第36話 鬼、哀れな存在と化す。
洞窟の後方で何やらモンスターの叫び声と怒号のようなものが飛び交う。それを聞いて、大竹丸は上手くいったかと思うと同時に、大丈夫だろうかと心配する思いの両方を胸に抱く。やられた事に対しては腹が立つがやったことに対するバツの悪さがあるのだろう。どうする事が正解だったのかは分からないが、相手の身を案じてはならないということはないだろうから、一応心配はしておく。
「妾たちの後を尾けないといけないぐらい弱かったのであれば、少し灸が効きすぎたかもしれんな……」
「一階層を自力で抜けてきたんだし、大丈夫だよー! それに今回のあれは試験で言うところのカンニングだよ! そういうのにはそれなりにちゃんと対処しないと!」
大竹がポツリと零すとそれをフォローするように小鈴が早口で捲し立てる。相当ご立腹のようだ。まぁ、やった仕事をそのまま横からかっ攫われ続けたようなものなので、機嫌が悪くなるのも仕方がない。倍返しだ! とか言わないだけマシである。
「しかし、相手を撒く為とはいえ、何度か適当に曲がったけど大丈夫なのか? あざみー、地図的には今どの辺?」
そう、彼女たちは後ろを尾けていた班を撒く為に適当に何度も横道へと突入していたのだ。その為、自分たちの現在地をあまり把握していなかったりする。
「地図の中央まで後三分の二。ただ横道に逸れたせいでモンスターとの遭遇率が上がる可能性がある」
他の班が選ぶであろう道から完全に外れている為、前の班がモンスターを間引いているであろう事は殆んど期待出来ない。それが足枷として柴田班の面々の今後の脅威となるだろう事は明白だ。
「此処までで大体一時間半ぐらい掛かったかな? 残り三分の二を戦闘盛り盛りだと結構ギリギリ?」
小鈴が大雑把な試算をするが、大体そんなものではないかとあざみも考える。
現在時刻が十五時半なので、残り三分の二を迷路とモンスターの戦闘が沢山あることを考えると大体五時間は掛かるだろうか。五時間で踏破すると仮定するなら、目的地到達は二十時半ぐらいになる。そこからキャンプの準備をして晩飯ともなれば寝るのは二十二時近くになるだろう。普段の生活で二十二時に寝るとなれば普通かもしれないが、モンスターと命のやり取りをした後で果たして普通に寝付けるのかどうか、ちゃんと休息を取ることが出来るのかどうかといった問題もある。
(なるべくなら睡眠を含めた休憩時間を長めに取る為にも、早目に目的地に着きたい)
となると現状の一番の
恐らく、一番の脅威は遠距離攻撃が出来るゴブリンアーチャーの存在だろう。それがいるといないのとでは脅威度が天と地ほども違うと感じる。
(アーチャーがいるだけで、私の先制攻撃の回数が減り、敵の数を多く減らせなくなるし、小鈴が飛び出せなくなる。そのせいで殲滅速度が低下するのは必定。結論、
それは柴田班の戦力構成とも関係している事柄だ。この班は、あざみが先制攻撃をして人数差を積極的に作ることで戦闘を優位に運ぶ戦い方を基軸としている。その先制攻撃が封じられると、途端に泥仕合へと移行する弱点がある。一応、白兵戦に強い小鈴がいるおかげで泥仕合でも何とかなっているが、この先……五時間……も小鈴に負担を掛け続けて動きの
(アーチャーがいる限り、さっきのような乱戦になる。そうするとさっきのように小鈴に負担が集中する。例え、小鈴が無尽蔵のスタミナで動けたとしても、集中力の方は無尽蔵じゃない。切れる時が絶対くる。そうなった時に小鈴が傷を負うような事故が起きれば……――終わる)
傷を負った小鈴がいつも通りに動けなければ、恐らくゴブリンファイターが止まらない。そうなれば柴田班は壊滅にまで追い込まれるに違いない。
(二階層だと言うのに難易度高過ぎ。他の班はどうしているのか。重装備を揃えて矢を受けながらも突撃? そんな重装備で洞窟を普通に探索出来るもの?)
