第74話 鬼、それぞれの話を語らんとす。

「――ライッ! ライッ! ――トップ! そこで止まって! いいよ、オーケー! やっちゃってー!」


 一台のゴミ収集車が新宿ウルタ前へと止まり、その荷台の中身を勢い良く岩窟の入り口へと流し込んでいく。


 少し前までは恐怖の象徴のように扱われていた施設も今ではただのゴミ処理施設としか見られていない。


 国が買い取った塞建陀窟は、その名称を新宿ダンジョンという名前に変えて、現在ではプラスチックゴミの処理施設として正式に機能していた。


 本来ならば、もっと有意義な使い方が見込まれるべきダンジョンなのだが、如何せんDPが枯渇していた為、大規模な改装が出来なかったのである。


 そして、大竹丸から買った手前で大竹丸にDPを借金するわけにもいかず、政府が出した結論というのが、近年処理に困っていたプラスチックゴミや不燃ゴミのような廃棄に困るゴミの処分場としての使用方法である。


 何せ、このダンジョンというものは、何でも吸収する。そして、その吸収したものからDPを溜め込むのだ。その性質を利用して、まずはゴミ処理施設として機能させ、そののちに貯まったDPでダンジョンを有効活用しようというのが、日本政府の目論みらしい。


「うぅ、私のダンジョンが汚されていくぅ……」


 上下ツナギの清掃員スタイルのねねこは、そんな事を言いながらも、新宿ダンジョンの入り口に入らなかった細かなゴミをせっせと掃き集めてダンジョンの中へと入れていく。この辺のダンジョン入り口周りは、綺麗にしておかないと、色々と街の組合とかがうるさいのだ。なので、ねねこは今日も今日とて清掃員の真似事をして、ダンジョン前を綺麗にする作業に精を出していた。


「元主」


 そして、もう一人。


 こちらは完全に清掃員の格好をしているスカンダだ。彼が新宿ダンジョンの守護として、ねねこに貸し出されていた。


 何だかんだ言って、新宿ダンジョンはS級ダンジョンである。


 ダンジョンデュエルを申し込まれたら受けないといけない立場であるからして、それを鑑みて大竹丸が貸与したということらしい。


 流石に防衛出来る人材がいないと、格下のダンジョン相手でも負けると考えたようだ。


 そうなると、折角奪取した新宿ダンジョンが逆に他のダンジョンに奪われかねない。


 大竹丸の判断は当然のものと言えよう。


「こちらの掃除は終わりました。消臭剤も撒いておいたので、これで少しは臭いも紛れると思われます」


「ごめんね、スカンダ。ありがとう」


「はっ――」


 恭しく畏まるスカンダ。そして、その後ろで欠伸をしながら適当に作業を行う者がもう一人……。


「ふぁ~。眠いのう。あと、都会の夏は蒸し暑くて溜まらん。のう、そうは思わんか? ねねこよ?」


「最初から最後まで徹頭徹尾思っているんだけど、何でアンタが此処にいるのよ!?」


 そう言ってねねこが睨むのは大竹丸の分身体だ。


 新宿での争乱騒ぎの際に放っていた一体が、そのまま新宿ダンジョンに住み着いたらしい。適当に散らかすように箒を掃く様は実に雑である。


「そりゃ、あれじゃ。お主たちだけじゃと色々不安じゃからのう」


 元々スカンダは単体戦闘能力が高いタイプで大規模な集団戦を得意とはしていない。


 そこを補う目的で本体大竹丸から「行ってこい」という命令を受けた分身体は見守る目的で新宿ダンジョンに居着いたのだ。


 ちなみに【神軍総司令】の対象に選ばれているので、ダンジョンデュエルには普通に参加可能である。


 ただ、まだダンジョンデュエルが発生した事がないので、ねねことしては大竹丸の分身体の存在は非常に無駄というか邪魔なのである。


「ちょっと! 箒の掃き方が雑! そんなんじゃ、ゴミが散っていくじゃないの!」


「散らしとけばえぇじゃろ。自然が勝手に分解してくれるしのう」


「此処はアンタの住んでいた片田舎じゃないの! 新宿なの! 何よ、その未開地のルールは! 新宿じゃゴミは勝手に分解しないわよ!」


 そんな馬鹿な! ――といった顔をする大竹丸。


 そんな顔芸が通じるかと言うと……。


「何も言わなきゃ、何が言いたいのか分からないでしょー!」


 目を不等号><のようにしながら、水平チョップで突っ込むねねこを見て、スカンダはこの二人意外と仲が良いんだよなぁ、とそう思うのであった。


 ★


 天高く澄んだ青空を白サギの編隊が飛び、まだ青い稲の葉がそよ風に揺れる。水を張った水田の中心部には田植え時の休憩所として日光を避ける為か、柳の木が植えられ、涼し気に枝を揺らすのが見えた。


 遠くの山では緑が生き生きと茂り、緑の山というよりも黒にも見える様相を呈し、水田の近くには思い出したかのようにポツポツと家が建つ。


 その内の一軒の家の開け放しの扉の奥――の更にその奥の床板を剥がして作られたほらの中で、嬢はまったりとアイスキャンデーでも舐めるかの如く、鉄が多分に含まれた長細い石を口に含んで、一人で涼を取っていた。


