第154話 鬼、パワハラをせんとす。
「逃がした」
「即落ち二コマか何か? ……死んだ方が良いんじゃない?」
肩を落としながら山中に戻ってきた大竹丸は開口一番そんなことを言う。
それを聞かされた嬢の返事は辛辣だ。
期待された分の落胆が声に出てしまったのが大竹丸にも分かったのだろう。
半ば言い訳するようにして、早口でまくし立てる。
「途中までは問題なく追えていたんじゃ。じゃが、少し目を離した隙に逃げられてしもうた」
それは半分は本当で、半分は嘘だ。
途中まで追えていたのは本当だが、逃げられたのは急に神通力が使えなくなってしまったからだ。
逃げるやすなもその事に気付いたようだが、大竹丸に反撃する事なく全力で逃げに徹した。
体調の不良もあるだろうが、もしかしたらこういう場合には全力で逃げるようにといった指示が出ていたのかもしれない。逃げっぷりに迷いがなかった。
だが、嬢はそんな大竹丸を見透かしたように言葉を連ねる。
「目を離したっていうのは嘘。……どうせ、神通力が使えなくなって逃げられたんでしょ」
「……何の事かのう?」
「大竹丸は誤魔化すのが下手過ぎ。……良いから、此処に倒れている人たちを大竹丸の家まで運ぶのを手伝う」
「襲い掛かってきた二人も煙のように消えてしまいましたしね。とりあえず、皆さんを介抱しないと」
どうやら前鬼後鬼は、逃げ切ったやすなが百鬼夜行帳を使って呼び戻してしまったようだ。決着付かずといったところなのだろう。
アスカが倒れている人々を次々と自分の背中に乗せて、嬢がそんな人々を糸で固定していくのを見ながら、大竹丸もそれに倣う。
(むぅ、しかし、嬢にも本格的に妾の神通力が封じられてしまっていることがバレてしまったぞ。厄介なことにならねば良いが……)
大竹丸は多少の緊張感をはらみながらも怪我人を回収していくのであった。
★
「あぁ、タケ姐さんようやく帰ってきてくれたんだね……。お帰り……」
大竹丸が懐かしき自分の家に戻ってくると、そこには精魂尽き果てた様子で床板の上に四肢をだらしなく投げ出して倒れているノワールの姿があった。
謎空間でのクイズにはノワールの声が使われていたが、どうやら本物のノワールにも何かしらの影響があったようだ。疲労困憊の様子を見て、大竹丸が眉を顰める。
「やはり、御主も巻き込まれておったのか?」
「巻き込まれ……? え、何の事? というか、小鈴ちゃんたち、何処に行ってたのさ。こっちは避難してくる人を誘導したり、生活保護をしたり、クレーム対応に奔走したりと大変だったんだよ?」
「なんじゃ、単純な気疲れか……」
「なんじゃじゃないよ! モンスターが出る世の中になっちゃって、逆にモンスターが出ないダンジョンである『風雲タケちゃんランド』に人が集まってきちゃって大変なんだから! ダンジョン内の人口が増えてDPの回収速度は上がっているけど、DPを使って食料や設備やなんやかんやと用意しなきゃいけないから、収支的にもトントンでオイシくないし! クレーム対応ばっかりで気疲ればっかり増えるし! ベリアルやジムさんにも手伝ってもらってなかったら、ダンジョン捨てて何処かに隠遁しているところだよ! 全く!」
「ダンジョンマスターがダンジョン捨てたら死ぬんではないかのう……」
「気持ちの問題だよ! そこは汲んで欲しいかなぁ!?」
文句を言いつつも、小鈴たちの状況を見て、床に布団を敷いていくノワールは基本的には良い奴なのだろう。
敷かれた布団の上に、衰弱した小鈴たちを寝かしつけながら、大竹丸たちは居間へと移動する。古く大きな武家屋敷なだけあって使える部屋はいくつもあるのだ。
「それで? 何があったわけ……? 急にいなくなったり、小鈴ちゃんたちがあんな状態になっていたり、ボクにも分かるように説明して欲しいんだけど?」
居間に座布団を敷きながら、ノワールは文句にも聞こえるようなイントネーションでそう切り出す。
居間に集まったのは、ノワール、大竹丸、嬢、アスカといった面々だ。
黒岩辺りは【超回復EX】の効果で復活してきても良いところなのだろうが、あの空間で飲み食いした毒は随分と特殊なものだったらしく、嬢曰く『如何に回復力が強くても解毒してから二、三日は動けない』とのことであった。
そんなわけで、大竹丸の話を聞く者が少ない中ではあるが、大竹丸は話を始める。
「分かった。話せば長くなるじゃろうから、要点だけを話そう」
「退屈な話は眠くなる。……それでいいよ」
嬢の返答に然りと頷く大竹丸。
話す本人がそんな態度で良いのだろうかとノワールは思ったが、話の腰を折ることもないかと特にツッコむ事はしなかった。
大竹丸は続ける。
「簡単にいえば、敵に攻撃されたということじゃな。神通力を封じられた状態で東京に放り出されて、捕物の標的にされて大変な目にあったというだけじゃ」
「滅茶滅茶とんでもないことになってるじゃないか!」
なお、大竹丸逮捕の話題は小鈴が気を使ったのか、ノワールにまでは届いていなかったようだ。
