第132話 鬼、事態を考察す。
大竹丸と伊勢新一郎が赤坂のホテルより連行されて丸一日が経った。
その間、大竹丸と伊勢はどこぞとも知れぬ古い雑居ビルの一室に囚われていた。
風間の命令の下、目隠しをされて自衛隊員に引き摺られるようにして連れてこられた大竹丸たちにとっては知る由もない場所であり、尚且つ、此処が何処であるのかのヒントすらも無い状態であったのだから、現在位置を特定出来なくても仕方ない。
打ちっぱなしのコンクリートで四方を囲まれた部屋には窓が無く、パイプ椅子と折り畳み式のテーブルが用意されているだけで、大竹丸たちは外界の情報を知る術が全くといってないといった状態だ。
そして、ダメ押しとばかりに部屋の入り口には屈強な自衛隊員が控え、大竹丸たちが不審な動きをしないように監視の目を光らせている。
流石にこの状況では大人しく囚われているしかないのか、大竹丸も伊勢も大人しいものであった。
「昼飯を買ってくるが、何か食べたい物はあるか?」
入り口に詰めていた自衛隊員がぶっきらぼうな口調でそう尋ねる。
恐らくは、必要以上に大竹丸と関わり合いになるなと言い含められているのだろう。
大竹丸の美貌には魔性が宿る。
下手に気を許せば、たちまちの内に篭絡されるであろうことは、陽の目を見るより明らかであったので、自衛隊員たちは注意喚起をされているようだ。迂闊に精神的な距離を詰めようとはしない。
「鰻重が食いたいのう」
「オイラはすき焼きだな」
「…………。コンビニで買えるような物にしてくれないか?」
遠慮会釈のない注文に頭を抱える自衛隊員だが、やがて努力はしてみると言い残して扉を開けて出ていってしまう。
そして、そんな自衛隊員と入れ替わりに、またも屈強な体躯をした自衛隊員が現れ、扉の前に陣取る。
彼は真面目な顔で、どんな小さな変化も見逃さんとばかりに大竹丸と伊勢を睨み付けてくる。狭い空間の中で圧迫感を覚えるほどの重い空気が立ち込め、伊勢は思わず嘆息を吐き出していた。
「内閣総理大臣が一日以上も拉致監禁されるって、こりゃ立派なテロじゃねぇか?」
「まぁ、傍目に見ればテロじゃろ。じゃが、アヤツには何やらアヤツなりの正義がありそうじゃったぞ? そして、それに納得した者がアヤツに従っておるのじゃろう」
「……おい。静かにしろ」
大竹丸が言うアヤツというのは、風間統合幕僚長のことであろう。彼は大竹丸たちを捕らえる際に『世界を救う』という言葉を使っていた。
そして、行ったのはテロ紛いの行為。
方法としては誉められたものではないが、凶行を行う程には覚悟を決めていたと感じられる。これは、並大抵のことではないと大竹丸も感じる部分があったのだろうと思われる。
見張りの自衛隊員が二人が会話することを止めようとするが、二人はそんな言葉で会話を止めるほど優しい性格をしてはいなかった。
「そもそも、全てが先手先手で動かれておるようじゃ。幼稚な脅迫文もそうじゃが、妾の神通力を封じたのも敵の手練手管の内じゃろうな。じゃから、アヤツの元にアヤツを無理矢理動かすような何かが起こっていたとしても妾は驚かんよ」
「……というか、本来、風間統合幕僚長はあの会議に呼ぶつもりは無かったんだよ。けど、何故かあの場に居やがった。そして、今回のテロ騒ぎと来てやがる……。この調子だと大臣連中の中にも敵と通じている者がいるのかもしれねぇな。そうなると、この空白の一日ってのはちとマズイかもしれねぇ」
「――おい、静かにしろと言ったはずだ!」
「喧しい! 黙らぬか!」
「は、はぁ……?」
逆に大竹丸に一喝されて、自衛隊員の男は目を白黒とさせる。
流石に大竹丸に怒鳴られるとは思っていなかったのか、動揺した表情を見せまいと一瞬で鉄面皮を作り上げるが、その心中では「いや、俺は悪く無いよな?」という思いが渦巻いていたりする。この辺は肝の太さの違いといったところだろうか。
大竹丸は、ふぅむと唸りながら続ける。
