第150話 鬼、事件を解決せんとす。
■最近の反省
女の子三人で熱海回まで設けておきながら温泉回をやらないなんて……! なんて失態……!
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「暇ですか……?」
アスカが部屋に戻ってくると、大竹丸と嬢が室内に置いてあったチェスで一戦しているところであった。
嬢が長考して、ずっと次の一手を打たないのか、大竹丸は少しだけ救われたような表情で帰ってきたアスカを見上げる。
「なんじゃ、帰ってくるのが遅かったのう」
「大蛇を見に行ったら、ちょっと襲われまして」
「襲われた? 大蛇にかのう?」
「いえ、コレです」
「グワァ……」
猫の首の後ろを摘まむような持ち方で、アスカが室内に持ち帰ってきたのは異形の存在であった。
その存在を確認した大竹丸は「あぁ、なるほどのう」とこれまでの違和感から、ようやく一本の線で繋がった真実を理解する。
大竹丸の表情が変わった事が分かったのだろう。不気味な異形の怪物をぶら提げたアスカが恐る恐るといった調子で大竹丸に向かって尋ねる。
「このモンスターで何か分かるんですか?」
「そうじゃのう。全て――かのう」
大竹丸はそう言ってニヤリと人の悪い笑みを浮かべていた。
★
「な、何なんですか、大竹丸様? こんな所にいきなり呼び付けて……。名古屋市長というのも暇では――」
そう言って室内に入って来た市長は、室内に居た者たちの顔を見てぎょっとする。
そこには、何人かの見知った職員の顔とは別に、最近巷を騒がしている大蛇信仰の教祖とも呼べる釣具屋の女主人、そして、それとは全く別に異形の存在が椅子に座らされていたからだ。
「も、モンスター!? 何をしているんですか! 大竹丸様! 早くそのモンスターを退治して下さい!」
「まぁ、待つのじゃ。コヤツは――」
「えぇい、何を悠長な! だったら、オイ! 貴様らでこのモンスターを片付けるんだ! そういう契約だろう!」
市長の一言で、彼の後ろに控えていた探索者らしき大柄な男たち二人が市長の前に出る。そして、素早く業物らしき剣を抜いて構えるが――、
「はい、そこまでですよ」
「室内で刃物を振り回すな。……危ない」
素早く横手に回り込んで男の腕を押さえ込むアスカと、一歩も動かずに男を極細の糸で雁字搦めに縛り付ける嬢の働きで彼らは身動きが取れなくなってしまう。
それを見て、市長は思わず及び腰になってしまうのだが、大竹丸はそんな市長の為にパイプ椅子を引いて、彼をその場に座らせていた。
「さて、役者も揃った事じゃし始めようかのう」
そして、名古屋市長が脅えているのにも関わらず、大竹丸はそう声を張り上げる。
特に大きな声でも無かったはずだが、その声はやけに大きくその場に響いた。
「今回、妾たちがこの町に関して色々と探っておった事は、此処におる者たちは多かれ少なかれ知っておる事じゃろう。ある程度関わったからのう。そして、その目的じゃが――……それは此処におる市長に頼まれて、名古屋城に巻き付く大蛇の退治を頼まれたので、色々と調べておったのじゃ」
「何て馬鹿な事を!」
大竹丸の言葉に目を剥いて叫び声を上げたのは釣具屋の女店主だ。
彼女にしてみれば、その行為は神に対する背信にも等しい。
驚愕するのも当然だろう。
「あの大蛇様のおかげで町が平和になったっていうのに、その大蛇を退治しようだなんて!」
「ま、町が平和になったのは我々が雇った探索者たちのおかげだ! あんな巨大な蛇にそんな事をする力はない! 第一にあの蛇は名古屋城に巻き付いているだけで、動きすらしていないじゃないか! それでモンスターを退治しただのと良くぞ言えたものだ!」
釣具屋の女店主と市長が睨み合う。
まさに犬猿の仲といったところか。
だが、そんな茶番に付き合う気は大竹丸には毛頭ない。彼らの間に割って入る。
