第131話 鬼、策謀に巻き込まれんとす。

 それは、大竹丸逮捕の報道が出るより一日前のこと。

 小鈴がゴブリンと相対した日の午後のことである。


 その日の大竹丸は武家屋敷で寝転びながら読書に勤しんでいた。

 読んでいるのは小鈴が持ってきた現代ファンタジーものと呼ばれるライトノベルであり、ダンジョン攻略の参考になるかもしれないと小鈴から渡されたものだったのだが。


「妾たちが挑んでいるダンジョンとは全然別の仕様じゃのう。全く参考にならんではないか」


 レベルを上げたり、スキルを覚えたり、やたら有用な人物が仲間になったりして、時にはキャッキャウフフしたりする。


 正直、個人の能力でひたすら万事を力業で解決してきた大竹丸としては、頭の上に疑問符が浮かぶような内容であった。簡単に言うと、感想の通り全く参考にならないといったところだろう。


「というか、アイテムボックスとか鑑定とかいうスキルは定番なんじゃろうか? 神通力を使えば、この辺のスキルなんぞ簡単に作れそうじゃが。ふむ……」


 神通力は神にも通じる力である。

 その力は利用者の望みを何でも形にするほどの超常的な能力を誇る。それこそ、無から有を作り出すぐらいのことはできるほどだ。

 そんな力を使って、空想上のスキルを作り出そうかと大竹丸がのんびりと考えていると居間の方で電話が鳴る音がした。


 大竹丸は引き籠っていた座敷牢の扉を開けて、ゆったりとした足取りで居間へと向かう。

 そこでは鳴る電話を前にして、取ろうか取るまいかと悩んでいるノワールの姿があった。


「あ、タケ姐さん」


「なんじゃ、ノワールもおったのか。じゃったら、電話を取らぬか」


「いや、この電話に掛けてくるのって政府のお偉いさんでしょ? 怖過ぎて取れないって!」


「別にお主を取って食うようなモンスターではないんじゃがのう……」


「いや、モンスターの方がボクの言う事を聞いて従順だよ」


「見解の相違かのう」


 そう返しながら大竹丸は衛星電話を取る。

 待たせてしまったせいか、電話先の声は随分と急いている様子ではあった。少しだけ早口な口調で声が聞こえてくる。


「大鬼様かい? 悪いがちと大変なことになった。すまねぇが、早急にこっちに来れるかい?」


 挨拶もそこそこにそう切り出してきたのは内閣総理大臣である伊勢新一郎だ。

 いつもなら大胆不敵に構えている伊勢の声に余裕がないことを見抜き、大竹丸は微かに眉を動かす。


「まぁ、行けるには行けるがのう。最近は長距離転移も覚えたから東京も一瞬で行けるぞ。しかし、何か大事があったのかのう。急いているようじゃが?」


「長距離転移? またとんでもねぇことを簡単に言いやがるな大鬼様は……。いや、まぁ、とにかく日本中どころか、世界規模でヤバイ事が起きてるんだよ。それの確認でちょっとな……」


「ふむ? まぁ、えぇじゃろ」


 伊勢の言葉の内容は理解できなかったが、行ってみれば分かることだろうと大竹丸は無理矢理納得する。元々、大竹丸は酷く楽観的な性格をしているのだ。

 だから、伊勢の頼みにも軽々と了承の意を伝える。


「しかし、妾は一度行った場所にしか転移できぬからのう。国会議事堂前とかを指定されても困るぞ?」


「それだと、議員会館前とかには呼び出せねえのかい? ……よし、分かった。三時間後に赤坂のホテル――前に公認探索者たちの顔合わせ会を行った場所に来てくれねぇか? 関係各所に話は通しておくからよ」


