第128話 決戦桜島ダンジョン!⑳

「ひゃはははは――……は?」


 桜島ダンジョンのダンジョンマスターの哄笑が突如として止む。


 彼の目の前には先程まで傷付き、疲弊していた日本政府公認探索者の面々がいたはずだ。


 だが、彼の目の前でその姿は忽然と消え失せていた。


 何者かの干渉かと思い、視線を巡らせてみると火口の近くに吊るしていた人質の家族の姿すらないではないか。


「一体、何が……」


 桜島ダンジョンのダンジョンマスターが戸惑う中で、彼の目の前に半透明のウインドウが突如として開く。


<通天閣ダンジョン連合より、ダンジョンデュエルが申し込まれました>


「何ぃ?」


『ほう、やられた分をやり返された感じか』


 黒竜ハルトが鼻で笑う中、桜島ダンジョンのダンジョンマスターは通天閣ダンジョン連合と表示された部分を指で素早く叩く。すると、その部分が展開して通天閣ダンジョン連合の詳細が別ウインドウとして表示される。


 そこに記載されていたダンジョン名はいずれも彼には覚えのないものであった。


「C級とD級ダンジョンの連合か? 通天閣、清水、生駒山ダンジョン? 大阪、京都辺りか? 喧嘩を吹っ掛けていた弱小四国ダンジョン共が外部に応援でも頼んだってところか? どっちにしろ、俺たちの敵じゃねぇな……」


 桜島ダンジョンのダンジョンマスターは人質だった家族から様々な知識を得ている。


 そこには当然、地理に関する情報もあった。


 その知識を総動員した結果、ダンジョンデュエルを申し込んできた相手が関西圏のダンジョンであるということを彼は理解する。


「まぁ、俺たちのお楽しみタイムを邪魔してくれたんだ。相応の報いは受けて貰おうぜ? なぁ、ハルト?」


『ふん。暴れられれば、相手が誰であろうと構わん』


 そう言う黒竜とダンジョンマスターは気分が昂揚してきたのか、互いに笑みを深めるのであった。


 ★


「何じゃ?」


 目の前の景色がまるで溶けるようにして変わっていったかと思うと、大竹丸はいつの間にか桜島ダンジョン前線基地である城山公園の一角へと飛ばされていた。


 つい数時間前に見た景色に自分が何処にいるのか大体の見当をつけた大竹丸であるが、何故こうなったのかという理由に思い当たらない。


 いや、冷静に考えれば思い当たったのかもしれないが、周囲の状況がそれどころではなかったのだ。


 怯えたり、混乱したりする数多くの一般市民がそこかしこに屯し、何が起きたのか理解できないとばかりに呆けた表情を見せて周囲を確認する自衛隊員たちの一団。そして大小様々にダメージを負ってなかなか次の行動をしようとはしない呆けた様子の公認探索者の面々。


 そんな人々が集まり、大きなざわめきを作る中で、人混みを縫って大竹丸に近付く者がいる。田村小鈴である。


「タケちゃん、大丈夫!?」


「妾は大丈夫じゃ。しかし、これは――」


 どういう状況かと問おうとして、大竹丸は過去に似たような体験をしたことを思い出した。


「まさか、ダンジョンデュエル?」


「あ! そういえば、前にもこんな事あったね!」


 小鈴も思い出したのだろう。新宿ダンジョンで相手を追い詰めた際にダンジョンデュエルが開始され、大竹丸たちはダンジョンの外へと強制的に放り出されたのだ。その時の状況を思い返すと、今回の状況も良く似ていた。


 だが、今回は大竹丸たちは桜島ダンジョンのダンジョンマスターを追い詰めたわけではない。逆に追い詰められていたような状況だ。


 それなのに、桜島ダンジョンのダンジョンマスターがダンジョンデュエルを行う理由が分からない。大竹丸は思わずうぅむと唸る。


「あの状況でアヤツがダンジョンデュエルを開始する意味があるとは思えん。ということは、どこかのダンジョンにダンジョンデュエルを申し込まれたのかのう?」


「確か、ノワールさんの話だと格下のダンジョンから申し込まれると拒否権が無いって話だったよね? 私たちが危なくなったから、他のダンジョンさんたちが救ってくれたのかなぁ?」


「他のダンジョンが妾たちの状況を知る術はなかろう。ノワールでさえ、妾たちの状況を把握するのは無理なのじゃからな。そうなると全くの偶然の産物といったところじゃろうが……」


 大竹丸はそう言いながらも、上空を旋回するヘリコプターに視線を向ける。


 どこかの局の報道用ヘリなのか、しきりにダンジョンの領域に入らないように、それでもギリギリまで近付きながら、現在の桜島ダンジョンの様子を伝えているようだ。一歩間違えれば、飛竜に落とされてもおかしくないというのに良くやるものである。


