第98話 北へ行くよ、らんららん⑫
「か、勝った……」
最後のオーガの首を落としたところで体力の限界を迎えたのか、景は膝が汚れることも構わずにその場に崩れ落ちる。どうやら、本当の本当に体力の限界が訪れたらしい。もう歩くのも億劫だとばかりに糸の切れた操り人形の如く倒れる。
そんな景を見た天狗たちはまさに同感だとばかりに「有無」と深々と頷くと、その場に次々と座り込みながら――。
「「「「「宴じゃあーーーーーッ!」」」」
「「「「「応ともよーーーーッ!」」」」」
――と叫び始める。
「いや、おかしくない!?」
倒れていた景が思わず起き上がってツッコんでしまうぐらいには、天狗たちの行動は唐突であった。疲れているにも関わらず四方八方に飛んで行っては宴の準備と称して、森の恵みを狩りに行ってしまう。
そんな天狗たちの姿に、やれやれとばかりに嘆息を吐き出しながら、大竹丸は倒れ伏す景に近付いてゆっくりと片手を差し出す。
「天狗というのは昔からお祭り騒ぎが好きで好きでたまらん奴らでのう。何かというと、お祭り騒ぎを始めるのじゃ。良く頑張ったのう、景。立てるか?」
「正直、もう無理です……。体ガッタガタです……。死んだように眠りたいです……」
鎌鼬という妖怪の先祖返りだとはいえ、景の体力は人並みである。
力なく伸ばされた景の手を握って体を引き起こす大竹丸。引き起こされた景の体が頼りなく揺れるのを見て、こりゃ駄目だと言わんばかりに大竹丸は景に肩を貸す。
「何じゃ、これぐらいで弱音を吐くとは……情けない奴じゃ」
「無茶言わないで下さいよ……。普通の人よりも頑張ってますよ、俺……」
「そうじゃな。おかげで救われた人間もおるようじゃ。――のう?」
大竹丸が荒れた森の奥に声を掛ける。
すると、叢を掻き分ける音が響いて双子の少女が姿を現すではないか。
その少女たちはいつもの無表情ではなく、どこか照れたようなむず痒いような表情を見せて立ち尽くしていた。
「……アズマ婆が助かった」
「……景のおかげ。ありがとう」
深々と頭を下げる辺泥姉妹の姿を見て、景も思わず砕けた笑みを見せる。人に畏れられたり、不気味に思われたりすることは沢山あったのだが、こうして真っすぐな感謝を受け取るのは随分と久し振りだ。思わず照れてしまう。
「ははは、こんな俺でも人の役に立ったって言うのなら無茶した甲斐があったかも……。こっちこそ、ありがとう……」
最初は、自分以外にも『異能』と呼べる能力に困っている人がいるのではないかと――……景はそう考えていた。そして、その能力を抑えることで普通の生活を送れるのではと、そんなことを夢想した。
その切っ掛けを探して、辺泥姉妹という不思議な双子の少女を追いかけて北海道まで来たのだが、大竹丸のひょんな発言から自分の
普通に過ごすことを求めていたはずなのに、更に厄介な問題を抱えてしまったと、今までの景なら気持ちが沈んでいたことだろう。
だが、その力が手に入ったからこそ、人を守り、人を助けることができ……、そして、双子にも礼を言われる運びとなった。だから今は――、
「何故、三席が礼を言う?」
「景が礼を言う意味が分からない」
「こんな自分でも悪くないって思えるようにしてくれた、からかな? あー、何言っているか自分でも分からないや……。いや、もうなんか疲れてて……コホッ……。あー、戻ってきたか……」
咳をし始めた景を見て、少しだけ表情を動かすアミ。
それを見ていた大竹丸は憮然とした表情を作る。
「……ふむ。なんじゃ詰まらん。妾の知らんところで事が進展しておったのか。馬に蹴られぬ内に退散するのが正解かのう」
などと言って景の体を無理矢理アミに預ける。アミはいきなりの事に慌てるが、それ以上に理解できないとばかりに食って掛かったのはクルルだ。大竹丸に掴み掛かる勢いで近付いてくる。
「一席、どういうつもり?」
