幕間 強者たちの蠢動2
「さて、困った事になったものだなぁ」
都内某所の知る人ぞ知る高級料亭の一室で、
何せ、政府公認探索者法案の内容をまとめて、国会に提出し、可決を取り付けたまでは良いものの、それまでの間に民間人に何人ものダンジョン攻略者が生まれてしまったのだ。これは伊勢にとっても完全に
「どうするのかね、総理? 今更予定が狂ったと言って追加予算を組むわけにもいくまい?」
「そりゃあそうだ。審議だってかなり揉めたんだ。今更見積りが甘かったですなんて言えやしねぇよ」
「そもそも、公認探索者を大鬼様ひとりに絞っては駄目なのかね? 他のダンジョン攻略者の素性も知れないのだろう?」
野党の代表が顔に深い皺を刻みながら言う。彼もそれは難しいと自分の内では考えているのかもしれない。
当然のように伊勢は首を横に振る。
「そうしてぇのは山々だがな。世間がそれを許さないだろうぜ。ダンジョンを攻略したのに何で彼らは公認探索者になれないんだって、叩かれるのは目に見えてるからなぁ」
「まぁ、癒着みたいなもんじゃからな。ほっほっほ」
歳を経た代表が笑い、場が少しだけ和やかな雰囲気になるが、問題が解決したわけではない。こういう時にこそ懐刀を抜く時だとばかりに、伊勢が亀井大臣に水を向ける。
「しかしまぁ、実際どうしたもんかなぁ。なぁ、亀ちゃん、何か良いアイデアはないかね?」
「そうですねぇ……」
暫し熟考した後で、亀井は自分の中のアイデアを固めるようにして言葉を吐き出す。
「でしたら、公認探索者の中でもランキングを作るというのはどうでしょうか? 実際、冒険者カードという物にもランキングが記載されているようですし、我々が公認探索者に順位を付けても何の問題もないのでは? そして、そのランキングの順位に応じて、支払う給与やサービスの質を変更すれば宜しいかと思いますよ」
「なるほどなぁ。それなら、現状の予算内での割り振りを調整すればいけるか……」
「だが、それだと大鬼様との約束を反故にすることになるのでは?」
この集いの中では年若い大臣が疑念を示すが、伊勢は大丈夫とばかりに満面の笑みを浮かべてみせる。
「大鬼様に提示した時には具体的な金額は何も書いてなかったからなぁ。まぁ、問題あるまいよ」
「ならば、後は条件と順位付けの調整か」
頭が薄くなってきた大臣の言葉に全員が頷くが、ここでまたも問題が発生する。順位をどうやって付けるべきかという問題である。
「そもそも現状でダンジョンを攻略出来る人間というのは、大鬼様と同じくらい強いという認識で良いのか?」
「分からん。ダンジョンとの相性や、ダンジョン自身の難易度にも関係するだろうから、一概に全員が大鬼様と同じレベルだと考えるのは危険なのでは?」
「そもそも、現時点でダンジョンを攻略した人間はどれだけいるのかね?」
「それなら、纏めた資料がありますので御配り致します」
そう言って資料を配布するのはダンジョン関連のトップ、大野大臣である。
「流石、大野くん。良い仕事するねぇ」
伊勢が感心する中、プリント用紙が全員の手に行き渡り、それに視線が集中する。
「では、皆さん。お手元の資料を御覧下さい。それに加えて軽い説明を付けて紹介させて頂きます」
そうして始まった大野大臣の各探索者の説明の様子――。ここから先は、それを
【ダンジョン名】北海道根室ダンジョン
【攻略探索者】
「――難易度はそこまで高くないとされるE級の根室ダンジョンを攻略したと言われる双子の姉妹です。探索者資格試験時の話では超能力とも言える不思議な力を操っており、二人はそれをアイヌの秘奥だと語っていたそうです」
「大鬼様と同様に年季の入った一族だったりすると失礼な対応は逆にまずいかもしれねぇなぁ……」
【ダンジョン名】秋田県横手ダンジョン
【攻略探索者】
