第73話 鬼、政治屋と駆け引きせんとす。

『――で、撮ったんですかい? 大鬼様?』


「撮るかっ! そもそも、妾、携帯電話とか持っとらんし! お主とだって、この通りの衛星電話じゃろが!」


 ……ダンジョンデュエルより明けて一日。


 蝉時雨にも、いい加減飽いてきた昼下がり――そんな時分に掛かってきた電話の相手に向かって、大竹丸は随分と親しげに話をしていた。


 どこか楽しそうに話す大竹丸の姿を繁々と眺めながら、ノワールは勝手知ったる家とばかりに縁側から上がり込み、大竹丸の家の台所へと向かう。


 物に溢れるそこには巨大な冷蔵庫が二台も設置してあり、ノワールはその内の一台を迷いなく開くと中を物色し始める。そこには、冷えた麦茶と共にノワールの救世主たるモノが冷蔵されていた。


「おぉ、軽ピース! 小鈴ちゃんにリクエストしてみるものだね!」


 ダンジョン内でDPを使って飲み物を飲むこともあるノワールだが、断然安く済むとあって普段から大竹丸の家で勝手に飲み物を拝借するのが日課だ。まぁ、田舎では良くある事である。


「いつも毒ペだと飽きるしねー。そもそも薬臭いんだよねー、毒ぺアレ。というか何の味なんだろう? シナモンかな?」


 そんな事を呟きながらもノワールはコップに氷と軽ピースの原液を多めに投入し、水道水で薄めていく。


 ちょっと濃い目に作るのが、ノワールの中での正義ジャスティスらしい。


 カラコロとコップの中をかき回しながら、それにしても電話が長いなぁと思うノワールは、大竹丸の背後を通ろうとして卓上に置かれた衛星電話の液晶画面に表示されている名前を見て、「ぶっ!?」と吹いてしまう。


「ちょっと、ちょっと! ボクでも知ってる有名人と会話してるじゃないか!」


 それは、時の内閣総理大臣だ。


 この間、小鈴が内閣総理大臣と一緒の写真を撮ったと言って自慢していたから名前を覚えている。


 そして、内閣総理大臣である伊勢も大竹丸の後ろに誰かがいることに気が付いたようだ。気さくに声を掛ける。


『ん? 声が聞こえたが……大鬼様の妹さんかい?』


「「違うのじゃいます!」」


 即効で否定する二人だが、恐らく、二人の意味合いは大きく違うことだろう。


 大竹丸は肉親である事を否定し、ノワールは女である事を否定したのだから……。


 衛星電話の向こう側の伊勢もそこまで全力で否定されるとは思ってもいなかったらしく、あぁ、いや、うん、悪かった、と零す。日本のリーダーの割には随分と弱腰である。


「まぁ、分かれば良いのじゃ」


「タケ姐さんの有り余る野獣のダンディズムをボクに見たって事なら許してあげなくもないけど~」


「おい、お主、誰が野獣じゃ! そこに直らぬか!」


「あ、ヤバイ。軽ピースを溢すわけにもいかないから逃げられない……」


 さくっと正座させられて拳骨を落とされるノワール。反省してまーす、と気の無い返事を返しながら木製の床の上に座布団を敷いて座り込む。どうやら居座る気らしい。衛星電話が乗るちゃぶ台の上に軽ピースを置いて、ちびちびと飲み始める。


「すまぬのう。一応、さっきのが風雲タケちゃんランドのダンジョンマスターであるノワールじゃ」


『結構、簡単にダンジョンから出て来れるんだなぁ……』


「ダンジョンマスターにダンジョンにいなくちゃいけないって制約はないからねぇ。モンスターはダンジョンマスターの指示が無いとダンジョンからは出ようとはしないけど……。それだって縛られているわけじゃないから」


 前にも言ったと思うけど、と言いながらノワールは軽ピースをちびりと啜る。自称ダンジョン研究家の某公認探索者よりも余程参考になる意見だ。そして、そんな話もあったのうと大竹丸は頷く。


