第71話 鬼、ダンジョンデュエルに参加す。①

 ダンジョンデュエルが受諾されてから、二十四時間後のこと――。


「あれ⁉ 何これ⁉ あぁっ! 懐かしの白い空間だ!」


 ベリアルとダンジョンデュエルの準備をしていたノワールは、いきなり見も知らぬ――……いや、一度来た事がある空間へと呼び寄せられ、驚きのあまり声を上げていた。


 そして、そんな空間には、ノワールの他にもう一人……。


「何? 弱小ダンジョンのくせに、ダンジョンデュエルに挑まれたことが無かったわけ? ダンジョン掲示板の連中も弱腰ねー。そんなんだから、口だけって言われてるのよー」


 豪奢なドレスを纏った小学校高学年程度の見た目の少女が存在していた。


 誰だろう、と思いながらもノワールは少女に声を掛ける。


「えーと、君は……?」


「人に名前を尋ねるなら、から名乗りなさいよ」


 生意気そうな態度。この時期の子供には良くある思春期のアレだろうか、とノワールは思ったのだが、どうやら違うようだ。


 完全にノワールを見下しており、その視線に蔑みの色が見て取れる。


「そうだね、うん。ボクはノワール。『風雲タケちゃんランド』のダンジョンマスターさ」


「だっさい名前ダンジョンネーム


「…………」


 その件に関しては完全に同意している為、ノワールは黙して語らず。


 一方の少女はノワールの名乗りを受けても特に名乗ることはせずに、悠然と構えるのみである。


 その態度に思わずノワールも焦れたように尋ねてしまう。


「えぇっと、それで君は?」


「今更、私の名乗りが必要?」


「いや、必要あるから聞いているんだけど……」


 ノワールが恐る恐るそう話すと、少女は鼻で笑ってからやれやれと頭を振る。


「仕方ないわねー。一度しか言わないから、良く聞きなさいよ? 私は塞建陀窟スカンダクツのダンジョンマスターの桜餅さくらもちねねこ。ねねこ姫って呼びなさい。本来なら、アンタのような愚民が口を聞けるような存在じゃないんだからね。私の声が聞けただけでも、光栄に思いなさいよ」


「は、はぁ……」


 どうにも生意気そうな態度を取る少女に戸惑うノワールであったが、救いはすぐに上から現れる。


 白い羽根がひとつ、ふたつと降ってきたと思ったら、純白の翼を羽ばたかせ、真っ白いフードを被った存在が二人の間に降り立ったからだ。


 その存在は男か女かも分からない。


 フードを深く被り、顔を見せることもなく、法衣のようなゆったりとした衣装を着ている為に、体のラインからも男か女かが分かり難い。ならば、声かと耳を澄ませるが――。


『良く来た。ダンジョンデュエルに挑みし、勇気あるダンジョンマスターよ』


 ――ボイスチェンジャーを通したような機械的な声であり、此処でも性別を判明することは難しかった。


 だが、そこから分かったこともある。


 この存在は、ノワールがダンジョンマスターになる際に、説明を行っていた人物と同一人物であるということだ。


 そう、正体不明さが逆にこの人物を特徴付けていたのである。


『これから、二人のダンジョンの入り口を繋げ、ダンジョン同士を行き来出来るようにする。入り口が繋がったらダンジョンデュエルはスタートだ。後はルールに則って互いに侵攻を開始すると良い。何か質問はあるかね?』


 そう聞かれたので、ノワールは思わず尋ねてしまう。


「貴方は男ですか? 女ですか?」


『……その質問には答えられない』


 だが、返ってきたのはにべのない返事であった。


 ノワールは心の中で、タケ姐さんゴメン無理だったよ~と一応謝っておく。


 まぁ、この人物の性別が分かったところで、大竹丸としても「だからどうした」というところなのだが……。その辺は昔聞かれたことを律儀に覚えているノワールなのである。


『では、他に質問がないのであればダンジョンデュエルを開始する。互いの健闘を祈る――』


 そうして、純白の翼を持つフードの人物はまた上空へと上がっていってしまう。これで、ようやくダンジョンデュエルが開始されるようだ。


 だが、その謎の人物の行方を見守りつつも、ねねこはボヤくようにして言う。


「ふん。これからボコボコにするのに、健闘も何もないでしょうに」


「…………」


 その言葉を聞いて、ノワールの中には言い知れぬ不安が生まれるのであった。


 ★


「――というか、最初から勝負は見えているのよね」


 ダンジョンデュエルの開始宣言と共にフェードアウトするように、ねねこの視界が黒一色に覆われたかと思うと、彼女は自身のダンジョンの玉座の間とでもいうべき空間に引き戻されていた。