「――D級の横手ダンジョンの初攻略者です。パーティーメンバーは他にもいましたが、ほぼ単独での攻略となります。横手ダンジョンはゴーレムと呼ばれる巨大な石人形が多く闊歩しており、力と硬さがウリだったそうですが、如月くんはそれらを全て一撃で倒したとの報告もあります」
「相当な手合いということかねぇ? 武術経験者かい?」
「いえ、中、高と帰宅部のようです」
「帰宅部! それだけの身体能力があって勿体ない!」
【ダンジョン名】新潟県春日山ダンジョン
【攻略探索者】
「――オーク系で占められていたE級の春日山ダンジョンを二人で攻略。特にオークは脆くはありますが、タフなのと力が強いことで知られており、数も多いこのダンジョンをたった二人で攻略したのは奇跡に近いのではないかと……」
「絶の嬢ちゃんは知ってるなぁ。確か警視庁の武術指南役でもある
「長尾先生というと現代の
「おい、その基準で考えると誰も認定出来なくなるぞ」
その場にいる全員がそうだそうだと頷く。
【ダンジョン名】三重県松阪ダンジョン
【攻略探索者】大竹タケ
「大野くん、この資料間違ってるぜ? 大竹丸というのが大鬼様の本名だ」
「そうなんですか? 情報を集めた先々で大竹タケという名前が出てくるので、そういう名前だと思っていました」
「情報の確度が甘いんじゃねぇの? もっとしっかり詰めてくれや」
「次回からは気を付けます。彼女の場合は他の候補者とは違い、B級ダンジョン踏破者という実績があります」
「やはり、ちぃっと他と格が違うわな」
【ダンジョン名】山口県
【探索者】
「彼はダンジョン攻略者ではないのですが……」
「おい、それなら何でこのリストに載っているんだ!」
野党の代表のひとりが職業病なのか、思わず野次を飛ばす。それには周囲も思わず苦笑を零していた。あるあるなのだろう。
「彼の場合は少々特殊でして……。D級の元乃隅ダンジョンのダンジョンマスターと掛け合いまして、現在こちらのダンジョンを研究している研究者だそうです。その件で国の協力を仰ぎたいということで協力依頼の要請が届きました」
「そういえば、我々はダンジョンをどうするかというばかりで、そのダンジョンが何のためにあるのか、どうして出来たのかという部分に対して軽視し過ぎている気がするな……」
「もし、研究が上手くいくならば、戦うことなくダンジョン自体を世界から消し去ることも可能なのではないかと、その小早川博士も仰っています」
「博士なのか、彼は?」
「一応、博士号は取得しているようです」
「それでいてダンジョンに興味を示すとは……。一種の変人だな。だが、そういう情熱あるタイプは貴重かもしれん。公認探索者候補に入れても良いんじゃないか?」
【ダンジョン名】福岡県福岡タワーダンジョン
【攻略探索者】
【攻略探索者】
「三人の名前が書いてあるが、三人パーティーなのかね?」
「いえ、書き方で分かるかもしれませんが、上の夫妻と下の男では別のパーティーとなります。この二つのパーティーでD級の福岡タワーダンジョンを攻略したようです。ただその時の方法が……」
「何かあったのかい?」
何となく言い辛そうな雰囲気を感じて、伊勢は思わず尋ねていた。この辺は彼の人柄だろう。
「はい。橘夫妻がダンジョンの守護者と思われるモンスターと戦っていた所を、島津が後から割り込んで、広範囲の攻撃を用いてモンスターを倒したらしく……、夫妻も攻撃に巻き込まれたようで、この二パーティーはかなりの確執があるそうです。しかも、都合の悪いことに、この二パーティーは九州地方でも人気があるらしく、現在九州では探索者は橘派と島津派の二勢力に別れて反目しあっているとか何とか……」
「それは、二パーティーを公認探索者にしたら確実に荒れるのではないかね?」
「かといって、一パーティーのみを選べば角が立つだろう」
「単純に考えるならダンジョンを攻略したのは島津くんになるのではないかね?」
「だが、他の探索者を巻き込みながら攻撃をする奴だぞ。そんな人間が政府の言うことを聞いて品行方正に過ごせるか?」
「環境が人を育てるとも言うが……」
「育つまで待つのか? それならば、橘夫妻を召集すれば良い。元々ダンジョンの最終層に行くだけの力はあるのだろう?」
「それが無難と言えばそうだが、角が立つのは変わらんぞ。それに、何故ダンジョン攻略をしてもいないのに公認探索者になれるのだと言う奴が確実に一定数以上現れる」
「もう、二パーティーとも次点として、今後の活躍次第としたらどうだ?」
九州の問題を始めとして議論は白熱していく。そして、結局彼らの結論としては、政府公認が付くということで実力もそうだが、より人間性を重視しての登用となるわけだ。最終的には実に無難な人選と順位に収まったものが出来上がり、彼らは自分たちの仕事に実に満足げな笑みを見せるのであった。
★
「青木ー、今回の動画には生で声を入れないのかー?」
新宿ダンジョンの五階層では、最早そのダンジョンでお馴染みともなった光景が繰り広げられようとしていた。
だが、いつもなら簡単に「入れるに決まってるだろ!」という言葉が返ってくるにも関わらず、本日に限ってはその言葉は返ってこなかった。
「入れられるわけがないだろ!」
カリカリとしながら言葉を返したのは、シャギーの入りまくった髪を茶髪に染めた青年だ。青年は右手で握り拳を作ると、その拳をどんっと土で出来たダンジョンの壁に叩き付けた。衝撃にパラパラと天井から土埃が降ってくる。
「畜生……」
「荒れてるなー。ダンジョン攻略されたのが、そんなに悔しいわけ?」
仲間のひとりが煽るようにして言ってくるが、青木と呼ばれた茶髪の男は、それは違うとばかりに首を横に振る。
「ダンジョン攻略されたのは別にいいんだよ! 俺たちだっていつかやろうと考えていたわけだし! だが、俺たちのことを何も知らないのに嘘つきだとか、雑魚だとか言う奴らは何なんだ! 頭に来過ぎて動画の途中で暴言吐きそうだ!」
「生音声じゃできない理由はそれかよ……」
「はい。そういうわけで、皆さん、後でアフレコになりますのでヨロですー」
「「へーい」」
紅一点の女性メンバーの呼び掛けに、軽い感じで他のメンバーが返事を行う。それでも青木の険しい顔が戻らなかった為に、メンバーのひとりが気を使ってこんな事を言い始める。
「……というか、俺たちもそろそろガチャ引いて、下を目指すべきなんじゃね? 強いスキルさえあれば、大体何とかなるってのは
「それは……武器とか防具とかも揃えた方が良いって方針になっただろう?」
だが、仲間の進言を青木は何とか残っていた理性で否定した。出来ればそうしたいのは山々だが、
だが、仲間は尚も言い募る。
「それはこの前までの状況じゃん。今はダンジョン攻略報道に触発されて、下へ行く奴らも多いし、そういう奴らの方に視聴者も流れてるっぽいんだよなぁ。このままだと俺ら終わりのレッテル張られるぜー?」
「わお、時代に取り残されるって感じ?」
だが、青木の思いとは裏腹に時代の進みは早いようだ。此処で後手に回るか、大波に乗るかは、青木たちの決断に掛かっているとも言える。仲間の言葉を踏まえ、考える青木は癖で髪を掻きむしる。
「くそ……! どいつもこいつも好き勝手にやりやがって……!」
青木は悩む。そして、パーティーメンバーたちは青木の決断を待った。なんだかんだで、青木こそがこの探索者チームのリーダーなのだ。そして、今までそのリーダーの決定に従って間違ったことなど一度も無かったのである。
「分かった! 俺たち『
「「「おう! そうこなくっちゃな!」」」
新宿ダンジョン攻略の第一人者である
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