第153話 鬼、最終問題を解かんとす。

 地獄のようなクイズの時間は続いていく。


 終わりの見えないクイズ地獄は回答者の気力と体力を奪い、誰も彼もが沈黙し、回答台に縋り付いて立っているのがやっとの状態だ。


 クイズの問題が流されても、誰も反応しない。


 それでは終わらないというのは分かっているはずなのだが、体が動かない。


 それは控室に置かれていた毒入りのお茶や菓子を食してしまったというものもあるのだろう。


 全員が沈黙する中で、動きは唐突に起こった。


『ここで、なんと最終問題~! 最終問題を取ったチームには一兆ポイントプレゼントだ~! 最後の大逆転チャンスだぞー!』


 バラエティにはありがちな最終問題の逆転チャンス。


 それはこの地獄のクイズにもあるらしい。


 だが、そのチャンスに誰も喝采をあげない。


 それをするだけの気力も体力も失くしているのだろう。


 沈黙を貫くのみだ。


『そして、ここで最高のお知らせだー! なななんと! 優勝賞品は『優勝チームの願い事を何でも叶える事』だー! これは他チームに対して何を命令しても有効だぞー! その命令に逆らうことは絶対に出来ないという呪いが掛かっている! これはそういう呪いモノだー! むふふ、綺麗どころが揃っているからハーレムを作っても良いし――』


 ノワールの声で天の声が続ける。


『――魂を差し出せと言われたら、相手は絶対に差し出さないといけない! そういうクイズなんだー!』


 地獄のクイズは、まさしく地獄のクイズであった。


 最後の最後でとんでもない優勝賞品が発表されるが反応はない。


 そんな中で楽しそうに天の声は続ける。


『では、最終問題……とは言っても、誰も答えられないだろうけどね! えー、コホン。キャベンディッシュやラカタンなどの種類があり、日本語では実芭蕉とも呼ばれる東南アジア発祥の野菜は何でしょうか? ①バナナ ②トマト ③トウガラシ さぁ、この問題には実物を持って回答しても正解としまーす! 超ボーナス問題だー! 誰が答えるのかなー⁉』


 だが、誰も動かない……と思われた中でゆっくりと動く者がいる。


 片手にバナナを持ったゴリラだ。


「ウホォ……、ウホォ……」


 荒い息を吐き出しながら、ゴリラは回答台に貼り付いていた黒岩を荒々しく引き剝がして放り捨てる。引き剥がされた黒岩は吹き飛んで無色透明な壁に鈍い音を立ててぶつかって倒れ込んでいた。


 もしかしたら、後頭部でも強打したのかもしれない。


 【超回復EX】が無ければただでは済まない勢いである。


 そうして、ゴリラが悠々と回答台に迫る中、天の声が嬉しそうに笑う。


『嗚呼、駄目だ……。全ては終わってからと思っていたのに……。愉し過ぎて思わず声が漏れてしまうよ! ふふふ、この世界に問答無用で呼び出された時は、モノ言えぬゴリラの身に受肉して随分と恨んだものだけど……! こんなにも素晴らしい魂が沢山手に入るだなんて! 嗚呼、何て素晴らしいんだ!』


 どうやら、ノワールの声と思われた天の声はノワールの声を模しただけのものだったらしい。


 声は愉しそうに続ける。


『それにしても、人間って奴はなんて馬鹿な生物なんだ! こんな馬鹿な手に引っ掛かるなんて! いや、仕掛けた私の知恵を褒めるべきか? まぁ、どちらでも良いさ! 全ては結果! 結果を出した奴が偉くて凄くて優秀! 食われる奴は皆愚か者に過ぎないのさ! あははは! じゃあ、最後の問題を答え――』


 ゴリラの手がのっそりと回答ボタンに伸びる中――、


 ――ピンポーン。


 無機質な電子音が会場内に響き渡る。


 その音に思わず視線を巡らせたゴリラが見たのは、回答札が立ち上がったチーム大竹丸の回答台であった。


 だが、チーム大竹丸のメンバーは大竹丸が回答台に縋り付くのみ。


 答えを出せるような状態にはとても見えなかった。 


『は? いや、何で? ……いや、関係ないな。どうせ誰も答える気力なんて残っちゃいない……。回答ボタンを押せただけでも誉めてやりたいところだが、その行為自体が無意味さ! あはは、最後のあがきって奴か! 本当、人間って奴は馬鹿だねぇ!』


