第13話 鬼、聖地に到達す。

 顕明連けんみょうれんという刀がある。


 三明さんみょうつるぎの最後の一本。


 絶対不壊の大通連だいとうれん、完全防御の小通連しょうとうれんと同じようにこの顕明連にも特殊な力が備わっていた。


 それは瞬間移動ワープの力だ。


 これだけの能力でも相当便利なのだが、大通連、小通連と合わせて使った場合には古今無双の力を発揮する。


 それもそのはず。


 振れば必ずあたり、攻撃したとしても必ず防がれる、逃げようとしても必ず追い付かれ、硬かろうとも刀身が内部に直接現れて斬り裂かれる――そんな相手にどう対抗しろというのか。


 大竹丸もそれが分かっているからこそ普段は三明の剣を封印しているのだ。これを取り出したが最後、相手と勝負にすらならないのは明白なのだから、勝負の妙が無くなるを嫌うのである。


「小鈴! 無事か!」


「た、タケちゃん……。良かった、良かったよぉ……」


「馬鹿! 妾の心配よりも自分の心配をせぬか! 痛い所はないか? 苦しい所は?」


 良かった良かったと鼻声で連呼する小鈴を必死で介抱して身体の不調を聞き出す大竹丸。


 小鈴は砂の上を派手に転がったようだが大きな傷は無いようだった。


 どうやら分厚いツナギと小通連がダメージを最小限に抑えてくれたらしい。探検隊のような大仰な装備も、実際は役に立つのだなと大竹丸は変な所で感心する。


「良かった。無事のようじゃな……」


「砂が口の中に入ってジャリジャリするけど平気ー、うぅ~……」


 鼻声のまま、ぺっぺっと砂を吐き出す小鈴は恐々こわごわと倒れたベリアルの姿を覗き見る。


「その人、まだ死んでないよね……?」


 今まで倒してきたモンスターは自爆した殺人道化師を除き、打倒後は光の粒子となって宙に消えていた。だが今回に限ってはベリアルの姿が残っている。これがどういうことなのかを分からない小鈴ではない。


