第6話 鬼、巻きでいかんとす。
「タケちゃん、御機嫌だねぇ」
「そりゃまぁのう。美味かったからのう」
中身が空になったことで置いてあった空のペットボトルが光の粒子となって消える。
そんな不思議な光景を目の前にして、片頬にクリームを付けた大竹丸が満足そうに笑っていた。やがて、そんなクリームも光の粒子となって消えてしまう。
「不思議な現象だねぇ……。何処から来て何処にいくんだろう……」
「哲学じゃのう。まぁ、良いわ。妾は毒ペとケーキが食べられて満足じゃからな! 今はやる気がクライマックスモードじゃ! というわけで、腹ごなしがてら、このダンジョンを攻略してやるとしようかのう!」
「そうだね。DPショップも気にはなるけど、まずはそっちの問題をどうにかしないとだねー」
DPショップの謎も気にはなるが当面の目標はダンジョンの攻略である。
小鈴も大竹丸につられたわけではないが、考えを切り替えることにした。
それに小鈴がここで悩んだところでDPの仕組みなど分かるはずもない。
むしろ、それが分かる人間がこの世の何処かにいるかも怪しいぐらいだ。なので、小鈴は諦めるという懸命な判断を下す。
「さぁ、休憩は終わりじゃ! 小鈴よ、巻きで行くぞ!」
「あ、うん」
常夜灯の淡いオレンジ色の灯りの中、二人はゆっくりと立ち上がる。この後、本当に巻きで進むことになることを小鈴はまだ知らない。
★
第二関門、地獄の番犬ケルベロス戦!
「「「グァオウ! ギャオオウン!」」」
「息が臭いのじゃ! 顔を近付けるでないわ!」
「「「キャインキャイン!?」」」
大竹丸 ○ VS ✕ ケルベロス
小鈴
32秒 頭部強制伏せ→犬神家固め
★
第三関門、宵闇の覇者ヴァンパイアロード戦!
「命儚き者たちよ、この我に跪くが良いっ!」
「某パズルゲームで全然ドロップしなかった時の恨みじゃー!」
「ば、馬鹿なー! 我が滅びるだとー!?」
大竹丸 ○ VS ✕ ヴァンパイアロード
小鈴
27秒 相手の顔面に拳をシューッ! 超エキサイティン!
★
第四関門、星を担ぐ大巨人アトラス戦!
「でっかいねぇ、タケちゃん……」
「未だに球界の盟主とか名乗ってるんじゃないわーっ!」
「そ、その巨人じゃ……ああぁぁぁっ!?」
大竹丸 ○ VS ✕ アトラス
小鈴
1分1秒 開幕小早川三連発!
★
「ふぅ。巻き進行であっさりと撃退できたのう……」
「…………。ちょっと、どうして相手がやられちゃったのか良く分からない部分もあったけど、タケちゃんが意味分からないぐらい強いっていうのは良く分かったよ……」
やたら『意味が分からない』を強調する小鈴。彼女たちはモンスターを倒す度に出てくる豪華な装飾の扉を潜り抜け、今は第五の扉の前で作戦を練っていた。
今回の第五の扉は今までの扉と違って金色に輝いており、彫刻もあり得ない程に凝られている。どう見てもボス部屋である。
「なんじゃ。小鈴は妾の強さを信じておらんのか?」
「恐ろしく強いだろうという話は里の皆から聞いてたよー。でも……」
「でも?」
「私にパワスピで九十六連敗もしていたから、そんなに強くないんじゃないかなーって思ってたんだよねー」
「ぐはぁっ!? やめろー! 九十六とかいうパワーワードは妾に効くぅぅぅっ!」
大竹丸 ✕ VS ○ 小鈴
12秒 謎のパワーワード九十六。
尚、九十六敗ではなく、九十六連敗である。そこは間違えてはいけない。
「まぁ、それは置いておくとして、これって絶対にダンジョンのボス部屋だよねー」
「まぁ、四天王が四人であれば五つ目の扉じゃし、そうじゃろうのう」
「四人じゃない四天王とかいるの?」
「龍造寺四天王とか……」
「誰それ?」