「ふむ。嬢が仲良くなったこの市役所の職員が言うには、探索者を市の税金で雇ってはいるものの、そのほとんどは企業や町の有力者を守る為に使われているらしいのう。現に、町の人々を救うはずの探索者二人が何故か市長のボディーガードのようにベッタリ張り付いておる。この状態で町の平和が元に戻ったのは探索者のおかげ――というのは、少々無理があると思うのじゃが?」
「そ、それは……」
市長は思わず目を逸らす。
その態度を見ただけで、その場に居た人々は大竹丸が言った事が真実なのだと気付いてしまう。
特に、釣具屋の女店主は般若の如き顔つきで市長を睨んでいた。
その雰囲気に気付いたのだろう。市長は慌てて言い繕う。
「それは、確かにそうだったかもしれないが……仕方ないだろう! 企業や会社のリーダーというのは替えがきかない存在なんだ! 彼らが居る事で市の経済や治安や雇用は安定する! 彼らを守る事が引いては市民を守る事に繋がるんだ! 私は何も間違っていない!」
「そのせいで多くの市民が傷ついているんだよ!?」
「市の人口を考慮しても全員を救う事は不可能だろう!? 必要な人間を優先する事の何が悪い!」
「本当に市長の言葉かい、それが!? アンタの言った事は人命を平等に扱わずに優劣を付けているという事だろう!? それは神様の領分だ!」
釣具屋の女店主に言われて市長は押し黙る。
流石に市長も言い過ぎたと思ったのだろう。その顔色は蒼い。
だが、大竹丸は市長と釣具屋の女店主とを言い争いさせる為に連れてきたわけではない。
彼らの口論が落ち着いた所でまたも割って入る。
「まぁ、口論の続きは後でやってもらうとしてじゃな……。妾たちが求められていたのは大蛇についてじゃ。妾たちはかの大蛇がどのようなものかと上空から近付いてみたところ、大蛇に炎を吐かれた」
「み、見ろ! 大蛇は危険な存在なのだ! 市民の為にも退治をお願いして正解だったじゃないか!」
昂ぶる市長だが、その場には白けた空気が漂う。
彼の性格というものが分かってしまったからだろう。
今更、市民の為を振り翳したところで、誰もその言葉に迎合する事は無い。
「じゃが、妾は疑問に思ったのじゃ。蛇にはピット機関という獲物の熱を感知する器官をようするものもおる。そんな生物がわざわざ獲物の熱源を分からなくさせてしまうような間抜けな真似をするじゃろうか? とな」
言うなれば、熱感知で獲物の姿がはっきりと見えていたところに、わざわざ火を吹いて自分自身に目隠しをするようなハンデを背負うか、という事だ。
そもそも、生物の在り方としておかしいのではないかと大竹丸は疑問に思っていたのである。
「妾がその事を考えている時に、釣具屋の女将から良い事を聞いた」
「何か言ったかしら?」
「専門家じゃないから分からん――と御主はそう言った。じゃから、妾は専門家に聞くことにしたのじゃ。熱海におる爬虫類の専門家とはちとツテがあってのう。連中の知恵を借りたのじゃ。少しやり取りをした後で、名古屋城に巻き付いている大蛇の写真も送らされたわ。じゃが、まぁ、その甲斐あってなかなか面白い話が聞けた」
「面白い話?」
「サイズこそ違えど、名古屋城に巻き付いておる蛇はエメラルドツリーボアと呼ばれる蛇に良く似ているそうじゃ。勿論、そのエメラルドツリーボアはピット器官を備えておるんじゃが……。その過程の上で、ピット器官を持つ蛇が炎を吐くというのは――……とても考え辛いという結論を得たぞ」
「そ、そう……」
大竹丸は楽しそうに語るが、その真意が読めなかったのだろう。
その場に居た人々は誰もが戸惑った表情を見せる。
誰かが大竹丸にその真意を尋ねなければならないのか。
互いに躊躇する中、続きを語ったのは大竹丸本人であった。
「つまり、あの蛇は蛇というには怪しいというわけじゃ」
「怪しい?」
「もっと言うなら、蛇ではないと言うべきかのう」
