第9話 鬼、魔神王と相対す。③
「大嶽流奥伝、真鬼神斬!」
大竹丸の言葉に反応し、大上段に構えた
空を見上げる悪魔たちの顔に絶望が浮かぶ。
「そこじゃあ! 喰らえぇぇいっ!」
光がしなり、刹那で光剣が振り下ろされる。前に出ていた大竹丸たちは阿吽の呼吸で飛び
巨大な光の柱が空から落ちてくる。
光の柱は一瞬で砂を削り、大地を斬りつけ、地面に底の見えないほどの谷を作り出す。突風が舞い、突風は即座に竜巻となって周囲の悪魔たちを巻き上げる。光の柱に斬りつけられ、その場で蒸発した者たちはまだ幸せだったことだろう。
竜巻に捕まった悪魔たちは悲惨であった。風の渦に巻き込まれ、砂と複数の悪魔の身体に何度も衝突を繰り返し、原型も留めない程に破壊されたのだ。意識を失ってもまた意識を蘇らせるほどの衝撃が連続で押し寄せてくる様はある種の拷問に近い。
そして、そんな竜巻から逃れられた悪魔でも待っていたのは地獄だ。大地に谷を作る程の砂が巻き上げられ、それらが津波よろしく悪魔の上から圧し掛かってきたのだ。範囲が広大過ぎて逃げることも叶わず、更に言えば数が邪魔をして大きく部隊を展開することも出来ない悪魔たち。彼らは気付いたら砂の壁が目の前にあり、そのまま砂の底へと飲み込まれていった。
圧倒的。
圧倒的な威力を見せつけた光の刃であったが、その動きがある一点にて止まる。光の柱に晒されて、まるで米粒のようにしか見えない黒い影。その影が光の柱を交差した両腕で凌いでいる。鎧のような硬さを見せる左腕の半ばまでを斬り裂かれながらも、影にしか見えない男は冷静にだが確実に苛立ちを募らせた口調で吐き捨てる。
「クソほどの役にも立たない下級悪魔とはいえ、我の兵を一蹴するか……! 更に我に一太刀浴びせるとは……!」
男……ベリアルは腕の筋肉を締め、光の刃をその身に固定する。その感触の違和感は大竹丸も握り手越しに感じ取ったようで大通連を持つ手に力がこもる。
「往生際が悪い! ぶった斬れんかぁっ!」
「小賢しいぞ! 不敬者がぁっ!」
――バキンッ。
次の瞬間、大竹丸たちは一斉に目を丸くする。光の刃がベリアルを起点とした中途で砕け散り、神々しい光の粒子となって上空へと立ち昇っていったからだ。そして、大竹丸の握る大通連の刀身にも全体に渡って皹が走る。折れず曲がらずの大通連――。それが初めて破砕されたとあって、大竹丸たちに走った動揺は少なくない。
そして光の粒子が天に帰る中、ベリアルの左腕もぐるぐると宙を回転して鮮血をねずみ花火のようにして振り撒いていた。光の刃を折る代償としてベリアルもまた左腕一本を失っていたのである。
剣一本と腕一本。
どちらが代償として安いのか。それを考える間もなく、ベリアルは両翼で
「「「行かせぬ!」」」
「紛い物が煩わしいわ! 失せよ!」
トップスピードで迫るベリアルの一喝に大竹丸たちの身体が形を保っていられずに光の粒子となって霧散する。その光景を見て、ようやく大竹丸はベリアルが何故自分の真鬼神斬を防げたのか理解するに至った。
「此奴の力、妾の神通力に似ておる!」
大竹丸は知らぬことではあるが、悪魔学の中ではベリアルは元々神に仕える天使であったとされている。故に、ベリアルの力の本質は神々が使うものと同じものであり、大竹丸が使う神通力とは非常に性質が似通っているのであった。
そして、神の力というのは島を作ったり、空や大地や太陽や星や海を作ったりと理不尽満載の何でもありなのである。
その力に似た神通力を使用して大竹丸は大通連を決して折れぬ曲がらぬ刀として作り上げたが、同じく神の力に近い力を使ってベリアルは折れるし曲げられる刀であるという認識を作り上げたのだ。そして、その概念が上書きされた瞬間に大通連に皹が入ったと推測される。
神の如き力を使った上での存在の上書き。それは、大竹丸の神通力よりもベリアルの神に近しい力の方が強いということではないだろうか。
大竹丸の頬を一筋の汗が伝う。
何にせよ、分け身の術で対応するわけにはいかないことは分かった。ベリアルは既に分け身の術をまやかしの技として定義している。そんなベリアルの前に分け身の大竹丸が躍り出たら、それこそ秒で
「妾たちよ、有象無象は任せる」
「やる気か、妾よ……」
「あぁ、妾自身が奴を倒す……!」
決意を込めた瞳でベリアルを睨み付け、大竹丸は空中に足場を作り出して一気にベリアルとの距離を詰める。大通連は向かう間に光の粒子に戻す。大通連の不壊の概念は大竹丸が三百年の永きに渡って作り上げてきたものである。故に、完全破壊とはならなかったのだが、ここで完全に破壊されれば今後二度と使い物にならなくなってしまうことは容易に想像が出来た。だからこそ大竹丸は大通連を引っ込め、素手にてベリアルに立ち向かう。
一方のベリアルも隻腕ではあったものの、そこは力を操れる者である。此処彼処に散らばる悪魔たちの死骸から瘴気を集め、暗黒色の靄で出来たような左腕を新たに生み出す。腕の形を取ってはいるが不定形に揺れる左腕を見て、おえっと大竹丸は軽くえずいた。
「面妖なことをしよる!」
「場凌ぎだが悪くないだろう? まぁ、貴様を殺した後は貴様の左腕が我の左腕になるのだがな!」
「ぞわわと来たぞ! きもいんじゃボケェ!」
まるで大地を走るが如く中空を駆ける大竹丸。それを迎え撃つかのように急降下を開始するベリアル。二人の姿が霞むように加速する中、大竹丸の頂心肘が天を衝く形で上昇し、重力加速度と全体重の力を加えて放たれたベリアルの膝蹴りが空中の半ばで激突する。腹の底まで響く重低音が衝撃となって空気を震わせ、互いが纏っていた神に近しい力が白い光と黒い闇となって火花のように激しく散った。
その衝撃の爆発に押し負けたのは大竹丸の方だ。
「ぐ、くぅっ……!」
元々体格的に負けていることに加えて、神通力の出力でも負けているのだ。正面からぶち当たって勝てる要素などひとつもないのは道理であった。
「シャアッ!」
空中で体勢を崩した大竹丸を狙って、ベリアルの漆黒の左腕がバネのように伸びる。ちりりと大竹丸の勘が警鐘を鳴らしたのを感じ、彼女は胸を反らすようにして慌てて漆黒の左腕を回避していた。
はたして大竹丸のその判断は間違ってはいなかったようだ。ベリアルの左腕は際限無く地上まで伸びていき、大地に突き刺さると同時に赤い砂を溶かして焼いて、その場に暗く濁ったガラス質の穴を作り上げたのである。まともに喰らっていたらいきなりノックアウト必至の攻撃である。
(危なっ! 流石に、あれを喰らったら再生は難しそうじゃな……)
お気に入りのジャージの胸部分が若干焦げ臭くなるのを気にしながらも大竹丸は気持ちを引き締めてベリアルと相対するのであった。
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