第三章 鬼、S級ダンジョン『塞建陀窟』を攻略せんとす。

第49話 鬼、了承す。

 三重県下の高等学校の夏休みが終わり、それから一ヶ月。葉緑素の青さも薄まり、秋の訪れが始まろうかという時分になって、ようやく探索者試験に合格した者たちの下へ合格通知が届いていた。


 通知の内容は簡素な合格証明の文面とクレジットカードサイズの証明書。その証明書には顔写真や住所等が記載されており、凡そ運転免許証と作りが変わらない。どうやら、このカード……探索者免許証……も運転免許証と同様に身分証を兼ねることが出来る作りのようだ。


 そして、そんな物が送られてくるものだから、一度は沈静化したはずの小鈴の高校でも、探索者に対する興味が再度加熱する。


 此処彼処そこかしこで持つ者と持たざる者の悲喜交々ひきこもごもが行われ、勝者はクラスのヒエラルキーの上位へと食い込み、敗者は悔しさに拳を震わせるといった光景が各所で見られた。


 そういう意味で言うならば、小鈴たちは勝ち組であっただろう。むしろ、逆に勝ちすぎてしまったのかもしれない。


「田村さん! 俺と(ダンジョンに)付き合って下さい!」


「ごめんなさいっ!」


「ズッコーーーン!」


 所謂、ダンジョンデートのお誘いが絶えなかったのだ。


 何せ、彼女たちは世界初のB級ダンジョン攻略者。その正体が大竹丸のお付きであったとしても、世間一般の認識ではダンジョン攻略の達人エキスパートという認識だ。お誘いが絶えることが無いのも納得だろう。


「ごめん! ルーシーちゃん、あざみちゃん! 待った!?」


 鞄を抱えて、校門まで走っていく小鈴。どうやら彼女は学校から帰る前に男子生徒に声を掛けられたようである。尚、その男子生徒はやたら可愛い少女にバスケをやらないかと誘われているようだが、今はそれはどうでも良いことだろう。


「おー、小鈴はモテるねー。これで何人目よ?」


「今週で三人目! そろそろ慣れてきた!」


 中には自分の冒険者カードを提示して、ランキングの情報を見せながらダンジョンデートに誘ってくる剛の者もいた。恐らく『自分はこんなに強いから君に釣り合うんだぞ』と言いたかったのかもしれない。


 だが、大竹丸に巻き込まれてランキング情報がちょっとおかしなことになバグっちゃってる小鈴にとっては「ふーん」といった感じだ。


 そして、そんな輩を追い払うこと数日――いい加減、この状況に小鈴の方も慣れてきたらしい。あしらい方が上手くなっているような気がする。


「そういうルーシーちゃんは?」


「今週は五人かなー。皆、目付きがいやらしいから断ってるけど……」


「ルーシーは男ホイホイ。というか、ルーシーはあのエロ装備千代女の忍装束を着ている限り、他の人とパーティーは組めない」


「え? あの装備そんなにマズイかな?」


 心当たりが無かったのか、ルーシーは首を傾げる。だが、あざみはやれやれとばかりに肩を竦めていた。


「裾の丈がほぼミニスカ。無駄に胸元が開いているし、脇も腕も見せ放題。エロ衣装以外の何物でもない」


「えー。下はホットパンツ穿いてるし、胸元も腕も鎖帷子くさりかたびらで覆われてるからそうでもないよー」


「鎖帷子が網タイツっぽくてエロい」


「あざみはどうにかして、私をエロくしようとしてない……?」


「気のせい。恵まれた体格からの糞みたいな純情乙女恵体糞乙女にムカついてる……とかはない」


「ムカついてるじゃん、それ!?」


 わーわーきゃーきゃー言いながら帰り道を歩く、いつもの三羽烏。そんな三人は大勢の視線を集めている事に気付いているが、わざわざそれを指摘する事はない。一時期のダンジョン攻略に対する加熱報道によって得た有名税身バレである。気にしないで歩くことが一番だと彼女たちも分かっているのだろう。堂々と歩く。


「そういえば、タケさんの所にクロさんが転がり込んだんだって? 今も居るの?」


「うん。毎日鍛えて貰っているみたい。タケちゃんが言うには少々のことには物怖じしないように徹底的に鍛え上げるって言っていたけど……」


「それ、逃げ込んだ先を間違えてないかなー?」


「でも、逃げたくなる気持ちも分かる」


 うんうん、と頷くルーシーとあざみ。


 黒岩ほど不運では無いが、大なり小なりルーシーにもあざみにも似たような経験があるようだ。そして、同じく怖い思いをしているらしい。


「そんなに逃げたくなるものなのかなー? 知らない企業から沢山の誘いが来るのって……」


 そして、その怖い思いというのが、一流企業からの専属探索者にならないかという契約書の提示であった。


 小鈴は理解出来ないとばかりにうんうんと唸る。


「いや、ヤバいって。まだ学生の……しかも高二の私の所にも専属探索者になって欲しいって打診が届くんだよ? そりゃ、クロさんもパニックになるよ……」


「クロ、元々引きこもりだって言っていた。それなのに、一夜にして超有名企業から二十社以上の専属契約の提示オファー……。普通に怖くなって逃げると思う」


 B級ダンジョン攻略から一夜明けると、各種メディアは狂ったように大竹丸たちの事を取り上げた。特に彼女たちの姿は松阪駅にいた者が無断で撮影し、勝手にネット上に上げていた為、簡単に人物特定身バレがなされてしまったのだ。中にはテレビ局の突撃取材などもあったのだが、政府からの謎の圧力によって加熱報道は徐々に沈静化――事態は落ち着くかに思われた。