『大鬼様……。オイラ、そんな話聞いてねぇんだけど?』


「大野大臣には触りだけを言うたぞ。モンスター大暴走の直前じゃったが」


『かぁーっ! 駄目だこりゃ!』


 駄目とはなんじゃ、駄目とは、と憤る大竹丸だがノワールは呆れた視線を大竹丸に向ける。


「タケ姐さん、知らないの? 結構言われてるよ?」


「ん? 何がじゃ?」


 何も知らないらしい大竹丸に対して、ノワールは殆んどゲーム画面しか映していない、大竹丸の家の大型テレビの電源を無言で点ける。


 そこには、昼を過ぎた辺りから始まった情報番組が映し出されていた。


『――でも、今回のモンスター大暴走は予測出来ていたわけでしょ? それを通達しないのは政府の落ち度じゃないんですかね?』


『政府も直前で知ったという情報がありますよ。そのせいで対応が遅れたとも……。事実、大野大臣も記者会見で戸惑っていたでしょ? いつも鉄面皮の彼が珍しいと思ったんですよ』


『関係者からの情報では、公認探索者の誰かが情報を知っていて話さなかったんじゃ、という話もあるそうですよ』


『酷いなぁ。そのせいで大勢の人が死んだわけでしょ? その公認探索者はとんだ疫病神じゃないですか!』


『ですが、現場にいち早く公認探索者が駆け付けたからこそ、助かった命もあるわけで……。感謝している人も大勢いるという話も聞こえてきます』


『それ、結果論ですよね? 事前に対策しておけば、そもそもこんな悲劇は起こらなかったんじゃないですか?』


 ――等々、テレビ画面の中の評論家たちは好き勝手に持論を展開している。


 それを見た大竹丸は特に何の感想も抱かなかったのか、肩を竦めるのみだ。


『何か感想はあるかい?』


「対策した程度で止められる相手ではなかったと思うがのう。そもそも、対策というのは具体的に何をするのか、そこをもっと詰めてから言って欲しいものじゃ。あんなガヤの言う事なんぞ気にしていても仕方なかろう」


『とはいえ、あんなガヤでも肩書きステータスがあれば、人を一定数以上騙すことが出来らぁな。誰が漏らした情報かは知らねぇが悪質だねぇ』


 伊勢が衛星電話越しに笑った気がして、大竹丸は目を細める。


「何が悪質じゃ。お主らが流したんじゃろうに。……コイツを安く買い叩く為にのう!」


 そういう大竹丸の手には、燦然と輝く拳大の宝石が握られていた。


 言うまでもなく、塞建陀窟スカンダクツのダンジョンコアである。


 それを見て、ノワールも、あぁそういうこと、と納得する。


 風雲タケちゃんランドと塞建陀窟とのダンジョンデュエルは奇襲を鮮やかに決めた風雲タケちゃんランドの圧勝に終わった。


 何せ、頼みの八忌衆がダンジョンデュエル開始一時間もしない内に寝返り――。


 塞建陀窟側にそれを跳ね退けるだけの力が無かったのだ。


 それに加えて、ベリアルの五十三万の悪魔の軍勢が暴れに暴れ、ダンジョンデュエル自体は風雲タケちゃんランドの完勝という形で幕を閉じた。


 だが、問題はそこからだ。


 ダンジョンデュエルに負けた塞建陀窟側は風雲タケちゃんランドに対して大量のDPを払わなければならなかったのだが、彼女たちはダンジョンデュエル開始前にほぼDPを使い切っており、徴収出来るDPが存在しなかったのである。


 その為、対決規則に則って塞建陀窟のダンジョンコアは風雲タケちゃんランド側へと渡る事になったというのが、昨日までの流れ――。


 そして、それが意味する所は非常に大きい。


「都心近くにあるダンジョンを意のままに操れる素敵な宝石ダンジョンコア……。まぁ、日本政府がコレに食いつかないわけがないじゃろうなぁとは思っておったが、随分と狡すっからい手を使いよるのう。何じゃ? この噂を消して、非を日本政府が被るから、ダンジョンコアを寄越せとでも言うつもりじゃったか? こんな狡すっからい手を使うのは新ちゃんの案じゃないじゃろ」


