第127話 決戦桜島ダンジョン!⑲

『おい、起きろマスター』


「……ンが?」


 桜島ダンジョンの最奥部。溶岩流れる部屋に陣取っていた黒竜が体を揺らし、竜の頭上でだらしなく眠っていた猫っ毛の男を起こす。


 彼は桜島ダンジョンのダンジョンマスターなのだが、どうやら外部での戦闘風景を空中に浮かぶ半透明のウインドウで覗いている内に眠ってしまったようだ。状況としてはテレビ中継のスポーツ観戦をしている内に寝落ちしてしまう感じに近いだろうか。だらしなく欠伸をしながらダンジョンマスターが起き上がる。


「……どうしたよ? 決着ついたかね?」


『ほぼついたな。我らが送り込んだモンスター軍団がほぼ全滅だ』


「ひゃははは! 所詮はクソ雑魚ナメクジダンジョンが誇る切り札ってワケだ! てんで話にならねぇなぁ~! オイ~! まぁ、いいや! 本番はこれからだし、ハルトもそろそろ温まってきたんじゃねぇの~!」


『我は気分を昂揚させずともいつでもいける』


 黒竜が巨体を震わせて不満を表す中、それに驚いた部屋の片隅にいた人質の家族がひっと短い悲鳴を上げる。それに気付いたダンジョンマスターはその家族を睨めつけた後で、何かを思いついたかのように凶悪な笑みを浮かべていた。


「ひっひっひ、良いことを思いついたぜ~! お前らにも活躍の場面というものをやろうじゃねぇの!」


「え……」


 それは家族の誰の声だったのか。どこか悲痛な感情を伴ったそれは、だが決してダンジョンマスターの耳に届く事無く、こぽりと弾けたマグマの泡の音に掻き消されて消えた。


 ★


「ちょっと、タケちゃん、起きて~!」


「もう五分~」


「五分じゃないよ! ここ、自分の家じゃないんだよ! 何で熟睡しようとしてるの! さっさと起きないとタケちゃんのやっているパワスピのセーブデータ消すよ!」


「……のう、小鈴? 人にはやって良い事と悪い事があると思うんじゃ」


「あ、起きた」


 酒樽に頭を付けて寝込んでいた大竹丸を抱き上げて路面に寝かし、体を揺らし続けること五分。小鈴の言葉がようやく気付けとなったのか。ぱちりと大竹丸が目を覚ます。その寝坊助な様子に小鈴は甚だオカンムリの様子である。ぷくーっと頬を膨らませる。


「もうっ、何で戦場で寝ちゃうかなぁ!」


「古今東西、酒に溺れて討たれるのはあやかしの常じゃ! 小鈴も妾を討ちたくば、毒ぺ味の酒を用意せい!」


「やらないよ! それに毒ぺ味のお酒って何!?」


 大竹丸と小鈴のやり取りを近くで聞いていた優は、そういうカクテルならありそうだけどなぁと苦笑する。


 何にせよ、残るモンスターは酒樽に頭を突っ込んで眠っているバステトと空中で未だ争いを続ける二体のモンスターのみだ。それらを倒して、ようやく桜島ダンジョンに挑めるといったところだろう。


「まぁ何にせよ、頃合いかのう。――来い、夜行帳」


 大竹丸は百鬼夜行帳を呼び出すと、そこにさらさらと戦闘中に回収していたらしいバステトの血を使用してバステトの名前と全身像を描き記す。相変わらず、絵心のある上手い絵に小鈴が感心している内に、バステトは螺旋となって百鬼夜行帳の中へと吸い込まれていった。


 続いて、不死王と不死鳥だが、かのモンスターたちは血を流すようなことがない為、檻の中の戦闘で散っていった彼らのエネルギーを集めてそれを墨へと変換し、ひょいひょいと百鬼夜行帳に記載していく。そして、全身像と名前が書き終わった段階で、空中に浮かぶ紫色の格子から螺旋が形成されて大竹丸の持つ百鬼夜行帳の中へと吸い込まれていくのであった。


「ふむ、回収完了じゃ」


「いきなり吸い込んで大丈夫? 嬢さんたち吃驚しないかな?」


「舎弟が出来たとか言って喜んでいそうな気もするがのう」


 大竹丸が呵々と笑う中、大地を急速な揺れが襲う。あまりに唐突な揺れに倒れる者が続出する中で、桜島の火口から大きな炎の柱が上空目掛けて噴き上がる。それと共に山肌からも多くの火柱が噴き上がり、そこからぞくぞくと何かが飛び出してくるのが見えた。