「日本の教育よ! 女子高生に龍造寺四天王をちゃんと教えるのじゃ!」
大竹丸は文部省に向けてそう願ったが、現在は文部科学省なので、その願いは届かなかった。微妙に知識が古い大竹丸である。
「四天王が五人いようが六人いようがどうでも良いけど」
「小鈴がドライじゃ……」
「それよりもボスの対策をした方が良くないかなー?」
「対策ってどうするのじゃ?」
「ほら、DPショップで毒ガスを買って、扉をちょっとだけ開けて中に流し込むとか!」
「えげつなっ!」
「実際にやるわけじゃないよ? ただ流石に無策で挑むのは危険じゃないかなーってことが言いたかっただけで……」
そう口に出しながら、小鈴は直近三戦の内容を思い出す。そして熟考して思ったのだ。
「別に危険じゃないからいいか」
モーター付きかと思うほど小鈴の掌はぐるんぐるんである。回転扉だってそんなには回らないだろう。だが、小鈴はそんなことは気にしない少女だ。何故なら彼女は、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するという言葉が大好きだったからである。要するに、
だが、小鈴の意見も案外的外れというわけでもない。
大竹丸のここまでの戦績を見るとほぼ瞬殺で終わっており、唯一攻撃を受けた殺人道化師の自爆もほぼノーダメージ。見る者によっては無敵とも言える強さだ。そんな存在に強さすらも推し量れない素人が助言をするなど、烏滸がましいにも程があるだろう。
危険か、危険でないかは大竹丸が決めれば良い。そして、大竹丸は
(私がやるべきは、タケちゃんのやる気が出るようにコンディションを整えることだ!)
ふんすと鼻息も荒く決意する小鈴。とりあえず、声を出して大竹丸を鼓舞する。
「というわけで、タケちゃん! あんまり危険じゃなさそうなので先に進むことにしよう!」
「やる気満々じゃな、小鈴よ。良いことじゃ、まぁ、妾に危険なぞあり得んから心配するだけ無駄というものじゃがな」
★
――砂塵が舞う。
真っ赤な真っ赤な砂塵である。薔薇のような、赤ワインのような、はたまた血のように赤い砂はここが地球の環境とは全く違ったダンジョンの中だということを如実に伝えてくれていた。
周囲に植生もなく、建造物も無ければ、特徴的な地形もない。あるのは真っ赤な砂と真っ黒な空間と星々の輝きだけだ。
その光景を見て、大竹丸の頭にまず浮かんだのは火星にでも辿り着いたのかという荒唐無稽な考えであった。だが、その感想は小鈴も似たようなもので――。
「月にでも着いたみたい」
――等とのたまう。
確かにその光景は有名なアポロ十一号の月面着陸の場面に酷似していたことだろう。思わず呟きが漏れるのも分からないではない。砂の色が白だったら大竹丸だって月にでも辿り着いたのか、と感想を漏らしていたことだろう。
そしてそんな、どう見ても地球上ではなかろうという空間の中でポツンと立つ人影があった。どうやら、第五関門の敵のおでましのようである。
「侵入者か」
立っていたのは堂々たる体躯をした偉丈夫であった。まるで軍服のような厚手のコートを纏い、胸の中央で腕を組んで仁王立ちしている。
髪は白髪で緩くウェーブしたものが肩に掛かっており、肌は透き通るような水色だ。この時点で人間ではないと分かるのだが、何よりも目立つ特徴が彼にはあった。
それは額に生え、これ見よがしに天を
「悪魔?」
「侵入者と悠長に問答をする気は無いが、その不敬な判断だけは正しておいてやろう。我が名は魔神王ベリアル。八十の悪魔の軍団を統べる者なり――」
男の射抜くような眼光に小鈴は竦み上がったのであった。
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