第76話 そうだ、風雲タケちゃんランドに行こう②

 鈴鹿山に居を構えるS級ダンジョン『風雲タケちゃんランド』の入り口は実は複数ある。


 これは『殺し間遊戯』時代の名残りであり、その複数ある入り口のひとつに砂利を敷き詰めた、だだっ広い駐車場を接合ドッキングさせることによって、風雲タケちゃんランドのバス専用の駐車場としていた。


 そんな駐車場に止まったバスから、武器の入った荷物を運び出しつつ、青木と赤川は添乗員さんの指示に従って、岩窟の入り口にも見えるダンジョンの入り口へと潜っていく。これは、バスに乗っていた他の参加者も一緒だ。


「造りは新宿ダンジョンの入り口と一緒か。渋谷ダンジョンにも行ったことがあるけど、あそこも石で出来たダンジョンぽかったよなぁ」


「そうだな」


 石壁には等間隔にLEDランタンが設置され、それが灯りとして機能していた。


 添乗員が足元にお気を付け下さいというのを聞きながら、石の階段を下ること約五分。やがて、階段の先が明るくなってくる。


「すげーな、これ。本当にダンジョンかよ……」


「あぁ……」


 階段を下りきってすぐ――青木たちの目にまず飛び込んできたのは、ポップでカラフルな看板だ。


 まるでアトラクションの入り口のようなそれには、左方面には遊園地のような施設、右方面には動物園のような施設、中央方面には宿泊施設と鍛錬施設があると分かりやすい絵柄付きで説明されている。


 そして、実際に中央には高層ビルのように聳え立つ建物が見て取れるし、左手側には遊園地らしき大掛かりな施設が建設されているし、また右手側では獣の唸り声や人々の笑い声や悲鳴などが響いており、実に楽しそうだ。


「楽しそうだよな……」


「あぁ……」


「なぁ、青木。修行に入る前に、ちょっとどんなものか見ていかねぇ?」


「い、いや、俺たちは真面目に修行にやってきたんだから……」


「色々と経験するのも修行の内だろ? な、頼むよ。話のタネにもなると思ってさ。一人で入るのもつまんねえし……」


 青木は少しだけ悩むフリをする。


 というか、青木も各施設の内容が非常に気になっていた。なので、心は既に決まっていたりする。


「…………。……ちょっとだけだぞ?」


「おっしゃ、そうこなくちゃな!」


 というわけで、野郎二人によるアトラクション体験ツアーが始まるのであった。


 ★


「いや、凄かったな……」


「あぁ、ヤバかった……」


 二人は少しだけ放心状態になりつつ、最初の風雲タケちゃんランドの入り口へと戻ってきていた。


 まず二人が最初に行ってきたのはダンジョントラップ遊園地の方だ。


 踏むと強制的に床が動いて超高速で運ばれていくジェットコースターでは赤川が我を忘れて叫んでいたし、木造空中艦では航空力学を無視して木造のガレオン船が宙を飛んで空中遊泳が楽しめるとあって、二人は夢中になって空の遊泳を楽しんだ。また、ワープダンジョン迷路ではタイムアタックに挑んだ二人だが、結果は箸にも棒にも掛からぬ始末。惨敗だったと言えよう。


 だが、彼らが放心している理由はもう一つの施設、ダンジョン動物園の方にあった。


「普通に見た事がないようなモンスターが檻越しにいるんだもんなぁ」


「S級と呼ばれるモンスターもいただろ、アレ。というか、キマイラとか初めてみたぞ。しかも、ダンジョンマスターの指示がない限り、人に攻撃してこないとかで、近くで写真を撮っている家族とかもいたし……。どうなっているんだ……」