 それは最初黒い点のように見えた。


 だが、落ち着いてそれを観察してみれば翼と尻尾を持った巨大な蜥蜴の群れであることに気が付いたことだろう。


 ジムがそれを鑑定して自失の体で呟く。


「ワイバーンの群れだって……?」


 ワイバーン――飛竜とも言われるそれは高位ダンジョンにて稀に発見される存在モンスターである。空を飛ぶことに特化した翼膜のような腕と翼が融合された部位に加え、硬い鱗に鋭い爪や牙を持ち、上空から探索者を襲うと言われている存在だ。当然、空を自在に飛び回ることから討伐することが難しく、モンスター脅威度はA級とされていた。


 そんな存在が二百体以上の群れとなって、桜島ダンジョンの上空に飛び立ったのだ。そんなワイバーンの群れはすぐに襲い掛かることなく桜島の上空に整列するようにして滞空し続けている。その不自然な様子に大竹丸の眉間に皺が寄る。


「うわぁ、凄い数だよ、タケちゃん!」


「そうじゃな。じゃが、襲い掛かって来る様子がないのはどういうことじゃ?」


 大竹丸が訝しむ中、飛竜の群れの中でも一際体躯の大きな飛竜が高度を下げてくるのが見えた。


 いや、その姿は飛竜ではなかった。


 飛竜よりも圧倒的に巨大な体に禍々しくも巨大な角、鱗は剣のように尖り、触れる者全てを斬り裂くようなそんな剣呑な気配を漂わせるフォルム。飛ぶ事に特化したというよりは、敵を全て薙ぎ払うことに特化したかのような凶悪な姿は見る者を心底恐怖させ震え上がらせたことだろう。


 大竹丸の頭にも邪悪竜という単語が思わず思い浮かぶほどである。


「ようこそぉ~! クソの日本探索者代表の諸君~!」


 そんな邪悪竜の頭部にて立ち上がり、大声で話し掛けてくる存在がいた。


 黒髪の猫っ毛で酷薄そうな印象を持つ男である。その男はジーンズにシャツというラフな格好でありながらも黒い竜の剣山のような鱗に刺し貫かれてはいないらしい。興奮した様子で早口に捲し立ててくる。


「俺がいずれ世界のダンジョンのトップに立つ男! 桜島ダンジョンのダンジョンマスター様だぁ! そして、コイツが俺の相棒である黒竜のハルトって奴だぜ~! どうだ、凄ぇだろ~!」


 上空に滞空する飛竜の群れがその黒竜に傅くような態度を見せる。


 どうやら、あの黒竜が群れのボスということを知り、大竹丸は百鬼夜行帳を取り出して逆九字を切っていく。


「来い。アスカ、葛葉――」


 百鬼夜行帳から紫色の毒々しい煙が上がり、それが晴れた時、そこにはつむぎを着た小柄な狐耳の白髪少女の姿と、長い黒髪を靡かせるチャイナドレスの背の高い女性の姿があった。どちらも美しい女性の姿ながらも人知を超えた妖しさを備えている。その辺が人とはまた違った存在であるということを彼女たちは主張しているようであった。


 大竹丸が「来たか」と呟く中、アスカはどこか涙目になりながら、召喚した大竹丸を振り返って睨み付ける。


「ようやく来た新人に先輩の威厳を見せるチャンスが! 私のチャンスが! どうしてくれるんですかー!」


「…………」


 ぽんっとアスカの腰の辺りをなぐさめるように掌で触る葛葉。どうやら慰めているらしい。


 そんなアスカの事情など知らぬとばかりに無視しながら、大竹丸はアスカに上空にいる黒竜について尋ねる。


「それはどうでも良いとして。アスカよ、あの黒竜に見覚えはないかのう? ハルトとか言うらしいが」


「どうでも良くないですよ! 最初の印象付けは凄く大事なんです! それが……――ハルト? ハルトというと天変地異カタストロフのハルトですか?」


かどうかは知らぬがハルトと名乗っておったぞ」


 大竹丸が指さす先で悠然と浮かぶ黒竜の姿を見て、アスカはうぇーっと思わず舌を出す。その反応を見て、どうやら知っているようだと大竹丸はひとつ頷いていた。


「あれは、天変地異のハルトですね。竜族としての誇りが強く、それに比例するように竜としての力もまた強い。私の真逆のような存在です。私が努力の末に武を身に付けた竜だとしたら、彼は恵まれた体躯を持って生まれてきた自然強者。腕力と火力だけで全てを破壊し尽くす化け物竜です」


