第72話 鬼、ダンジョンデュエルに参加す。②

 ダンジョンデュエル開始前――。


 風雲タケちゃんランドの一角では、面倒臭そうな顔をしたベリアルが片手を上空へと突き上げ、一言召喚の言葉を告げる姿があった。


「――来い」


 すると光り輝く魔法陣が空に浮かび、そこから真っ黒な塊が胡坐をかいたまま落ちてくる。そして、真っ黒な塊は重力に引かれるままに落下し、地面へと激突していた。


「いちち……。自宅に帰ってきて毒ぺで一服していたところを呼び出されるとはのう。油断しておったわ」


 頭に付いた砂をぱぱっと払いながら立ち上がったのは、上下黒ジャージ姿の大竹丸である。


 寝坊をした事にはしたが、どうやら時間的には余裕があり間に合ったようだ。


 自宅に戻って寛いでいたところを呼び出された事に対して、不満を述べるだけの余裕がある。


「だ、大丈夫? タケ姐さん?」


 そんな大竹丸を気遣う姿勢を見せるノワールだが、ベリアルはそんな元マスターを片手を上げて制する。


「ふん。下手な小芝居はやめろ、鬼娘。お前の実力であれば普通に受け身も取れただろうに、頭から落ちたのはわざとだろう? どうせ、この小心者の元マスターの緊張を解そうと思ってやったことだろうが」


 ベリアルの言葉にノワールは「え?」と声を発するが、大竹丸はそんなノワールに構うことなく人好きのする笑顔を浮かべて見せていた。


「何じゃ、分かっとったのか詰まらん! じゃが、妾が頭から落ちたのはノワールをからかって遊ぶ為じゃからな! 緊張を解す気なんぞひとつも無いぞ!」


 呵々と笑う大竹丸に対して不満そうな表情を浮かべるノワール。


 だが、そんな風に思える事こそが、緊張を緩和させているのだと知り、何とも言えない表情を浮かべる。


 全ては大竹丸の手の内なのか。そんな思いを抱きながら、ノワールは諦めたように嘆息を吐く。


「はぁ……。でもまぁ上手くいって良かったですよ、タケ姐さんの召喚……。これで出来ないとかなっていたら、ボク涙目でしたからね」


「契約さえ結べていれば、魔界からでも悪魔を召喚出来たのだ。鬼娘と契約を結んでいれば、召喚出来ない謂れはないだろう」


「まぁ、条件はあるがのう」


 ベリアルの召喚術はユニークスキルに近いもので、魔界にいる彼の配下の悪魔、約五十三万を呼び出すというものである。


 その配下の悪魔の一柱として、大竹丸と契約を結んだのは一年も前の話になるだろうか。


 大竹丸が、ベリアルの召喚術について詳しく聞き出し、契約さえ結べばどのような悪魔でも呼び出せると彼が説明したところで――では鬼も召喚出来るのか? という話になったのである。


 そもそも、大竹丸の魂は鬼だが、体は人間である。


 だが、その肉体は神通力を操る為に、人間の枠を飛び越えている部分もある。


 果たして、そんな存在と召喚契約は為されてしまうのか――。


 というわけで、試しに召喚契約をしてみたところ、出来てしまったのがそもそもの始まりである。


 ただし、大竹丸の召喚を行うには普通の悪魔よりも条件が厳しく、物理的に近い距離にいないと呼び出せないという制約がある。だから、大竹丸は急いで自宅にまで戻ってくる必要があったのだ。


 そして、ダンジョンデュエルがもう少しで開始されるという時分になって、大竹丸は呼び出されたのである。


「分かっているとは思うが、鬼娘に対し、我の召喚術は限定的だ。今から三時間もすれば、鬼娘は強制的に送還されることになるだろう。だから、ダンジョンデュエル開始の十分前に呼び出したのだが……その辺は理解しているな?」


「当然じゃ。時間制限がある分、速攻で片を付ける気でおる。まぁ、お主たちもそれは承知といったところじゃろ? 故にこうして緊急事態用のエリアも作ってあるようじゃしな」


 大竹丸が自分が落ちた砂の大地を足でとんとんっと叩いて、その存在をアピールする。


 これは、大竹丸たちが普段使っている風雲タケちゃんランドの区画とは違うエリアだ。


 その証拠に、空は天高く晴れているが、少し歩くだけで見えない壁にぶつかってしまう程にエリアスペースは狭い。


「うん。風雲タケちゃんランドの普段の入り口を奥のエリアに引っ込めて、真っすぐ一本道を作った後で橋頭堡となるような少し広いエリアを作ったよ。その後は、三時間ぐらい何もなく歩き続けるだけの迷路をドッキングしたし、時間稼ぎもバッチリ」