アミだってこの戦闘で死ぬほど疲労しているのは確かなのだ。それをまるで考慮しない大竹丸の行動に姉として起こったのだろう。だが、大竹丸は素知らぬ風を装いながらクルルの耳元まで寄るとクルルにだけ聞こえる声で呟く。
「お主は景を三席と呼び、アミはアヤツを景と呼ぶじゃろう?」
「それが?」
「じゃが、アミは妾のことはタケちゃんと呼ばずに一席と呼ぶのじゃ」
「そういうこともあるのでは?」
「では、お主はそういう風に呼び方を変える時はどういう気持ちか考えてみると良いじゃろ」
「それは……。…………。なるほど。一席は一席なのに、三席は景。なるほどなるほど」
なにやら納得した様子のクルルは、大竹丸と共に微妙に生暖かい笑顔でアミを見つめる。そして、声は出さずに口の形だけで「がんばれ」と伝えてくる。それを見たアミが無表情のままにちょっとだけ頬を赤らめたのは意味が分かったからだろうか。
「では、終わった事の報告ついでに妾も、老婆に顔を出しておこうかのう~。クルル、案内を頼むぞ~」
「分かった! クルルたちは大事な話があるから、アミは後からゆっくりでいい!」
「そう、ゆっくりで良いぞ~! 呵々!」
二人して先に行ってしまうのを見て、景は何やら戸惑ったような表情を浮かべる。怪我人というわけではないのだが、歩くのも困難な成人男性一人を少女一人が支える構図に困ったというのが正しいか。少女に余計な負担を掛けるわけにもいかないし、どうしたものかという意志が透けてみえる。
だが、残された少女はどこか頬を赤く染めて、しかっと景に肩を貸していた。本人も疲れているはずなのに、どこかやる気に満ち溢れているのは気のせいではないだろう。
「肩貸すね」
「ありがとう。ゴメンね、まだちょっと足元がしっかりしてなくて……。悪いけど少しだけ頼めるかな……ケホケホ……」
「ん。問題ない」
少しだけ嬉しそうな表情を見せたアミ。
だが、月明かりのか細い光の下では、景にそのことを気付かせるのは難しいのであった。
★
「あぁ、もう! 天狗はこれだから嫌なんだよ! 何かあると宴、宴って!」
うんざりしたように額に手を当てて頭を振るのは法起坊だ。
アズマの見舞いに来た大竹丸が見たのは、病み上がりのアズマの元で頭を抱えている法起坊の姿であった。どうやら天狗たちの宴会に巻き込まれぬように避難してきたらしい。流石に天狗も病人の近くでどんちゃん騒ぎをする気はないのか、気を使っているようだ。
一種の空白地帯となっている場所に踏み込みながら、大竹丸はその場に幼女姿である大竹丸もいることに気付く。
「なんじゃ、妾もおったのか」
「おったぞ、妾よ」
「あー、君、大竹丸だったんだね。過去に鈴鹿山の方で鬼として散々暴れ回ってきた奴だろう? さっき小さい方のお嬢さんに聞いたよ。……それでなんだけど、この小さいお嬢さんを僕にくれる気ない? 女っ気無さ過ぎて死んじゃいそうなんだよね、僕」
幼女大竹丸の頭を撫でようとして、さっと避けられる法起坊。行き場を失くした腕を気まずそうに戻しながら、どうやら嫌われているようだねと笑う。
だが、女なら何でも良いといった軽薄な態度の限り、顔は良くてもなかなか靡く者はいないのではないだろうか。大竹丸は呆れたように法起坊を睨む。
「妾たちはお主に一度殺されてる身じゃぞ。それで懐くわけがないじゃろが」
「えー。そうなの? 鬼の時に戦ってないよね? 鬼になる前ってこと? 覚えてないなー? というか、それで小っちゃい君の方もツンケンしているのか。まぁ、それはそれで猫を相手にしているみたいで好きなんだけどー」
「……お主の感性なんぞ知らぬし、お主に妾を与えるなんぞ断固として拒否じゃ。それに女っ気ならそこにおるじゃろ?」
「――え? えぇ?」