 すなわち、塞建陀窟十五階層の塔の一室である。


 そこには背凭れの高い椅子が据えられており、そこにねねこは腰掛けながら相手を小馬鹿にするようにクスクスと笑う。


 そもそも、S級ダンジョンとのダンジョンデュエルは当初からの計画として組み込まれていたものであった。


 多少、前倒しのきらいはあるが、ねねこの計画に揺るぎはない。


 いきなりダンジョンデュエルを吹っ掛けられた相手と、準備万端の自分のダンジョンでは気構えからして違うのである。


(私の計画としては、スカンダのユニークスキル【神軍総司令】で、まずはダンジョン内のモンスターを二分することにある……)


 そう、スカンダには【神軍総司令】というユニークスキルがあり、それで司令官を命じたモンスターに別の指揮系統としてモンスターたちを操るという能力があった。


 その能力を利用し、ねねこ指揮下でダンジョンを守るダンジョン守備隊と、ダンジョン大暴走を利用し、【神軍総司令】のスキル指揮下でダンジョン外部でDPを得るダンジョン先遣隊の二つの部隊を運用する方針であったのだ。


 それが、蒼き星ブルースフィアがねねこの逆鱗に触れたことによって、少しだけ前倒しになっただけ……なのだが。


(元々、モンスターを大暴走で外に放って大量のDPを得た後は、そこから間髪入れずに他のS級ダンジョンに喧嘩を売るつもりだった。他のダンジョンよりもDPでアドバンテージが出来るから、くみしにくいS級を軽く潰せる予定だったのに……)


 それは、全てが作戦通りに行っていたら、確かに問題なくDPを貯めることが出来ていただろう。


 ただ、問題だったのは、その現場から程近い距離に、ねねこの計画を根本からひっくり返す程にとんでもない存在がいたという事だけだ。それが、彼女にとっての不運であった。


(だけど、計画は狂った。DPは大幅に上乗せ出来るどころか、外部と内部のモンスターの損害を考えるなら、大幅な赤字……。この情報が月間ダンジョン通信に乗れば、私のダンジョンにダンジョンデュエルを申し込んでくる馬鹿も増えるはず……。それ以上に、モンスター大暴走をしてしまった以上、スカンダたちすら退けるような強力な探索者たちが押し寄せてくると考えた方が良い。ここで、流れを変えるしかない……!)


 とりあえず、外でモンスターが暴れたことで手に入れたDPが三十万前後。


 そして、貯蓄していたDPが五十万前後。


 それらを全て投入し、戦力を整えた。


 上層~中層モンスター軍、四万――。


 下層、神の軍隊の兵士、一万――。


 計五万の大軍勢によって、敵を討つ。


「スカンダ、もうダンジョンデュエルは始まっているのよね? 状況はどうなっているの?」


「はっ、我が軍の先遣隊は敵のダンジョン内に攻め入り、その入り口部分を占拠しております。続いて内部の探索に入っているようです」


「敵軍はどんな感じかしら? ゴブリンやスライムとかがメインだったりするの?」


「それが……、まだ戦闘自体が行われておらず……」


「どういうことなのかしら? 相手に戦う気がないということ?」


 それとも空城の計のつもりなのかしら、とねねこは疑う。


 あまりの不気味さに引き返したりとかを望んでいる?


 だが、敵がいないというのなら、それはそれで好都合だ。


「戦闘自体を相手が回避するというのであれば、こちらは前進制圧あるのみ。相手のダンジョンコアを探し出し、さっさと割ってしまいなさい!」


「はっ――」


 スカンダが恭しく頭を下げる中――。


「――そうはいかんのう」


 激しい轟音と共に鉄扉が吹き飛び、それがそのまま、ねねこに向かって真っすぐに飛んでくる。


 それを見て、すかさずアスカが動き、その鉄扉を垂直に蹴り上げて天井へと突き刺すが、扉を隠れ蓑にしてアスカの正面から迫ってきた人影が、アスカの脇腹に一撃を入れて彼女の体を大きく吹き飛ばしていた。


 床を二転、三転した後で、どぉんっと塔全体を激しく震わせるような大きな音を響かせ、アスカの体が壁に衝突する。


 もうもうと粉塵が立ち上がる中にアスカの姿が飲み込まれ、ねねこは何が起きたのかと目を白黒とさせるばかりだ。


 そして、その侵入者の姿を見たスカンダは目を丸くし、ミケは背中の毛をぞわわっとさせて、思わず腰が引ける。


「殴り込みじゃぞ、者共出会わんか! 呵々!」


「貴様、探索者か!? 何故、ダンジョンデュエルに介入しているッ!」


 そう、そこに居たのは嬢と葛葉を御供に、抜き身の小通連を振るった姿で立つ大竹丸が居たのであった。

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