「後は、先遣隊が過ぎ去った後で妾たちが、入り口の真横に作られている隠し部屋から出て、相手のダンジョンに乗り込めば奇襲は成功といったところかのう」


 そう、大竹丸たちが現在いる空間こそが、風雲タケちゃんランド入り口のすぐ真横に作られた隠し部屋なのである。此処で敵の先遣隊の目を誤魔化した後で、敵のダンジョンに乗り込むつもりでいるのである。そうすることで、無駄な戦闘を減らし、時短を図るという流れである。


「でも、大丈夫? たった三時間でS級ダンジョンをクリア出来るの?」


 ノワールは不安そうであるが、大竹丸からしたらそれこそ愚問であった。


「つい先ほどまで潜っていたダンジョンじゃからな。構造もばっちり頭に入っておる。それに、を開ければ最下層までは直行で行けるしのう。今度は先客の探索者もおらんしバッチリじゃ!」


「我もノワールの護衛が無ければ付いていきたいところだが……」


 ベリアルもそう言うが、彼にはどちらかというと防衛の要になって貰いたいと大竹丸は考えている。


「まぁ、時間稼ぎがほとんど機能せんようなもあるやもしれぬ。お主はノワールの傍で控えておれば良いじゃろう」


「そうだな……」


 理解はしているものの、納得はしていないといったところか。ベリアルの顔は苦渋に歪んでいるように見える。


 なので、大竹丸は気軽な気持ちで告げる。


「なに、先行してくるような馬鹿がおるようであれば、お主が障害となって立ちはだかれば良いじゃろうて。何せ、一本道じゃ。抜かせさえしなければ危険はあるまい」


「……なるほどな」


「ちょ、やめてよ? ボク、ベリアルを一番頼りにしているんだからね? ボクを置いて戦いに行っちゃうとか本当止めてよね?」


 だが、ベリアルは意味深に笑うだけで、ノワールの言葉に応える事は無かった。


 そして、ダンジョンデュエルが開始される――。


 ★


「――ちゅうわけで大軍をパスし、真鬼神斬でダンジョンに大穴を開けて、此処まで一直線じゃ。道は嬢の奴がほとんど知っておったしのう。迷うこともなかったわい。呵々!」


 堂々とそう語る大竹丸は、ゆっくりと三明の剣を構えてそう語る。


 本人は塞建陀窟の十五階層に鮮やかに侵入した方法を親切で教えているつもりなのだろうが、流石にそれを聞いて、相手方が「どうも有難う」とはならない。


 憎々し気な視線で睨むスカンダは、ねねこを後方へと退避させ、八本の腕を生じさせると手に手に武器を持って、大竹丸と相対する。


 そして、その闘気に感化されたわけではないだろうが、舞っていた粉塵が散らされ、その中から壁の欠片と思われる瓦礫が宙を引き裂きながら、大竹丸に飛来する。


 だが、大竹丸はその瓦礫に一瞥をくれる事もない。


 何故なら、その瓦礫は大竹丸の手前の空中でまるで金縛りにでもあったかのように、その動きを止めていたからである。


「ナイスフォローじゃ、嬢」


「まるでこうなることが分かっていたみたいに動いていたところがムカつく。……死にたい」


 その瓦礫によくよく目を凝らせば、光を反射しない極細の糸で絡め取られた事に気が付くことだろう。


 それを見て、ミケが思わずうぎゃっと声を上げる。


 一方、不意打ち気味に吹き飛ばされたアスカは、葛葉の姿を見て苦々しい表情を作っていた。


 それに気付いたのか、嬢はニタリと厭らしい笑みを浮かべて、クヒヒと笑う。


「大竹丸はあの色男とり合うつもりなんだよね? じゃあ、あっちの二体は私と葛葉で貰うよ?」


「構わんぞ。半殺しですませるのであれば、どうしようとも構わん」


「……クヒヒ。じゃあ、葛葉、相手を交換しよう。私があっちの女をやるから、葛葉は猫な」


「…………」


 すると、葛葉もそれで良いのか、嬢の意見にコクリと頷く。


 そして、その意見に対してホッと胸を撫で下ろしたのは嬢や葛葉ではなく、アスカとミケであった。一度負けた相手に対策も何もないままで、無策で突っ込む愚策は避けたかったのであろう。故に相手が変わってくれるのであれば、有難いとばかりに表情に余裕が生まれる。


