第70話 鬼、ダンジョンデュエルに向かわんとす。
「お、お主ら……、妾を起こすように言っておいたではないか……! それなのに、何故、悠長に茶を啜りながらテレビなんぞ見ておる……っ!」
起床予定時間より大幅に遅れて起床した大竹丸。
既に時間はチェックアウトの時間を過ぎて十一時になっているのだが、ホテルのボーイが訪ねてきた様子はない。どうやら、その辺は大野の根回しなのだろう。そして問題は、大竹丸が起床予定の時間となったら起こすように呼び出していたはずの妖怪二人がまるで機能しなかったことである。
「いや、無理。あんなに美味しい弁当を食べた後で、あんなふかふかな布団で寝たら起きれないから」
備え付けのソファで、
彼女の生きた時代では、大竹丸から貰ったような贅を凝らしたような料理は一部の者しか味わえなかった代物であったし、ふかふかの布団など夢のまた夢であった。その誘惑に勝てずに、大竹丸と同じく寝過ごしてしまうのも仕方の無い事なのだろう。
一方の葛葉も同じく
ちなみに二人は大竹丸よりも早く起きていたはずだが、現代日本の文化に興味津々であり、部屋の至るところを引っ掻き回したのは言うまでもない。そして、お茶と珈琲を発見して、テレビを見ながら一服していたのである。
「ぐぐぐ、弁当を早く渡さぬと悪くなるからと親心を見せたのが仇となったか……」
「悔しがるのは良いけど、そろそろ小鈴とか言うのが来る頃だから準備しといた方が良いよ。もう三回は扉を叩かれてるから」
「何で部屋から出て対応せんのじゃ⁉」
大竹丸が寝起きの頭で髪を跳ね上げながら怒鳴ると、嬢は両肩を竦めて答えた。
「宿泊人数がおかしなことになっていると知られたら面倒だから」
「…………」
うむうむと頷く葛葉。
大竹丸は意趣返しのつもりか、と喉まで出掛かった言葉を飲み込む。
実際、意趣返しのつもりなのだろう。
そもそも大竹丸は百鬼夜行帳に封じたこの妖怪たちについては、結構ぞんざいに扱ってきた自覚がある。だが、これからはダンジョン攻略において、彼女たちの力を借りなければいけない状況は多々出てくることだろう。ここは少し歩み寄りの姿勢を見せて、互いに友好的な関係を作ることを考えても良いのではないだろうか、と大竹丸は考える。
「のう、お主たちは、もしかして外に出たいのかのう?」
「……クヒヒ」
「…………」
良く分からない反応である。……と、思っていたら。
「別に出たいってわけじゃない。百鬼夜行帳の中はそれはそれでそれなりに快適」
百鬼夜行帳の中は、古き良き日本の原風景が広がる世界だ。そこは妖怪にとっては過ごし易い土地であると言えよう。
その光景に嬢は満足しているらしい。
「けど、百鬼夜行帳の中だけじゃ分からない世界もある。そいつが興味深いってだけ。……クヒヒ」
百鬼夜行帳の中で過ごしていては、現代の常識や文明に置いてけぼりを食うことを、嬢たちは今回肌身で感じ取ったのだろう。だから、外が気になるといったところか。それを聞いて、大竹丸は「あい分かった」と頷く。
「お主たちが現在の日本を知りたいというのであれば、定期的に外に出してやることも吝かではないぞ! ――ただし! 妾の言うことはきちんと守ること! それだけは約束せい! それが守れるようなら呼んでやる!」
「……心外。今までだって守ってきたじゃないか。認められてないってこと? ……死にたい」
「守っとらんじゃろ⁉ 盛大に遅刻してるじゃろ⁉」
「だから、アレは不可抗力だって。……クヒヒ」
その笑いが怪しいんじゃがなぁと思いつつも、大竹丸は彼女たちとは定期的に接していこうかと考えるのである。
親交を深めていけば、彼女たちの考え方も分かる時が来るかもしれない。