『たはは、大鬼様には敵わねぇなぁ……。日本米党の田町の案だから、アメリカの入れ知恵だろうなぁ。向こうじゃ、それで探索者からダンジョンを買うのが主流らしいぜ? 圧力を掛けて丁度良い時分に救いの手を差し伸べる……。オイラは絶対そんなの通用しないって言ったんだがよぉ……。もうやり始めてるからやれってうるせぇの』


「フ●ックユーって言える日本人にならんと駄目じゃぞ」


『それ、田町に行ってくれねぇかい? アイツ、あれでも外務大臣外相なんだぜい』


「手遅れじゃな。大丈夫かのう、日本……」


 毒ペを飲んで一息入れる大竹丸。電話越しで向こうも何かを飲む音が聞こえたが、まさかアルコールではあるまい。


『……んで? いくらなら売ってくれるんだ?』


「売ること前提で話すのはどうなんじゃ? 風雲タケちゃんランド東京支店の建設予定地じゃぞ」


『残念ながら国防上としても買い上げ一択なんだわ。むしろ、アレだ。それが出来なきゃ――いや……頭ならいくらでも下げるから売ってくれ!』


「国と妾で全面戦争じゃ……と言わなかった事だけは褒めてやるぞ」


 何か凄い事を聞いたとばかりにノワールの頬が引き攣る。


 そして、その誠意に感じ入ったというわけではないだろうが、大竹丸は指を一本上げていた。


「……仕方ないのう。妾と新ちゃんの仲じゃ。一千万――」


 お、意外と安い、と思ってノワールは軽ピースを口に含んで――。


「――ドルで手を打ってやるぞ」


「十億円ッ⁉」


 ――思わず軽ピースを口から吐き出す。


 どんだけ吹っ掛けるんだ、この人は! とばかりに恐れを含んだ瞳でノワールは大竹丸を見るが、新宿の一等地に風雲タケちゃんランドを建築したのであれば、その程度の金は簡単に払い戻されるペイことだろう。


 決して大竹丸は吹っ掛けているわけではない。得るべきであった利益を最低限確保しただけである。


 ――そういう顔をしていた。


『……ちと苦しいが用意しよう』


 そして、それを飲む日本政府も凄い、とノワールは目を丸くする。


 だが、そこにはひとつ条件があった。


『だが、ユーエスドルは今為替レートが安定してねぇからよ、全て日本円で構わねぇかい?』


「? まぁ、えぇじゃろ」


『そうかい、そいつは有難うよ!』


 そうして細かな受け取りの方法や日時を決めた所で電話は切れる。やけに伊勢が嬉しそうな声だったのが気になるが、大竹丸にはその理由が分からなかった。


為替レートが安い時期円安を狙って日本円を用意するってオチかのう?」


「違うと思うよ」


 なにやら、訳知り顔で軽ピースを啜るノワール。


 彼には、伊勢が喜んでいた理由が分かるようだ。


 大竹丸はノワールに尋ねる。


「なんじゃ、ノワール。お主には新ちゃんが喜んでいた理由が分かっとるのか?」


「簡単だよ。タケ姐さんって毒ぺとジャージとゲームぐらいにしか興味示さないでしょ? そうすると、十億貰ってもほとんど消費しないよね?」


「まぁ、そうじゃな」


「それで、その十億が十億って価値を保っていられるのは、日本って国がちゃんとあるからなんだよ。国が潰れたら、その十億は紙切れになるわけで……」


 そこまで言われて、大竹丸にもようやく分かってきた。


「つまり、妾が十億使い切るまでに国が潰れたら困るからと、妾が自主的に国を守るようになる為の楔を打った……?」


 それは日本という国に大竹丸が縛られたというのも同義だ。日本からすれば、心強い用心棒を得たという事でもあるが……。


「ボクにはそう聞こえたけど? 気に入らなかったらユーエスドルに変えたら? 手数料はたんまり取られると思うけど。ついでに米国に亡命でもする?」


 ノワールがそう言うと、大竹丸は呵々大笑。


「なるほどのう! やはり駆け引きでは政治屋には勝てなんだか! 良いぞ! 日本の守護神ガーディアン、甘んじて受けようではないか!」


 その言葉には、どこか伊勢の成長を喜ぶような響きがあり、ノワールは軽ピースを口に含むと、何だ良い関係じゃんと人知れず思うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る