法起坊が戸惑う視線を投げる先で皺くちゃの老婆が「ヒェッ、ヒェッ」と笑う。服に付いた血は黒ずみ、その傷痕の痛々しさを今も残すが、景の力もあって状態としては回復したようだ。顔色も戻り元気そうに見える。
「挨拶が遅くなってすまぬな、老婆よ。妾はお主の孫娘の同僚になる大竹丸と申す者。こんなナリだが鬼という種族でな。人の世の常識をあまり知らぬかもしれぬが、宜しく頼む」
「鬼さんかぇ。さっきのとは雲泥の差だぇ。まぁ、こんな死に掛けの婆で良かったら幾らでも話し相手になるでよぇ。よろしうぇ」
「……アズマ婆、本当に死に掛けたからその冗談は笑えない」
「そうかぇ? ヒェッヒェッ!」
御機嫌そうに笑うアズマに、嘆息を吐き出すクルル。
そんなクルルに色目を使おうとする法起坊だが、その視線の先に幼女姿の大竹丸が立ち、非常に冷めた視線で法起坊を見つめてくる。まさに軽蔑の極みといった様子に法起坊は「やだなぁ、冗談だよ~」と誰にともなく言い訳をする。本当にこの男は……といった思いを抱きながら、大竹丸はその場にどかりと座り込んでアズマと視線の高さを合わせる。自分たちの間には上も下もないといった意志表示のつもりだが、アズマには果たして通じただろうか。
「まぁ、冗談を言えるぐらいには回復したようで何よりじゃ。それと、お主たちは直接被害にあっておるからのう。敵方の名前ぐらい知る権利があるじゃろうと思って来たのじゃ。敵方の名前は大江山の酒呑童子――この名前に聞き覚えは?」
「うぅむ? 婆は知らぬぇ……」
「僕は知っているけど、一般教養の範囲だよ? 彼に恨まれた覚えもなければ喧嘩を売った覚えもない。何でこんな騒ぎを起こしてきたのか、理解不能だね」
アズマが首を振り、法起坊がオーバーリアクションで肩を竦める。
二人に心当たりがない辺り、今回の件は偶然起きた事件のように思えるが――……だが、今回の騒動は随分と計画的なのだ。
(モンスターを召喚する鏡を北海道まで運び入れ、法起坊に対する決戦兵力を投入し、そして同時に現地にあるダンジョンでモンスター
悩む大竹丸であるが現時点では答えが出ない問題として、答えを出すことを諦める。その代わりとばかりに幼女姿である大竹丸に視線を向けていた。
「妾よ」
「何じゃ、妾よ」
「此処であった事を本体に伝えたい。頼めるかのう?」
「ふむ、構わんぞ」
「そうか。では、頼む」
大竹丸が細く美しい指をパチンと慣らすと、幼女姿の大竹丸の姿がその場で煙となって消える。分け身の術を解いたのだ。これで、ここで見聞きした情報は本体の大竹丸へと統合されるはずだ。その結果、本体がどのような行動を取るかは分からないが、何も知らないという事態は避けられるはずであった。
「あれ!? 少女の君が消えてしまったぞ!? ――って、分け身の術かい!? 下手に使うと自分の力が分割されて弱体化するから、あんまり使い手はいないはずなんだけど、使いこなしているなんて流石だなぁ!」
法起坊が変なところで感心しているが、大竹丸としては釈然としない。そもそもこの術は天狗の秘奥として扱われていたものを大竹丸が盗んで
「まぁ、いいや。僕らは僕らでこじんまりと祝勝会を開こうよ! 天狗のむさ苦しい大騒ぎに巻き込まれないのなら飲むのは好きだからね! 黒の君よ、僕が酌をするよ! だから飲まないかい!」
「やけに積極的じゃのう。もしや、妾を酔い潰しておかしなことをしようと考えておるんじゃったら、その顔面をぶっ潰すからのう」
「は、ははは……。そ、そんなことちょっとしか考えてないから……」
ちょっとは考えていたらしい。
「では、顔面を潰すのをちょっとだけにしておこうかのう……」
「は、はは……お手柔らかに――ふぎゃっ!?」
大竹丸は法起坊の額に強烈なデコピンをプレゼントしてから、ささやかながらも天狗たちの宴に参加するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます