第77話 そうだ、風雲タケちゃんランドに行こう③

「すまぬが、お主たちには今日から訓練完了の間まで、この部屋で寝泊まりしてもらうことになる」


「え、寝泊まり出来るんですか? この部屋……?」


 探索者修練施設の受付を終えた青木たちは案内人となる大竹丸の案内で部屋に通されていた。


 ちなみに修練の内容は地獄コースで、期限は一応一ヶ月を見ているが、青木は場合によっては延長も視野に入れているようだ。


 一方の赤川は一週間程度を考えていた為、その熱の違いに戸惑い気味のようである。


 そんな中で案内された部屋。


 それがまた癖の強いものであった。


「なぁ、青木。俺にはこの部屋が上下逆さまに見えるんだが……」


「あぁ、赤川の見ているものは間違っちゃいない。俺にも同じように見えている」


 そう。ベッドや家具が天井に張り付いた部屋――それが、青木たちが案内された部屋の全容だ。一応、此処彼処に足場となる引っ掛かりが用意されている為、登るのには問題無さそうなのだが……。


「一日中、ボルダリングをして過ごせと?」


「訓練は別じゃ。これは休んでいる間も、寝ている間も鍛える為の設備じゃの」


 部屋にいる間はずっと落ちないように、筋肉を酷使して自重を支える必要がある。それは、継続的な筋力トレーニングと適度な緊張感を彼らに生む事になるだろう。


 というより、元々そういう意図があって作られた部屋である。とにかく強くなりたい人間には、ぴったりの部屋だろう。


「えーと、命綱とかは無いんですかね?」


「あるぞ。まぁ、お勧めは無しの方じゃが」


「その辺は慣れてきたらってことで……」


 赤川はいそいそと命綱を付け始める。


 だが、青木はどうやら付けないようだ。そのまま登り始める。


「お……、おい、青木!」


「俺はどうしても強くなりたいんだ。だから、とりあえず行けるところまで行ってみる……」


 壁に打ち付けられた歪な出っ張りに、指を引っ掛け、足を掛けて登る。途端に指と腕に掛かる自分の体重。これを支える自分の脚は偉大だと思いながらも、青木は体を重力に逆らって持ち上げていく。


「おいおい、マジかよ……」


 ボルダリングなどしたことが無いはずなのに、すいすいと登って行く青木の姿を見て、赤川は思わず呻き声を上げる。


「ほう。体の使い方が上手い。何処に手足を引っ掛ければ、体が支えられるかを本能的に理解しておるようじゃな」


「それって才能って奴ですか?」


「生存本能じゃろう」


 だが、大竹丸と赤川が話をしている間にも、青木の動きが鈍り出す。スタミナ切れというわけではないが……。


「腕、というか、指が痛い! このままだと落ちる……!」


「そういう時はU字アンカーを探すのじゃ。そこに足なり、腕なりを引っ掛けて休憩することが出来るぞ」


「そういう事は、やる前に言ってくれ!」


 文句を言いつつも、何とか休憩箇所を見つけ出し、そこに脚を引っ掻けて腕をブンブンと振る青木。問題なのは、体力よりも握力の方にあるらしい。


「クソ痛いし、指先の感覚が弱くなってきているんだが……」


「一応、天井のベッドまで行けば、ポケット状になっとるから、そこで休憩出来るぞ」


「…………。ベッドが天井の中央付近にあるんだが?」


「手抜き出来んように工夫したからのう」


「そりゃどうも……!」


 半ばキレ気味に返事をしながら、青木はベッドまでどうやって行くかを思案する。


 最初は雲梯のように、ぶら下がりながらU字アンカーを伝って進もうかと考えたが、どう考えても腕の力だけでは限界が来る。


 青木は色々と考えた末に、天井にあるU字アンカーに足を掛け、腕と脚の力を使って天井にぶら下がりつつ進むことにしたようだ。


 亀の歩みだが、負担自体は全身に分散する為、思ったほど一部分が痛いとならないらしい。文句が格段に減る。


「すげぇ……。天井を這ってるよ……。スパイ●ーマンかよ……」


「体の何処かしらをU字アンカーに引っ掛ければ落ちないからのう。天井付近は思ったよりも腕や指の負担が少ないかもしれん。むしろ、登る時の方が辛いかもしれんのう」


 やがて、青木はベッドへと辿り着き、息を荒げながらもようやく布団の中へと転がり込む。


 青木が部屋の壁を登り始めて既に一時間が経とうとしていた。


 赤川はそんな青木の快挙に思わず拍手をしてしまう。


「いや、すげぇよ、青木……。感動したわ……」


「うむ。そうじゃな――で、お主はいつ登るんじゃ?」


「……え?」


 その後、大竹丸の極上の笑顔ゴゴゴ……に見守られながら、赤川は何度も地面に落ちそうになりつつも何とかベッドにまで辿り着くのであった。


 ★


「……死にます。……死んでしまいます」


 その後、天井に張り付いたテーブルの裏に置かれた晩飯をテーブルの表に付けられたU字アンカーで体を固定して、腹筋を使って食事をするという苦行(腹筋の力が抜けると容赦なく熱いご飯やみそ汁が顔面に掛かった)を行い、唯一の安らぎである大浴場で汗を流した後、握力の落ちた状態でもう一度ベッドまで登らないといけないという悪夢を体験した二人は、一晩経って大分参った顔色へと変わっていた。