 今まで無表情だったゴリラの顔が怪しく崩れる。


 そこには動物が見せる無邪気な表情はない。


 利己的で傲岸不遜な性格が顔を見るだけで分かるような醜悪な表情。


 そんな表情を見せるゴリラの目の前で、大竹丸はひょいっと顔を上げると、


「①バナナ」


『…………』


「バナナじゃ、バナナ。ほれ、さっさと正答音を鳴らさぬか。そしたら、このクイズも終いじゃろ? そしたら、御主への命令権が発生するんじゃったか? 罰ゲームは何が良いかのう?」


『な……、なななな……、馬鹿な、馬鹿な! 馬鹿なぁぁ⁉ 何で動ける⁉ おかしいだろう! 楽屋の飲み物にも食べ物にも微量な毒を仕込んでいた! アレを飲み食いしていたら絶対に動けなくなっているはずだ! 意識も朦朧とし、人間に抗う術は絶対にない! ――は⁉ そうか! 貴様も私と同じ悪魔だな! そして私の魂を狙っていたに違いない⁉』


「いいから、正解かそうでないか結果を出さぬか」


『お、おのれ~! 悪魔が悪魔を狙うとは何たる不義理! クソッタレめー!』


「誰が悪魔じゃ。鬼じゃ、妾は」


 口汚く罵るゴリラだが、本人が決めたルールを覆すことは出来ないのだろう。


 無情にも会場全体に正解を示す電子音が木霊する。


 それと同時に周囲の景色が罅割れた土壁のようにボロボロと崩れ去っていくではないか。


 どうやら、本人が悪魔と言っていた通り、小鈴は尋常ではない存在を呼び出してしまっていたようだ。その光景を腕を組んで眺めながら、大竹丸が大仰に頷く。


「ふむ、今回は小鈴の能力【トリックスター】で何やらろくでもないものを呼び出してしまったようじゃな。……嬢、アスカ、あのゴリラを逃がすなよ?」


「合点。……やられた分はやり返す」


「はいはい、ゴリラさん。下手に逃げようとしたらぶっ飛ばしますよー」


 嬢とアスカが睨みを効かす中、ゴリラは観念したのか頭を項垂れると――、


 パッと顔を上げ、目をウルウルとさせて両手を組んで大竹丸たちを見つめてくる。


『ウホォウホォ……、ぼくは悪いゴリラじゃないよ? 虐めないで欲しいな……?』


「今更、遅いんじゃボケェ!」


 大竹丸の苛烈なツッコミが炸裂する中、世界は瓦解するのであった。


 ★


 周囲の景色が元に戻ると、そこは山の中であった。


 その景色にはどこか見覚えがある。大竹丸が慣れ親しんだ故郷の山の風景だ。


「鈴鹿山じゃな」


 どうやら、大竹丸は地元に帰りつく事に成功したらしい。


 そして、先程までの光景が夢ではないことも、周囲に地獄クイズの参加者たちが倒れていることからも理解出来ていた。


 その主犯であるゴリラはどさくさに紛れて真っ先に逃げ出そうとしたのか、嬢の糸でぐるぐる巻きに縛られている。


「ウホォ……」


「ウホォではないわ! ……む、なんじゃこれは?」


 大竹丸の目の前に降るようにして落ちてきたのは一枚の羊皮紙であった。


 そこには大竹丸には読めない言葉で何かが書いてあるようだが、大竹丸はそれを無視。懐から百鬼夜行帳を取り出してニタリと笑みを浮かべる。


「悪いが、ちと血液を貰うぞ。なぁに、痛いのは最初だけじゃて……」


「ウホッ⁉ ウホォ! ウホォ!」


 暴れるゴリラの皮膚を浅く切り裂き、大竹丸はゴリラの血を使ってさらさらと百鬼夜行帳にゴリラの絵を描き始める。


 姿を写し取られたゴリラはウホォ……という悲痛な声を上げながらも螺旋となって百鬼夜行帳の中へと封じられていく。


 かくして良く分からないゴリラの外見をした悪魔が大竹丸の配下となった。戦力になるのかならないのかは分からないが、いないよりはマシだろう。


