第151話 鬼、バラエティに挑戦するとす。

「何なんじゃこれは……?」


 大竹丸は目の前に表示される文字を凝視してから、今までの自分の行いを反省するかのうように、そう呟いた。


 磯天狗が治安を預かる愛知県を抜け、大竹丸率いる一同は三重県へと入ったはずだ。

 なのに、何故か大竹丸の目の前には空中に文字が投影され、そして彼女の手元にはフリップとペンが持たされている。

 大竹丸はそのフリップを固く握り締めながら、目の前の文字を凝視する。


 問、アメリカの自由の象徴といえば自由の女神ですが、自由の女神の身長は何メートルでしょうか?


「何なんじゃこれは⁉」


『ブッブー! 時間切れです! 回答権が次のチームに移ります!』


 大竹丸の渾身の叫びは問答無用の効果音に掻き消されたのであった。


 ★


 十問が終わった所で休憩時間に入ったらしい。

 謎のクイズ番組セットが整えられた空間から何の前触れも無しに楽屋らしき空間へと放り込まれ、大竹丸は不貞腐れたように畳の上に寝転がる。


「何なんじゃアレは! 本当に! 意味が分からぬぞ!」


「うーん。見る限りクイズ番組のセットに見えましたけど……」


 チーム大竹丸の一人であるアスカが、おとがいに指を当ててそんな言葉を返す。

 尚、この状況において、大竹丸、嬢、アスカはチームとして参戦しているらしかった。本人たちも良く分かっていないのだが、三人でひとつの回答権を有しているようなのである。


 十問目までにひとつも正解は出来なかったのだが、アスカがフライングしたり、嬢が適当な回答を答えたりした場合に、大竹丸が答えられなかったのでその事については確認済みである。


 尚、他に参加しているチームもあまりクイズの成績は揮っていない。


 全体的に正答率が恐ろしく低いクイズ番組であるようだ。


「確かにクイズ番組とかで見るようなセットに酷似しておるが、何で妾たちがいきなりクイズ番組に巻き込まれなくてはならん⁉」


「というか、回答席に小鈴ちゃん居ましたよね?」


「それも意味わからんのじゃ! あと、前鬼、後鬼や空手チャンピオンも別チームにおったからな! どんな流れでクイズ大会しとるのかという話じゃ⁉」


「良く分からないけど、ノワールが何かしたとか? ……ダンジョンの特性でこうなっちゃってるとかありそう」


 楽屋に備えられていた茶菓子の封を切りながら、嬢が誰もいない壁に視線を飛ばしながら言う。周囲が見えていないというよりは見る気がないのだろう。心底どうでも良さそうだ。


「日本全国……いや、世界中がダンジョン化している現状で、改めてこんな奇妙なダンジョン条件を上書き出来るものなのか……? 妾は難しいと思うのじゃが……」


「まぁ、とりあえず全員で殺し合いをするわけじゃなくてクイズで白黒付けるんでしょ? ……たまにはいいんじゃない?」


「むしろ、それが問題じゃ!」


 そう、大竹丸はその部分については声を大にして言いたい。


 現状、大竹丸チームは一問も答えられていないのである!


 それと言うのも問題が普通に専門的で難し過ぎるのであった。


「もう少し、妾のチームに頭脳派がおれば!」


「まぁまぁ、他のチームもあんまり頭脳派がいないみたいですし……」


「小鈴チームのあざみぐらいじゃないの? ……回答する度に鼻血出してるけど」


 恐らくは【深淵の智】のスキルを局所的に使っているのだろう。

 現在の正答数トップを走ってはいるものの、毎回のように鼻血を出してはぶっ倒れている。少々体を張り過ぎのきらいはあった。


「うぅむ、あのまま、あざみに頼り切りになるのも申し訳ないのう……。この状況を何とかしたいんじゃが……。というか、毎度、鼻血を出しながら回答しておるのを見るのも忍びなくてのう……」


「それなら、他の人の楽屋に行って相談してみましょうか? 何か良いアイデアとか出るかもしれませんし……って、この楽屋、出口がない!」


「ダンジョン特有の謎空間じゃない? ……良くあること」


 ペタペタと室内の壁を調べて回るアスカとは違って、茶菓子を食べる嬢は落ち着いたものだ。この落ち着きようがクイズでも活かされれば良いのだが、それはなかなかに難しい。


(そもそも問題が見えんから、傍観者の立ち位置に居るつもりでおるな……)


 大竹丸がそう考える通りであった。


 ★


 三十分間の休憩が終わって、またもクイズ番組のセットへと急に戻される。

 

 大竹丸はおもむろにセットの外へと向かおうとするが、結界のようなものが張られているのか外に出る事は叶わない。

 仕方がないので周囲を見渡していると、休憩前に問題を呼んでいた声とは別の声が響いてくる。


『さて、オープニングクイズは如何だったかな? 熱いバトルを期待しちまったが思った以上に惨憺たる有り様で拍子抜けだったぜ!』


「この声はノワールか……?」


 大竹丸は呟くが、その呟きに応える事なく進行の為の天の声は言葉を続ける。


『あまりに正答率が低いもんだから、このゲームの主催者がクイズの形式を三択クイズにすることにしたようだぜ! そんで、この終わりなきクイズ大会で一番多く正解したチームには、なんと! 風雲タケちゃんランドの自治権をプレゼントだぁ!』