「問題は妾の神通力を封じたカラクリが分からぬことじゃ」
「そこが肝要なのかい、大鬼様?」
「当然じゃ。恐らく、妾の神通力を封じた力と世界中にモンスターが現れた現象は、タイミングからして両方とも敵の策と考えるのが妥当じゃろ。妾の神通力が封じられたカラクリが解ければ、自然と全世界にモンスターが現れた事象のカラクリも知ることができるかもしれぬ」
大竹丸は自身の神通力が封じられた現象が敵の策であるということを疑って掛かっていた。そうでもなければ、モンスターが世界中で現れたこのタイミングで、大竹丸の神通力だけが封じられるというおかしな事態も起こってないだろうと考えたからだ。状況証拠だけではあるが、すこぶる怪しい。
「しかし、分からぬ。妾の神通力を封じられるとすれば、同じく神通力による干渉でしか有り得ぬ。しかし、神通力でいつ攻撃されたかのタイミングがまるで察知できなんだ」
「タイミング的に、もしかして大臣の中に神通力を封じることができる力を持った奴が紛れ込んでいたりするのかい?」
伊勢の言葉に大竹丸は、はっきりと首を横に振る。
「いや、それはないのう。怪しげな動きをしたり、力の流れがあれば察知ぐらいはできる。じゃが、妾は神通力を実際に使うまでは封じられたことにすら気付いておらなんだ。こんな事は初めてじゃ……」
「大鬼様ですら欺く凄腕の神通力使い……。そんな奴がいるんだとすれば……」
伊勢の脳裏に浮かんだのは、風間の顔だ。
それだけの力を持っていれば、色々と先頭に立って人を動かしたりすることもできそうだし、脅したり、洗脳したり……そういった事に神通力が使えるのなら……風間の強気な態度も理解できたからである。
「どうじゃろうのう? アヤツが使っておれば、少なくとも妾は気付けたと思うんじゃが? その気配は全く無かったと記憶しておる」
伊勢の顔色を読んだのか、大竹丸は平然とした態度でそう告げる。
だとしたら、大竹丸の神通力を封じたのは一体誰が行ったのか。伊勢は頭を抱える。
「じゃあ、他の誰かなのか……?」
「さてのう?」
大竹丸は惚けながらも、自分の記憶を思い起こしていた。だが、大竹丸の記憶には引っ掛かるような人物の姿はない。やはり、気付かない内に封じられていた、としか言い表しようがない。
(ふむ、もしかしたらじゃが――)
大竹丸がその想像をより深く掘り進めようとするよりも早く、伊勢がぎしりとパイプ椅子を軋ませながら腕を組む。
「……しかし、大鬼様の神通力を封じちまうような奴なら、全世界をダンジョンみたいに変えちまうってことも楽勝なのかねぇ?」
「妾に気付かれずに神通力を封じ、尚且つ世界中をダンジョン化できるのだとしたら、それは神以外の何者でもないぞ?」
「……へ? そんなに難しいのかい、全世界のダンジョン化っていうのは? 大鬼様が普段通りに神通力を使えたとしても全世界をダンジョン化するってぇのは無理なのかい?」
「不可能じゃな。そんな大規模かつ広範囲に神通力を使用したら、妾の頭がパンクするからのう」
神通力とは自分の肉体を神の肉体に近い体へ造り替えることで、神の理を利用して力を行使することを言う。
言うなれば、神の生体認証を誤魔化して神の力を代理行使することに他ならない。
だが、神の力とは無形のものであり、利用するにあたってはしっかりとした
故に、世界規模で神通力を行使しようと考えた場合、世界のあらゆる部分において仔細な想像力が必要であり、現実的に不可能な事なのである。
だが、あるいはという可能性を考慮して大竹丸は続ける。
「それでも、世界をダンジョン化する程の神通力を行使するというのであれば、妾クラスの神通力の使い手が万単位は必要じゃろうな。神通力がオカルトと混同されるような世になって久しい故、それはほぼ不可能じゃろうが……」
それだけ本物の神通力の使い手が減ったということなのだろう。
いや、科学の進歩が神秘の領分を侵したとも言えるのか。