まぁ、元々引き籠り体質のノワールが他人から情報を積極的に集めようとしなかったのもいけないのだろうが……とにかく、大竹丸が指名手配されたといったような話は初耳であった。
「おかげさまで此処まで帰ってくるのに随分と時間が掛かってしまったのう。誰かさんのおかげで空路が使えんかったから、余計にそう感じるのう」
「土蜘蛛が空を飛んだら空蜘蛛になる。……そんなのは許されない」
「どういう理屈じゃ……?」
「あー、嬢さんが渋ったんだ……って、嬢さんを召喚しているって事は、神通力が使えているって事じゃないか!」
「そう、それは私も気になった。……神通力を封じられているらしい今がチャンスなのに、いきなり神通力が復活して返り討ちにされたら洒落にならない」
どうやら、嬢が大竹丸にいきなり襲い掛かってこないのは、神通力が使用できない条件と使用できる条件が分からないからのようだ。
今が有利と襲い掛かったら、実は神通力が使える状況で返り討ちにされましたでは、嬢としてはやるせないのだろう。結果を出そうと頑張る姿勢には好感が持てるが、やろうとしている事はひたすらに後ろ向きである。
「条件が分かっておれば良いのじゃがな。妾も良く分からぬのじゃよ」
条件が分かれば、大竹丸としても対策を練ることが出来る。
だが、その条件が良く分からないので困っているのだ。
「どういう状況だと神通力が使えて、どういう状況だと神通力が使えないの?」
興味本位でノワールが尋ねる。
なので、大竹丸は神通力が使えた時の状況だけを教える。
東京の地下施設で竜に襲われそうになった時――、
そして、鈴鹿山に帰ってきた時――、
それらを聞き終えたノワールは、
「それって、電波が届かない地域だと神通力が使えるってこと……?」
と言ってみせた。
それを聞いた大竹丸は暫く黙り込んだ後で「なるほど」と呟く。
「どうやら、今回のカラクリが見えてきたやもしれぬ」
そうして、大竹丸は訳知り顔で頷くのであった。
★
大竹丸の予想としてはこうだ――。
先の一件、桜島ダンジョンの件では火口からの噴煙を媒介にして、ダンジョン領域の拡張を行っていた。
火山灰が飛散した地域が徐々に広がり、その地域が徐々にダンジョン化していったのである。
今回はその応用。
徐々に範囲を広げていく噴煙などではなく、既に全世界に張り巡らされているものを利用してダンジョン化したのだろう。
即ち、
恐らくは携帯電話の電波網を利用しているのではないだろうか。
そして、携帯の電波が入る地域が影響を受けて、一斉にダンジョン化し、世界中に被害が飛び火した――。
それを裏付ける証拠として、モンスターが全世界に現れた後に被害にあったのは交通網ばかりであり、電気関係に関するトラブルは一切生じていなかった。
そこに恣意的なものがあることを大竹丸は感じ取ったのである。
「恐らく、妾の神通力を封じておるのも、
「タケ姐さんの推理が当たっているとしてさ。そうなると敵の本拠地は電波を出せる何処かってことになるのかな? ちょっと候補多過ぎない?」
無線通信が出来る場所なら、何処でも敵の棲み処になるとノワールは思ったようだが、それは違う。
限定させるキーワードはいくつかあるのだ。
「候補はある程度絞れるのう。ひとつ、政府に妾を告発したハガキが届いたが、その消印が大阪であった事から、犯人は大阪にいるのではないかという事じゃ」
「それが偽装ってことは?」
「その場合はもう一度草の根を分けて探すしかないのう」
「うわぁ」
「そうなったら、私は百鬼夜行帳の中で寝る。……アスカ頑張って」
「ちょ、嬢先輩!? そういうのパワハラっていうんですよ! この間捨てられていた雑誌で読みましたから!」
「まぁ、そこまで心配する事も無いと思うがのう……。それが二つ目の理由じゃ」
「二つ目の理由?」
全員の視線が大竹丸に集まる中、大竹丸はニヤリと笑って告げる。
「相手はダンジョンにおる。しかも、電波が出せる特殊な奴じゃ」
「あぁ! 桜島ダンジョンのように特殊な力を備えたダンジョンを拠点としているのか!」
桜島ダンジョンでは噴煙による領域の拡張を行っていた。このように、ダンジョン領域を広げるにはダンジョン特有の特色を使う必要性がある。それが、恐らくダンジョンとしてのルールなのだろう。
そして、無線通信に影響を及ぼすダンジョンとなると、大分数が絞られる事になる。
「そうじゃ、そして大阪で電波塔といったら、アレしかないじゃろ……」
大竹丸は薄い笑みを浮かべると、ここぞとばかりに言い放つ。
「通天閣ダンジョン! そこが彼奴らの根城じゃ!」
だが、ドヤ顔で語る大竹丸に対して、ノワールは冷静に告げていた。
「いや、通天閣は展望塔で電波塔じゃないから」
「…………」
赤っ恥をかいた大竹丸は、無言のままにノワールの肩をどんっと小突き、ノワールは短く「痛っ」と悲鳴を漏らすのであった。
「アスカ。……あれが本当のパワハラだから」
「勉強になります」
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