幕間 強者たちの蠢動1

 大竹丸たちが飛躍を遂げつつある中、また別の場所で蠢く者たちがいた――。


 ●北海道根室ダンジョン(E級)


「景色が綺麗だから最後まで来てしまいました」


「景色が綺麗だから不要な物は駆逐してしまいました」


 黒く美しい髪を持つ右サイドテールと左サイドテールの着物姿の双子が歌うように舞う。その彼女たちの周囲にはダンジョンに棲む生き物という生き物が氷の彫像となって立ち尽くしていた。


 それらをちょいと小突いて倒して進みながら双子の姉妹は踊る。


「あな悲しや、ククルちゃん」


「あな美しや、アミちゃん」


 倒れた際に砕け散る氷像がダイヤモンドダストとして舞う中を光の粒子がこれでもかと昇っていく。そんな空間を楽しんだ双子はいつの間にか凍り付いていたダンジョンコアも倒して壊し、根室ダンジョンの攻略者として世間に知られるようになるのであった。


 ●秋田県横手ダンジョン(D級)


「ごほっ……、ごほっ、ごほ……。だから嫌なんですよ、ダンジョンは……。埃っぽいし黴臭いし……、それに何より……、物騒だ……」


 男は死者を彷彿とさせる土気色の顔色を隠す為に、フード付きの外套を深々と被り直す。そして、フードのへりを片手で掴みながら目の前で片腕を振り上げる白銀のゴーレムを見つめていた。


(遅いなぁ……)


 その言葉を真とするかのように、顔色の悪い男は片手で握っていた自分の背丈よりも長い大鎌を事も無げに振り回す。


 宙を斬り裂き、縦横無尽――。


 たったそれだけの事で、男に迫っていた巨大なゴーレムは体躯がバラバラにされ、光の粒子となって天へと昇っていく。


「うわぁぁぁーーーっ!? 僕のプラチナゴーレム+26がぁぁぁぁ!?」


「す、凄いな、けいくんは!? 無茶苦茶強いじゃないか!?」


 背後にいた丸眼鏡の年上の女性に誉められ、景と呼ばれた顔色の悪い男は、ダンジョンマスターの目の前にいるにも関わらず、背後を振り返る。


「だから、言ってるじゃないですか、先輩……。俺、昔から何か変なんですよ……。ごほっ、ごほっ……。ちょっと普通じゃないんです……。だから、何ですっけ? そのダンジョン探索サークル? に誘うのは諦めて下さい……。ごほごほ……。誤ってこうなりたくは無いでしょ……」


「馬鹿を言うな! 私は諦めないぞ! 景くんを加えて私たちのサークルを日本一のダンジョン探索サークルに育て上げるのだ! 秋田が世界に対する情報の発信地となるのだ! ぬははは!」


「はぁ、どうしたものかなぁ……」


 嘆息を零す景。


 尚、その日、景と呼ばれた男を主体としたパーティーが横手ダンジョンのコアを破壊することに成功したという話が日本中を駆け巡った。どうやら先輩とやらの野望は一応達成されたようである。



 ●新潟県春日山ダンジョン(E級)


謙信公ぐんしんよ、我に力を貸し給え!」


 少女が駆ける。


 早く、早く――。


 足下の泥などお構い無しとばかりに加速した少女はその加速の勢いを活かしながら、抜刀による一閃を放っていた。耳に痛い程の轟音が響き渡り、目の前にいたオークジェネラルの腹を刀が派手に引き裂く――。


 だが、オークジェネラルはまだ光の粒子となってはいない。


 少女はそれが分かっていたかのように反転すると、その愛刀を掲げるようにして大上段に構え――……たところで、少女の愛刀はぺきりと折れた。


「しまった……」


「ふごごごーっ!」


「だから、無茶な使い方はしないようにと常日頃から言っているでしょう?」


 これはチャンスとばかりに襲い掛かろうとするオークジェネラルだったが、その首が事も無げにすぱんと斬り飛ばされる。


 オークジェネラルの首には鋼鉄製の面頬や喉輪があって防護されていたようだが、それをいとも容易く斬り裂いての切断に、少女は目を瞬かせていた。


 その目の前には目元までを長い髪の毛で覆った女が、刀を横薙ぎに振り切った姿勢で立っている。


「師匠……」


 オークジェネラルが光の粒子となって消えていく中、刀をへし折ってしまった少女はしょんぼりとしながら、折れた刀を振り回して師匠と呼んだ女性に尋ねる。


「まだ使える?」


「使えませんよ。姫はもう少し自分の馬鹿力を自覚して戦って下さい」


「自覚してるし、利用してるし、抑制セーブもしてる。でも折れる」


 渋い顔の『姫』と呼ばれた少女。


 そして、口元しか見えないが、前髪の長い女性も恐らく同様の表情をしていることだろう。口がへの字に曲がっている。


「これはもう、本当、材質の問題ですかね。ダンジョン素材で良いものがあれば良いのですが……」


 そう言った前髪の長い女性が刀を振るう。彼女の刀からは光の粒子が飛び散って弾けた。


 つい数十分ほど前には五十を超す数のオークソルジャーがいたはずだが、姫と呼ばれた少女がオークジェネラルと戦っている間に全て片付け終えていたようだ。その手際の良さに姫は感動する。