「ふむ、それなら良いじゃろう。三時間後じゃな」


「おう、頼むぜ」


「わかった。任せよ」


 そう言って、大竹丸は衛星電話を切る。

 その様子を近くで見ていたらしいノワールが、片手に毒ペのペットボトルを持ちながら尋ねてくる。


「何? どっか行くの?」


「まぁ、ちょっと野暮用じゃな」


 この時点では大竹丸も内容を良く把握していなかったため、そう言うだけに留めていた。

 ノワールも大竹丸の唐突な行動はいつもの事だと思っているのか、特に気にした様子もなく、「そう」とだけ答えて、改めて衛星電話を眺める。


「それにしても、今時、衛星電話って……。普通に山の中に基地局でも立ててもらって、携帯を使えるようにしてもらえば良いんじゃないの?」


「まぁ、妾としては現状そんなに不便しているわけではないからのう。それに、携帯会社も儲けリターンが少なければ基地局なんぞを建てんじゃろう」


「そんなものかなぁ」


 ノワールと他愛のない会話を交わす大竹丸。


 そして、適当に暇潰しをしながら、三時間後には大竹丸は伊勢との約束通りに赤坂にある高級ホテルのロビーの一角に転移したのであった。


 ★


 転移した直後、話は聞いていたのか、びしっとしたスーツに身を包んだホテルマンに案内されて、大竹丸はひとつの部屋に通される。


 そこは大宴会場ともいうべき大きな部屋で、大人数が集まっても全く問題がなく会議が出来るようなスペースであった。

 いや、だからこそか。

 それなりの人数が集まり、大竹丸を待たずして、既に舌戦が繰り広げられていたのである。


「総理! この情報が本当ならば問題ですぞ!」


「内閣不信任どころの話ではない! これは国民に対する裏切り行為だ!」


「むしろ、問題はこれをどこの誰が送り付けてきたかということじゃないか?」


「……まぁ、待ちな。御本人殿の到着だ。まずは話を聞いてみようじゃねぇか」


 そう言って会議の場を収めたのは伊勢新一郎だ。


 大竹丸は係の者に案内されるがままに、椅子のひとつに座らさせる。

 周囲を確認すると、誰も彼もが一癖も二癖もありそうな古狸たちが集っている印象がある。

 大竹丸は知る由もないが、此処に集っているのは、誰も彼もが日本の政治に高い影響力を持つ政治家たちである。普段であれば、一分一秒を惜しんで行動している彼らがこの場に集合している理由は、未確定の情報ながら国の存続……その果ての人類の存続を懸けた緊急事態が起きつつあるからに相違ない。


 そんな彼らを代表して伊勢が声を掛ける。 


「良く来てくれたな。大鬼様」


「ふむ。言われたから来たのじゃが、何やら紛糾しておる様子じゃのう。言っとくが、妾は政治や経済にはそれほど興味が無い。意見を求められても困るぞ」


 伊勢の挨拶に大竹丸が鷹揚に返すが、会議の場に集まって面々は何を悠長なとばかりに渋面を作り出していた。それだけ、大竹丸の返答が見当違いであったということだろう。

 伊勢は「ククク」と笑いながら続ける。


「政治の話じゃねぇから、安心してくれや。……亀ちゃんよ、例の資料を大鬼様に配ってくれや」


「はい」


 伊勢の懐刀とも言われている亀井大臣が大竹丸に紙の資料を手渡す。


 それを受け取った大竹丸が、その内容に目を通すのと同時に伊勢は説明を始めていた。


「資料を読みながら聞いてくれ。つい先程、アメリカの一部都市の路上でゴブリンが出現したという報道があった。そいつを皮切りに、日本の国内でもゴブリンを街中で見かけたという通報が二件入ってやがる」


「ほう。桜島ダンジョンの時と同じような現象かのう? しかし、海外にも波及するとはおかしな話じゃ」


 桜島ダンジョンの時は、火山灰の届く距離が徐々に伸びていき、その距離の範囲がダンジョン化していったという現象だ。それが、今回は海をも越えて地上がダンジョン化している兆候が出始めているというのだ。


