第69話 鬼、急がんとす。

 ダンジョンデュエルとは――。


 ダンジョンマスター同士で、互いのダンジョンを攻めて相手のダンジョンコアを破壊出来れば勝ち。破壊されたら負けという単純明快なルールによる真剣勝負ガチンコバトルである。


 とはいえ、流石にそんな血みどろの展開が予想されるルールだけでは、誰もダンジョンデュエルを仕掛けないだろうと、幾つかの規則ルールが設けられている。


 ①ダンジョンデュエルは、ダンジョンランクが格下の者から格上の者に挑んだ場合、ダンジョンデュエルを拒否する権利がない。


 ②ダンジョンデュエルは、ダンジョンランクが格下の者が格上の者に挑まれた場合、月に二度まで拒否する権利がある。


 ③ダンジョンデュエルを一度申し込んだ場合、その月はダンジョンデュエルを申し込む権利が消失する。


 ④ダンジョンデュエルは受諾された時から、二十四時間の準備期間が発生する。


 ⑤ダンジョンデュエルの申請が受諾された時点で、ダンジョン内部にいる異物(探索者など)は強制排除される。


 ⑥二十四時間の準備期間の後にダンジョンデュエルが開始され、制限時間二十四時間を以て決着とする。


 ⑦制限時間内にダンジョンコアを破壊出来なかった場合は、互いのダンジョンの侵攻度によって勝敗を判定する。


 ⑧判定決着の場合は、優位度によって相手ダンジョンから相応のDPを奪取することが出来る。


 ⑨支払うDPが手持ちに無い場合は、敗者はダンジョンコアを差し出すこと。


 ――その他、細かな規則ルールは幾つかあるのだが、主だったものはこんなところだろうか。


 そして、現在の大竹丸たちの問題ネックとなるのが時間だ。


「小鈴! 今すぐ自宅三重に戻るぞ!」


 そう、ダンジョンデュエルは申請してから二十四時間後に開催される。今頃、ノワールは涙目で大竹丸たちの帰還を待ち望んでいるに違いない。


 だが、小鈴は力なく首を振る。


「タケちゃん、今何時だと思ってるの? もうすぐ日付が変わりそうだし、新幹線が無いから」


「ぐぬぬ……」


 思わず歯噛みする大竹丸。


「そもそもダンジョンデュエルって、ダンジョンマスター同士がダンジョンのモンスターを使って互いのダンジョンを攻めるんだよね? 行った所で私たちじゃ協力出来ないんじゃないかな?」


 小鈴はそう言うが、その辺の準備は万事抜かりのない大竹丸である。


「任せよ! その辺は手を打っておるから問題ない! 問題なのは相手じゃ! あのスカした男スカンダが相手におるのであれば、妾が行かねばならぬ!」


「……あ、そっか。あの猫も半殺しにしただけだから復活してくるのか。……はぁ、トドメさしておけば良かった。……あぁ、死にたい」


「…………♪」


 嬢が後悔し、葛葉はどこか楽しそうだ。余程楽しい相手だったのだろうかと大竹丸は首を捻る。


「とにかく、妾とこの二銃士嬢と葛葉の力は必要じゃ! 明日の朝一の新幹線を用意せい!」


「いいけど……。それだと、デイゲームのペンギンズの試合が見られないよ?」


「…………」


 大竹丸は突如黙り込んで俯く。


 そう。地方出身者にとって応援球団のホームゲーム応援はとにかく一大旅行なのである。それをふいにしてしまっていいものかと物凄く悩み始めたのである。


「あ……、明日の先発予告は……?」


「……意志川選手。復帰登板だって」


「ぐおー! ベテラン意志川かー! 見たい! とても見たいぞー!」


「打線湿ってるから、三対一ぐらいで負けるんじゃない?」


「えぇい! 生々しいのはやめい!」


 見たい気持ちが昂っているのは確かだが、大竹丸は何とかその気持ちを飲み込む。ノワールにも彼の安全を保証するといって、色々と都合をつけて貰っているのだ。それを裏切るわけにはいかない。