「はぁ……。夏場はやっぱり此処だね……。地下水の水脈が近いのか凄い涼しい……。此処で鉱石を一日中ペロペロ出来るなんて極楽だね……。大竹丸は気に食わないけど、この環境だけは格別だよ……。そこだけはアイツに感謝してもいいや……」


 日中帯はのんびりと過ごし、眠くなったら洞の中で寝る。


 そして、日が完全に暮れた所で打倒大竹丸の特訓を開始する――そんな生活を何百年も続けてきた嬢は、このまったりとした時間が今年も何の変わり映えもなく続くものと――そう考えていた。


 だが、今年に限っては違う。


 日の高い日中はのんびりしていようと考えていた嬢の頭上からぱらりと土が降ってくる。それを掬い取ってパクリと食べてから、嬢はやれやれとばかりに頭を振って立ち上がる。


「また、あの阿呆共が何かをしでかしたみたいだね。……死ねばいいのに」


 重い腰を上げて、洞を出て、家を出て、外へ――。


 太陽の光が黄色く見えるのを眩しく思いながら、嬢が周囲の様子を確認するよりも早くクソ猫ミケが走って行くのが見えたので、その足を鋼糸で捉えて転ばせる。


「おい、クソ猫。何をした?」


「ひぃぃっ! み、ミケは何もしてないニャー! ぷふー、ぷふー!」


 吹けない口笛を一生懸命に吹こうとするミケ。


 そもそも、猫の顔で口笛が物理的に吹けるのかは不明だ。


 そんなミケはちらり、ちらりと嬢の後方をやけに気にしている。


 何事かと振り返れば、その瞬間に存在定義を書き換えてミケが逃げようとしたので、嬢は見もしないでミケを鋼糸で瞬間的に引き倒していた。そもそも嬢は目が見えないので、そういった気配にはかなり敏感なのだ。それをミケは分かっていない。


 そして、嬢の後方から何やら巨大なものがズシンズシンと進んでくる気配があった。


 見えないので分からないが、田舎の田園風景の中に急に怪獣が出現したぐらいの違和感がある。


 嬢は嘆息を吐くことすら忘れて、ミケを片手ひとつで鋼糸を使って呼び寄せ、無理矢理にがしっと肩を組む。


「なぁ、クソ猫。何をした……?」


「え、えーと、ニャーは悪くないニャー……」


「…………」


 尚も言い淀むミケにキツイお仕置きが必要かと嬢が考えているところに、今度はひゅーんと風切り音を残して、何かが飛んでくると、どぼんっという水音を立てて誰かが水田へと落下したようだ。


 趣味で作っていた水田を荒らされて、嬢はその顔から表情が抜け落ちたかのようにニヤニヤ笑いを消す。


 思わずミケが、ひぃっと言ってしまうぐらい怖い光景である。


 そして、そんな嬢の水田を荒らした原因が勢い良く立ち上がる。


「おい、ミケ! 何が存在定義を書き換えて、呪禁術を封じたら勝てるだ! 何か巨大な白い狐になって、ますます手が付けられなくなったじゃないか! あ……」


 そこで、田んぼに突っ込んできた人物……アスカは此処に誰がいるのかを知ったらしく、さぁっとその顔色が蒼褪めていく。


 嬢はそんなアスカの様子には構わずに、呆れたように頭を振る。


「葛葉に手を出したの? 貴女たち阿呆なんじゃないの? そもそも呪禁術なんて、葛葉の中では一番威力が弱くて使い勝手が良いから使っているだけなのに、そんなものを封じたらもっと厄介な事になるに決まっているじゃない。……はぁ、死ねば良いのに」


「も、もっと厄介なもの……? ――おぶぅっ!」


「そして、私の水田を荒らした罪は重い。はぁ、気は進まないけど、葛葉の所に一緒に謝りにいくよ。……はぁ、死にたい」

 

 鋼糸を巻き付けたアスカを思い切り転がして、顔面を地面に叩き付けた後で嬢は二人を引き摺りながらスライド移動をして、葛葉の元へと向かう。


 現状、交渉が出来る状態だと良いのだが、もしかしたら怒りに我を忘れている可能性もある。その場合は戦う事も考えないといけないかと思い、改めて嬢は深々とため息を吐き出す。


「はぁ、後輩二人の悪戯を庇って葛葉に謝りにいくなんて、私、聖人過ぎる。……死にたい」


「ギャー! 背中が! 背中が地面との摩擦で熱いし、痛いニャー! 毛が! 毛が抜けるニャー!」


「む、胸が! 胸が地面との摩擦でもげてしまいます! もう少し、もう少しだけ歩く速度というか、移動速度を落として……熱ぅい!」


 百鬼夜行帳の中――。


 そこは、古き良き日本の原風景が広がる不思議な空間である。


 そんな空間の中に封じられた四人は、騒がしくはあったものの互いに交流を深めているようではあった。


 ただ、浸る嬢に対し、後輩二人が彼女に懐くことはまだまだ遠い未来の話であるということは言っておこう。

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