第130話 鬼、容疑者とならんとす。

『全世界で突如として始まったモンスターパニックは、桜島ダンジョンとの一件に非常に酷似しており、全世界からは桜島ダンジョンの攻略が不完全だったのではないかと問い質されています。ですが、日本政府は昨日の夜の会見で「桜島ダンジョンの復活、または存在は現時点では確認できない」との声明を出しており、世界中の混乱に拍車が掛かっている状態です』


 点けっ放しにしたテレビから聞こえてくる音声を聞きながら、小鈴はバイブレーションで震えた自身のスマートフォンの画面を覗き込む。


 街中でのゴブリンとの対決を制した次の日の朝――全世界は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。


 どうやらゴブリンが現れたのは、小鈴の街というだけでなく、世界中の至るところで出現していたらしい。


 それと共に、モンスターの脅威を伝える為に暴行を受ける被害者の映像が全世界へと流され、世界は一時的に恐慌状態へと陥ったのだ。


 日本政府も事態を重く受け止め、事態の確認が済むまでは家から出ないようにと日本国民に訴えかけると共に、多くの施設に対する活動の停止要請を行っていた。


「お母さーん、やっぱり学校休みだってー」


「やっぱりね~」


 そうした余波は小鈴の通う高校にも訪れ、どうやら暫くの間は学校は行政の要請に従って休校することに決まったらしい。


 連絡網で回ってきたメッセージをスマートフォンのアプリで確認した後に、確認した旨を返しながら、小鈴は通学用に整えていたセーラー服の裾を摘まむ。


「着替えちゃったけど、まぁいいか」


『――現在、世界中でモンスターの発見報告が続く中、自衛隊員のみならず、有志の探索者の方々がモンスターの除去に動いております。この状況がいつまで続くかは分かりませんが、国民の皆様は不要不急の外出を避け、モンスターに襲われないようになるべく室内に籠るようにして下さい』


「お母さん~、タケちゃんに新聞届けてくるね~」


「はいはい。あと、大竹丸様に今回の一件の見解を聞いてきてもらえるかしら? 場合によっては、私たちも動かないといけないでしょうしねぇ」


「お母さんがタケちゃんのお守り役をやってたのって何年前? もう動けないんじゃないの~?」


「うふふ、小鈴はまだまだねぇ。神通力は歳をとって多くの経験を得た後の方が、想像力がしっかりして強くなるのよ。体を動かす方は無理かもしれないけど、餓鬼くらいだったら神通力でイチコロよ」