 だがしかし、それらの情報を得た一部企業が何も分かっていない駆け出し探索者を放っておくはずもない。


 そうして成人であり、特に働いてもいない……ウマイ話に飛び付きそうな安っぽい人物として黒岩が標的に挙げられたというわけである。


「聞くだけだとクロさんにとって、とても良い話に思えるけど……」


「ただ、その企業ってのが、ほぼ全部タケさんと顔繋ぎしたいだけだからねー。クロさん自体を見てくれているのかどうか……」


「企業もペペぺポップ様に直接行ったら政府に睨まれることは分かっている。だから搦め手で行っているっぽい。クロさんはただの道具」


「そうなんだー。けど、一番そういうのが届きそうな私のところには着てないんだけどなー」


 頭上にクエスチョンマークを浮かべる小鈴。それを見て、ルーシーとあざみは同時にため息を吐いていた。


「小鈴の所に行ったら、すぐにタケさんが知る事になるじゃん!」


「ペペぺポップ様経由で政府に知られる事を企業は警戒している」


「あ、そっかー」


 だが、既にルーシーもあざみも大竹丸とはかなり仲良くなっているので、知られるのも時間の問題じゃないかなーと小鈴は思ったが、口には出さなかった。


 というか、そもそも黒岩から迷惑を被っている件は大竹丸に伝わっているので今更だ。その結果が鋼の精神を手に入れる為の特訓というのが的外れアレだが……。


「そういえば、今日はどうする? モクドナルドモクドにでも寄って、今度はどこのダンジョンに潜るか計画でも立てる?」


「探索者証も届いたし、他のダンジョンにも行ってみたい」


「うん、そうだねー。折角特訓もしたしねー」


「じゃあ、今度の土日にでも行くか?」


「あ、ごめん! 今度の土日は予定があるからパス!」


 然り気無いルーシーの振りに小鈴が慌てて、その日程を白紙にキャンセルする。小鈴が予定を入れるなんて珍しいとルーシーたちは思ったが、その理由を聞いて納得していた。


「タケちゃんがね、政府公認探索者オフィシャルに認定されるらしいんだけど、タケちゃん以外にも政府公認探索者がいるらしくって、その顔合わせと説明会の為に今度の土日は東京に行くんだー。私はそのお付きで着いていかないといけないの」


「マジかよ! 東京とか中学の修学旅行以来じゃん! いいな~!」


 ちなみに小学校の時の修学旅行は京都・奈良で、東京には人生で一度しか行ったことの無いルーシーである。


 勿論、小鈴も大竹丸のお世話で日々忙しいため、修学旅行ぐらいでしか県外に出た経験がない。


「私は幽体離脱で何回か行っている」


「「どういうことなの!?」」


 あざみ本人が言うことには、東京は庭ということらしい。ちょっと東京に行った方法が謎だが……。


「何だったら、皆来る? タケちゃんに頼めば一緒に連れていってくれるかも?」


「いやぁ、それは流石に悪いというか……」


 費用面の問題もあるだろうし、大竹丸に迷惑は掛けられない、と遠慮しようとしたルーシー。


「行く」


 だが、あざみは容赦が無かった。


「ちょ、あざみ! そこは遠慮とか、慎みの心を持ってだなぁ!」


「ルーシーは行きたい、行きたくない、どっち?」


「そりゃ、行きたいけど……」


「じゃあ、二人分……うぅん、クロさんも入れて三人分追加で行けないかタケちゃんに聞いてみるね」


「いいのかなー?」


「いいよいいよ。今、タケちゃん少し小金持ちになって調子に乗ってるから、すぐに許可下りると思うんだよねー」


「そんなに儲かってるの? 風雲タケちゃんランド?」


 意外にも風雲タケちゃんランドの売上が上がっているようだ。小鈴ははにかみながら、「柴田さんや甲斐さんや渡辺さんが喧伝したみたいで」と続ける。


「ダンジョンに興味があるけど、まだ資格試験を受けてない人がお試しで入ってみたり、自衛官の人たちが特殊技能を習得する為にやってきたりと、割りと人気みたいだよ」


 それに特訓施設だけでなく、地味に高級ホテルやその近くに新たに併設されたモンスター動物園やダンジョントラップ遊園地などが好評を博しているようだ。家族連れからの人気も高い。


 ただやはり交通の便が悪く、案内人をやらされる小鈴の父田村宏などは、大竹丸様は色々考えなしに行動し過ぎる、と嘆いて飲んだくれていたりするが……。


「そうなんだ」


「そんな人気施設をタダで使えるとは、クロズルい……」


「食い付くとこ、そこじゃないよな……? まぁ、とりあえず東京行きの件は小鈴に任せた」


「うん、任されたー」


「じゃあ、今日は東京に行ったら何処に行くか話し合おうか」


「結局、ルーシーも行く気満々」


「い、いいじゃん! 夢見るくらい自由だろ!」


 そんなルーシーたちはモクドナルドに寄って、熱い東京談義を交わす。渋谷、原宿でお洒落な物を買って、食べ歩きをしたいだの、凡そダンジョンとは無縁の普通の女子高生の会話が繰り広げられる。


 そして、その夜、小鈴が猫なで声で大竹丸に尋ねたところ、二つ返事で了承されたので、小鈴は朗報をルーシーたちに告げる。


 彼女たちは当然のように歓喜し、浮かれるわけだが……今回の東京旅行があのような事件に発展しようとは、今は誰も予想だにしていないのであった。

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