「度胸あるよなぁ……。俺は無理。狂乱のシルバーバックとかいうゴリラに近付かれただけで足が震えたもん……。あんなのと写真なんて撮れないって……」


「ゴリラ自身は子供を背中に乗せて普通に園内を歩いていたけどな……」


 ちなみに青木も驚いて、思わずスキルを使い掛けてしまった。


 だが、近くにいたらしい係員に素早く止められて事なきを得ていたりする。


「だが、一番謎なのは……」


「あぁ……」


「新宿ダンジョン大暴走の時に見たジャージ少女がゴロゴロいる事だよな……」


「向こうはこっちの顔を覚えていないようだが、こっちはあの顔を忘れようにも忘れられないからな。そして、彼女たちが一卵性双生児とか目じゃないレベルでゴロゴロいることが謎だ……」


 物凄く美人な大竹丸の顔は、青木の脳裏にも赤川の脳裏にもはっきりと残っていたようだ。


 そして、そんな美しいながらも同じ顔をした少女たちが様々なコスプレをして、係員として各施設にいるという構図……。ダンジョンモンスターよりも驚きの光景である。


「モンスターに驚いた子供が、宥めにきた係員二人が全く同じ顔で更に泣いていたぞ……」


「モンスターに会って怖がった後にお化けにあったようなものだからな。何だ此処はトラウマ製造施設か何かか……?」


 二人は精神的に疲れたとばかりに大きく息を吐き出す。


「とりあえず、ホテル行かねぇ?」


「あぁ、そうだな……。それから修練施設について聞いてみよう」


 二人は怠い気分を誤魔化すように、荷物を勢い良く持ち上げるとホテル地区へと向かって歩き出していくのであった。


 ★


「えーっと、コースがあるんですか……?」


「あるのう。コースが」


 ホテルにチェックインし、そのまま探索者修練施設の受付にきた青木と赤川は、チェックインカウンターの隣に併設された探索者修練コースの受付である大竹丸と相談をしていた。


 尚、ホテルの受付も、探索者修練施設の受付も全て大竹丸が複数並んでいる為、遠くから見るとかなり不気味な光景に見えたりもするようだ。一部では大竹丸ロボット説が流れていたりもするから面白い。


「えぇっと、それじゃあ、各コースの説明をお願いできますか?」


 青木が低姿勢で頼むと、大竹丸は機嫌良く答えてくれる。


 尚、高圧的な態度で迫った探索者の男は大竹丸から漏れ出した殺気に怖気づいて腰を抜かして倒れているのが見えた。


 それを横目で見ていたからこその低姿勢である。新宿ダンジョンナンバーワン探索者蒼き星ブルースフィアは抜け目がないのであった。


「ちゅーか、お主たちにお勧めするコースなんぞ達人マスターコースしかないわい」


「えーっと、俺たちの事を知って……?」


「知らん」


 少しだけ期待した青木たちであったが、大竹丸は蒼き星について全く知らないようであった。だが、その舐めるような視線は、彼らの実力をほぼ正確に見極めていく。


「じゃが、まぁ、そこそこやるじゃろうな、というのは見ただけで分かる。特にお主等はモンスターとの戦闘が多いが、対人戦などはほとんど経験したことがないじゃろ?」


「! ど、どうして分かるんですか⁉」


 食いつく青木と、目を丸くする赤川。


 彼らは大竹丸が最近発表のあった公認探索者の第一席だと知ってはいるが、見ただけで相手の力量が測れるとまでは思っていなかったのだろう。


 大竹丸は得意げに人差し指を立てて説明する。


「簡単じゃ。お主等、自分たちでは気付いてないかもしれぬが、猫背になっておるからのう」


「? ……猫背だと何かあるんですか?」


「猫背は姿勢が悪いとよう言われるが、危険に対して備えておる意味合いもあるんじゃ。少し腰を落とせば前方方向になら百八十度、素早く移動出来るからのう」


 猫背の本質は上体が前倒しとなり、重心が前方に掛かる事にある。それにより、前方への移動を素早く実施することが出来るのだ。


 そして、青木たちはそんな猫背が染みついてしまう程にモンスターと戦ってきたという事になる。


 モンスター退治のベテランであると大竹丸が判断した理由のひとつだ。


「後は、手に武器タコがあったり、体の筋肉の付き方かのう。歩き方も少し重心が前に寄っとるから、お主等二人共前衛じゃろう。しかも、かなり好戦的……いや、モンスターを倒すのに慣れておる感じじゃな」


「そんなことまで分かるんですね。でも、対人戦に不慣れというのはどうして?」


 戦った猫人間ミケに、いきなり大技を出して笑われた事が脳裏に蘇る。あれも、対人戦に慣れていなかったが故だろう。


「そこまでモンスターと戦闘を繰り返しておるのにも関わらず、隙だらけじゃからじゃよ」


「隙だらけですか?」


「正中線を見せ過ぎじゃ。正中線は急所の宝庫――眉間、顎、喉、心臓、鳩尾、金的。どれを食らっても一発でノックダウンするからのう。人間、いつ何処で誰の恨みを買うか分からんからのう。対人戦に慣れておれば、そんなに正面を向けては立たんじゃろうよ」

 

 言われて、青木は慌てて立ち方を変える。大竹丸の正面に向いていた向きを若干斜めに変える形だ。それを見て、大竹丸も有無有無と頷いていた。どうやら、これで良いらしい。


「で、コースじゃが。お主たちはある程度モンスターとの戦い方も分かっておるじゃろうし、初心者ビギナーコースや熟練者エキスパートコースは進められんのう。それじゃと、一芸を磨く達人マスターコースとなるんじゃが……何か言いたげじゃな?」


「……その達人コースを修める事で俺たちだけでも、S級ダンジョンの深層にいるモンスターに勝てるようになりますか?」


 青木の真剣な表情での質問に、大竹丸はじっくりと考えた後で結論を下す。


「無理じゃな。少なくともS級ダンジョンの深層のモンスターと渡り合うにはもう八人ぐらいは同程度の実力がある探索者がいるじゃろう。まぁ、それだけ揃えても辛勝といったところじゃろうが」


「じゃあ、どうしたら……!」


 思わず大声になりかけた事に気付いて、青木は自分の口の動きを止める。その表情には悔しさが滲み出ていた。


(こやつら、本気で強さを求めてここまでやってきたんじゃな……)


 そこで、大竹丸はようやく青木たちの真意に気付く。探索者として成功したい、儲けたいというわけではなく、純粋に強くなりたい――その一心だけでここまでやって来たのだと、その思いに気付いてしまった。


 だから、というわけではないだろうが……。


「…………。まぁ、無いこともないぞ。一般客にはあまりお勧めせんコースじゃがな」


 ……大竹丸はそう言っていた。


「――あるんですか!?」


 青木が即座に食い付く。


 だが、そのコースはとんでもなく強くなる代わりに、相応の覚悟と根性と執念が試される。それが無いのなら、最初から受けない方が良いとされる程の厳しい訓練メニューが課せられているのだ。だから、通常はお勧めしない。


 するのは、こうした根性や執念を持った人間だけである。


「本気でやる気のある者にしか勧めんコースじゃ。というか、生半可な気持ちでやると大怪我をする恐れがあるからのう。その辺含めてとにかく強くなりたいという奴向けのコースじゃ。……その名も地獄ヘルコース」


地獄ヘルコース……」


 青木はゴクリと唾を飲み込むが、赤川は安直な名前だと突っ込みを入れそうになるのを何とか堪える。


 ここで大竹丸に臍を曲げられては堪らないからだ。


 大竹丸はノリノリで続ける。


「やってみるかのう?」


「……はいっ!」


 その青木の一言でこれからの彼らの運命は決まった。


 そして、それに巻き込まれる形となる赤川は、後々で非常にこの事を後悔することになるのだが、この時の赤川には知る由も無い事なのであった……。

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