「ふむ、これにて一件落着じゃな。というか、今普通に……」


 何故か普通に行使出来た神通力に違和感を覚える大竹丸。


 東京で神通力が行使出来た時も唐突だったが、大竹丸が神通力を行使できるようになる条件があるようだ。


 それに予測を立てながらも、大竹丸は背後を見ることもなく親指の腹を食い破り、血液を凝固させて出来た短剣を作り出して横合いから伸びてきた白刃をいとも容易く弾き返す。


「うーん、微量とはいえ、毒が効いているのかなぁ? 思ったより力が出ないんだよ」


 そこには一振りの刀を無造作に構えた尻尾髪の少女の姿がある。


 どうやら、毒について察知していたのは大竹丸だけではなかったようだ。


 尻尾髪の少女――やすなを守るようにして前鬼後鬼が前に出る中で、同じくアスカと嬢も前に出る。


 嬢はちょっと方向を間違って明後日の方向に出てはいたが。


「不意打ちとはやることが狡いのう」


「そっちと違って、こっちはベストな体調じゃないからね。少しぐらいズルしても多めにみて欲しいかな?」


「御主は阿呆か? 自分の体調が万全でないことを敵に告げるうつけが何処にいる?」


「ここだよ!」


「潔いのは好感が持てるが――……妾の山を攻めた以上、相応の報いは受けて貰うし、逃がす気はないぞ?」


 大竹丸がそう凄むと、やすなは困った顔をみせて後頭部を掻く。


 その態度には一切の焦りや不安は無いようにみえる。


「参ったなぁ。桐子さんは大竹丸さんがいないから今が攻め時だって言ってたのに、大竹丸さんが帰ってくるのが早過ぎなんだよ……」


 やすなが後頭部を掻く中、前鬼と後鬼がそんなやすなを庇うようにして臨戦態勢のままに、一歩間合いを詰める。


 ジリジリと緊張感が高まる中、最初に口を開いたのは前鬼と後鬼であった。


「此処は我らが食い止めます」


「やすな様は離脱を」


「そう? それじゃ、頼んじゃおうかな? 前鬼さん、後鬼さんもある程度抑えたら適当に逃げちゃって良いからね?」


 前鬼と後鬼の提案に乗るやすな。


 それを見てからかうように大竹丸が言う。


「何じゃ、尻尾を巻いて逃げるのか?」


「大竹丸さんもハッタリは止めようよ〜。……使えないんでしょ? 神通力?」


「!」


 やすなの言葉に大竹丸は僅かばかりだが表情を顰めていた。


 その事を知っているという事は、この神通力が使えなくなっている現象は敵方からの攻撃である可能性が高いという事だ。


 だが、現在は普通に神通力が使える所をみるに敵方の攻撃も完璧ではないのか、それとも何かしらの条件があるのか疑問が生じる所である。


 ぎり、と大竹丸は歯を食い縛る。


「何? 大竹丸、神通力が使えないの? ……これは殺るチャンス?」


「ここに来て裏切りはやめましょうよ、嬢先輩……」


 嬢とアスカの間にも動揺が走る中、前鬼と後鬼が嬢とアスカに肉薄する。


「ふん!」


「いきなりとか危ない。……折角、共闘出来ると思っていたのに」


「そんな場合じゃないですよ、嬢先輩!」


「やすな様! 今です! お逃げ下さい!」


 前鬼、後鬼の攻撃で嬢とアスカが抑えられている間に後鬼がそう叫ぶ。


 やすなはその声に短く頷くと脱兎の如くに駆け出していた。


「分かったよ! 二人共、くれぐれも無理をしないでね! じゃあね、大竹丸さん! サラダバー!」


「逃がすと思うてか!」


 かくして、突如として始まる山の中での鬼ごっこ。


 地の利は大竹丸にあるだろうが、結果は果たして……?

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