そうして理解が進めば、協力が得られるかもしれない。
それは戦力増強を目指す大竹丸にとって必要なことなのであろう。
「まぁ、たまに外に出してくれるというなら文句はないよ。最近の
「♪」
「そういう所が出したくない要因なんじゃがなぁ……」
大竹丸が顔を顰めていると――。
「タケちゃーん! 本当もう、そろそろ本気で起きてー! 起こしに来る度に扉越しに殺気浴びせられるのいい加減、嫌なんだけどー!」
――ノックと共に、小鈴の悲鳴にも似た叫びが聞こえて、大竹丸は嬢と葛葉に鋭い視線を向ける。
すると、嬢は明後日の方向を向いて口笛を吹き、葛葉も慌てたように空気が漏れるような音を響かせる……どうやら口笛が吹けなかったらしい。
「お主らなぁ……」
「休暇はしっかりと貰わないとね。休暇と給与……貰える物が貰えるなら、しっかりと働くさ。……クヒヒ」
嫌な笑いを響かせる嬢に対して、大竹丸は思わず片手で顔を覆うのであった。
★
「うわ~、ダンジョンデュエル受けちゃったよ。大丈夫かなぁ……」
一方、所変わって
ダンジョンマスターにしか使用出来ない半透明のウインドウをスワイプですっと消しながら、ノワールはゲーム機やゲーミングPC、アーケード筐体に囲まれた
「あぁ、くそ……。でも、
「……何を悩んでいる? 鬼娘も喧嘩を売られたのなら、買えば良いと言っていたではないか。後は気合いを入れて迎え撃てば良いだけだ。む、そこに敵影。見えているぞ……! これで七人目……!」
ノワールの隣のゲーミングチェアに座りながらFPSをやっているベリアルは、視線すら寄越さずに画面上のキル数を恐ろしい勢いで増やしていく。
少し教えたらこれだもんなー、とノワールは口に出さずに思いながら、それでも表情を晴らすことはなかった。
「でもさぁ、お手伝いに残っていたタケ姐さんの分身は消えちゃったし、ダンジョンとしての防衛機構は貧弱だし、人員もボクとベリアルの二人だけでダンジョンデュエルやれって無理じゃない? しかも、相手はS級ダンジョンだって話だし……」
ダンジョンデュエルの受諾直後、ダンジョンの入り口近くで衛星電話を使い、何とか小鈴と連絡を取ったノワールは不安そうな表情を見せる。
確かに総合的な戦力だけで言うのであれば、ノワールのダンジョンの方が格段に劣る。
だが、此処には大竹丸を苦しめた魔神王がいるのだ。そう簡単に屈しはしないと、ベリアルは自信ありげに口角を歪める。
「問題ない。我の左腕もそろそろ馴染んできて試したかったところだしな。更に、その相手がS級ダンジョンとなれば不足があろうか? それに我がいれば一人で五十万の軍勢も生み出せる。もしかしたら、鬼娘の手助けも要らぬやもしれぬぞ?」
「そういうの慢心って奴だよ、ベリアル。ベリアルは余裕があるから良いかもしれないけど、ボクは胃が痛くなるぐらい余裕がないからね。タケ姐さんの力が借りられるなら、絶対に借りる方向性で動くからね……」
「ゲームでも元マスターは良くそういう動きをしているからな。理解している」
「…………。それ、卑怯上等とか、姑息戦法を好んで使っていることを言ってるよね? それは思っていても言っちゃ駄目な奴だよ、ベリアル……」
ベリアルがノワールに抱くイメージを聞きながら、少しだけショックを覚えるノワールである。
尚、彼の目の前のモニターには、少し目を離した隙に
★
一方、
「ミケ!? アスカ!? それにまさか、スカンダまで!?」
ダンジョン内で最強の武勇を誇る八忌衆の三人――。
その三人が揃って戦闘不能となっていたからだ。
