第152話 鬼、選り好みで一生を得んとす。
『では、続いて第3750問! 地球が出来た当初の海水の味はどんな味だったと言われているでしょうか! 次の三つから選びやがれぇい〜! ①塩辛い味! ②酸っぱい味! ③苦い味! さぁどれでしょう! 早押しターイム! スタートォォォ!』
あまりにテンションの高い天の声に比べて、クイズの回答者の調子はあまりに低調であった。
早押し問題だというのに、ノロノロと回答ボタンに手を掛け、そしてようやくといった感じで押す。
押したのはチーム小鈴の小鈴だ。
だが、押すだけで力尽きたのか、特に回答らしき回答は出ずにそのまま回答台の上に突っ伏してしまう。
ここまでの長時間のクイズに疲労困憊なのだろう。答える事さえもままならない様子で、恨めしげに虚空を見つめる。
だが、回答しなければ何も始まらないとでもいうのか、そこで天の声の無情な宣言がなされる。
『ぶー! タイムアップー! 御手付きとしてチーム小鈴はマイナス1ポイント! これでチーム小鈴はマイナス10052ポイントだぞ! 絶対絶命だー! ……あ、五十問が終わったのでここでまた三十分の休憩だぜ! じゃあねー! ばいびー!』
かくして、大竹丸たちは天の声の言葉に何を返す事も出来ずに楽屋空間へと強制的に退去させられてしまうのであった。
クイズで疲弊した精神と徒労感を引き摺る彼女たちには、最早無駄口を叩くような余裕はなかった……。
「――ウホ」
いや、ゴリラだけは余裕そうであったが。
★
「……いや、流石に問題出し過ぎじゃろ?」
楽屋空間に戻ってきた大竹丸は先程までのクイズ番組のセットでは全く見せていなかった生き生きとした表情を浮かべていた。
途中までは大竹丸も頑張ってクイズに答えていたのだが、クイズに全く終わりが見えなかったのと、答えても答えなくても状況が全く変わらないということが分かってしまったので、途中からは完全に虚無の状態を貫いていた。
どこか悟りを開いたかのようなその表情は、見る者がみればFXで持ち金を全て溶かしてしまった人の表情に見えるぐらいには危ない表情だったに違いない。
そして、そんなクイズ番組に付き合ってきた大竹丸だったが、流石にこれはおかしいと気付き始めていた。
「というか、いつになったら終わるんじゃ。このクイズは? のう、アスカ?」
「…………」
だが、大竹丸が求めた答えは返ってこない。
見やれば、アスカは自分で淹れた紅茶を無言のままに飲み干していた。
紅茶を飲んでいるから返事が出来なかったのだろうかと大竹丸は訝しがるが、紅茶を飲み終えた後もアスカからは返事が来ない。
そういえば、少し前ぐらいからアスカとも嬢ともまともな会話をしていない気がする。
しかし、返事ぐらいはしても良いだろうと大竹丸が不審に思っていると、これもまた表情を失くした嬢が茶請けの菓子をパリパリと無言のままに食べているではないか。
元々表情には乏しい嬢であるが、ここまで自分の意見も言わずに大人しくしているというのも不気味だ。
大竹丸はひっそりと嬢に近付くと目の前で軽く手を振ってみせる。
だが、嬢の反応がまるでない。
怪しいものを感じた大竹丸は、ふぅむと唸ると自分が飲んでいた飲み掛けのペットボトルを引き寄せるとキャップを外し、その飲み口を嬢の口の中へと突っ込む。
だが、嬢はまるで反応を示さない。
ならこうだ、とばかりに大竹丸は今度は思い切り傾斜を付けてペットボトルの中身を嬢の口内へと流し込む。
甘い香りをした消毒液のような風味を伴った、ジュースというにはあまりに烏滸がましい何かが嬢の喉の奥へと突き進んでいき、嬢は思わず噎せ込んでその液体を体外へと吐き出していた。
一歩間違えば、虹色のエフェクトが掛かっている状況に嬢は思わず目を見開く。
「ゲロ不味ッ⁉ ……何するこのクソ鬼!?」
「ゲロ不味とは何じゃ! ゲロ不味とは! 妾のことは悪し様に言うても良いが毒ぺを貶す事は許されんからのう!?」
怒る嬢だったが、何故かそれ以上にキレている大竹丸を見て、思わず嬢も毒気を抜かれてしまう。
いや、怒るとこソコかよといった表情だ。