 ほえ~と、感心したような声を漏らす小鈴。


 小鈴の母である田村静たむらしずかは、小鈴の先代となる大竹丸のお守り役である。

 当然のように小鈴と同じように神通力を大竹丸から習っており、その腕は未だに錆び付いていないようだ。


 そんな母に頼もしさを覚えると共に、小鈴は昨日の新聞を持って玄関口へと向かう。


「まぁ、お母さんだったらゴブリンくらいならイチコロだろうけど無理はしないでね?」


「そういう小鈴こそ気を付けなさいよ?」


「武器も持ったし大丈夫! この状態だったら、そう簡単には負けないよ!」


 腰にベルトを巻き、そこに愛用の黒い片手鎌を二本挿す。


 探索者の時は更に巨大な背嚢を背負う小鈴だが、今回は大竹丸の所に尋ねるだけということもあり、そのままの軽装で向かうようだ。

 片手に握った丸めた新聞紙を軽く振り、「それじゃあ、いってきまーす」と声を掛けて玄関を出ていく。


 そんな娘の姿を玄関まで出てきて見送りながら、静は少しだけ困ったようにして嘆息を吐き出していた。


「いつの間にか好戦的になっちゃって……。一体誰に似たのかしら?」


 小鈴の父の宏がいたのであれば、「君だ」とすかさずツッコんだところではあった。


 ★


「えぇ!? タケちゃんいないの!?」


「うん、タケ姐さんだったら、今朝方、何処かに出かけていったね。こう、転移でぴゅーっと。何処に行くとも告げてなかったけど、まだ帰ってきてないね」


 小鈴が大竹丸の住む武家屋敷に辿り着いたのは、家の玄関を飛び出てから十五分後のことだ。

 相変わらず、勝手知ったる我が家とばかりに玄関扉をがらりと開けて大竹丸がいつも陣取っている座敷牢の方に向かったのだが、もぬけの殻であった。

 ならば、縁側と連なっている居間にいるかと思って覗いてみたら、そこには顔を顰めながら毒ぺを飲むノワールの姿だけがあったのである。


 なので、大竹丸が何処にいるか知らないかと尋ねたところ、返ってきたのは先の返答だ。


 どうも、誰にも何も告げずに転移で出かけてしまったらしい。


「そっかぁ」


「まぁ、でも、どこに行ったのかの予測ならつくけどね」


「え? 何処?」


「タケ姐さんが姿を消す前に衛星電話が掛かってきてたんだよ。だから、多分、日本のお偉いさんの所じゃないかな? 長距離転移を多用するようになって、タケ姐さんのフットワークが随分と軽くなったしね。まぁ、何の用で呼び出されたのかまでは知らないけど」


「それは多分、街中にモンスターが現れるようになったことについてだと思うよ?」


「えぇ? 何それ? どういうことなの?」


 携帯の電波すら入らない大竹丸の住居では、リアルタイムの情報を得ることがとても難しい。

 その為、当然のようにノワールも最新情報については知らなかったようで、小鈴は昨日の夜から全世界で起こっているモンスターの出現騒動についての情報を告げる。


 とはいえ、小鈴も当事者ながらその全貌を良くは理解していないのが現状だ。ニュースで言っていたことを当たり障りのない範囲で説明することしか、小鈴にはできなかった。


「ふぅん。全世界でモンスターが出現ねぇ」


「モンスターが現れたってことだから、ダンジョン関連の事項だと思うんだよねぇ。でも、桜島ダンジョンは潰れちゃったはずだし、他のダンジョンでも桜島ダンジョンのような怪しい動きはしてないはずなんだよねぇ。それなのに、何故かモンスターがこうやって普通に地上に現れるようになっちゃった。その理由が分からなくて色んな人が今混乱しているんだと思う」


「なるほど。それで日本政府もタケ姐さんを慌てて招集したわけか。けど、それだったらタケ姐さんでも原因は分からないんじゃないかな?」


 突如の出来事に、ワケも分からぬままの呼び出し。


 例え、それが古より生きる鬼の知恵を持つ者であろうとも、何が起こっているのかは理解出来ないはずだ。


 せめて、お守り役として自分も連れていってくれればいいのに、と小鈴は内心でボヤくが、連れていってもらったところで何が出来るわけでもないだろう。言ってしまえば、ただの愚痴である。


「とりあえず、昨日の新聞を置いてくね。タケちゃんが帰ってきたら私が会いに来たって言っておいて」


「あいよ」


 軽く片手を上げて返事を返すノワールを後目しりめに、小鈴は多少肩透かしを食った気分のまま下山するのであった。


 ★


 山を下りて自宅に戻った小鈴は、昼食後に母親が買い出しをするというのに付き合って、近くの大型スーパーに買い物に行って時間を過ごした。


 モンスターが外をうろつく世の中になったというのに、人通りは完全に途絶えることはなく、むしろ今がまとめ買いの天王山だと言わんばかりに、多くの荷物を買い漁っている人たちが多い。


 何かしらの緊急事態が起きると大量に買い込む人間が一定数以上出るのは、この国のお国柄なのかもしれないと小鈴は何となく冷めた目で人々の様子を観察する。


 一見すると危険地帯に無防備に突き進んでいる人々ではあるが、彼らも一応の自衛手段は用意しているらしく、そこかしこで物騒な武器を装備している姿を見掛ける。金属バットや包丁、角材のようなものを片手に持っている人間がちらほらといるのだ。


(これだけの人数がそれなりの装備をしてれば、ゴブリンくらいなら相手にならないかも……)


 小鈴はそんなことを考えるが、物騒な装備を持ちながらスーパーで買い物をしている姿が多いのはなかなかに世紀末感が漂う。店員はそのことを注意はしているのだが、いきなりスーパーにゴブリンが現れるとも限らないと反論されてしまえば、口をつぐむしかないのか、なし崩し的に武器の持ち込みが許可されているようだ。


(うん、まぁ、次は持ってこないようにしようかな……)


 そして、小鈴自身も武器を携帯していただけに、微妙な気持ちになってしまうのであった。


 ★


 そんな微妙な買い物時間を済ませた後は家に帰って夕飯の準備だ。


 行きも帰りも不意のモンスターに出会うこともなかった小鈴たちだが、カーナビのテレビから流れてくる夕方の県内のニュースでは、またもゴブリンが出現し、武装した一般市民に倒されたらしい。