「まぁ、コヤツはそこそこやるからのう。コレに加えることにした。――来い、夜行帳」


 大竹丸の力ある言葉と共に光の粒子が集まり、そこに一冊の古めかしい草子が現れる。


 その草子には流麗な墨字で『百鬼夜行帳』と記載されていたのだが、草書体であったが故に小鈴には何が書いてあるのか読めなかった。


「夜行帳? その古いノートみたいのが?」


「正式には百鬼夜行帳という。妾が認めた者をこの草子に封じることで妾の配下とする……まぁ、言ってしまえば契約書類じゃな」


「それ大丈夫なの? ベリアルさんが『こんごともよろしく』とか言いそうにないんだけど……。怒って暴れるんじゃない?」


「何、戦闘能力が落ちている状態なら有無を言わさず無理矢理配下に出来るのが百鬼夜行帳の強みじゃからな。問題ないじゃろ。まぁ、相手の血は必要じゃがな」


 うきうき気分でベリアルの血を使って、百鬼夜行帳に何やら書き込んでいく大竹丸。その様子を見ながら、小鈴はようやく泣き止んだ顔で呆れた表情を見せる。


「流石、人外の世界……。腕っぷしで全てが決まる超脳筋理論脳まで筋肉な理屈まかり通ってるよ……」


「分かりやすくて良いじゃろう? 良し、これで完成じゃ」


 小鈴が百鬼夜行帳を覗き込むとそこにはベリアルの血で描かれたベリアルの名前と簡単なイラストが描かれていた。


 しかも、絶妙に特徴を捉えていて上手かったりもする。小鈴は感心しきりだ。


「登録には名前だけじゃなくて、イラストも必要なんだ~」


「ん? これは妾の趣味じゃ。名前だけじゃとどんな奴じゃったか忘れるからのう」


「タケちゃん、意外と絵上手いね……」


 そうかのう~と照れる大竹丸は、百鬼夜行帳を無造作にベリアルに近付ける。するとぎゅるぎゅると螺旋を描いてベリアルの身体が草子の中に吸い込まれていくではないか。


 やがて五分もしない内にベリアルの身体は完全に草子の中へと消えていた。それに伴って召喚されていた悪魔たちも光の粒子となって空へと還っていく。


「わぁ、綺麗……」


 空に昇っていく光の粒子はまるで星々の間を歩いて渡るかのように幻想的だ。そしてそんな思いを抱けるのであれば、小鈴ももう心配ないだろうと大竹丸は心の中で安堵する。


 普通ならこれでめでたしめでたしといくところなのだが、大竹丸たちの目の前には白色に輝く豪華な扉がゆっくりと姿を現しつつあった。


「……ボス部屋のボスを倒したと思ったら、更に裏ボスの部屋が出てきたのかな? どう思うタケちゃん?」


「妾、もうしんどいのは嫌じゃぞ? おニューのジャージがノースリーブになるし、散々じゃ! 今度も総力戦になるようじゃったら百鬼夜行帳を使うぞ! これで相手をボコボコじゃ!」


 その台詞を聞いて、小鈴はふと疑問に思ったことを聞いてみる。


「その百鬼夜行帳って百鬼夜行というぐらいだから百人の配下が呼び出せるの?」


「いんや、三人しか登録しとらんから三人じゃ」


「えぇっ、少なっ! その冊子に三人しか登録してないの!? もっと登録した方が良いんじゃない!? 百鬼夜行なのに格好がつかないよ!」


「ふふん、妾は少数精鋭主義なんじゃ! 全員が一騎当千じゃから三人の配下でも数十万の軍勢に匹敵するのじゃよ! そもそも妾一人でも百鬼夜行出来るから人数は問題じゃないのじゃ!」


 大竹丸は自分の分身たちを回収しながら得意気な表情だ。確かに一人で千人以上に分身出来る大竹丸であるならば数は問題ではないだろう。


 だが流石に百鬼夜行帳と言いつつ三人しか登録していないのはどうなんだろうと小鈴は小首を傾げるのであった。


「まぁ、百鬼夜行帳を使うにせよ何にせよ、扉を開けてみてから考えるかのう」


「開けちゃうんだ?」


「前も言ったが、戻れぬのじゃから前に進むしかないじゃろう?」


「それはそうなんだけど。……うん、違うね。私も頑張るからタケちゃんも頑張ろう! こうだね!」


「ふむ、何やら一皮剥けたようじゃな。嬉しいやら寂しいやら」


 大竹丸は微妙な表情のまま扉に手を掛ける。


「では行くぞ」


 軋む扉を押し開けて辿り着いたその先。そこは大竹丸たちの予想を遥かに越えた世界が広がっていた。光と音の奔流が此処彼処そこかしこに溢れ、大きな台や明滅をする画面が所狭しと並んでいる。それを一言で表すとすれば……。


「ゲームセンター……?」


「なぬ? 此処がかの有名な聖地じゃと!?」


「聖地って……」


「しょうがないじゃろ! 妾自身は山から降りたことがないんじゃからな! ゲーム好きの聖地じゃろ! ゲームセンターって!」


「そこはかとなく間違っているような……」


「……誰? ベリアルが帰ってきたの?」


 小鈴がうーんと唸っていると、無造作に置かれた筐体の隙間からひょいと見知らぬ人影が姿を現す。


 肩まで掛かる癖のない黒髪に透き通るように白い肌。そして、どこか仔犬を思わせるような可愛いらしい顔立ち。非の打ち所のない美人なのだが、何故か格好は日本古来よりの縕袍姿どてらすがた。見た目は完全に残念美人である。


「大変だ、タケちゃん! 美少女のモンスターを発見!」


「え!? え!? 探索者!? なんで!? なんで!?」


「確保~!」


「えぇっ!? ベリアル! ベリアル助けてよ! ベリアルーッ!」


 小鈴にひしっと抱き着かれ暴れる人影を前に、大竹丸はどうしたものかと思案げに眉根を寄せるのであった。

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