「ダンジョンマスターがテレビ放送を見てたのなら、私たちの様子も見てて助けてくれたのかも!」


「ふむ。可能性としてはゼロではないな。ダンジョンマスターというのは、戦闘には役に立たない特殊な技能というものを持っているらしいからのう」


 例えば、ノワールはゲームマスターという古今東西のゲーム機やゲームソフトを作り出しては遊ぶことが出来るという特殊能力を持っている。


 だが、それがダンジョン運営に役立つかというとそうでもない。


 そう。ダンジョンマスターたちはそういった特に何の役にも立たないが特殊な能力というものを必ず一人ひとつ持っているのだ。


 そして、小鈴の予想ではそんなダンジョンマスターの能力のひとつに、テレビを見るような特殊能力があるのではないかということなのだろう。


 確かにそんな能力があれば、機を見計らってダンジョンデュエルを仕掛けることも可能だ。いや、報道ヘリがどこまで大竹丸たちの戦いを報道していたのかは分からないので一概にそうとも言えないか。


 大竹丸はつらつらとそんな事を考えながらも、次に桜島ダンジョンの攻略に挑戦する時はもっと難易度が上がるのではないかと、そんなことを危険視するのであった。


 ★


 山の上に立つ巨大な鉄塔。


 その鉄塔の根本で背中を鉄骨に預けながら、静かに腕を組んで目を瞑っている少年がいる。


 背は低く、体は筋肉質。だが、決してボディビルダーのように分厚い体型というわけではない。言うなれば、鍛えられた刀剣のような鋭くしなやかな肉体。


 そんな肉体を持つ少年の指には大小様々な宝石の付いた指輪が嵌められており、それが小柄な少年とは相反する荘厳な煌めきを放っていた。


「やぁ、天堂寺てんどうじくん。指示通り、開始したよ」


 そんな少年に声を掛けるのは、セーラー服を着たミディアムショートの白髪の少女だ。彼女は少し内巻きの癖の付いた紙を指先で弄りながらも、どこか楽しそうにその猫のような瞳を細める。


「そうかよ」


 その声を受けて、背の低い少年が目を開く。


 天堂寺と呼ばれたその少年は、まるで極悪人のような三白眼をしていた。


 そして、自身の内に秘める凶暴性を隠すこともなく、指輪付きの拳をガチンと打ち鳴らす。


「これでようやく天下取りが出来そうだな、オイ?」


「いやぁ、可愛いのにカッコつける天堂寺くんも微笑ましくていいねぇ」


「誰が可愛いだ! コラ!?」


 ちょっとうっとりとして頬を染める白髪の少女に向かって指を突き付ける天堂寺。


 だが、そんな様子にも白髪の少女はちっともめげた様子を見せない。


「こうやってちょっと大人びた感じで怒る姿も素敵なんだよねぇ」


「おい、触りに来るな! 頭を撫でるな!」


 ゆっくりと近付いてきては天堂寺の頭を撫でようとしてくる白髪の少女。


 天堂寺は激しく抵抗するが、悲しいかな、射程リーチの差で上手く防げないようだ。やがて、抱きすくめられて頭を撫でられてしまう。


 天堂寺がそんな恥辱に耐えていると周囲に大きな声が響く。


「あー! 桐子お姉ちゃんが、お兄ちゃんと仲良くしてる! やすなも混ぜてー!」


 長い青髪のブレザー姿の少女がやってきて、少女二人に同時に頭を撫でまわされる天堂寺。その手を渾身の力で掴んで何とか押さえつけると、天堂寺はぎょろりとした目を二人に向ける。


「桐子! やすな! こいつは遊びじゃねぇんだぞ! こっから天下取りなんだ! 気ィ抜いてんじゃねぇよ!」


「はっはっは、分かっているよ、天堂寺くん。でも、ボクらが負けると思うのかい?」


「やすなもねぇ、全然負ける気ないよ~! あと、この作戦が成功したら国がひっくり返るよね! それってすっごく面白そうだよね~! うっふっふ~!」


「……まぁ、そうだよな。お前らが油断するわけねぇか」


 天堂寺はそう言って小さく嘆息を吐き出すと、ニヤリと凶悪な顔つきを歪める。


「そう、ここからだ。――天下取り全国平定の第一歩はな!」


 気炎を吐き出す天堂寺。


 そして、彼の言葉通り、ここから事態が急転直下することを彼ら三人以外の者たちはまだ知らないのであった。


 ★


 ダンジョンデュエルが申し込まれてから明けて一日。


 桜島ダンジョンのダンジョンマスターは、通天閣ダンジョン連合とのダンジョンデュエルを行う為にダンジョンの入り口前に戦力を結集していた。


 ダンジョンデュエルをやるにあたって小細工を弄することはない。


 真っ向勝負の力押しを望んだ形だ。


 配下のダンジョンからモンスターを借りることなく、竜種のモンスターを中心に三百体近くのモンスターを配置している。


 一方の通天閣ダンジョン連合は、竜種よりも圧倒的に格下であるゴブリンやオークなどといった下級モンスタ二千体を後方に配置し、ダンジョン攻略の要でもある攻撃者アタッカーをたった二人のみ配置するという奇策に打って出ていた。