 今はまだゴブリンだけなので大した被害が出ていないが、これが徐々に討伐困難なモンスターになっていけばどうなるか。


 それを想像すると背筋がひやりとする。


 そんな事を考えながらも、小鈴は母親を手伝って野菜の皮むきを行っていた。


「本当、小鈴は包丁使うの上手くなったわねぇ」


「目が良くなったのと、手先が器用になったのかも」


 どちらも強敵を想定しての特訓で培われたものだ。それが戦闘ではなくて、料理に活かされるとは思いもしていなかったところではある。


「お父さんは今日は仕事だよね? 大丈夫かなぁ?」


「まぁ、あの人も昔はラガーマンだったし、モンスターに襲われても何とか逃げてくるでしょ」


「そうだったんだ」


「快速ウイングで有名だったのよ~。まぁ、神通力使った私の方が足は早かったけど」


「お母さん、やる~」


 母娘の癒される会話が続く。


 やがて、手伝うことのなくなった小鈴は「後は私がやっておくから」と静に追い出されるようにして居間へと向かう。


 そこで何気なくテレビを点け、毎週のお楽しみであるバラエティー番組を見ようとして動きを止めていた。


『――速報です! 今、入った情報によりますと、今回の全世界モンスター発生事件の犯人は日本政府公認探索者第一席である大竹丸容疑者の仕業であるという発表が政府より行われました! また、この度の事件の責任を取って、現内閣総理大臣である伊勢新一郎氏が退任するとの発表もあり、現場は混乱をきたしています! あ、今、新たな情報が出たようです! 現場に繋いでみましょう。――田丸さん?』


『はい、田丸です。つい先程、政府からは全世界モンスター発生事件の犯人が大竹丸容疑者であるという発表がなされました。その続報です。どうやら大竹丸容疑者は桜島ダンジョン攻略の際に、全世界にモンスターを発生させる為のスキルを修得していたらしく、それを使って全世界に混乱を巻き起こしたという政府からの正式な発表がありました。また、この混乱を収めるためにスキルの使用者にスキルを止めてもらう必要があるのですが、大竹丸容疑者はスキルの解除を拒否しており、この場合、やむを得ない決断を政府が下す可能性もあるとのことです』


『やむを得ない決断ですか?』


『はい、スキルを解除するにはスキルを実行した者の命を奪うというのがセオリーのようでして、政府関係者からは事態の緊急性を鑑みて裁判を行わずに大竹丸容疑者の死刑執行が執り行われるのではないかとの意見があります』


「何、言っちゃってるの、この人たち!? 無茶苦茶だよ!?」


 小鈴は目が回りそうになりながらも、何とかそう叫ぶだけで精一杯であった。


 大竹丸が桜島ダンジョン攻略の際に、全世界にモンスターを呼び出すようなスキルを修得した?


 あの時にそんな時間が無かったのは、あの場にいた人間なら誰もが分かっている事実だ。

 それなのに、全世界でモンスターが出現している原因を大竹丸一人に背負わせようとしている気持ちの悪さに、小鈴は喉元に酸っぱいものがこみ上げてくる感覚を覚えていた。

 

(一時的に事態の収拾をつける為に、生贄の羊スケープゴートにタケちゃんが選ばれたってこと? そんなことしても何も変わらないのに? 何でそんなことするの?)


 突如の事態に頭が混乱して考えがまとまらない。


 小鈴が吐きそうになっている間にも、テレビの中で中継先のニュースキャスターが続ける。


『また、政府は大竹丸容疑者の共犯者として、次に読み上げる人々を全国的に指名手配することを発表しました。読み上げます。……天草優容疑者、如月景容疑者、島津弘久容疑者、橘茂風容疑者、橘光千代容疑者、長尾絶容疑者、辺泥クルル容疑者、辺泥アミ容疑者。彼、彼女らはいずれも公認探索者として任命されていた人物であり、迂闊に近付くことは危険です。彼らを見掛けた場合は最寄りの交番か、警察に一報をお願いします』


「なにそれ……。そんなことをしたら……」


 一体、誰が日本という国をダンジョンから守るというのか?


 いや、そもそも――、


「こんな事態になってタケちゃんが暴れていないわけがない……。まさか、タケちゃんに何かあったの……?」


 小鈴はギリッと唇を噛み締め、大竹丸の身を案じるのであった。

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