第四章 全国平定編 -関東-
第75話 そうだ、風雲タケちゃんランドに行こう①
「それ、本気で言ってる……?」
新宿ダンジョンが世間のゴミ処理場と化してから一週間。
世間では未だに
だが、その逆に
それが、現在ファミレスの一角で集まって相談をしている
彼らは新宿ダンジョン大暴走で最後まで戦った勇者として、新宿ダンジョン関係者たちの間で俄に伝説の存在とまで言われるようになっていたのであった。
そんな勇者たちであるが、本日は何やら揉めているようだ。
リーダーである青木の顔を睨むようにして、紅一点の緑川が彼を見据える。
そして、メンバーの全員が見守る中で青木は静かに頷いた。
「あぁ……」
「何考えているのよ……っ!」
ファミレス内で大声を上げるわけにもいかず、声を潜めたままで緑川が理解出来ないといったような感情で表情を歪める。そこには普段動画配信で見せている能天気な女性の姿はなかった。
「だから、言ったじゃないか。このままじゃ終われないって……」
「何でよ……! もう十分分かったじゃない……! 私たちじゃ絶対に敵わない相手がいるのよ……!
緑川の言葉に熊田もうんうんと頷く。
彼らは元々大学のサークルで出会った仲間だ。そこから意気投合して仲良しグループでの動画配信などを行っていたのが、大学三年生時――その時の動画閲覧者数はそれこそ鳴かず飛ばずの状態であった。
それが、突如のダンジョン出現騒ぎに上手く乗り、一気にトップ動画配信者にまで駆け上がったのである。
そこに至るまでに、掛かった時間はたった一年。実に短い時間である。
だが、そんな彼らではあるが、最近は動画内容がマンネリ化しており、全然探索が進まない事に世間から批判的な意見を多々受けていた。
そもそも、彼らはお祭りの波に乗っただけの動画配信者たちだ。動画内容のマンネリ化を防ぐようなノウハウも無いし、地力も無い。
だから、緑川は此処最近は、いつこの
そこに降って湧いたかのような
実際の所は新宿ダンジョン大暴走の引き金を引いたのは自分たちだというのに、何故か世間は彼らを英雄だ、勇者だと持ち上げる。
花道には十分な機会が向こうから勝手にやってきたのだ。
それが、何故かリーダーの青木には分からないらしい。彼は神妙な顔をして続ける。
「緑川の言いたい事も十分分かっているつもりだ」
(いや、分かってないじゃん……)
口には出さない緑川。その間にも青木は続ける。
「それでも、俺はもう一度鍛え直して本物の探索者になりたい。もう、皆の晒し者になるような惨めなのは嫌なんだ」
「本物の探索者って……。私たちは探索者よ? 本物も偽物もないじゃない」
「違う。俺達は今まで……気持ちが入っていなかった。本気になっていなかった」
「それは、アレ? あの牢の中から助け出してくれた女の子が言っていた『復讐』とか『執念』って奴が足りなかったってこと?」
「そうだ」
どうやら、我らがリーダーはあの極限状態の中で少女に助けられて訓示を受けたことで、一種の軽い催眠状態に陥ってしまったようだ。
阿呆らしい、と緑川は内心でため息をつく。
(本気でやったからって結果が付いてくるってわけじゃないのに……)
普段、テスト勉強をやらないような人間が本気でテスト勉強をしたのなら、成績は上がるかもしれない。
だが、全国模試で一位を取るには、努力だけでなく運や才能も必要だ。
つまり、少し本気になって探索者をやったからといって、あの
「そもそも鍛え直すって何処で? 今、新宿ダンジョンは使えないのよ? 渋谷ダンジョンにでも行くの?」
「いや――」
青木は覚悟を決めた表情で言葉を溜めると……。
「――
そう言ったのであった。
★
今、全国の探索者ならびにダンジョンに興味を持つ者たちに
三重県と滋賀県に挟まれるようにして聳え立つ鈴鹿山だ。