あざみの疑問は尽きないが、正解の一つとしては盾持ちを複数揃えることでゴブリンファイターに対抗しつつ、ゴブリンアーチャーの攻撃を防いで戦うといったものがあった。
柴田班はあまりに軽装備の者が多いので攻撃は受けるよりも回避するという考えになるが、盾持ちが複数いれば黒岩のように矢を弾き落としつつ前進することも可能であり、戦況を優位に運べる。しかも後衛も山なりで投石するなり、戦い方は様々にあるのだ。
柴田班の問題はそういった戦い方のバリエーションが少ない事だろう。なまじ一階層での戦い方が嵌まってしまったせいで二階層でも同じように戦えるのではないかと、一階層の戦い方の幻影を追い過ぎているのだ。そこは柔軟に考えないと危険な部分である。
(そもそも、私たちの班だけ四人で戦っている。そろそろ縛りプレイも終わりにすべき。事故が起きてからじゃ遅い)
そう、他の班が五、六人で協力し合って戦っているのに対して、柴田班では何故か四人のみで戦闘を行っていた。それもそろそろ終わりにしても構わないのではないかとあざみは考える。……さて、では交渉だ。
「小鈴」
「何? あざみちゃん?」
「そろそろチートを解禁すべき」
あざみのストレートな物言いに、小鈴は
「んー。まだ私は行けると思うんだけどなー」
小鈴は渋い表情だ。まだ現状の戦力で何とかなると考えているのだろう。あざみも同じ考えだが、時間が経つごとに『事故』の危険性は上がっていくと考えている。なので、先に安全装置を起動しようというのだ。
「全てをチートで終わらすわけじゃない。問題だけ対処してもらう」
「問題?」
「アーチャーの無力化」
「それだけなら良いかなー。私ももう少し実戦経験積みたかったし、全部蹂躙じゃ困るけどピンポイントでの起用なら納得」
結局、小鈴はゴブリンと戦う機会が奪われるのが嫌だったらしい。一体いつの間にそんな戦闘民族と化したのかとあざみは考えるが、小鈴は最初から戦闘を遊び感覚で捉えている節があった。ならば、これは生来の小鈴の気質なのだろう。何でも楽しむ――小鈴のらしいといえばらしい気質だ。
そんな小鈴が背後を振り返って笑顔を向ける。
「タケちゃーん! ようやく出番だよー! ゴブリンアーチャーだけをピンポイントで排除する役だけど出来るー?」
小鈴の声に大竹丸は驚いたように二度、三度と瞬き――然る後に自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「妾を誰じゃと思っとるんじゃ?」
「タケちゃん!」
「そういう事ではないわ!」
とりあえず出来るということのようだ。
大竹丸はさっと地面から掌に収まるサイズの石を幾つか拾い上げると準備完了とばかりに頷く。
「まぁ、楽勝じゃ! 此処から先はアーチャーの姿は見んと思ってえぇぞ!」
「す、すごい自信ですね……」
黒岩が怯えたような声を出す。もしかしたら、大竹丸に脅された時の事を思い出しているのかもしれない。そして、その実力にも興味があるようだ。少しだけ楽しそうな顔をしている。
「これ、私、お役御免?」
ルーシーがそんなことを言い出すが、普通のゴブリンやゴブリンファイターの相手があるので暇にはならない。逆に相手をするモンスターの数が増えるので忙しくなりそうではあった。
(ほう。ここまで御荷物だった大竹をここで投入するのか。果たして何を見せてくれるのか)
そして、柴田は表情こそ変えないものの何かが起こる事を予期して期待感を膨らませていた。
……だが、柴田の予想に反し、その後は何も起こらなかった。
そう、何も起こっていないようにしか見えなかったのだ。
★
柴田は大竹丸を注視する。
大竹丸の態度は先程までと変わらず。頭の後ろで腕を組んだり、頭を掻いたり、三つ編みを弄ったり、その三つ編みで自分の鼻先を擽ってくしゃみをしたりとやりたい放題である。
普通に見るなら何もしていない。
というか、むしろ班員たちの集中力を殺ぐ邪魔ばかりをしているように見えるだろう。だが班員たちがモンスターを倒す速度は最初の頃から比べると劇的に上がっている。
その要因は何故かゴブリンアーチャーが姿を現さない事にある。
(どういう理屈だ……)
大竹丸がちょいちょいと洞窟内に転がっている石を拾っているところを見ると、その石を使っているようなのだが、大竹丸が投擲の動作をすることは一度もない。加えて言えば、大竹丸から石が飛んでいく姿すらも見えていない。最初は虚を突いて放つ指弾の類いかとも思ったがどうもそれも違うようだ。
(全く理屈は分からんが、ゴブリンアーチャーが出てこないのは事実だ。これは評価をすべきなのだろうが、どう評価をすれば良いのか悩むぞ)
柴田は心の中で頭を抱える。
そして、大竹丸は勿論、そんな柴田の様子に気付いていた。
(まぁ、霊感が強くないと見えんからのう。妾が何もやっていないように見えるのじゃろう)
ちなみにこの班員の中では、小鈴とあざみが『視える』人らしい。一瞬、後ろを振り向いた後、小鈴は『あぁ、あれね』といった顔で納得し、あざみは『私は何も見ていない!』とばかりに大竹丸の方をもう一度振り向く事はしなかった。
そんな大竹丸の背には、本人に似つかわしくない毛むくじゃらの巨大な鬼の腕が幽かな存在感のみを有して生えており、その腕が三明の剣のひとつである顕明連を握っている。
勿論、これらは霊的感覚が鋭くないと見えない代物で、ベリアルのように感覚を研ぎ澄ませない事には存在を知覚することさえ難しい存在だ。現に柴田は目を皿のようにしているが、その存在を知覚出来ないようである。
そして、大竹丸の謎の攻撃は彼女に生える第三の腕が持つ顕明連にこそ、その肝があった。顕明連とは空間を操る剣であり、その力は端的に言うならば瞬間移動である。
つまり、大竹丸はゴブリンアーチャーを視認するなり、その脳内に手の中の石を瞬間移動させ、その脳内をズタズタに引き裂いて即死させていたのである。勿論、死んだゴブリンアーチャーは光の粒子となってその場で昇天する為、柴田班の目の前に姿を現すこともない。
これは大竹丸の夜目の強さと、瞬間移動という反則的な技があるからこそ成立する狙撃方法であった。そして、当然のように柴田がいくら確認しようとしても確認出来ないのも致し方ない。
それはつまり……。
(結果は凄いが偶然の可能性もあるのか? とりあえず、五点の加点にしておこう……)
内容を正しく理解されない為、あまり評価も伸びないという事でもあった。
……哀れな大竹丸である。
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