「ミケ……」


「皆まで言うニャ……。ニャーたちにとっては超ラッキーだニャー……」


 落ち込んでいた二人のやる気も鰻上りだ。


 舌なめずりするように、嬢と葛葉を睨む。


 だが、彼女たちはまだ分かっていなかった。


 自分たちが戦おうとしている存在がどういう存在であるのかという事を――。


 そして、世の中そんなに甘くは無いのだ、ということを理解していなかったのだ――。


 ★


 葛葉 対 ミケ――。


「……動くを禁ず」


「ニャ!? ニャんだこれ!? 動けないニャ!?」


「……喋るを禁ず」


「……!? ……!? ……!?」


「…………♪」


 その後、何度も鼻を摘ままれては窒息死しかけるミケの変顔が確認されたとかしないとか……。


 葛葉 ○ VS ✕ ミケ


 14分56秒 酸欠による失神


 ★


 葛城嬢 対 アスカ――。


「な、なんだコレは!? た、立ち上がろうとする度に転んでしま――ぐはっ!?」


「……クヒヒ。無理無理。形があるなら真球しんきゅうだって投げてみせる私の領域に入っているんだ。反撃なんて出来るものか」


「ならば、竜の息吹で――アグゥッ!?」


「だから、無駄だって。動作に入る事自体が出来ないの。じゃあ、抵抗が無意味だと分かった所で、さっきの猫じゃ試せなかったような強力な毒でも使ってみようかなぁ~。竜なんて言うぐらいだから、どれぐらいまで耐えられるか非常に楽しみだ。……クヒヒ」


「やめ、やめ……、やめろぉぉぉーーーっ⁉」


 葛城嬢 ○ VS ✕ アスカ


 5分26秒 中毒症状による失神


 ★


 大竹丸 対 スカンダ――。


「前回はどうやら何か幸運が重なって戦輪孔雀八刃を凌ぎ切り生き延びたようですね」


 スカンダの言葉に大竹丸は首を傾げる。だが、すぐに合点がいったのか、掌をぽんっと叩いてみせていた。


「……あぁ、そうか。んじゃな」


「何を言っているか分かりませんが、不甲斐ない同僚の分も働かないといけないのですぐに終わらせましょうか……」


「それには全面的に同意じゃな」


 大竹丸が構え、スカンダも構えるが、この時点で大竹丸には一秒先のスカンダの動きが見えていた。


 ――なので、先に動き始める。


「ならば、さっさと死んで下さい! 孔雀七影――ガハァッ!」


「……七面鳥? え、なんじゃって?」


 大竹丸が振り切った小通連の峰にこめかみを差し出すようにして飛び込んできたスカンダが、自ら衝突して白目を剥いて気絶する。


 どうやら、続きは聞けそうにもないようだ……。


 大竹丸 ○ VS ✕ スカンダ


 3分17秒 完璧反撃パーフェクトカウンター


 ★


「う、うそ……! 嘘よ! こんなの有り得ない……!」


「では、コイツらを回収するかのう」


「……クヒヒ。新しい仲間だ。十分に可愛がってやるよ」


「♪」


「――って、聞きなさいよ!」


 さくっと八忌衆の三人を倒し終えた大竹丸たちは、SSS級モンスター三体を百鬼夜行帳へと登録していく。


 その間、ねねこの罵詈雑言を浴びているわけだが、勿論聞こえていないわけではない。


 優先順位の問題である。


 やがて、ねねこの味方である強力なモンスターの姿が百鬼夜行帳の中に吸い込まれるようにして消えた後、ねねこはこちらを見てニタリと笑う三人……一人はニコニコかもしれないが……を見て、怖気をもよおす。


「な、なな、何よ……!」


「さぁて、どうするかのう……?」


「無邪気で弱くて可愛い仔猫ちゃんをどうやっていたぶって遊ぼうかねぇ? ……クヒヒ」


「…………」

 

「ヒィッ! 来ないで! 来ないでよ! あっち行って!」


 ねねこは恐慌を来たしたように、窓際にまでその身を寄せてこっちへ来るなと必死の形相を見せる。


 それを見て、大竹丸が若干引いたような視線を嬢に向ける。


「おい、お主が変な事を言うから、完全に小娘が脅えとるじゃろうが……」


「あぁ、おーけー、おーけー。優しくして、近付いて、頭からバリボリ食べる作戦ね、了解。……クヒヒ。お嬢ちゃん、怖くないよ~」


「ヒィィーッ! 来るな来るな来るなぁぁぁーーー! ……あっ」


 これ以上進めないというのに、窓ガラスに体を押し付けてまで逃げようとしていた少女は、あまりの恐怖の為に我慢の箍が外れてしまったらしい。下の方から恐怖が決壊した証がちょろちょろと漏れ出て温かそうな湯気を上げる。


「もう……、やだぁ……」


 泣きべそをかいて羞恥に打ち震える少女を前にして嬢は――。


「大竹丸、撮れ撮れ。これで、このダンジョンは私たちのモノだ。……クヒヒ」


「真正の外道じゃな⁉」


 思わず大竹丸がツッコむ程に嬢は鬼畜妖怪なのであった。

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