「何、その変な拘り……。――というか、何処ココ? 私は今まで何をしていた?」
キョロキョロと辺りを見回す嬢の様子には違和感しかない。
演技ではないかと疑う大竹丸だが、嬢の様子は至極真剣。謀っている様子はない。
なので大竹丸も素直に答える。
「何ってクイズ番組の最中じゃろ? ……というか、毒ペで記憶喪失したとか言うでないぞ? 風評被害も甚だしいからのう!」
「毒ぺをいきなり飲ませるな! ……アレは飲む前に覚悟が要る何かだ! というか、途中から記憶が曖昧……術に嵌められた?」
嬢が軽く頭を振るが、大竹丸には術を掛けられた覚えもなければ、何かを企てられた覚えもない。
気のせいじゃないかと言いたいところではあったが、この騒ぎを聞き付けているはずのアスカの反応がないのを見ると、一概に否定もできない。
大竹丸は未だに無言で紅茶を飲み続けるアスカに視線を向ける。
「何を馬鹿なと一笑に伏したいところじゃが、アスカもあの調子ではな……。何かを仕掛けられているとみて間違いないじゃろうな。ふぅむ、何故か妾には効いておらんようじゃが……」
「アスカや私と違って大竹丸は鈍感だからじゃない? ……死ねば良いのに」
「鈍感じゃないわ! むしろ、鋭い方じゃ! ……ふむ、アスカにも毒ぺを飲ませれば戻るかのう?」
「そういう他人の迷惑を顧みないところが鈍感の証拠。……知らぬは亭主ばかりなりってね」
「コヤツめ、ぶっ叩いたろうかのう……」
だが、嬢の言葉で思い留まったのも事実。
大竹丸は最大限の優しさでアスカの頬を軽く張る事で彼女の正気を取り戻すのであった。
★
「――軽く調べたけど、この楽屋にある食べ物や飲み物に微量の毒が混ぜられてあった。……即効性は無いけど中毒性があって、多量に摂取すると心神喪失状態に陥ると共に強力な弱体状態にもなってしまうと予測される」
軽く楽屋の中を家探しした結果、毒のスペシャリストでもある嬢から有力な情報が得られた。
どうやら楽屋に仕掛けられていたお菓子やお茶が原因だったようだ。
だが、この罠に掛からないというのも難しい。
「いや、その罠は絶対に引っ掛かるじゃろ。延々と続くクイズ番組の間の休憩時間――テレビもスマホも弄れぬような環境であれば、普通であれば菓子や茶に手をつけるであろうからな」
現に、嬢もアスカもあまりの暇さ加減に菓子や茶に手をつけて、見事に術中に嵌っている。
大竹丸がその術中から逃れたのは、ひとえに運が良かっただけである。
「普通は引っ掛かる。……大竹丸みたいな毒ぺキッチーじゃなければ」
「お茶よりも毒ぺが飲みたかったんじゃから仕方がないじゃろ!?」
「あと、普通は菓子も食べる。……梅ザラメじゃないと食べないとかいう謎の言い訳をして拒否することもない」
「ちょっと甘じょっぱい感じのお菓子が食べたかったんじゃ! 雪○宿とかあれば引っ掛かっておったわい! というか、菓子はほとんど御主が一人占めしておったから、妾にまで回ってこなかったというのが真実じゃろうに!」
そう。菓子の大半は嬢がバクバクと勢い良く食べていたので、大竹丸が食べ損ねたというのが真相だ。
そんな大竹丸の視線を受けて、嬢は視線を何処とも分からぬ方向へと向ける。
嬢の強引な素知らぬムーブである。
それを溜息を吐きながら黙認しつつ、大竹丸は何かを確信したかのように言葉を吐き出す。
「まぁ、これだけやられると敵の狙いも分かってくるというものじゃな。ふむ、嵌められた以上は嵌め返すか……。倍……いや、ノシ返しじゃ!」
「いや、倍返しでいいでしょ。……何で言い直したの?」
「そういう所にオリジナリティを出そうとするお年頃なんですよ。そっとしておきましょうよ」
「――御主ら、敵の罠にあっさりと引っ掛かってた割には妾のことボロクソに言うのぉ!?」
嬢とアスカにどこか温かい目で見守られながらも大竹丸は恥ずかしさを隠すかのように憤慨するのであった。
――――――――――――――――――――
おまけ
最初のクイズの答えは②らしいです。
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