 そして、大竹丸の心は決まる。


 ……そう。友情の勝利である。


「くそっ! 流石にノワールを見捨てるわけにはいかぬか! くーっ! 妾の至福タイムが……! それもこれも新宿ダンジョンのダンジョンマスターが悪いんじゃ! おのれ、許すまじ! 帰る! 帰って一発ぶん殴ってやらんと気がすまぬわ!」


「あー……。新宿ダンジョンのダンジョンマスターさん、ご愁傷様……」


 南無~と小鈴が拝んでいると、背後から「おーい」という声が届く。


 そこにはうつらうつらと船を漕いでいるあざみを背負ったルーシーの姿があった。そんなルーシーの周りを警戒しながらついてくる黒岩の姿も見える。


「お、ぬしらも無事じゃったか!」


「タケさん! 良かった! 無事だったんだ!」


「この通りピンピンしとるぞ!」


「いや、タケちゃんさん、なんか血の跡凄いですよ……」


 ルーシーとハイタッチを交わす大竹丸を見て、ちょっと引いた感じで声を掛ける黒岩である。スカンダ戦の鼻血が大竹丸の黒いジャージを結構な勢いで汚していたのである。


 それを見て、相当な激戦だったのだろうと黒岩は考えるのだが、内容としては終始大竹丸が圧倒して終わっていた。それを知らぬ黒岩は新宿ダンジョンの激戦を予想して勝手に戦々恐々とするのだった。


「何、大した事はなかったぞ。……のう?」


「楽勝。……遺憾はありまくったけど」


「…………」


 三人の様子を見て、黒岩は逆に恐怖する。


(S級ダンジョンの最奥部まで向かっていって、それでケロリとしているなんて、この人たちはどれだけ強いんだよ……)


 強くなった気でいたが、自分がまだまだであることを理解してガックリとする黒岩である。


「さて、そうなるとまずは報告に赤坂のホテルに戻らんといかんのう」


「……お。久し振りに娑婆しゃばの御馳走が食べられそうな気配」


 嬢が期待するが……。


「ホテル代を余計に取られたら堪らんから、一時的にお主らは百鬼夜行帳に戻っておれ」


「大竹丸の良いように扱われる私マジ不憫。……死にたい」


「…………」


 悲惨な雰囲気をやたらと纏い出す嬢と葛葉。


 その光景に流石に気持ちが折れたのか、鬱陶しいとばかりに手を振りながら、



「えぇい、後でホテルの料理が持ち帰れるか聞いてみるわい! それでお主たちの分も用意出来るようなら用意する! それで良いじゃろ!」


「仕方ない。それで手を打つ。……クヒヒ」


「…………♪」


 どうやら、二人共悲惨な空気を纏ったのは演技だったようだ。


 芸達者な二人に、渋い表情を作る大竹丸は無言のままに百鬼夜行帳を取り出して、二人を送還する。彼女たちはまるで風呂の排水溝に吸い込まれる水の如くに回転しながら百鬼夜行帳の中に姿を消す。


「全く、なんて業突く張りな連中じゃ……。さて、それでは赤坂のホテルに帰るぞ。ついでに大臣に報告すると同時に会食用の料理が残ってないか強請ねだってみるのじゃ」


「そうだねー。晩御飯抜かしちゃってるから、私もうお腹ペコペコだよー」


 小鈴は困ったような笑顔を浮かべて大竹丸に同意する。一方のルーシーはあざみを背負い直しながらハの字眉だ。


「あざみも疲れて電池が切れたように寝落ちしちゃってるしね。私も疲れたよ……」


 ルーシーが背負うあざみは少し揺らしたぐらいでは起きる気配がない程に熟睡している。


 それが、彼女が魔法を連発したせいで、精神力が無くなって気絶したのだと分かるのは後日の話だ。


「では、ホテルにまで行くかのう」


「あの、行くのは良いんですけど……、ホテルの場所が何処か覚えてます?」


 意気揚々と歩き出そうとしたところで、恐る恐る黒岩が尋ねると――。


「そういうのはクロの仕事じゃ!」


「クロさん、頑張って!」


「クロさん、すみません! お願いします!」


「そうなると思っていたんだよね……」


 結局、黒岩のナビゲートで迷いながらも赤坂のホテルに着いた頃には、深夜の一時を回っていたのだった。


 ★


 深夜一時であろうともホテルの玄関は閉まっておらず、スムーズに大野大臣の元に案内されたのは、流石は高級ホテルといったところであろうか。着替える時間が無かった為に、少し物騒な恰好となってしまった事は玉に瑕ではあるが……。