何にせよ、世界には大竹丸ほどの神通力の使い手は数えるほどしかいない――……大竹丸はそう考えるのである。
「大鬼様は分身が使えるんだろう? それでもダメなのかい?」
「妾にも良く分からんのじゃが、妾の分身は分身を重ねるごとに劣化するからのう。恐らくは、妾が妾自身を客観的に見て想像できない故の欠陥じゃろう。劣化した妾が集まったところで、世界規模で影響を与えるには到底足りぬであろうな」
そもそも、大竹丸の分身たちは既に大竹丸のもとにはいない。
大竹丸の指示で全世界に進出しており、本体の為になると思われる経験を日々積み上げているのだ。
それらは小島沙耶に代表されるように、既に別人格として行動しており、大竹丸が呼び集めようとしても自分の都合を優先するために集まることさえないだろう。そんな状態では大規模の神通力の行使など、夢のまた夢である。
「それじゃあ、益々分かんねぇな。仮想敵さんはどうやって全世界にモンスターを出現させていやがるんだ?」
「恐らく、ダンジョンを利用しておるんじゃないかのう? 桜島ダンジョンの火山灰はその飛来範囲もダンジョン化しておったし、あぁいったダンジョンの機能を利用しておるのではないか? 具体的にと言われると妾にも分からぬが……」
そもそも神通力だけで全世界に影響を及ぼすのであれば、ダンジョン産のモンスターに拘る必要はない。
それが、ダンジョン産のモンスターが地上に出てきているということは、十中八九ダンジョンが関わってきているに違いないと大竹丸は踏んでいる。
そして、その想像は大きく外してはいないだろう。
「まぁ、全ては机上の空論じゃ。此処に閉じ込められたままでは何も調べられぬ」
「そうだな。外部からの情報も貰えねぇんじゃ、何の楽しみもねぇやな。せめて、ラジオぐらいは用意しとけって話だぜ」
「…………」
ふてぶてしい態度の二人に厳しい視線を向ける自衛隊員。
厳しい態度だが、彼もそれが仕事なのだ。
任務に忠実な態度は実に勤勉で素晴らしいが、今の大竹丸や伊勢にとっては嬉しくない勤勉さといったところか。
じとっと睨む自衛隊員に、逆に視線を返して睨み付けていた大竹丸であったが、やがて無駄だと悟ったのか、すっと視線を逸らしていた。
「こんな可愛い女の子と見つめ合って口説き文句のひとつも出て来ぬのか。情けないのう」
「そう虐めてやるなよ、大鬼様。それよりも飯はまだなのか? 早く熱々の湯豆腐が食いてぇんだが?」
「……新ちゃん、先程はすき焼きが食べたいと言っておらなんだか?」
「オイラの食いたい物は都度変わるのよ。……面倒臭ぇと思うんなら、オイラを外食に連れて行った方が早いぜ? なぁ? 大鬼様?」
「そうじゃ、そうじゃ、妾たちを外に出さぬか。ついでにさっさと解放するのじゃ。この衆道男め」
「…………。命令で人質との交渉は禁じられている。あと自分は衆道じゃない」
きびきびと答える自衛隊員に「真面目じゃのー」と返しながら頭の後ろで腕を組む大竹丸。
そんな彼女たちが捕まる一室が俄かに騒がしくなり始めたのは、昼食を買いに出ていたもう一人の自衛隊員が帰ってきてからであった。
「おい、ついに決まったぞ。明日、決行する」
「ウス」
どうやら弁当屋にまで行っていたらしい自衛隊員が弁当の入った袋を片手に、扉の前で待機していた自衛隊員にそう声を掛けるのが聞こえた。
それを聞いていた大竹丸は、たまたま耳に入ってしまった言葉に思わず疑問を呈す。
「なんじゃ? 何か決まったのかのう?」
すると、弁当を買い出しに行っていた自衛隊員が酷く冷めた表情で大竹丸の方を見るではないか。
その虫けらを見るような視線を受けて、大竹丸の背に言い知れぬ不安のようなものがよぎっていく。――嫌な予感がした。
「えぇ、決まりましたよ。貴女の命日がね」
その言葉を理解するのに、大竹丸は五分ほどの時間を要するのであった。
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