 簡単に言うと、赤川の言葉通りに死にそうな顔色だったのである。


 だが、大竹丸はそんな二人を見ながらも、実に朗らかな笑顔だ。


「まぁ、最初の三日は辛いじゃろうが、やっておればその内慣れるもんじゃ」


「その三日の内に死んじゃいますって!」


 赤川は全力で否定するが、大竹丸は人間そう簡単には死なぬて、等と言い笑い始める始末。その態度に説得を諦めた赤川は、もう一人の当事者へと視線を向ける。


「青木、もう満足しただろ? もう終わりにしよう? な?」


「…………。それで、一席? 此処に連れてきて俺たちに何をさせようと?」


「駄目だ、コイツもやる気があり過ぎる!」


 風雲タケちゃんランド二十七階層――。


 広々と広がる草原の中に多数の樹木が点在するその場所で、青木は青白い顔を燃え盛る執念で上塗りして大竹丸を見据える。


 その姿に気圧されたのか、赤川もガクリと肩を落とすしかない。


「まぁ、最初から無茶は言わん。あれじゃ、見取り稽古という奴じゃな。あそこに盾を構えて木に向かって突っ込んどる阿呆がおるじゃろう?」


 そう言って大竹丸が指をさす先には銀色の盾を持って、鞭のように枝を振るう化け物樹木のモンスターに近付こうとする黒岩の姿があった。


 彼は上下左右から襲い掛かってくる鉛色をした樹の枝を弾き、往なし、躱しながら、徐々に樹に近付いていくと、その幹に軽くタッチをして、攻撃範囲から逃れるといった事を何度も繰り返している。


 その様子をじぃっと見ていた青木たちだが、やがて何かに気付いたかのように「なぁ?」「あぁ」と言葉を交わす。


 その様子に、大竹丸も気付いたようじゃなと呟き、黒岩が今何と戦っているのかを彼らに告げていた。


「まぁ、音でも分かるように、あの木のモンスターは全身が鋼のように硬いんじゃ。確か、モンスター脅威度B級のデスメタルツリーじゃったかな? まぁ、要するに、あの木の枝の一振り一振りが鉄棒に殴り付けられていると同等と考えて良いじゃろう。捌き方を誤ったら、それこそ頭をかち割られて死ぬじゃろうな。呵々」


「わ、笑い事じゃないんじゃあ……」


 赤川が震える声でそう言うが、そんな赤川の目の前で黒岩は再度デスメタルツリーの攻撃射程圏内へと脚を踏み入れていく。


 そして、目にも止まらぬ速さで振るわれる鞭のような枝の動きを、実に見事に捌いていくではないか。


 その洗練された盾の技術に赤川も青木も目を奪われていく中、大竹丸は気軽に黒岩へと向かって声を掛けていた。


「のう、クロよ?」


 ぎょっとする二人。


 少しでも集中力を欠けば死ぬという状況の中で、この声掛けは正気の沙汰ではないと思ったのだろう。だが――、


「何です? タケちゃんさん?」


 ――返ってきたのは意外にも気楽そうな返事。


 それだけ、余裕があるということなのだろうかと二人は黒岩の表情を窺うが、彼の目は真剣そのものであり、デスメタルツリーの攻撃を一切見逃さないとばかりに集中していた。


「この二人に今からデスツリーの方で防御訓練でもやってもらおうかと思うんじゃが、何かアドバイスとかあるかのう?」


「あ、慣れれば何とかなりますよ。タケちゃんさんの不意打ちにも慣れて――」


 大竹丸がすっと地面の石ころを拾い、黒岩に向けて投げつけるが、黒岩はその石ころを半歩下がっただけで簡単に躱し、そのままデスメタルツリーに近付いていく。


「――くれば、この通りですし」


 そして、デスメタルツリーの幹にタッチ。


 最早、防御技術だけであれば一流とも言えるぐらいには成長している黒岩である。まぁ、それ以外があまり成長していないので、総合的にはそこまで強くはないのだが……それでも、青木と赤川は感銘を受けたようだ。思わず拍手をしてしまう。


「いやぁ、どうもどうも」


 照れたように笑いながらもデスメタルツリーの攻撃を一切受けずに後退していくのは見事。だが、青木と赤川にはこれぐらいで感心してもらっていては困る、とばかりに大竹丸が厳しい表情を生み出す。


「拍手しているところ悪いが、お主等もこれぐらいはやってもらえるようになってもらうからのう?」


「「えっ……」」


「なぁに、大丈夫じゃ。最初は普通の木のモンスターが相手じゃから、打たれてもそんなに痛くないからのう。ちょっと皮膚が裂けて血が出るだけじゃって!」


((それを痛いというのでは……?))


 二人の思いが同調シンクロする中、大竹丸の鬼の特訓が静かに幕を開けるのであった――。

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