 ホテルの二階の貸し切りにされた宴会場は、大竹丸たちが出て行った時と何ひとつ変わらぬ様子で存在していた。ただ、最初は公認探索者の面々が鎮座していたのが、今はその姿は一人をおいて他にいない。


「お、ようやく帰ってきたんだぞい!」


 ダンジョン研究科の小早川がそう声を上げる。


 彼は現場には出ずに今後のダンジョン攻略方針について大野大臣と話し合っていたらしい。そんな大野は大竹丸の姿を見ると思わず立ち上がって、その青い顔を向ける。


「し、新宿は……! 新宿はどうなりましたか……っ!」


 その表情を見る限りだと、まだ詳しい情報は大野には齎されていないようだ。途中で秘書たちが検閲などを行って、情報の精査と今後の方針の打ち出しを行っているのかもしれない。


 それでも、大竹丸は大野がどこまで知っているのかを確かめる意味でも尋ねる。


「何も知らぬというわけじゃないんじゃろ?」


「一応、三時間程前には状態は落ち着いたという話は聞きましたが……。どうしてそうなったのか、何が起きたのかは詳しい情報が全くない状態でして……」 


「他の公認探索者たちはどうしたんじゃ?」


「天草さんを始めとした、既に契約を終えた公認探索者の方々はもう少し見回ってみるという連絡があり、今も新宿の街をモンスター掃討に動いているようです。長尾様は既にホテルに戻っており、ルームサービスで食事を取った後で疲れからか睡眠されたようで……。辺泥様方は怪我は無かったのですが衰弱していた様子でしたので、一応、念の為に病院へと搬送しました」


「ふむ。それでは、誰も報告しとらんという事か。とりあえず、事の顛末を語るから飯を用意せえ。ここにいるパーティーメンバーにも――」


「あ、私とクロさんとあざみはビュッフェでそこそこ食べたから要らないよ。というか、あざみを寝かしつけたいから部屋に戻ってもいいかな?」


「あ、それなら僕も戻りますよ。流石にあの光景を見てきた後だと食欲が湧かないんで……」


 黒岩がそういうと嫌な光景を思い出したとばかりに、小鈴が苦渋に満ちた表情を浮かべる。


「ちょっとクロさん! 折角、美味しい料理を食べようとしているところを、そういう思い出すような事を言わないで欲しいかな!」


「えぇっ、忘れてたの……? あ、はい。す、すみません……」


 ガルルと小鈴に睨まれ、黒岩は素直に謝る。極限状況を見続けていれば、慣れるということか。摩耗した精神よりも人間の三大欲求ということなのだろう。


 やがて、ルーシーたちが部屋を出ていくのと前後して大竹丸たちの元に届いたのは、立派な紙製の弁当箱であった。


「…………」


「いや、本当にすまない。料理人たちにずっと待機を命じるわけにもいかなくてね……」


 大野にそう言われてしまえば、怒るに怒れず大竹丸も無言で頷くしかない。大竹丸たちの都合に高級ホテルの料理人たちを付き合わせるわけにもいかないからだ。彼らにも彼らの生活がある。


「分かった。あとすまぬが、お土産として他に弁当を二つ貰えぬか?」


「お土産……ですか?」


「ちと、今回の騒ぎで世話になった者たちがおってのう。その辺も報告するが……」


「分かりました。あぁ、君。すまないけど、もう二つお弁当を用意して」


「分かりました」


 大野が秘書に命じさせ、大竹丸の前に更に弁当が二つ追加される。それを見た大竹丸は満面の笑みで礼を言う。


「恩に着るぞ」


「いえ……」


 流石に絶世の美少女の微笑みは、ポーカーフェイスが得意な政治家であろうとも破壊力が抜群だったようだ。視線を逸らして照れる。そんな様子を気にする事もなく、でんっと椅子に座り直す存在もいるわけだが。