元々、鈴鹿山は急峻な山容と穏やかな山容を幾つも併せ持つ為に、登山者たちに人気の山だったのだが、ここ数か月でその客層が随分と変わってきていた。周囲をキョロキョロと見回しながら、赤川は落ち着かない様子で隣に座る青木に話しかける。
「いや、何か、想像していたのと違うような……っていうか、駅から直通でバスが出ているとか聞いてねぇぞ。しかも、何か家族連れが多いし。こんな環境で鍛え直しとか出来るのか……?」
赤川の言う事は最もだ。
鍛錬施設となる『風雲タケちゃんランド』の最寄り駅を降りたら、そこから直通のバスが出ており、結構な頻度で人を運んでいくではないか。鍛錬や修行というと、もっと辛く苦しいものを想像していた青木と赤川は肩透かしを食った気分であった。
それでも、中には風雲タケちゃんランドの噂を聞きつけて、これから探索者になろうという者や、既に探索者になってはいるもののステップアップしたい、強くなりたいという者もいるのだろう。普通の一般客に交じって剣呑な雰囲気、あるいは緊張感を纏わせている者がいる。
そんな人々を目の端に留めながら、青木は「さぁな」と嘯く。
そんな気の無い返事を聞いた赤川はニヤリと笑むと――。
「なんだよ、まだ緑川と喧嘩したまんまなのかよ?」
――そんな事を言ってくる。
別にそれが原因というわけでもないだろうが、青木は途端に不機嫌になりながらバスの窓の外の景色に視線を移す。
バスは山の中を走っているだけあって、つづら折りの急カーブを何度も曲がっていく。その窓の外には、青々とした緑が茂り、都会の喧騒から離れたのだなという気持ちを否が応にも思い起こさせる。そんな自然の姿を見ながら、青木は言葉少なに答える。
「――あぁ」
「熊田が来なかったのもそれでか。緑川のフォローに回る為に東京に残ったんだろ」
「はぁ……。俺、何か間違ったこと言ったか……?」
あの日、蒼き星のメンバーはファミレスに集まって今後の事について話し合おうとしていた。
だが、緑川だけは蒼き星は此処で終わらせるべきだと頑なに主張して譲らなかったのである。
それに、今以上に努力して生まれ変わろうと言っていた青木の意見が衝突。
緑川は喧嘩別れするようにして、ファミレスを出ていき、それ以来、青木は緑川と連絡を取っていない。
「緑川は現実を見てるんだよ。俺ら、もう大学の四年生じゃん。熊田も緑川も就活が大変だってボヤいてたぜ」
「アイツら、探索者で食っていくんじゃなかったのか……?」
驚いたように青木が赤川を見ると、彼は困ったように笑っていた。
「青木には言い難かったんじゃね? お前は本当に探索者の道を歩もうとしていたし……。何より、俺らも探索者として、お前におんぶにだっこでやってきた自覚があったしさ。だから、緑川は探索者として最後までは付き合えないと思っていたんじゃねぇかな。それでずっと探索者としての蒼き星を終わらせる機会を考えていたんだと思う。一番綺麗に終わらせられる機会をさ……」
「…………」
青木はその言葉を聞いて何を思うのか、再び車窓の外へと視線を向ける。
「けど、青木は違ったんだろ? やられっ放しで黙っていられなかったから、執念を燃やして復讐してやろうと思った――。その為に力が要るから、皆で強くなろうとしたけど、その思いは届かなかった……ってところか」
「それもあるが――、いやいい。そういう赤川は何で俺に付いてきたんだ? その様子だとそこまで強くなることに本気って感じには見えないが……」
「俺? 俺は
聞いて損したとばかりの青木の顔に、赤川は笑顔を見せると無理矢理に青木と肩を組む。
「そんな顔するなよ、青木~。俺だって簡単に強くなれるものなら強くなりたいのよ! それに、一人で修行するとか、息が詰まるぜ! 一緒に楽しもうじゃねぇの!」
「えぇい、うざい……! 肩を組むんじゃない……!」
揺れるバスの車内で青木はどうにかして赤川を離そうと悪戦苦闘するのであった。
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