 一体何が起こっているのかと報告を受けた政府関係者は首を傾げたことだろう。

 そんな時期に一通の手紙が届いた。

 差出人は不明。

 ただし、郵便局の消印は大阪のものとなっていたようだ。

 そんな手紙の中身のコピーが資料の半ばに綴じられている。

 大竹丸はその内容を口に出して読んでみる。


「拝啓、内閣総理大臣殿。この手紙が届く頃には、貴方たちも世界を震撼させている事実を掴んでいることでしょう。この事実を知っていると仮定して手紙を送ります。私は預言者にして全てを知る者と言いましょうか。此度のモンスターのダンジョン外の出現の原因を知り、またダンジョン出現の原因を知っております。そんな私がダンジョン外にモンスターが出現し続ける原因を特別に貴方にお教えしましょう。それは公認探索者第一席の大竹丸と呼ばれている存在が原因です――……なんじゃこれは?」


 根も葉もない事実に思わず声を漏らした大竹丸であったが構わず続きに目を通す。

 手紙の続きはこうだ。


 ――大竹丸と呼ばれる者は探索者として政府に認められたようですが、その正体は鬼です。の者は政府に上手く取り入って、その地位を盤石なものに固めつつも国家の転覆を狙っております。特に、先の桜島ダンジョンにて外法を覚えたのか、ダンジョン外にモンスターを生み出すスキルを会得し、それを使って全世界を自分の支配下におこうと企んでいるようです。このままでは世界は大竹丸によって支配されてしまうでしょう。世界からモンスターの脅威を取り除くためには、大竹丸を物理的に殺すしかありません。大竹丸を捕まえ、彼の者を処刑するように進言致します。


「……なんじゃ、この幼稚なふみは?」


 全てを読み終わった後で大竹丸が漏らした感想がそれである。


 日本政府に送り付けたとしても、まともに取り合ってもらえるような内容ではない。誰もがそう思うだろうと大竹丸は思うのだが――、


「オイラも大した内容じゃねぇと一蹴したんだがなぁ。亀ちゃんが言うには、消印がモンスターがダンジョン外に出てきたって情報が出る前なんだそうだ。だから、この内容について一考の余地はあるんじゃねぇかって話が出ちまってよぉ」


「手紙に書いてあったことが実際に起こっているんです。なので、事実確認をするのが筋でしょう」


「ふむ。理はあるか」


 亀井大臣の言葉に大竹丸は頷くが、手紙に書いてあるのは世迷言に過ぎない。

 ひと欠片だって事実に掠っている部分がないのだが、さてどのようにして説明したものかと大竹丸が腕を組んでふんぞり返っていると、今まで口を噤んでいた体の大きな男が突如として口を開いていた。


 政治家という雰囲気ではない。


 何より男の肉体は年老いて尚も筋骨隆々とした様子がスーツの上からでも分かるほどに鍛え上げられてたからだ。

 まるで戦国武将のようだと大竹丸は思う。


「ちなみに、貴女はその手紙に書いてあったことは本当にできないのですか? ダンジョン外にモンスターを出現させたりだとかは?」


「ふむ」


 大竹丸はよくよく考えてみる。

 そして、出した結論は――、


「できなくはないのう」


 ――そういうことになった。


 大竹丸のあまりと言えばあまりの発言に、ざわりと周囲の空気が揺らぐ。


 大竹丸の使う神通力は万能な能力だ。

 無から有を生み出し、大竹丸のイメージを忠実に現実に反映させることが出来る。

 だから、大竹丸がやる気を出しさえすれば、世界中にモンスターを出現させることも不可能ではない。世界中に散っているであろう大竹丸の分身たちが、大竹丸の指示を受けて神通力でゴブリンのようなモンスターを作り出せば、それで現在の状況の再現は可能なのだ。