「状況報告ということなら、我輩も同席するぞい!」


 何故か、弁当を受け取りながら小早川も席に居座る。


 ちなみに小早川はひっそりとフルコースを楽しんでいたりするのだが、また食べるようである。


 それを大野も特に指摘せずに椅子に座り直す。彼も話を聞く体勢になったということだろう。


「ふむ、まぁえぇじゃろ。食べながらで失礼するが、ざっとした状況を説明するからのう。聞き逃すで無いぞ」


 かくして、大竹丸の大雑把な説明が行われる。


 その説明の細部に関しては、大野と小早川が根掘り葉掘り聞くことによって、何とか詳細を把握していくといったような状態だ。そして、食事と説明が終わった頃には午前三時を少し回っていた。


 その合間には、他の公認探索者たちも姿を見せたりもしたのだが、小早川の質問攻撃がしつこそうだというのを察すると、弁当を持って皆、自分の部屋に逃げ帰っていく。


 それらを恨みがましい視線で見つめる大竹丸といった光景もあったのだが、概ね午前三時を越える頃には全てを話し終えることに成功したのであった。


「ということは、大竹丸様はこれから新幹線に乗って三重みえに帰られると?」


「ふぁ。眠いから少し仮眠取ってからじゃな。それから帰るぞ」


「でしたら、すみませんが、今此処で契約書にサインだけでも頂けませんでしょうか?」


 大野が恭しく尋ねると、大竹丸は眠そうな目を擦りながら、視線だけで「それ、今じゃないと駄目?」と訴えかける。


 すると、大野には通じたようでコクリという返事が返ってきた。


 どうやら時間を多く過ごした事によって、ある程度の阿吽の呼吸が芽生えたようである。ちなみに、ツーカーであるはずの小鈴は既に隣の席で船を漕いで寝ていた。


「ふむふむ。S級ダンジョンの話は非常に興味深かったぞい! このダンジョンの経験を元にして、もっと安全な探索者基準を定めないと色々と探索者たちが危ないと考えるぞい!」


 深夜三時にもなって元気な小早川はそう鼻息を荒くする。


 研究者というものは、なんだかんだとこう深夜帯に強いものなのかもしれない。


 契約書にやけに達筆な字で自身の名前を書いていた大竹丸はそんなことを思う。


 ちなみに、契約書の中身はあまり確認していない。眠過ぎて確認する気も起きないというのが正直な心境のようだ。


「探索者たちの事が守れるのであれば、色々と考えてくれぃ……。妾はもう駄目じゃ。眠過ぎる……。もう部屋に帰って休んでも良いかのう?」


 書いた契約書を大野に手渡すと、大野はそれをざっと確認した後で目に隈を作った状態でありながらも力強く頷いていた。


「はい、大丈夫です。私も朝一での記者会見の原稿をこれから秘書と協力して作らねば……」


「これから?」


 うだうだとやっていたせいか、既に午前三時半だ。


 これから大野に付き合わされるであろう秘書たちには同情を禁じ得ない。


「はい。五時までには完成して、七時には記者会見が開ければ良いと思います」


「いつ寝るんじゃ?」


「隙間の時間で寝ますので」


「政治家って大変じゃのう……」


 思わずそう呟いてしまう大竹丸である。


 なお、彼女もそこそこ忙しいタイムスケジュールであるのだが、それに関しては考えないようにしているようだ。自分の事は棚に置いて考える。


「ではのう、妾は寝る。また何かあったら連絡を寄越すと良いぞ」


「はい。お疲れ様です」


 かくして、大竹丸はヨレヨレの状態で小鈴を背負って自分の部屋に戻ったわけなのだが――。


 ――翌日。


「ギャー! 寝過ごした――――ッ!」


 そういった大竹丸の悲鳴がホテルの部屋に響くのであった。

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