第83話 そうだ、風雲タケちゃんランドに行こう⑨
新宿ダンジョンの代表ともされる
当初、その目論見は簡単に事が進むと思われていた。何せ、新宿ダンジョンのカリスマと渋谷ダンジョンの実力者とのコンビによる呼び掛けだ。現状に不満を抱く探索者たちが集わないはずがないと、誰しもが考えていたのである。
だが、実際に集まったのは一部の探索者のみであった。
その理由としては、まず新宿狩りと呼ばれる存在の背後に、渋谷ダンジョンナンバーワン探索者、浦部の存在が見え隠れしていたことだろう。彼と戦うようなことになれば、ただでは済まないと考えるものが大半であり、尻込みをしたというのが挙げられる。
そして、思っていた以上に新宿ダンジョンの探索者と渋谷ダンジョンの探索者との間に軋轢があったということだ。協力してくれそうな探索者に、両方のダンジョンの探索者同士での合同作戦だと告げると「それでは協力できない」という声が返ってくることが多かったのである。この辺に新宿狩り誕生の温床があるのだろうが、今は緊急事態だ。緑川や風間は知り合いの探索者に片っ端から声を掛け、とにかく平身低頭で頼みに頼み込んだようである。
最後の理由としては、単純に新宿狩りたちが無視出来ない実力を手に入れ、それを恐れて協力出来ないといったものである。今や、新宿狩りは渋谷ダンジョンにおける一大勢力になっており、その数は五十を越えるのではないかと噂されていた。そんな彼らが上等な装備とスキルに身を固める姿は、軍隊のようだと評する者も多く、折角、未知の冒険や探索に夢を馳せて探索者となったのに、そんな戦争のような争いに巻き込まれて死ぬのは御免だと考える者も多かったのである。
後、『待っていれば、警察機構が動くだろう』という考え方の人間も一定数以上はいた事を記しておく。いきなり襲われそうになった緑川としては、何を悠長な、と思ったことだろうが人の考えは千差万別である。それが正解である可能性も否定出来ない。
そういったわけで多くの説得を経て、集まった人数は全部で約三十人。その数を少ないと侮ること無かれ。全員が新宿狩りと敵対するリスクを承知の上での協力である。その実力は探索者としても申し分無いものであろう。
そして、一週間後の日曜日に緑川たちは計画を決行に移す。全員が変装をしながら、人数・時間をバラけさせながら、渋谷ダンジョンへと突入――。
約一時間を掛けて行われた突入作戦は功を奏し、緑川たちは新宿狩りに気付かれることなく、渋谷ダンジョンの第一階層の人目につかない場所で合流を果たしていた。
事前に調査した情報では、新宿狩りのダンジョン内での拠点候補は三つ。二つは二階層に存在し、ひとつは三階層に存在する。作戦では、それらをしらみ潰しに当たっていく予定だ。
「しかし、良かったのか、緑川? その、あんなことがあった後で……」
当初、この作戦には女性探索者の介入は不要という風潮があった。何せ、相手は極悪非道の新宿狩りだ。下手をすれば、死ぬより恐ろしい目に遭う可能性だってある。それは、女性なら尚更だろう。故に、風間や熊田などは難色を示していたのだが――。
「舐めないでよ。私だって蒼き星の一員。それなりに修羅場は潜って来てるわ。それに、声を掛けた張本人が高みの見物というわけにいかないでしょ」
――そのような事を言って譲らなかったのである。そして、その意志はここまできても変わらないようであった。それは、他にも複数いる女性探索者も同じ気持ちであるらしく、軽く頷き合う。
「分かった。なら、これ以上は言わない。全員、此処からは気を引き締めて行こう」
『おうっ!』
風間を先頭に、彼らは隠密裏に事を運んでいく。だが、二階層の拠点候補二つを訪れて見たものの、そこには生活の痕跡のようなものは残っていたが、新宿狩りの面々の姿はまるで無かったのである。所謂、空振りだ。
「後は、三階層の拠点だけか……」
「元々そこが一番可能性が高かったんだし、行ってみましょう」
熊田が暗くなりそうな空気を読んで、無理矢理明るくする。風間も無難に頷き、続ける。
「あぁ。だが、戦力を分散して配置していると読んでいたんだがな。この感じだと……」
「もしかしたら、私たちが潜入してきた事に気付いたのかもしれないわね」
緑川の意見に、最もだとばかりに熊田は表情を真剣なものに切り替えていた。
「そうなると、罠が張られている可能性もあるよね」
風間たちはうーんと唸る。議題となるのは、此処で引き返すかどうかという事なのだが……。
「だが、罠を恐れて、此処で何もしないで引き返すとなると、それこそ取り返しのつかない事になるぞ。あちらは現在進行形で勢力を拡大していってるんだ。今の俺たちの力なら何とか対抗出来ると思うが、時間をおくと……もっと難しくなるかもしれない」
