第7話 鬼、魔神王と相対す。
「魔神王? 悪魔を統べるのであれば悪魔総帥とかの肩書きの方が良いのではないかのう?」
「無知というのは嘆かわしいな」
大竹丸がそう指摘してやると、ベリアルと名乗った男は組んでいた腕を解いて、だらりと両脇に下げる。構えないというよりは、自然体が彼の構えなのだろう。一気に感じる重圧が増した気がして、小鈴は息をするのも難しく感じた。自然、大竹丸が小鈴の前に立ち、その圧を受け止める。
「小鈴よ、妾の後ろに下がっておれ」
「けほっ、けほっ、ありがと、タケちゃん……」
大竹丸が前に出ることで小鈴に掛かっていた重圧が一気に減る。だが、それでも心臓が早鐘を打つかのように暴れているのは、それだけ目の前にいる男の威圧感が凄まじいということなのだろう。暑くもないのに汗をかきながら小鈴は怯えた瞳でベリアルを睨むことしか出来なかった。
「無知蒙昧な貴様らに教えておいてやろう。悪魔は七十二の上位魔神とその他に分けられる。我はその魔神らを率いる王の一人である。故に魔神王を名乗っている」
「自称とはのう」
「そう、自称だ」
ぶわり、と目に見えぬ空気が質量を持って動いた気がして、大竹丸は目を見張る。
この目の前の男はここまで戦ってきたモンスターとは格が違う。
背を
これは自称(笑)ではなかったかと大竹丸は自分の迂闊さに内心で
「無知であったとはいえ、我に直接拝謁出来たことは誉れぞ。その経験を土産話に彼岸へと渡るが良い。――では死ね」
次の瞬間、ベリアルの姿がかき消え、大竹丸の体がくの字になって宙を舞う。小鈴の目では全く捉えられなかった動きだが、ベリアルがボディーブローを放ったそのままの姿勢でいた為、何とか大竹丸がベリアルの一撃によって吹き飛んだのだと理解する。
ベリアルは拳を握ったままの姿勢で、どこか感心するように呟いていた。
「ふむ、硬いな。……計り損ねたか?」
「乙女の柔肌に腹パンとか! 青アザが残ったらどうする気じゃ!」
空中で猫のように体勢を立て直すと大竹丸は両足で着地。そのまま弾丸の如き勢いでベリアルに肉薄する。
「来てみろ」
「やらんでかぁ!」
待ち受けるようにしてベリアルが腕を上げる。ここに来て初めて構えらしい構えを見せたベリアルだが、それは大竹丸の攻撃を受ける為のものだったのだろう。上げられた
「ふむ、響くな。そして重い」
「乙女に重さを言うのはタブーじゃろ!」
大竹丸は脚を振り切り、ベリアルを吹き飛ばす。彼は防御を固めたその姿勢のまま砂の上を滑っていった。
そのまま地平の果てまで消え失せてしまえと大竹丸は思ったが、ベリアルの動きがゆっくりと止まる。
そして、彼はゆったりとした動作で構えを解いた。
「良かろう。合格だ」
「はぁ?」
「貴様は我の全力を受けるに値する」
「にゃにおー! 強がりを言いおって! 『ボクちんのおててが超痛いんですー勘弁してくだしあー!』 とか言ったらどうじゃ!」
「下らん。侮らず、軽んじず、余裕を見せず、全身全霊を以て討ち果たしてやろう」
ベリアルが厚手のコートを脱ぎ捨て、片腕を上空へと突き上げる。それと共に露になったのはまるで甲殻を思わせる藍色の筋肉に覆われた半裸の上半身と、
魔法陣からは地球上の生物とは思えない奇怪な生物群が次々と奇声を発しながら産み落とされていく。
いや、この場合は召喚されているというのが正しいのだろう。
まさに悪魔の軍団がダンジョンの中に集おうとしていた。
「あ、あぁ、そんな……」
それを見て、小鈴は腰が抜けたようにへたり込む。
無理もない。彼女は少し神通力が使えるだけの平凡な女子高生なのだ。こんな奇々怪々な現状を前にして不屈の闘志を燃やせるわけもない。
だが、そんな彼女の姿を見ることで闘志を漲らせる者もいる。
言わずもがな、大竹丸だ。
彼女は小鈴の様子を見た後で不機嫌さを隠しもせずに、片手ずつ二つの印を結ぶと、更に口の中で言葉にも成らぬ呪を唱え、それをたった一人で
透き通った声音は悪魔に侵食されつつあった空間を祓い、大竹丸を中心として後光の如き眩い光が次々と溢れていく。
光はやがて大竹丸と同じ姿となり「妾、参上!」「小鈴を脅えさせるとは許せぬのう!」「今度の奴は楽しめると良いのう!」「こやつらを倒したら飲み屋で妾会を開こうかのう!」「うむ、打ち上げじゃな!」などと
かくして現れたるは、悪魔の軍勢五十三万に対し、大竹丸が六千人。とくと見ずとも戦力差は圧倒的に見えるのだが、その状況に嗤うのはベリアルと六千人の大竹丸だけだ。悪魔たちはむしろ命令を待つかのようにじっとしている。
ベリアルが上げていた腕を下ろす。その瞬間、魔法陣が全て消えた。
「――
ベリアルの口が耳まで裂けて三日月型を模す。それを見て、大竹丸はせせら笑う。
「侮らずを謳っておきながら、いきなり侮るとは恐れいるのう! 先程から言いたかったんじゃがなぁ……見下すなよ、下郎! どちらが格上かということを教えてやるわッ!」
怒気を堪えるようにして握り締めた大竹丸の拳が軋みを上げる。
合図は無く、ただ二つの軍勢は箍が外れたかのように一斉にその場から走り出すのであった。
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