「ど、どういう事です!? 名古屋城に巻き付いているのはどう見ても蛇じゃないですか!」
混乱する市長の声が室内に響き渡るが、室内に集まっている人々も同じ思いなのか、その言葉を止める者はいなかった。代わりに大竹丸が片手を上げて制する。
「妾たちが空を飛んで大蛇を見に行ったのは先程話したのう?」
「え? えぇ……。それで火を吐かれたとか?」
「その時、大蛇は妾たちが見ている目の前でサイズが縮んだように見えたのじゃよ。いや、確実に縮んだのう。のう、アスカよ。御主、二度も見てきたんじゃろ? どうじゃった?」
「確実に縮みましたよ。注意して見ていなければ気付かないレベルですが、確かに縮みました」
「大蛇が縮む? どういう事だ……?」
「ふむ。人間は短命故に、この手の話を知らぬか。――ある時、道を歩いていると向かい側から坊主がやってくる。最初は小さく見えていた坊主だが、徐々に背が伸びていき、ついには見上げる程の大男になってしまう。その者に『見ていたぞ』と声を掛けぬと喉笛を噛み切られて死ぬといった話じゃ。これ、即ち、入道坊主という名の妖怪じゃ」
「入道坊主……」
「まぁ、見越し入道と呼ばれるものの一種なのじゃがな。その正体は変化の術を覚えた狸やムジナの類じゃ。そして、その変化の術は頭から足へと見下ろされると破られるといったとんだ欠陥がある。……とはいえ、その欠陥を指摘できるものはなかなかおらんが」
入道坊主は大きさ的に最大で三メートル近くにもなると言われている。
そんな存在を上から見下ろすというのは、なかなかどうして難しいだろう。
「恐らく、あの大蛇はそんな入道坊主の術で出来た幻よ。故にろくに動く事も出来ぬ。彼奴が名古屋城に巻き付いて動かぬのは、常に見上げられる状態を維持出来るのと動かぬで済む事の二つの理由からじゃろうな」
「ちょ、ちょっと待って下さい! ですが、大竹丸様は先程、火を吐かれたといったじゃないですか! それだと大蛇は動いていることになるのでは!?」
「それは正確には違う。……蛇は動かずに周囲に炎の球を作って攻撃してきた」
「そうじゃな、嬢の言う通り――。蛇に動きはほとんど無かった。唯一の攻撃は火球による攻撃のみじゃった。じゃが、その攻撃の謎も……ほれ、そこにおるじゃろ?」
そうして、大竹丸が指さしたのは先程から異様な存在感を放っている異形の存在だ。
両手両足に頭部がある姿は人にも似ているが、その全身には鱗のようなものが生えており、更には全身をフジツボのようなものが付着している。特に独特の磯臭い香りを醸し出している姿はなかなかにキツイ光景であった。
「さっきから気になっていたんですけど、何なんですかこのモンスターは……」
「モンスターではないぞ。妖怪じゃよ。その名を磯天狗という。河童の仲間じゃ」
「河童⁉」
「磯天狗は怪火を得意とする。妾たちに攻撃を仕掛けてきたのも御主の仲間じゃな?」
磯天狗は問いかける大竹丸の目をじっと見た後でコクリと頭を下げた。
その様子を見て、言葉が分かるのか、と妙なところに感心する一同。
続けて、大竹丸は言葉を発する。
「それは、御主等が自主的にやった事ではなかろう? そこに居る釣具屋の女将に頼まれてやった事ではないかのう?」
「ナンデソレヲ! ……ア⁉」
磯天狗は慌てて自分の口を塞ぐが遅い。
室内に居る全員の視線が釣具屋の女店主へと向かうが、彼女は堂々とした態度を崩す事はない。
はぁ、と嘆息を吐き出して膝を打つ。
「まぁ、そうだよね。磯天狗は素直な所があるしね。こんな簡単な誘導尋問に引っ掛かっちゃうかぁ! そりゃそうだ!」
「誘導尋問に引っ掛かる以前に、妾が御主と磯天狗の関係に気付いたのは御主の店に行った時じゃぞ。御主は猫を飼っていると誤魔化しておったが、あの鳴き声は猫ではなくて磯天狗のものであろう。そして、磯天狗は魚が好きじゃ。蛇に対する御供え物として魚を用意しているというのも違和感があったのじゃ。恐らく、御主はその供物の魚を取り引き材料に……」
