第133話 鬼、この一回に魂を込めんとす。
「妾を殺すか。それを逃れる手立ては何か無いのかのう?」
暫し動きを止めた後で、大竹丸はそれを発言した自衛隊員に視線を向ける。
その瞳には憤りも悲哀もない。
ただただ自分の運命を受け入れた者が持つような虚無が浮かんでいるような気がして、男はごくりと唾を嚥下していた。
「そ、そんな手立ては無い……」
そして、男が口にした言葉を聞いて、大竹丸はその表情を――笑顔に変える。
「そうか。まぁ、仕方ないのう! それよりも飯じゃ、飯じゃ!」
自分の命が懸かっているにも関わらず、能天気な様子を崩さない姿に薄ら寒いものを感じながらも自衛隊員は買ってきた弁当を机の上へと置いていく。
それは大竹丸たちがリクエストした弁当とはかけ離れたものではあったが、コンビニ弁当とは違って弁当の専門店で売っている物のようであった。
大竹丸がふぉ~っ!と目を輝かせる。
「ほう! コイツは美味そうじゃ!」
「オイラは湯豆腐が良かったんだが、まぁ仕方ねぇやな……」
「虜囚の身となった今は贅沢は敵じゃぞ、新ちゃん! では頂こうかのう!」
そうして弁当をがっつく姿は、死刑宣告を言い渡された人間のそれではない。
一体どういった精神構造をしているのかと自衛隊員たちが訝しむ中、大竹丸たちはそれなりに空腹だったのか、弁当を食べ終わって十五分ほどは椅子の背に体を預けてだらけた姿勢を見せ始める。
弁当を運んできた兵士も昼食を摂りにいったのか、今は部屋の見張りの兵士はたった一人だ。そんな兵士もだらけきっている二人を見続けていると流石に気が緩むのか。ふぁ、とひとつ欠伸をして――。
「……油断し過ぎじゃぞ、お主?」
――刹那で近付いた大竹丸が大の大男の口を塞ぎ、拳を握り込む力を利用しながら男の鳩尾に寸勁を叩き込む。男はその衝撃に目を回したのか、ぐらりと傾ぐとそのまま床に倒れようとした為、大竹丸は慌てて男の上着を引っ張って倒れるのを抑止する。
「ぐぬぬ、重い……! 新ちゃんヘルプじゃあ~……!」
「おいおい。ただのか弱い少女じゃなかったのかよ……」
「肉体的にはか弱い女の子じゃよ? それでも長尾流剣術の当身技を使って急所を打てば大の男ぐらいは昏倒できるということ……というか、えぇから、手伝ってくれぬかのう……!?」
「へいへい」
大竹丸を手伝い、伊勢は気を失った自衛官をその場にゆっくりと引き倒す。
しかし、見張りを気絶させたところで部屋の扉が開いたわけではない。
扉は外側から施錠ができるようで、内側から開錠ができるようにはできていないようであった。鍵穴もなく、男の服のポケットも探るが鍵のようなものは見つからない。
これからできることがあるとすれば、油断して入ってきた相手を不意打ちで昏倒させ、部屋の扉が開いている隙に逃げることぐらいだろうか。
「大鬼様、これからどうするってん――……ぬぉっ!?」
「あぁ、もう少しそちらを向いておれ」
振り返った伊勢が見たのは下着姿になった大竹丸であった。
慌てて首を回して伊勢が視線を逸らす中で、大竹丸は自分の下着に縫い付けてあった一枚のカードを取り外す。海外に出た時に必要最低限のお金を下着に縫い付ける工夫をするといったような話はあるが、大竹丸にとってはコレがソレらしい。
ジャージを着込み、実に楽しそうな表情で伊勢に声を掛ける。
「新ちゃん、もうえぇぞー」
「てやんでぇ、一体なんだってんだよ? いきなりストリップなんて恐怖に気でも狂ったってぇ話かい?」
「ふっふっふ、コレなーんじゃ?」
「……? そ、そいつはまさか!」
「くっくっく、まさかここに来て妾がのう? まともに探索者をやるとは思わなんだわ?」
そう言って、大竹丸が取り出したのは『冒険者カード』と呼ばれる謎技術の結晶であった。
★
冒険者カードの研究については、各国が日々様々な面から解析を行っているが、その成果はまるで芳しくないと言われている。
どうしてこのカードを使えば何もない所から品物が出てくるのかとか、カードに表示されているランキングはどうやって集計されているのかとか、そもそもこれは誰が作ったものなのかとか、その辺の謎の解明は遅々として進んでいないようだ。
だが、ひとつだけ分かっていることもある。
このカードはダンジョン内であれば、何処だろうとDPを消費することで様々な物を買うことができるという点だ。
「ふむ。小鈴たちの為にスキルスクロールを大量に買ったのが、ちと響いてくるのう……」
大分目減りしたDPを使用して、大竹丸は日本刀を出現させる。
光の粒子と共に目の前に現れた日本刀が床に落ちるよりも早く柄を掴み取り、大竹丸はその具合を確かめるかのように鞘の付いたままの日本刀を軽く室内で振り回していた。
「あぶねぇって!」
「妾が当てるわけないじゃろう」
「いや、狭い空間の中で振り回されるとおっかねぇもんだろ?」
「それもそうかのう……」
伊勢の意見が真っ当だった為か、大竹丸もそれ以上は刀を振り回さずに続けて冒険者カードを操作する。大竹丸の体の中には、長尾流剣術を極めた小島沙耶の記憶が宿っている為、最低限の武器を手に入れた今、瞬間的な火力は剣の達人レベルにまで達することだろう。
だが、剣の達人が銃撃の雨霰の中を掻い潜ることができるのかと言われれば、大竹丸はそれは難しいと考えていた。
特に神通力が使えない今は、大竹丸の身体能力も見た目通りのかよわい少女レベルだ。如何に技能が優れようとも、それを扱う体が平凡であれば、その技術は存分に発揮されることはないだろう。
なので、大竹丸は最低限の武器を取得した後で、なけなしのDPを使って賭けに出ようとしていた。
「今のDPでは、一回こっきりが良い所じゃな……」
大竹丸が冒険者カードから買おうとしているのは、激レア確定のスキルスクロールガチャである。
高レアのスキルスクロールが必ず出る代わりに、お値段が馬鹿高い設定のガチャである。
ちなみに普通の探索者にはとてもではないが手が出ないほどの値段設定となっていた。なお、大竹丸がそのガチャを回すことができるのは、ひとえにダンジョン攻略で得た莫大なDPを所持し、ダンジョン運営を行うことで得てきた収入があったからこそである。
そんな大竹丸でも一回しか回せない値段設定――……それよりも安いスキルスクロールの十連ガチャを実行しようかとも考えた大竹丸だが、小鈴たちのスキルスクロールを揃える際に回した十連ガチャの当選確率を考えて頭を振る。
(ここは失敗出来ぬところじゃろう。それに時間的な余裕もないしのう。じゃったら、妾はこの一回に魂を込めよう――)
気息を整え、大竹丸は冒険者カードを操作する。
やがて空間に光の粒子が集い、そこに出てきたのは虹色の光沢を放つ一本の巻物であった。
「最高レアとな!? でかした、妾……!」
「なんでぇ、この派手なのは……?」
「スキルスクロールじゃ! 勝手に触ろうとするでないぞ、新ちゃんよ?」
「ほう。コイツが探索者の力を問答無用で上げるっていう噂のアレかい?」
「その噂が何かは知らぬが……。まぁ、状況を打破する手立てとなることを願ってはおる」
大竹丸はそう言うと、そのスクロールに記載されていたスキル名を確認する。スキルスクロールは開くことでスキルを取得できるが、スクロールに記載されている中身が何か分からないわけではない。
スクロールの装丁の一部にスキルの名前が記載されているからだ。
だが、問題は――。
「願ってはおるが……なんじゃこのスキルは?」
――そのスキル名を聞いても果たしてどういった力を持つのかが良く分からないということであった。
★
弁当を運び込んだ自衛隊員が見張りの交代の為にとその部屋を訪れたのは、大竹丸たちが弁当を食べ終わって凡そ二時間後のことであった。
その自衛隊員が最初に覚えた違和感は空気の流れだ。
出入り口の無い部屋から何故か風が吹き込んできていることに疑問を覚えながらも部屋へ入ると、部屋の床には指先から血を流して倒れている自衛隊員の姿があった。
「おい、大丈夫か!」
慌てて駆け寄って倒れている男を抱き起こすが、男は浅く呼吸を繰り返すだけで意識が戻らない。
そこまで確認したところで、自衛隊員はこの部屋に捕らえているはずの二人の姿が無いことに気が付いた。
「一体何処に……?」
部屋を見回してすぐにおかしなことに気付く。
自衛隊員はすぐさまにびゅうびゅうと風が吹き荒ぶ出口へと駆け出す。
「おい、待て。此処はビルの六階だぞ……」
男はつい二時間ほど前まではコンクリートの壁であった場所に出来た四角い穴を前にして呟く。
コンクリートの壁はまるで頑丈な刃物で切断されたかのような綺麗な切り口を見せて四角い穴を作っており、その切り取られたコンクリートの壁が無造作に室内へと引き込まれている。
そして、穴が開いたビルの壁面には、まるでモンスターが爪を立てて登ってきたかのような深い穴が足跡のように残っており、その痕跡は一階の地上部に辿り着いたところで消えていた。
「まさか、壁面を歩いて逃げたのか……?」
そんな無茶苦茶な、とは思うが現状を見る限りではそうとしか思えない。
そして、ビルの壁を刃物のようなもので切り裂いてしまうというのも人間技ではない。
聞いていた話と違うと自衛隊員は思いながらも、大竹丸たちが逃げ出したことを報告する為に慌てて部屋を飛び出していくのであった。
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