第123話 決戦桜島ダンジョン!⑮
橋の上で各々が戦いを繰り広げている中、上空でもまた激しい戦いの火蓋が切られていた。
風が巻き、稲妻が駆け抜け、炎で出来た巨鳥が激しく攻め立てられては甲高い声を発する。炎の巨鳥は稲妻に翼を貫かれては片翼となり、風の球を受けては頭が吹き飛ぶのだが――すぐに何事もなかったかのように姿を再生してみせていた。まさに不死鳥。死なぬ鳥である。
「どうするの、貴方? いつまで経っても勝負がつきそうにないわよ?」
空中で稲妻が女性の体を形どり、そこに少々キツそうな印象を受ける泣き黒子の美女の顔が浮かび上がる。日本公認探索者第五席である橘夫妻の妻、橘
そんな彼女の隣に風が集い、すぐさまに長身の優男の形が出来上がる。こちらは橘
だが、その姿は光千代に比べると随分と薄く、はっきりとしない。
「貴方?」
「ごめん、光千代さん。さっきの巨人戦で力を使い過ぎたみたいだ。それに、この炎の鳥相手だと、僕の力は相性が悪いみたいで……随分と疲れる」
先の戦いでは天狗二人の力を借りてはいたものの、火災旋風を起こす基盤となる大竜巻を作り上げていた茂風。
そこに、今度は火の鳥とも言える不死鳥が相手である。半端な風では、火の鳥の炎に勢いを与えるだけに過ぎず、相応の集中力を有するのだろう。その為、茂風の消耗が思ったよりも大きい。まだ余裕を見せる光千代とは違って、随分と堪えている様子だ。
そして、不死鳥もそんな二人の不安感を感じ取ったのか、姿を現した二人に向かって翼を大きく広げるなり、いきなり最高速で突進してくる。翼で空を打つこともなく、進行方向とは逆方向に炎を噴射しての突進はまるでミサイルか何かのようだ。
それを橘夫妻は互いに雷と風になり躱す。
行き過ぎ、夫妻を見失った不死鳥がキョロキョロと周囲を確認する中で、その背後にて橘夫妻の姿が再び構築されるが、やはり夫の茂風に余裕は戻らなかった。
「相手の攻撃方法自体は単純だから何とでもなると思っていたけど、貴方がその調子じゃ、あまり長引かせられないわね……」
「すまない」
「仕方ないわね、貴方の分もカバーしましょう。あぁ、帰ったら、シャンピニオンソースのハンバーグ作ってよね? それで許してあげるわ」
「誠心誠意作らせてもらうよ」
「約束よ。それにしても、死なない鳥をどうやったら殺せるのかしら?」
答えの出ない難問にでも挑んでいる気分になりながら、光千代は首を捻るのであった。
★
風と雷と炎の乱舞が上空で舞う中、また橋の上でも激しい戦闘が行われている。
「――――」
言語とも言えぬような低い慟哭のような音を響かせて、
彼は無表情のままに右腕を伸ばすと、闇色をした半透明の蛇を六匹同時に作り出す。作り出された蛇はそのまま螺旋を描くようにして空中を突き進み、途中で闇色の鎖に変化すると、迫ってくる天草優に生き物のように絡み付こうとするが――、
「【聖なる
優が胸前で十字を切るなり、彼の体が黄金色の光に包み込まれる。まるで太陽のような輝きを放つ優に触れた鎖は、炎に焼かれたように真っ黒な煙を上げて、その身を漆黒の灰へと変えてさらりと風に流れて飛んでいってしまった。
その様子を見ることもなく、優は不死王へと迫る。
「僕のスキル【聖なる哉】は不死生物と悪魔系モンスターに特攻なんだよね! だから、悪いけど楽勝で決めさせてもらうよ! 【聖なる哉】!」
更に胸前で十字を切る優。
彼のスキルは不死生物や悪魔系モンスターの攻撃をほぼ無効化し、彼が放つ攻撃のダメージを何倍もの威力にして、不死生物や悪魔系モンスターに与えるというものであった。しかも、その効果は優が胸の前で十字を切るほどに高くなっていく。優もどれぐらいまで威力が上がるのかは数えたことはないが、最低でも十回は威力が上がることは確認している。大抵のモンスターはそこまでの威力に耐えられずに死んでしまうので計測できないのである。
そして、このスキルの良い所は、不死生物や悪魔系に良く効くのは勿論のこと、普通のモンスターであろうともそれなりに効くということだ。優のイメージとしては、胸前で十字を切る度に自分の体が人間の力を超越していく感覚なのだが、それはそこまで間違った解釈ではないのだろう。
十字を切った瞬間に、走っていた優の速度が爆発的に上がる。
アスファルトの欠片が舞い上がり、後ろを走っていた
強い踏み出しで不死王に迫った優が選んだのは素手での格闘。【聖なる哉】の効果で、その身を包む黄金色の光が彼の体を鋼鉄よりも硬くしているのだ。並の武器を扱うよりも、素手で殴り掛かった方が百万倍は強いと優は確信している。
そんな優に対抗するようにして、不死王もまた両腕を前に出すようにして構えた。見た事のない構え――いや、空手の前羽の構えに似ているか――で待ち受ける不死王は、どうやら優との殴り合いを御所望のようであった。堂に入った構えで待ち受ける姿に、思わず優の顔にも満面の笑みが浮かぶ。
「モンスターと殴り合いが出来るなんて夢みたいじゃないか! いいね、やろう!」
警戒も何もなく、するりと優の腕が不死王の腕のすぐ隣へと伸ばされる。
腕を前に伸ばした構えは相手の制空圏を惑わし、間合いを掴み難くすることで防御側優位に立ち回ることができる構えだ。