「そこまで分かっているのかい。だったら隠す必要もないね。……そうだよ、私は磯天狗と取引をしたのさ。魚を渡す代わりにこの町のモンスターを退治してくれってさ」
その言葉は周囲の人々にとっては寝耳に水の話だったのだろう。
誰もが驚いた顔を見せる中で、釣具屋の女店主だけはしみじみとした表情で昔日の光景を思い出す。
「あれは、世界全土のダンジョン化が始まった時分だったかね……。私はたまたま海釣りに出ていて、その帰りに港に戻ったらそこがゴブリン達に支配されていたのさ。私は帰ろうにも帰れない状況に途方に暮れてねぇ。そのまま暫く船内で暮らす事も考えた時に出会ったのが、磯天狗たちさ。彼らは魚をくれれば、この状況を何とかしてくれると言うんで、私は藁にも縋る思いで彼らに魚を差し出して――……それが彼らとの出会いさ」
「なるほどのう。そして、御主は磯天狗の強さを知ったというわけじゃな」
鷹揚に頷く大竹丸に女将も「あぁ」と返す。その顔はどこか自信にも似たもので満ちていた。
「磯天狗たちはあっという間にゴブリンたちを駆逐したんだよ。それで港は正常に戻ったんだけど、町中はいつまで経っても安全になりゃしない。……噂では市長も金持ち連中に融通を利かせてばかりで信用できないらしいし……」
「それは優先順位というものがあってだな……!」
「だから、私は磯天狗に町の平和を守ってくれるように頼んだのさ! とはいえ、私一人の漁獲量じゃあ磯天狗全員の腹を膨れさせる事は難しい。だから、御供え物作戦を考え付いた。磯天狗を御神体に仕立てて、宗教のようにお布施を集める方法だよ。だけど、磯天狗の見た目は驚く程に悪いからね。これじゃ、お布施も集まらないと磯天狗たちに相談したところ、知り合いの妖怪に何やら当てがあるという事だったから頼んだんだよ……まぁ、名古屋城に大蛇になって巻き付くとは、私も考えてなかったけど」
「大蛇で信仰を集めてお布施を貰い、そのお布施で磯天狗と入道坊主を雇って、町中に平和を取り戻した、と――。本来ならば、それは行政がやる仕事ではあるのじゃが、先程市長が言った通り、町の人口に対して探索者の数が少なすぎる部分もあるのじゃろうな。じゃから、女将が動かざるを得なかった」
「うぐっ……」
怯む市長を前にして、大竹丸は別格の笑みを浮かべると彼に迫る。
「御主は妾たちに対して蛇を退治して欲しいと頼んだが、この真相を聞いて、尚、それを望んで暗愚となるか? それとも、これを知りて逆に磯天狗たちに協力を申し込んで稀代の名君となるか? ……どちらが好みじゃ?」
「そ、それは……」
蛇に睨まれた蛙ならぬ、大竹丸に睨まれた市長の決断は――ただただ賢明であった。
★
「結局、蛇は退治されずにあのままなんだ。……詰まんない」
「まぁ、良いじゃろ。これで都市がひとつ守られる事になるんじゃ。詰まる詰まらないの問題ではなかろうて」
大竹丸たちは結局歓待を受けることなく名古屋市を旅立った。
受けた仕事が
だが、その結果が今まで日陰で暮らしてきた妖怪に陽の光が当たる結果になるのであったなら、それも良かったのではなかろうかと大竹丸は思う。
「さて、次は地元じゃな。果たしてどうなっておることやら」
「死んでないと良いけど。……クヒヒ」
「そういう不吉な事を言うのは止めい」
一抹の不安を抱えながら、大竹丸は三重県へと歩を進めるのであった。
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ホラー風味、トーナメント風味、ミステリー風味ときて、次は何にしようかな……。
あ、新作始めました。宜しければどうぞ。魔法少女コメディです↓
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