「そうなったら、もう私たちの手には負えないわね。警察や自衛隊に何とかしてもらうしかないけど……」
「彼らが重い腰を上げる前に何人もの犠牲者が出かねない。その犠牲者というのは、僕たちになるかもしれない……」
それは、彼らの完全な敗北だろう。それを思ってか、彼らの間に沈痛な空気が流れる。とはいえ、ここで引き下がるわけにもいかない。
「向こうに完全に気付かれたと決まったわけじゃない。なるべく気配を殺して、相手の拠点に近付いてみよう。相手が待ち構えていたとしても慌てないで行こう。こちらの方が色々と場数は踏んでいるんだから」
熊田がそう言い、全員が頷く。中には旗色が悪くなってきたことを感じて、顔色の悪くなってきた探索者もいたが、今更引き返せないと腹を括ったのだろう。全員で周囲を警戒しながら三階層へと下る。
だが、どうやら警戒する必要性はなくなったようだ。三階層に降りてすぐの石畳が敷かれた開けた空間内に百人以上の人数が浦部を先頭にして、
★
「おう、やっときたか。ビビって今日は来ないんじゃねぇかと思ったぜ」
「浦部……。どうして……」
それは何故、浦部が新宿狩りとつるんで待ち受けていたのか――、何故浦部が新宿狩りの代表のようにして堂々と振る舞っているのか――、そのような疑問を含んだ、風間の「どうして」であったのだろう。
だが、浦部は馬鹿にするかのように風間を見下す。
「お前は馬鹿か? 理由なんぞ見れば分かるだろう?」
「…………。浦部さんが新宿狩りを率いていた――そういう事なんですね?」
緑川が確認をするようにそう発言すると、くくっと声を漏らして笑いながら、浦部は片腕を上げる。それが合図であったかのように、新宿狩りの面々は緑川たちを囲むようにして回り込む。どうやら、彼らに緑川たちを見逃すような選択肢は無いようだ。その様子を見て、熊田が新宿狩り狩りメンバーに陣形を崩さないようにと指示を出す。互いに背中合わせとなり、互いの死角を補う作戦だ。
そんな陣形を見つつも浦部は鼻で笑う。
「はっ、風間よりも嬢ちゃんの方が頭はキレるじゃないか」
そういう風間は筋骨隆々のスキンヘッドの強面だ。一見すると堅気の人間には見えないのだが、性格自体は実に優しいという男だった。
だが、本日会った浦部は人が変わったかのように、邪悪な笑みを浮かべて本性を露にする。
「どうしてだ、浦部! お前はこんな事をするような奴じゃなかった! 一緒にダンジョンを攻略して、ダンジョンの無い平和な世の中に戻したいって、俺に語っていたのは嘘だったのか! なぁ⁉」
「気が変わることなんざ、幾らでもあるだろう? それが、俺にはついこの間だったって事なだけさ。そもそもよぉ、風間……」
浦部は真剣な目で風間を見つめてくる。その瞳は吸い込まれそうな程の漆黒の闇に濁っており、風間は思わず深淵を覗いたかのようにぞくりと背を震わせる。
「俺たちが頑張ってモンスターを倒したとしても、世間には大して評価されねぇし、感謝をされることもねぇ。コツコツDPを貯めたとしても企業にこのアイテムを買えと、はした金でDPを消化される日々……。そこに、俺たちの意志はまるでねぇ。……日々命を張っている報酬にしては、あまりに旨味が少な過ぎるとは思わないか? なぁ?」
「……だから、新宿狩りに走ったと?」
「くくく、略奪は楽でいいぞぉ~、風間ぁ~! 他人の努力を横から掠め取るだけでいい! 大した努力もせずにやりたい放題が出来る! 俺が求めていたのは、コレだよ! こういう王様のような暮らしさ! しみったれた企業の犬なんかじゃねぇ!」
「犯罪を肯定するなんて……。本気で言っているのか、浦部……」
信じられないと言った表情を貼りつかせる風間の雰囲気はどこか悲しそうだ。それは変わってしまった友人に対する哀れみの感情であろうか。どちらにせよ、その背中からは大きな決意のようなものが感じられた。
「風間さん……?」
「すまん、緑川ちゃん。それに、熊田君に、皆も……。作戦からは外れてしまうが……」
風間は憂いを帯びた表情で仲間に向けて笑い掛けると、次の瞬間には格闘団体の試合で見せる鬼の表情を見せ、浦部へと向き直る。
「――テメェ! 浦部! ッタマにキタゾ! ラァ! タイマンで勝負しろや、コラァ!」
まるで、マイクパフォーマンスをするかのように、浦部を名指しで呼び付けて喧嘩を吹っ掛ける。その様子を見て、囲む新宿狩りメンバーも、囲まれている新宿狩り狩りメンバーも戸惑ったような表情を見せるのだが……。
「いいぜぇ、プロの格闘家がどの程度の物か経験させてくれよ、風間ァ!」
当の浦部は意外にも風間の挑発に対して乗ってくるのであった。
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