「はぁ⁉ 誰に断ってそんな勝手な事をしておるのじゃ⁉」


『それじゃあ、ここいらでこのクイズ大会に参加している参加者たちを紹介していくぜ!』


 大竹丸の文句もどこ吹く風で天の声は続ける。


『まずはエントリーナンバーワン! 地元、三重が生んだ若手探索者の星! チーム小鈴だぁ!』


「えーっと、タケちゃんゴメン! 何か【トリックスター】を使ったらこんな事になっちゃった! 私達じゃどうしようもないの! 何とかして!」


『はい! 余計な事は行っちゃ駄目さー! ペナルティとしてチーム小鈴にはマイナス一万ポイントだ! 現在の三ポイントと合わせて、マイナス九千九百九十七ポイントが現在の得点だー!』


「そ、そんな……。あざみちゃんが折角頑張ってくれたのに……」


「大丈夫。こういうのは大逆転チャンスがあるもの。そこまで頑張ろう」


「あぁ、あざみの言う通りだ。折れないで行こう!」


 チーム小鈴は小鈴、ルーシー、あざみの三人チームのようだ。

 そのコンビネーションは見事だが、いきなりの膨大なマイナス点を付けられており、最初からスタート地点の遥か後方へと追いやられた形となる。

 そして、次のチームが発表される。


『次に、エントリーナンバーツー! チーム侵略者だー! 鈴鹿山に攻めて来て巻き込まれた不運な挑戦者だぞー!』


「なんで、戦争を仕掛けに行ってクイズしなきゃいけないかなぁ! あ、どうも皆のアイドル、天堂寺やすなです♪ そして、こっちが前鬼さんと後鬼さんでーす♪」


 随分とノリの良い尻尾髪の少女が愛想を振り撒き、背後に控えるおしどり夫婦は苦い顔だ。

 余計な事を言ったはずなのだが、御咎め無しなのはバラエティ的な忖度なのだろうか。

 ニコニコと楽しそうに笑うやすなの表情は天使のようだが、その内に秘めた凶暴性は握り締めたフリップが軋みを上げている事からも御察しである。


「逆らう奴を皆殺しに出来ないから、クイズで無双しちゃうよん♪」


『尚、チーム侵略者の現在のポイントはゼロポイントだー! どう見ても虐殺されちゃってる立場だぞー!』


 バキンッと遂にフリップがへし折れるが、天の声は関係ないとばかりに次へと移る。


『さて、エントリーナンバースリー! チーム大竹丸! 地元に帰って来たと思ったらいきなりエライ事態に巻き込まれちゃったね! ツイてねぇ奴らだ! さぁ、今の気持ちを三、二、一、ハイ!』


「え、これ、どうやって返すのが正解なんじゃ……?」


『正解とかねぇから! バーカ! バーカ! ポイントもゼロじゃねーか! 二重の意味でバーカ! バーカ!』


「なんなんじゃさっきから⁉ ノワール! 後で覚えておれよ⁉」


 だが、大竹丸の声にノワールは答えない。

 それとも答えるだけの自由が許されていないのか。

 謎である。


『そして、最後にエントリーナンバーフォー! チームゴリラだー!』


「いや、渡辺さんは分かりますけど……僕がここに配属されているのはおかしいでしょ?」


 風雲タケちゃんランドにたまたま修行に来ていたせいで巻き込まれた元空手チャンピオン渡辺巌を、そう悪し様に言うのは黒岩である。

 確かに筋骨隆々の渡辺に比べると、黒岩は瘦せぎすのきらいがあるが、その肉体は鍛え込まれており、細身のゴリラと言われれば納得してしまうものがあった。


『細マッチョゴリラは黙らっしゃい!』


「細マッチョゴリラ⁉ いや、それ以上におかしいのがいるんだけど! これ、どういう事なのさ⁉」


 そう言って黒岩が指さすのは腕を組んで黙り込む渡辺――の隣に座り込む表情のない本物のゴリラであった。

 どこを見ているのかも定かではない姿は急に暴れ出しそうで非常に怖い。

 そんなゴリラに戦々恐々としながらも、黒岩は強い意志でその視線をゴリラから切る。


「本物のゴリラが同じチームにいるんだけど⁉」


『そういうクイズ番組もあるだろォー!』


「いや、無いから⁉」


 だが、黒岩の訴えは却下されたようだ。

 そんなやり取りを静かに聞いていたゴリラであったが、音もなく静かに動き出す。それに、一瞬びくりとする渡辺だが、ゴリラはそんな渡辺と黒岩にそっと何かを差し出す。

 それは、良く熟れていて香しい匂いをさせた……。


「バナナ……?」


「食え、ということか……?」


 ゴリラの円らな瞳を見つめる渡辺と黒岩。

 ここにチームゴリラの絆は深まった――。


「このゴリラ気遣い出来過ぎて怖いんだけど⁉」


 ――ワケがなかった。


『では、そろそろクイズも第二ステージに行ってみようかー!』


「ゴリラの件を放置で、次行くの⁉」


 とんでもないノリで進んで行く謎のクイズ番組――。


 だが、この番組がこれから続く地獄の始まりだとは、まだ誰も考えていないのであった。

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