 桜島ダンジョンのダンジョンマスターが嗤う。


「ひゃははは! この俺の竜軍団にたった二人で挑もうっていうのか! テメェら頭イカレてんじゃねぇの!」


 黒竜の頭上で笑う男をさらっと無視しながら、竜種の軍団に向かい合う二人の内の一人――天堂寺守てんどうじまもるが首の後ろを気にした様子で軽く掻く。


「この何か繋がってる感じがまだ慣れねぇ……」


「仕方ないだろう? ダンジョンにボクたちがモンスターだと誤認させる為には、ボクたち自身にタグを付ける必要性があるんだから」


 そう答えたのは、セーラー服姿の白髪の少女――茨木桐子いばらきとうこである。彼女は迫力ある竜の軍団を目の前にしても実に余裕そうな笑みを崩さず、涼しい表情だ。「いいかい」と人差し指をお姉さんっぽく上げる。


「首の後ろ辺りがムズムズするのは、ダンジョンシステムの解析がまだ完全に終わってない副作用だよ。完璧に終われば、それも無くなる。だから、今回は我慢してくれないか?」


「分かったよ。……というか、その楽しそうな顔を見る限りだと解析は順調そうだな。つまり俺の勘も鈍っちゃいなかったってことか?」


「あぁ、天堂寺くんの睨んだ通りだ。一連のダンジョン騒動は――……


 桐子の言葉を受けて、天堂寺はその凶悪な面を面白いとばかりに歪めてみせていた。


「オーケー。ただの偶然じゃないって事が分かっただけでも十分だ。俺たちはその面白そうな企みに乗って、モンスターの居る世界を俺たちなりに遊びつくしてやろうじゃねぇの!」


 ぱぁんと拳と掌を打ち鳴らし、天堂寺は竜の軍団の――いや、一番最奥に控える桜島ダンジョンの火口付近に飛ぶ黒竜に視線を固定する。


 その視線に気付いたのか、桜島ダンジョンのダンジョンマスターは面白そうにひゃはっと笑った。


「おいおいおい! その目、俺たちに勝つつもりだろう! だが、残念だったなぁ! 俺のダンジョンマスターとしての特殊能力は【逸脱運転手エースドライバー】だ! 俺が乗る乗り物はそれこそ何でも性能以上の力を引き出せるって代物さぁ! 普通のダンジョンマスターなら、それこそ何の役にも立たない特殊能力だが、俺がハルトに乗るとこの能力はとんでもない力を発揮する! 人竜一体! 俺の乗ったハルトはそれこそSSSS級にも匹敵するぶっ壊れバケモノへと進化するんだ! どぉだぁ? それでも、この俺たちに勝てると思えるのかぁ~!」


 それは、天堂寺の心を折る為に掛けられた言葉だったのだろう。


 だが事実でもあった。


 現に、桜島ダンジョンのダンジョンマスターはこの特殊能力を使うことで、ダンジョンデュエルでは連戦連勝。どのダンジョンの追随も許さぬ程の勝利数をあげていた。だから、彼が得意になるのも当然だ。


 だが、そんな桜島ダンジョンのダンジョンマスターを嘲笑うように、天堂寺はへっと表情を歪める。


「面白ぇ。お前さんらがSSSS級モンスターだって言うのなら、俺は日本最強の鬼よ!」


「……いや、天堂寺くん。それ、相手に比べて格落ちしてないかな?」


「う、うるせーな!」


 素で桐子に突っ込まれて天堂寺は恥ずかしそうに頬を染める。


 SSSS級と日本一……ちょっと格が落ちるかなと天堂寺も思ってしまったらしい。少し恥ずかしそうな顔のまま、拳を握り込んだ天堂寺は歩き出す。


「まぁ、グダグダグダグダと話し合っていても仕方がねぇだろ! もうダンジョンデュエルは始まってるんだ! どっちが上かは、嫌でも知ることになるだろうさ! さぁ、掛かってこいや! 蜥蜴野郎ども!」


「おー。天堂寺くん、格好いいねぇ。今、撫でたら駄目かな?」


「駄目に決まってんだろ!? 行くぞ、桐子! 命令は『ぶっ潰せ』だ!」


「それ、命令じゃないんだけど……。まぁいっか」


「来るのかい! 来るのかい! いいよ! その無謀! その生き様! グチャグチャにしたくてたまらないねぇ! それじゃあコチラも行こうか! ハルトぉ! 出発だぁ~!」


『ふん、せめて少しは楽しませてくれよ、矮小なる者たちよ……!』


 かくして、天堂寺が先陣を切って始まったダンジョンデュエル。


 その戦闘は僅か六時間ほどで決着することになる。


 日本公認探索者を苦しめた桜島ダンジョンは――、


 ――その一日で姿を消したのであった。

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