 だが、それをやる利点メリットが大竹丸にはない。

 それを言葉で告げるよりも早く、男は片手で顔を覆う。


「……やはりか」


 そして、男が片手を上げるなり、宴会場の扉が開け放たれて次々と武装した自衛隊員たちが乗り込んでくる。


 その様子に何も知らなかったらしい政治家たちは色めき立つが、それも厳つい男たちに武器を突き付けられて囲まれてしまえば強く言うこともできない。


 いや、この状況に至ってなお、余裕を崩さずにいる者もいるか。


 その一人である伊勢新一郎は、鋭い視線を自衛隊員を招き入れた男に向けていた。


「風間統合幕僚長。これは一体何の真似だい」


 統合幕僚長――。


 どうやら自衛隊のトップに君臨する男までもが、この会議に呼ばれていたらしい。

 事は国防に関する最重要事項だ。

 だから統合幕僚長が呼ばれたことは当然の流れなのだろうが、会議室に自衛隊員が乗り込んでくるとは聞いていなかったのか、伊勢は不快感を露にする。


 だが、風間は引くこともなく胸を張って答える。


「伊勢内閣総理大臣。この者は自らモンスターを作り出せることを白状致しました。そして、過去の記録を遡ってみても、ほぼダンジョンの発生時期と一緒にS級ダンジョンの攻略を行っています。そんなことは、事前にダンジョンに対しての知識が無ければ不可能です。……実に怪しい」


「怪しいっていうんなら、オイラはこの手紙をくれた相手の方が怪しいと思うんだがねぇ? あることないこと書いて、大鬼様を貶めようとする魂胆が丸見えだろ? とっちめるなら、コイツが先じゃねぇのかね?」


 伊勢の言葉にその場で頷く者が何人もいる。

 それだけ、この手紙の信憑性がないということなのだろう。


 だが、風間は狼狽えない。


「どちらにせよ、この者がモンスターをダンジョンの外に呼び出している可能性がある以上、放ってはおけませんよ。彼女の身柄は自衛隊で拘束させて頂きます」


「拘束ったって……大鬼様は拘束できるような相手じゃねぇだろうがよ」


 伊勢の言葉は普段であれば、その通りなのだが大竹丸は何故か若干顔を顰めてみせていた。

 その様子に伊勢が気付く。


「ん? 大鬼様……?」


「ふむ。何故か上手く神通力が発動せん。この状態じゃと妾はただの小娘に過ぎぬな」


「はぁ?」


 大竹丸が神通力を使って小通連を呼び出そうとしたのだが上手くいかない。

 どうも大竹丸のイメージを神通力という力が形にする前に、何らかの力が作用して上手く神通力が使えないようだ。

 つい先程には長距離転移を苦もなく使えたことから、この短時間で大竹丸の神通力を封じる何かをされたようなのだが、その何かが何なのかまでは大竹丸には分からなかった。大竹丸の頬を一筋の汗が伝う。


「おい、彼女を連れていけ」


「待て! 内閣総理大臣の権限でそれはさせねぇ! 防衛のトップが誰だと思ってやがんだ!」


「なら、貴方にも降りてもらうしかない」


「なんだと!?」


 風間の言葉に従うように自衛隊員が銃を構えて伊勢を取り囲む。

 その様子に、他の議員たちも黙り込むしかなかった。


 明日は我が身というよりも、現状の理解と整理で手一杯なのだろう。

 そして、この場で下手に動くことは伊勢の二の舞になることが分かっている。

 だから、彼らは黙って見守るしかなかった。

 これが如何に理不尽な動きであるかを理解しているとしてもだ。


「軍国主義の時代に逆戻りするつもりか、風間……ッ!」


 両側より腕を取られ、立たされる伊勢と大竹丸。

 そんな状態の中で伊勢は射殺すような目で風間を睨み付ける。


 だが、風間は痛痒も感じなかったのか表情ひとつ変えずにぽつりと零す。


「いえ、世界を我々が救うのです」


 その言葉にはどこか虚しさが滲んでいると大竹丸は感じたのであった。

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