「ふむ、そんな相手に勝てるかのう?」


「愚問です。私は空戦最強の……」


 言いかけて、葛葉にチャイナドレスの裾を引っ張られるアスカ。そして、葛葉が自分を指さしてアピール。二尾の尻尾をふりふりしながら随分と上機嫌そうに自分を指さす。どうやら自分の方が強いと言いたいらしい。


「い、いや、あれは地上での決着ですし……。何かズルい技使ってましたし……」


「…………」


「わ、わかりました! わかりましたからそんな目で見ないで下さい! 空戦二番目です! 私は空戦二番目に強いで良いです!」


 どうやらアスカと葛葉の間で格付けが済んだらしい。葛葉が小さな手でブイサインを出すのを視界の端に収めながらも、大竹丸は上空から視線を外さない。


 どうやら向こうも大竹丸が仲間を召喚するとは思っていなかったのか、目を丸くしてこちらの様子を凝視しているようだ。特に黒竜は本気で驚いたのか目を丸くして動きを止めている。


「て、テメェ! 俺の口上中に仲間を呼ぶなんてズルいぞ!」


「お主も新手を呼んでおるではないか。お互い様じゃ」


「うるせぇ! 俺のダンジョンだ! 俺に有利に動いて何が悪い! ――っていうかそうじゃねぇ!」


 本来の目的を思い出したのか、桜島ダンジョンのダンジョンマスターは歪んだ笑みを浮かべるとパチンと指を鳴らす。


 それと共に現れたのは、鉄で出来た檻を口で咥えた一体のワイバーンであった。よく見れば、その鉄檻の中には人間の家族と思わしき集団がいるではないか。


 それを見てざわりと公認探索者の間で動揺が広がる。まさかダンジョンが人質を取ってくるとは思っていなかったようだ。


「コイツ等はこの島から逃げ遅れたのを面白半分で捕らえた奴らだ。コイツ等を今からゆっくり、ゆっくりと火口へと下ろしていく」


 その声が聞こえたのか、泣き声のような喚き声のような声が鉄檻の中から響いてくる。それを聞きながら、桜島ダンジョンのダンジョンマスターはひゃははと実に楽しそうに笑っていた。


「鉄は熱伝導率がそれなりに高いからよぉ! 火口に近付くに連れてコイツ等の足元はどんどんと熱くなっていくんだぜぇ! そして、コイツ等は悲鳴の歌声と地獄のタップダンスを披露してくれるってわけだ! 最高のBGMが用意できたとそうは思わないか! なぁ、お前ら!」


「下衆の極みじゃな……」


「ひゃははは! 凡人にはこの感性は理解できねぇか! まぁいいさ! 最高の音楽ってのはソイツの感性に響くかどうかだ! お前さんらには理解出来ねぇ音なんだろう! 俺にとっては最高の曲になるだろうがなぁ~!」


 桜島ダンジョンのダンジョンマスターはそう言ってから髪をかき上げ、凶悪な表情のまま地上を睨み付ける。


「曲が聞きたくなかったらよぉ! お前さんら全力で俺たちを止めなきゃ駄目だぜぇ~! 本気の本気、大真面目に俺たちをよぉ止めないと~……コイツらだけじゃなくてダンジョン内にいる人間が全員死ぬことになっちゃうぜぇ~! ひゃはははは~!」


 桜島ダンジョンのダンジョンマスターが指を鳴らす。


 それに伴って、百匹以上のワイバーンたちが各地の空に飛んでいこうとする。それは、このダンジョンの範囲内にいる人間という人間、全てを根こそぎ殺そうという意志を持って飛び立ったことだろう。


 それを見て追おうとした公認探索者たちもいたが、この場にはまだ百体近くのワイバーンが存在している。住民の命を救う救わない以前に自分自身の命すらも危ういのだと彼らは気付いて足を止める。


「さぁて、日本屈指の探索者諸君、全力で掛かってきたまえ~! お相手しようじゃねぇの~! ひゃはははー!」


 誰もが臍を噛む中、桜島ダンジョンのダンジョンマスターの哄笑だけが辺りに響き渡るのであった。

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