「流石、師匠。これで謙信公ぐんしんのお膝元も平和になる」


「良かったですね、姫」


「うん。でも、世の中にはまだ苦しんでいる人たちが沢山いる。私は謙信公ぐんしんに代わり、それらの人々を照らす光となりたい」


「…………」


 やや間があって、前髪の長い女性は口元だけでにこやかに笑う。


「御立派です、姫」


「師匠にもその道程を共にして欲しいと思っている。ついてきてはもらえないだろうか?」


「良いですよ。割りと暇ですし。それに、ちょっと会いたい顔も活動を始めたようですしね」


 長い前髪が邪魔でその表情は杳として知れなかったものの、女の口元は確実に弧を描いていた。


 ●京都清水きよみずダンジョン(C級)


「ば、馬鹿な……!? 我ら天狗の技が通じないだと……!?」


「そいつは対策済みなんだよ! わりぃな大将、その命貰うぜ!」


 目付きの悪い小柄な少年がそう言って、大地を一気に蹴る。そのあまりの勢いに土が間欠泉のように噴き上がり、少年は一瞬で天狗との距離をゼロにしていた。


 そして、沢山の指輪が填まった指先で天狗を名乗る長鼻の怪物の胸を貫き、その心臓を掠め取ると、その心臓を外気の下で握り潰す。


「たぁまぁやぁ……!」


「おぶぅ!?」


 言葉にならない悲鳴を上げ、天狗が光の粒子となって消えていく。その様子を見上げながら、少年は同じく背後で戦っていた少女二人を振り返っていた。


「どうよ、桐子とうこよ。首尾の方は?」


「歯応えがないね。詰まらないよ」


 桐子と呼ばれた少女は真っ白に染めた内巻きのミディアムショートの髪を弄りながら、猫のような目を退屈そうに細めていた。


 だが、此処は清水ダンジョンの。前人未到の階層である。普通ならば決して気の抜けない階層でありながらも、彼らは遊びに興じるかのように気楽であった。


「むむむ~……!」


 もう一人のやすなと呼ばれた青髪に染めたロングヘアの少女の方は元気が有り余っているかのように全力で近付いてくると、可愛らしい指でブイの字を作り出して少年の目の前に突き出す。


「お兄ちゃん! やすなは楽しいよ! ぶいぶいっ!」 


 そんな少女たち二人は桐子がセーラー服を纏い、やすながブレザーという出で立ちであった。学校自体は違うのだろうが、少年を含め随分と年若い印象を受ける。関係性としては幼なじみであろうか。兄弟と幼なじみの少女という関係性であれば違和感がない。


「楽しいかどうかは聞いてねぇっての! 敵が強くて困るとかそういうことを聞いてんだってぇの!」


「怒るお兄ちゃんが可愛い♪」


「癒しだね。ボクの心のオアシスだ♪」


 少女二人に抱きつかれ、頭を撫でくり回された末に少年は切れたように叫ぶ。


「やめろ、馬鹿! っていうか、もういい! やめだ! やめ!」


「やめ? ダンジョン攻略を終えるのかい?」


「今日は帰るってこと?」


「そうじゃない! 大体、何で俺たちがダンジョン攻略なんて真面目にやってるんだよ!」


「それは、お兄ちゃんが暴れたいから?」


「大嶽の鬼が暴れているのを見て、羨ましくなったんじゃないのかい?」


「それもあるが、違う! これは機なんだよ!」


「気?」


「木?」


「確かめようがねぇから分からねぇけど、お前ら多分ボケてるだろ!?」


 少年は息を荒げながら全力でツッコんだ後で、クールさを装ってフッと言ってみせたが、全ては後の祭りである。お馬鹿さ加減は消えない。


「とにかく、モンスターとか全部無視で最下層まで行くぞ! 邪魔なのだけ退治の方針でな!」


「パーティーの連携を鍛えるとか言っていたのはどこに言ったのさ?」


 桐子が尋ねるが、彼らは全員が個人技に特化しているタイプなので連携など合っても邪魔なだけだったりする。それを少年は先程気付いた。だから、そんなものは燃えないゴミとして投げ捨ててしまうのだ。


「良いんだよ! そんなのどうでも! 良いから、とりあえずこのダンジョンを乗っ取るぞ! 全てはそこからだ!」


 少年の言葉に桐子は「へぇ」と猫のような目付きを細め、やすなは「面白そう!」と声を上げる。そして、少年は――。


「悪いな、大嶽丸よ。この国を最後に頂くのは、この俺様だ……!」


 そう言って少年は邪悪な笑みを浮かべるのであった。

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