぬなぁ?』


 大竹丸の言葉にプライドを刺激されたのか、不死鳥が甲高く鳴く。


 それは、まるで優れているのは自分だと言わんばかりの行為であった。


 そして、何やら檻の中で不死鳥と不死王が暴れ始める。


 どうやら、不死鳥が突っ掛かって、それに不死王が応じ始めたようだ。


 互いに死とは縁遠い者同士の戦いは、檻の中で徐々に激しさを増していく。


「ふむ、少し煽っただけでこれか。不死鳥の方が単純で良かったのう」


 大竹丸が満足そうに頷く中、ジムは恐ろしいものを見たと言わんばかりの顔で大竹丸を見つめていた。


「つまり、強力なモンスター同士を同士討ちにさせる為に閉じ込めた?」


「うつけものめ。妾がそんなみみっちい作戦の為に、わざわざ神通力で作った檻を用意するわけがなかろう」


 大竹丸は呆れたようにそう言うと、我が深慮遠謀をとくと見よとばかりに腕を組んで胸を張る。


「妾が奴らを檻で囲ったのは、奴らを相争わせて疲弊させるためじゃ。そして、疲弊した後に百鬼夜行帳に封じる。そうすれば、労せずして妾には強力な二体の手駒が手に入ると、そういうわけじゃな」


「アレらを使役しようというのか? クレイジー過ぎるだろう……」


「悪いのう。古来から有り物に対する創意と工夫は日本人の十八番なんじゃ」


 大竹丸が呵々と乾いた笑いを響かせる中で、檻の中の殺し合いは激しさを増しているようであった。


 果たして、不死鳥と不死王の勝負はどちらに軍配が上がるのか。


 そればかりは、大竹丸も与り知らぬこと。


 彼女は涼しい顔をしてただ戦局を見つめることしか出来ないのであった。

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