だが、優はそんなことはお構いなしとばかりに、するりと不死王の間合いへと入り込む。
不死王が馬鹿めとばかりに動き始めようとするが、それよりも早く優が不死王の右腕を叩きながら、自身の左手で不死王の右腕を掴んで不死王の動きを封じる――と同時に不死王に向かって右手の指先を伸ばす。
目突きが決まると思われた最中、不死王も応じて左手で優の右腕を弾く。
だが、そんな不死王の動きは想定通りだったのか、優は掴んだ左腕を引いて不死王の体勢を崩すと、左足で不死王の膝裏に蹴りを入れながら、不死王の右腕を掴み引き、そのまま不死王の体の左側面へと回り込んでいた。
膝裏を打たれた不死王が軽く体勢を崩す中、無防備な横顔に向けて、すぱんっと優の鋭い右フックが叩き込まれる。ぐらりと不死王の体が倒れかけるが、そこは痛みすらも感じない不死生物なのか、不死王はそのまま反撃に出ようとする。
だが、反撃に出た不死王の裏拳が肘裏に掌底をがつんと当てられたことによって止まり、優の最速の右拳が狙いを定めた狙撃手の弾丸のように不死王の顔面を捉える。衝撃に不死王がよろめく中、優はフェンシングで突剣を構えるかのように右拳を前に出して半身になって構え、距離を取っていた。
「流石! 死んでいるだけあって、普通の生物のようにはいかないね!」
「相変わらず、優の
「どうかな? 僕が師匠だったら最速最短で一撃で勝負を決められないとは何事かって怒ると思うけどね? さて、【聖なる哉】っと……」
ようやく追いついてきた梨沙が、優と肩を並べて剣を構える中、優は軽い調子で胸の前で十字を切る。太陽を思わせる黄金色の光は益々輝きを増し、その光に触れた不死生物や悪魔たちはたちまちの内に灰となって崩れ去ってしまうのだが、不死生物の王を名乗る相手には流石に効き目が薄いようだ。優は立て続けに二度、十字を切りながらスキルの威力を高めていく。
そんな優の動きを観察するように見ていた不死王がぬるりと動く。
襤褸のローブの隙間から闇色をした百足が姿を現したかと思うと、それが中空を伸び、瞬く間に闇色の鎖となって二人を絡め取ろうと襲い掛かる。
「数が多いなぁ! もう!」
不死王の初動にカウンターを合わせて動きを止めるつもりであった優は、予期せぬ動きに思わず不平を漏らしながらも闇色の鎖を躱しながら前進する。黄金色の光が闇色の鎖とばちばちと派手に火花を散らして弾く中で、慎重を期す梨沙は逆に踏み込まずに安全圏にまで距離を取っていた。
もし、優が不死王相手に後れを取るようなことがあれば、彼の首根っこを引っ掴んでも彼を救出する覚悟なのだろう。それだけ、不死王が厄介な相手であると彼女は認識していたのである。
優が優位に戦えているのはひとえに【聖なる哉】のおかげであり、そのスキルの優位性が無ければ一方的に追い詰められているのは、きっと自分たちであることを彼女は正しく理解していたのだ。
元々、天草優とそのパーティーメンバーは武術道場での兄弟弟子の関係であった。
優は日本で学べる所が少ない截拳道を習いたくて道場にやってきて、優のパーティーメンバーたちは美容や健康の為に運動がしたいと近くの道場に通っていた――それだけの関係である。
それこそ、優はマイナーな武術である截拳道を本格的に学んでいたが、彼女たちはそこまで真剣に武術に取り組んでいたわけではなかった。
だが、状況が一変したのは、ダンジョンが出現してからだ。
ダンジョンの出現場所に条件があるのかは定かではないが、何故か優たちが通う道場の裏手にダンジョンが出来てしまっていたのである。そこをダンジョンとは知らずに、皆で潜っていってしまったのが全ての始まりであった。
そして、そのダンジョンをなんとか攻略し、力を得た彼らは公認探索者第二席となるまでに至るのだが、それもこれも全ては優の強さと優のスキルの賜物である部分が大きかった。
ダンジョン攻略で得たDPは、普通に使うのであれば装備品の入手に使うのが
だが、優は自分は截拳道があるからと、武器は要らないとばかりにスキルガチャに全DPを突っ込んだのである。
その結果、得たのが【聖なる哉】のスキル。
正しく当たりを引いたおかげで、不死王に対抗できている――それが、現在の状況であった。
だからこそ、梨沙は優が危なくなる前に助ける気でいた。彼女たちは優がいてこそ強者として存在していられるのである。優を失った時点でその状況が終わってしまうことを正しく理解していたからこその判断であった。
「ははは! 楽しいなぁ! コイツ、どれだけ殴っても倒れないや!」
優が不死王に超接近戦を挑み、不死王は迎え撃つべく拳を握り込む。最速の優の拳が不死王を捉えるが、不死王は痛みを感じないのか平気で殴り返してくる。手数では圧倒的に優の方が勝っているのだが、不死王は微動だにしない。
(優の攻撃が効いてないの? 何なの、この化け物は……。このままだと、先に優のスタミナが尽きるんじゃ……)
千日手という言葉を梨沙が思い浮かべる中で、突如として梨沙の耳元で清らかな風がそよぐ。
『――妾じゃ。聞こえるかのう?』
それは、どこか聞き覚えのある口調で、梨沙の耳朶を柔らかく揺らしたのであった。
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