ミケは全身の毛が所々剥げ落ち、痙攣を繰り返して白目を剥いた状態で発見され、アスカに至ってはダメージ自体は大したものでは無いものの、いつもの自信に溢れていた態度から一転――塞ぎ込むかのように多くを語らず、ただただダンジョンマスターに対し、「申し訳御座いません」という言葉を繰り返すばかりの状態となっていた。
スカンダだけは元気そうであるのだが、何があったのかを聞くと苦い顔で「途中から記憶がないのだ……」と語るのみである。
ダンジョンマスターである豪奢なドレスを身に付けた少女はそんな彼らをDPを用いて作り出した回復薬で治療。
精神的には万全と言い難いが、それでも戦える
そして、八忌衆の三人が揃ったところで、彼女は自分の身に迫った悍ましい出来事について語る。
「ミケに塔の地下牢が一番安全だからって転移させられたら、ポチ丸を殺した
チビと聞いて、塞建陀窟の第十五階層にある塔の一室に集まっていたミケの背中の毛が警戒する猫のようにぞわりと逆立つ。
その気持ちは分かるとばかりに、ミケのマスターはうんうんと頷いて続ける。
「――で、見た事もないチビがいつの間にか侵入していたから、アンタ誰って聞いたのね。そしたら、ソイツは不気味な笑みを漏らすだけで答えないの。それで私を無視して、蒼き星が入っている牢の前に行くからさー。私、頭にきて一発殴ったのよ。でも、そいつがまた硬いのなんのって……で、あのチビ助はあろうことに、蒼き星に復讐のススメを説いたのよね。やられたらやられっ放しで良いのかとか、きちんと復讐しないと駄目だろうとか、復讐は次への原動力になるとか何とか……で、彼女は牢を無理矢理抉じ開けたわ」
そこからは、ダンジョンマスターと蒼き星の追い掛けっこが始まった。
ダンジョンマスターを倒し、ダンジョンコアを破壊することでモンスター
その結果、これはちょっと限界だと思ったダンジョンマスターが、ダンジョンマスター界で噂の、弱小S級ダンジョン『殺し間遊戯』改め『風雲タケちゃんランド』にダンジョンデュエルを仕掛けたというわけである。
それで、ダンジョンデュエルが成立して、蒼き星は異物としてダンジョンから弾かれたわけだ。九死に一生を得るとはこのことであろう。
「相手がダンジョンデュエルを受けるかどうかは賭けだったけど、相手は乗ってきた……。私は賭けに勝ったのよ!」
塞建陀窟はS級ダンジョンということもあって、S級以外のダンジョンは全て格下になってしまう。格下のダンジョンにはダンジョンデュエルを断る権利が発生することもあって、そこいらのダンジョンにダンジョンデュエルを申し込む事は出来なかった。
もし、格下のダンジョンにダンジョンデュエルを申し込んで断られてしまえば、ダンジョンデュエルの申し込み権利自体が失われることになり、一カ月間はダンジョンデュエルを申し込む事が出来なくなってしまう。
まさに、ダンジョンデュエルの申し込みが成立するかは賭けであった。
そして、塞建陀窟のダンジョンマスターはその賭けに勝ったのである。
「とにかくそういうわけだから、これからダンジョンデュエルを
「はっ!」
「……はい」
「わ、分かったニャー……」
どことなく皆の元気が無いのはダンジョンマスターにも分かっていた。
だが、分かっていたからといって、その雰囲気が元に戻るのをいつまでも待っているわけにはいかない。
もう既に賽は投げられてしまったのだから、立ち止まってはいられないのだ。
「気合を入れなさい! このダンジョンデュエル、取りに行くわよ……!」
「承知した、王よ……!」
「「…………」」
だが、気炎を上げるのはスカンダばかりであり、他の八忌衆の調子が戻るのは多くの時間が掛かりそうだとダンジョンマスターの少女は思うのであった。
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